第72話 湖を探して
翌朝、予定通り準備を済ませカルディナ城前に集結した。
フレイヤも昨日のようにラフなルームウェアワンピースではなく、ゴシック調の肩の開いたテールカットのワンピースドレスにロングブーツと、ピシッと恰好を決めている。
「昨日聞いたときは嘘かと思ったが、まじでお前も行くんだな」
「私が一緒じゃ不満ですの?」
「んなこたぁねーよ。むしろ、お前がやる気を出してくれたことを喜んでるんだぜ。だからよ、今度一緒に模擬戦しよーぜ」
「……気が向いたら、やって差し上げますわ」
「おおっ、フレイヤにしては前向きな反応じゃねーか! いいねぇ! そのときがくるのを、楽しみにしてるぜ」
「はぁ」
ガウェインは男女種族人間魔物、その全てを問わず強者を好む。そんな彼からすれば、実力の底がまるで見えないフレイヤは是非戦ってみたい相手の上位に占めていた。
けれど最近は特に寝てばかりで、やる気も気力も見えない彼女に落胆し、歯がゆく思いながらもその候補から外していた。
しかし今こうして目の前にいて、しっかりと生きた目をしている彼女を見て、ガウェインの闘争心に再び火がついたようだ。
獰猛な笑みを浮かべて、愉快そうに彼女の肩をポンと叩いた。
当のフレイヤは、相変わらず暑苦しいやっちゃと軽く受け流しているのだが……。
そんなやりとりを見つめながら、竜郎はもう一度全員いるか確認する。
愛衣にニーナ、楓に菖蒲、ガウェインにフレイヤ、そして黒猫……ではなく、ノワールもガウェインの広くて大きな肩の上に乗って欠伸をしている。
「全員ちゃんといるな。それじゃあ、プティシオル大陸に出発だ」
「「おー」」「「うー!」」
ノリのいい愛衣とニーナ、楓と菖蒲が拳を掲げてくれた。
今回もニーナに乗せて行ってもらうことにしたのが、ガウェインは自前の翼で行くというので彼だけは並走する形になる。
ノワールはガウェインの飛行では落とされかねないということで、今はフレイヤの肩に乗っている。
ガウェインの肩にいるよりも、フレイヤのほうが雰囲気的には合ってると愛衣は笑った。
「なら今日はずっと、お嬢ちゃんの肩に乗っていようかねぇ」
「いやですわ。砂のついた足で乗ってくるんですもの。もうお断りですの」
「あ……はい……。着いたらガウェインのほうに行きます……」
ノワールとしては何となく女性の肩の上のほうがよかったようだが、すげなく断られてどんよりする。
けれど竜郎と愛衣にそれぞれ抱っこされていた楓と菖蒲が、「にゃーにゃー」と言いながら彼の頭を撫でて慰めてあげたことで、すぐに「いい子たちだねぇ」と復活した。かなり単純な猫なのかもしれない。
飛ばされないように竜郎が魔法を発動し、それを確認したニーナが空高くへと舞い上がる。ガウェインも一瞬遅れて着いてくる。
「行くよー。ガウェインくんもいーいー?」
「ああ、ニーナ、いつでもいいぜ。なんなら俺と競争でもするか?」
「競争!? 楽しそう! するするー! えっと……たしか……あっちだっけ? パパ」
「そっちは逆だぞ……」
真逆の方向に指をさすので、竜郎は正しい方角を指し示しながら、実はこの子は方向音痴なんじゃないかとカルラルブ大陸にいこうとしていたときのことを思い出す。
ニーナは「間違えっちゃった」と恥ずかしそうにしながら、愛衣の合図とともにもの凄い速度でプティシオル大陸目指して一気に飛んで行く。
ガウェインと競争しながらだったので、本当にあっというまにプティシオル大陸上空にたどり着く。
「なんつースピードだよ……。さすがだな」
「ニーナ、凄いでしょ!」
「ああ、大したもんだ」
「えへへー」
竜郎たちを乗せた状態でもガウェインを圧倒し、競争はニーナに軍配が上がる。清々しいほどの負けっぷりに、ガウェインは笑顔で彼女を称賛した。
「ねえ、たつろー。いちおう、港から大陸に入ったほうがいいよね?」
