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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第五章 プティシオル大陸編
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第73話 痕跡

 洞窟の入り口から少し進んだだけで外の光は遮られ、竜郎が魔法で作りだした光源だけが周囲を照らす。

 ごつごつとして決して歩きやすいとは言えない足元に、転びはしないかとフレイヤは自分の両脇を固める幼女──楓と菖蒲に注意を向けた。



「うーうー♪」

「あーう♪」

(外見で忘れそうになりますが、そういえば竜でしたの。心配は、なさそうですわ)



 見た目に反して足腰はしっかりしており、楓と菖蒲はつまずくことなくご機嫌なステップを踏みながらすいすい前へと進んでいる。フレイヤは杞憂だったかと、小さく笑みを浮かべた。


 数メートルほど進んでいくと、すぐに行き止まりにさしかかる。しかしその手前には穴がぽっかりと開いていて、下へと降りることができるようになっていた。

 穴は入り口こそ広いが、中は凸凹していて竜郎と愛衣が密着していればなんとか通れ、ガタイのいいガウェインでは2人で通るのは無理といった広さ。

 竜郎は光魔法でつくった光源だけを先にいくつか落としていき、視界を確保する。



「ニーナが先に行くね」

「頼む」



 全長30センチほどまで小さくなっているニーナなら、余裕で通れる。ニーナは、すいすいと翼をはためかせ急降下していった。

 下は特に問題ないと探査だけでなく、目視でも安全を確認してもらいながら愛衣、竜郎の順に降りていく。


 楓と菖蒲はフレイヤが抱っこして、空を歩行するスキルで下っていこうとしたのだが、2人は自分たちも竜郎たちのように自分で降りたいと訴えかけてきた。

 さてどうしたものかと竜郎に確認を取ると、普通の幼女ならとんでもないが、こと楓と菖蒲に関しては大丈夫だろうと許可が出た。


 念のためにフレイヤが見ている中、小さな子供たちは穴の中へとダイブしていき、凸凹した壁をピョンピョンと蹴って、ジグザグにジャンプしながら音もなく着地してみせた。



「見た目に反して凄い運動能力だよね」

「まあ、愛衣みたいに武術系の竜なわけだしな。現時点でも、そこいらの竜より運動神経はよさそうだ」

「「あう!」」



 竜郎と愛衣によくできましたと頭を撫でてもらい、楓と菖蒲はご機嫌になる。そんな中で、しんがりを務めたガウェインとその肩にへばりついていたノワールも合流した。



「まだまだ先は長そうだな」



 降りてくるなり竜郎の光魔法で照らされた先に視線を向け、ガウェインはそう口にした。

 入った方向へと戻るような向きに、凸凹した緩やかな下り坂のような道が延々と続いている。



「この辺りも補強されているんですの?」

「ああ、先にきた人らもこの道を進んでいったのは間違いない」

「何人くらい、いたのかは分かるのかい?」

「この感じだと、補強していた人数だけでも数十人単位でいそうだ」

「そんなに? 私が思ってたより、ずいぶん団体さんできたんだね」

「そう考えると、入り口が岩で塞がれていたのは人為的なものかもしれませんわ」

「するってーと、なにか隠したいもの、他人は来てほしくない理由がこの中にはあるってわけか。水の魔物を独占しようとした連中かもしれねーな」

「ララネスト級の水だからな。その価値はありそうだが……」



 ここで話していても答えにはたどり着けそうにないので、竜郎たちは先に進むことに。

 道中何度か魔物に襲われるが、一般人基準でも弱いとされる存在しか現れず、ガウェインはため息を吐きながらその処理を愛衣やニーナと共にした。

 フレイヤも直接手で触るのは嫌だからと、傘型の武器──ロキを取り出し楓と菖蒲には一切近づけさせなかった。



「「あーうー」」

「ん? なんですの? トイレにでも行きたいんですの?」



 そんなことをしていると、不意に両サイドから服を引っ張られるフレイヤ。



「うーうー、あぅあー」

「あうあうぅうー」

「…………さっぱり分かりませんわ」



 赤ちゃん語で何かを訴えかけてきているのは分かるのだが、フレイヤには解読できずお手上げ状態。そこへ羽虫の魔物が頭上から飛来してきたので、うっとうしそうにロキを振るって倒す。