「だな。件のトネット、ロピュイ、ワウテドの三国に近いのは──ここだな。ニーナ、向こうの端っこにある港に向かってくれ」
「はーい」
竜郎が《完全探索マップ機能》を使い、比較的三国に近い港を見つけて指示を出す。
ニーナとガウェインは、すぐにそちらへと舵を切った。
以前と同じように竜郎や愛衣の冒険者ランクの高さに驚かれつつも、港から最寄りの国には寄らずにそのまま港方面にあるロピュイを目指す。
「イシュタルが言っていたように、本当に小さな国が沢山あるんだな」
少しゆっくりめに飛んでもらっているので、下の景色もよく見える。
そこには国境を区切る壁が至る所に乱立していて、これまで見てきたどの大陸よりもごちゃごちゃした印象を抱く。
「今でもガッツリ戦争してるところもあるんだっけ。物騒な大陸だねぇ」
「俺たちの行く国の周辺国は冷戦状態だったり、友好国だったりで、それほど酷いところはないみたいだけどな」
レーラの話によれば、三国の仲はよい──とまでは言わないが、悪くもない。隣国としてそれなりに交易もあるし、国境の通行審査も他国と比べて非常に緩い。他国に領土を狙われるようなことがあれば、三国で同盟を組むことすらある。
周辺の国と争っていた歴史もあるが今は落ち着いており、よほどのことがない限り、この辺りで戦が起きることはないだろうとのこと。
しかしこの大陸自体はそれほど資源に恵まれてはいないので、三国とはかなり離れている同大陸の某国で国境線近くに希少金属の鉱山が見つかったことで、今現在でも血で血でを洗う紛争が起きているところもあるようだ。
見て気持ちのいいものではないから、その辺りには行かないようにと、レーラにも言われているのでそちらは近寄るようなことはしない。
「っと、ここだな。ニーナ、降りてくれ」
「はーい」
ロピュイの国境壁付近に来たので、ニーナにお願いして着陸する。認識阻害を切って、ニーナは小さな竜へと変化し、ノワールは大人しくガウェインのもとへ戻った。
少年少女に小さな竜、幼女2人。中性的な顔立ちの美人に、肩に黒猫を乗せた黒翼を持つ大がらな色男。と、なかなかにバラエティに富んだメンツで注目を一身に受けながら短い列に並んでいく。
ガラガラと木輪の荷車に商品を乗せて、列に並ぶ人たちに声をかける物売りの男がいたが、どういう団体か分からないので、近づこうかどうか迷っているようだ。チラチラと竜郎たちを見てくる。
「あ?」
「──ひっ」
ガウェインがその態度に何がしたいんだと赤い目を向けると、小さく悲鳴を上げて物売りは逃げて行った。
「……なあ、マスター。俺の顔ってそんなに恐いのか?」
「まあ、体格のせいもあるんだろうけど、なまじ整ってるぶん迫力はあるわな」
「そうなのか……。まあ、舐められる顔よりもいいと思っておくか」
ただ視線を向けただけなのに悲鳴を上げられことが心外だったようだが、すぐに気持ちを切り替えいいように捉えることにしたようだ。
ただ悲鳴を上げて逃げていった男のせいで、列の前後の隙間がより広くなったのは言うまでもない。
やがて自分たちの番がきたので、竜郎が一歩前に出て鎧を着て検問している朴訥な雰囲気の男に身分証を提示する。
そのランクにすぐに気が付き同じように驚かれたが、それよりも気になることがあるのか質問を投げかけられた。
「えっと……こんな凄い人が、なんだってこんな国に来たのですか? 私が言うのもなんですが、ほんとに何もない国ですよ?」
「自分が住んでる国なのに何にもないって、凄い言いようだね」
「あ、いえ、すみません……。ですが、逆に不安になってしまいまして……」
「不安、ですか?」
「はい……」
どういうことかと少し話を聞けば、どうやら最高クラスの冒険者が、わざわざ辺鄙な小国に、それも港から真っすぐ来たことが身分証に記載されている印で分かってしまったばかりに、世界レベルの精鋭を呼び寄せなければならないような、未曽有の危機がこの国に迫ってきているのではないかと考えてしまったらしい。
見れば額からは冷や汗が、たらたらと流れている。
高ランク冒険者の肩書は、逆にこんな反応をされることもあるのかと、竜郎は苦笑してしまう。
「深読みしすぎですよ。僕らがここにきたのは、未開拓地にいる魔物に興味があるだけですから」
「未開拓地の魔物ですか?」
「ええ、僕は趣味で珍しい魔物の素材を集めていまして、開拓されてしまう前にそういった魔物がいないかどうか探すために来たんです。別にそれは禁止されていませんよね?」
「ええ、そうですね。公的にはあそこは何処の国にも属していない未開拓地という扱いになっていますし、我々にそれを止める権利はありませんので」
とはいえ他国にとられないように三国でガッチリと守りは固めているので、実質的には三国のものという扱いを受けている。
だが冒険者や国民が個人的に行き来するのは禁止されていないので、きっちりと出入りの記録は付けられているらしいが、普通に入ることはできるのだ。
魔物素材集めというのが趣味という部分には共感を得ることはできなかったが、竜郎たちにも焦るような雰囲気が一切なかったこともあり、その言葉を信用してくれたようだ。検問の男の額から流れる汗もいつの間にか止まり、愛衣を含め他の面々も次々に通してくれた。
ちなみにノワールは、ただの猫の振りで普通に通れた。
国境近くの町にも寄らず、そのままロピュイの最奥まで飛んで行く。
念のため未開拓地へ通じる門を経由して、堂々と入るべくまた同じように身分証を提示した。
ここでも国境の兵と同じようなやり取りをしてから、ここまで全て正式な手続きの元、目的の未開拓地に足を踏み入れた。
「まずはどうしますの? ご主人様」
「マップを見るかぎりだと、未開拓地の中央付近にある山岳地帯に5つほど湖があるから、たぶんそのどれかにいるはずだ。
一番近いとこから順に、しらみつぶしに調べていけばいいだろう」
「水があるところってのは分かってるから、今回はあっさり終わりそーだね」
「つえー魔物とか途中で出てきてくれると、俺は嬉しいんだがなぁ」
「そんなのがいるなら、とっくにこの辺りの国は終わってますの」
軽口を言い合いながらもさっさと人気のない方向に移動していき、ニーナに乗って湖を目指す。
目的の場所は4つの大きな山があり、その周辺に小さな山がぽこぽことあるような山岳部。
1つ目の湖はその小さな山の天辺を抉ってできたような所で、それほど大きくはないが、水深は真ん中あたりになるとかなり深い。
さっそく竜郎が水中探査で調査してみると、何種類か魔物の反応があったがどれも違った。
気を取り直して2つ目へ。こちらは小さな山と山が繋がった間あたりにある、小さな湖で水深も浅い。水は1つ目より綺麗で目視で泳ぐ魚がハッキリと分かるほどだったが、普通の水棲生物だけで魔物がいる気配はなかったので次へ。
3つ目の湖は大きな山の中腹あたりにあり、森の中に突如現れたかのような大きな湖。
魔物の種類も非常に多く、竜郎たちも期待して調査に臨んだのだが空振り。少し気疲れしてしまったので、この辺りで休憩を挟んだ。
それから4つ目に着くも魔物がいない小さな湖だったので、すぐに5つ目に。こちらは大きな山と山の間にあり、規模もこれまでで最大級。魔物の種類もこれまで以上に豊富だったので、これは間違いないと確信して入念に調査をしたのだが……。
「ここにもいない……。どういうことだ?」
「この辺の湖にいるっていう情報は合ってるんだよね?」
「ああ、間違いなくそう記載されていた」
「ニーナも空から見たけど、他に湖なんてないよ? パパ」
「だよなぁ……。ちょっと探索機能を使って調べてみるか」
《完全探索マップ機能》なら目的のものを指定すれば、それを自動で調べてくれる。簡単に地図を見ただけで湖の位置は分かったので使わなかったのだが、どこかに隠れた湖があるかもしれないと使うことにした。