 それを見た楓と菖蒲は余計に興奮して、赤ちゃん語で話しかけてくる。



「もしかして、あなたたちも魔物を倒したいんですの?」

「「あう!」」



 目をキラキラと輝かせ、大きく頷かれた。



わたくしはかまいませんが……どうしますの? ご主人様」

「ずっと歩いてるだけだし、楓と菖蒲も体を動かしたいのかもしれないな。

 レベル的にも種族的にも問題ないだろうし、大丈夫だろう。悪いが2人を見ててもらえるか? フレイヤ」

「カエデさんたちがやってくれるというのなら、わたくしも楽できそうですの。構いませんわ」

「楓、菖蒲。このお姉ちゃんの言うことを、ちゃんと聞くんだぞ?」

「「うー!」」



 分かったと無邪気に右手を挙げたので、竜郎はリアの暇つぶしシリーズから2人の小さな手でも持ちやすそうな短剣を選び渡していった。すると「おー」と言わんばかりに口を開けて、丸くした目で短剣を見つめた。


 武器を手にした2人はさらにご機嫌に、ずんずん歩を進めていく。殿のガウェインがわざと見逃してくれた魔物が襲い掛かってくる。

 相手は20センチほどのヤモリのような魔物が3匹。さてどのように楓たちは戦うのかと、皆が興味深げに視線を向ける。



「「「キキッ」」」



 車のブレーキ音のような甲高い声を挙げながら、一番体の小さな2人を獲物と定めヤモリが正面天井と左右の壁面に分かれ、魔物にしてはうまく連携しながら迫ってくる。

 けれど楓も菖蒲も臆することなく、その動きを冷静に見極めていき、こちらからも散歩が如く気軽に歩み寄っていく。



「キ!」

「たぅ」

「──?」



 天井を這ってきたヤモリがノコギリのような金属質でギザギザした舌を伸ばし楓の首筋を狙ってくる。

 しかし楓は体を小さく傾けるだけであっさりかわし、短剣を軽く振る。それだけでノコギリ舌は簡単に切断される。


 あまりにも素早く華麗な一撃に、ノコギリ舌を半分以上失ったというのに何が起こったのか分からず硬直する天井のヤモリ。



「「あう!」」



 切断面から血が噴き出るよりも早く2人は左右に散開すると、壁面に張り付いて近寄ってきていたヤモリから放たれるノコギリ舌を、細切れにしながら一瞬で目の前に。



「「キ──」」

「「たー」」



 2匹は死んだことに気付くことすらなく、全身が10分割される。重力に従ってその体がボロボロと落ちる前に、2人はそのヤモリの眼前の壁面を蹴って天井にジャンプする。

 この時点でもまだ、天井のヤモリの舌から血が噴き出す前であり、未だになにが起こったのか反応できずに硬直しているところへ、左右から斜めに飛んできた楓と菖蒲に細切れにされた。


 2人は細切れにされたヤモリがバラバラになる前に天井を蹴って音もなく着地すると、バックステップでその場を離れる。

 するとそこでようやくヤモリの体が崩れ、血を吹き出しながらバラバラと地面へと零れていく。


 そこでクルリと振り返って竜郎たちの方を向くと、べちゃっというヤモリの死骸が落ちる音をバックに、すかさず戦隊ヒーローのようなポーズをシュバッと決めた。



「あははっ、かわいー。練習の成果が出てるね!」

「練習……? って、あれのことか」



 お遊びの一環で他のノリのいい幼竜たちも混ざって、戦隊ヒーローごっこを愛衣主導でやったことがあった。そこでこの子たちは、決めポーズを覚えてしまったようだ。

 愛衣が笑いながらスマホを取り出し、写メを取る。ニーナが「私もー」と楓と菖蒲の間に入って決めポーズをしはじめた。



「もっと力でごり押しするのかと思ってたんだが、ランスロット並み──とまでは言わねーが、かなり綺麗な動きをするんだな。これは成長が楽しみだ」

「ランスロットはお手本みたいに綺麗な動きをするし、この子たちの先生をしてもらってもいいかもしれないな」

「いいねぇ。そのときは俺も手伝うぜ。強い奴が増えるのは大歓迎だ」



 未来の好敵手の可能性をひしひしと感じたガウェインは、わくわくしながら今はまだ小さき存在たちを見つめた。


 愛衣の撮影会も一段落したところで、また進みはじめる。

 楓と菖蒲も張り切っているので、フレイヤも危険なときは手が出せるようにはしつつも、基本的には傍観に徹するようになった。


 何度もあった枝分かれした道も順調に正解のコースをたどって長い時間、探索していく竜郎たち。

 すると斜め上へと伸びる崖が現れた。



「足場を作って、後からまた戻した形跡があるな」



 それなりに高レベルの土と解魔法の使い手でなければ分からないほど、丁寧に直してあった。補強していたものたちの痕跡から推測されるレベルからして、手間暇かけてやったようだ。