すると竜郎が見ている地図上にある湖に、位置を示すマーカーが表示されていく。その数は7つ。2つも多い。
けれど未探索の2つの湖としてマーカーが表示されている場所には、森であったり岩肌であったりと湖の痕跡はなかった。
「湖ではないのに湖だと表示されている。どういう……ああ、もしかして」
「なにか分かったの?」
「たぶんな。──やっぱり、平面地図で見ていたから分からなかっただけなんだ」
三次元の地図に切り替えて調べてみれば、マーカーがそこに表示されている意味が直ぐに分かる。
「地底湖だ。山の中の洞窟を下って行った先に、2つ湖がある。おそらく、このどちらかが本命だ」
「そういうことでしたの。それでご主人様、洞窟の入り口は分かりますの?」
「ちょっと待ってくれ。えーっと……………………ここだな」
地底湖から迷路のように蛇行する洞窟をなぞっていき、逆算して人間が通れる大きさの入り口を1つ特定した。
それは3つの湖の周辺にある森の中の一角。さっそくそこへ行ってみれば、入り口辺りには大きな苔むした岩が鎮座して入るのを邪魔していた。
ガウェインがその岩をどかしてみれば、人一人が入ることのできる大きさの穴がポッカリと開いていた。
軽く竜郎が光魔法で中を照らしてみると、数メートル先で行き止まりになっている。
けれどその手前には、さらに下へと続く穴が開いていた。
「あそこを降りていけばいいの? たつろー」
「ああ、地図でもそうなってる」
「この洞窟の強度は大丈夫ですの? 崩落したところで、私たちなら何とかなるでしょうけれど」
「一応調べておくか………………ん?」
「なにか面白い発見でもあったのかい? タツロウ」
ノワールが好奇心旺盛な目で、ガウェインの肩から身を乗り出して聞いてきた。彼にとっては初めてのことばかりで、かなり興奮しているようだ。
「いや……この洞窟……、以前に誰かが土魔法か何かで補強してるな。それも複数人で」
「ぎゃう? それじゃあ、もー誰かが、この洞窟を探検してたってことなの? パパ」
「調べてみた限り、かなり昔のことみたいだが、誰かが洞窟を補強しながら入ったのは間違いない」
「かなり昔っていうなら、もう中には誰もいないと思ってもよさげ?」
「ここを補強した人間は、もう生きていないくらい昔のことだから、おそらくいないと思う」
「まあ、中に誰がいようといまいが、いいじゃねーか。ごちゃごちゃ考えたって分かんねーんだしよ。とりあえず行ってみようぜ、マスター」
「それもそう……だな。けど注意はしていこう。
俺は探査と道案内、照明に集中するから、戦闘は愛衣とガウェイン、ニーナに任せる。フレイヤは楓と菖蒲を守ってくれ」
「了解ですの。ほらカエデさん、アヤメさん。こちらに来て」
「「あう!」」
人見知りも大分しなくなった楓と菖蒲は、聞き分けよく、あまり関わったことのないフレイヤの側へと駆け寄る。
「なあ、俺はどうするんだい?」
「ノワールは……ガウェインに適当にくっ付いててくれ」
「はいよ」
ノワールはここで死んでしまっては詰まらないと、そのまま大人しくガウェインの肩に張り付いた。見ようによっては、ガウェインが猫の毛皮を肩にぶら下げているようにも見える。
そうして竜郎たちは、真っ暗な洞窟の中へと足を踏み出していくのであった。
当初の予定通り、ここで少しお休みを挟みます。すみません。
出先の都合でスケジュールがかなり変わってきそうなので、具体的な再開日時の指定ができない状況です。
おおよその目安としては、
6月26日(水)更新が7割、6月28日(金)が2割、6月24日(月)が1割。くらいの確率で再開できるかと。
このどれかには必ず再開できると思いますので、少しお待ちいただければ幸いです。水曜には家に帰れているはずですので(汗