「わざわざそこまで隠蔽するってことは、ここを通ったことを知られたくなかったってことかな?」

「でも補強してることは分かってるんだから、無駄じゃないの?」



 ニーナが小さな頭を、こてんと傾げる。



「その補強なんだが、いちおう調べても分からないようには偽装はしてるっポイんだよな。まあ、それも『いちおう』レベルで、高レベルの解魔法使いがいればすぐにばれるんだけど」

「ということは、やはりここに入ったことを第三者に知られたくなかったのかもしれませんの。

 もしかしたら、なにかから逃げるために逃げ込んだとも考えられますわ」

「ああ、そう言う可能性もあるのか」

「俺のダンジョンにも、昔はそういう連中が入ってくることがあったっけなぁ」



 前に竜郎たちも一時的に身を隠すためにダンジョンに潜っていたことがあったが、そういう目的でここに入り込んだ者たちが、かつていてもおかしくはないだろう。



「けっこうな団体さんみたいだし、もしかしたら今もこの洞窟の奥底で地底人として暮らしてたりしてね」

「それはそれで会ってみたい気もするな」



 なんてことを話しながら崖を登りきり、やや下りの傾斜を進んでいくと、今度は最初にあったときよりも、もっと大きな穴が口を開けて待っていた。

 そこはかなり深く、まるで奈落の底に繋がっているようにも思えるほどだ。



「前に来た人たちは、ここも下って行ったの?」

「みたいだな。こっちも足場を作ってから、後から元に戻した形跡が残ってる」



 今度の穴は大きいので一緒に降りていける。竜郎は重力魔法と風魔法で、エレベーターのようにゆっくり全員で穴の底へと落ちていく。

 かなりの高さからようやく地面にたどり着けば、目的の地底湖が見えてきた。



「思ってたよりもでっかいねー」



 竜郎の光魔法で目の前を広く照らすと、そこには地上の湖にも引けをとらない大きな湖が広がっていた。

 ただこちらは天井と湖面までが2~3メートルほどしかなく、広いけれど圧迫感を感じる様相を呈していた。


 さっそくお目当ての魔物がいないか、竜郎が水中探査で調べていく。



「パパ。ここにいそう?」

「う~ん、魔物はいるがそれっぽいのは──」



 いないかも──と竜郎が言おうとするや否や、湖面から何かの目が飛び出し、視線が合う。それを皮切りに、次々と同じ種類の魔物の目が出てくる。

 竜郎の魔法の光が魔物の眼球に反射して、湖面に大量にライトが浮かんでいるように見えるほどに。



「「「「「グゥウウウ」」」」」

「俺の水中探査を感じ取って、出てきたみたいだな」



 それは頭だけで3メートルはあろうヘビ──かと思えば、その胴体はイカのよう。簡単に言葉で言い表すのなら、ヘビ頭のクラーケンといったところか。頭から触手の先端までを計れば、かなりの大きさだろう。



「なりは立派だが、大したことはなさそうだな。それでもここまでの連中よりかは、多少骨がありそうだがよ。なんなら俺がやるがどうする、マスター」

「「あうあう!」」

「カエデとアヤメがやりたいって言ってるよ、パパ」

「多少数は多いが、これくらいなら大丈夫かな。それじゃあ1匹はサンプルとして回収するとして」



 竜郎が重力魔法で無理やり1匹を引き上げ氷漬けにして命を奪い、そのまま《無限アイテムフィールド》に収納した。



「よし。こっちはなるべく手を出さないから、やってみるか?」

「「うー!」」



 楓と菖蒲は可愛らしく拳を挙げると、短剣を握り直してジャンプする。

 クルリと空中で回って天井に足を付けると、そのまま2人は別々の方向へと逆さまの状態で走り出す。


 小さな獲物がやってきたと、こぞってヘビクラーケンは楓と菖蒲に群がりはじめる。

 けれどそんなヘビクラーケンを足場にして、ピョンピョン湖面を飛び跳ねながら短剣から必要最低限の竜力の刃を飛ばして、効率的に標的だけを切り裂いていく。

 様子見していた他の魔物たちは、この一帯の頂点にいたはずのヘビクラーケンの血の匂いが広がるのを感じ、一目散に湖の中へ逃げていく。


 かろうじて生き残ったヘビクラーケンも、これは不味いと逃げようとするが、それを機敏に察知して天井を、あるいはヘビクラーケンの死骸を足場に一瞬で迫られ屠られる。

 そうして3分もしない間に、小さな殺戮者によって大量の死骸が湖面に浮かぶことになるのであった。

次回、第74話は6月28日(金)更新です。

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