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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第五章 プティシオル大陸編
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第71話 水の魔物探しメンバー決定

(それはどういう……?)

『フレイヤが生まれたとき、我々はこの世界に危険を及ぼすのではないかと方々から睨みを利かせてしまった。

 そのせいで彼女は魔物のフリをする羽目になった』



 天使の羽をもつ聖属性の天族。悪魔の羽をもつ邪属性の魔族。これらの総称として天魔種という言葉は使われているが、厳密に天魔という種族は存在しなかった。


 なぜなら聖邪両方の性質を同時に持った真の天魔は、《崩壊の理》という触れたもの全てを崩壊させる危険な理。世界すら崩壊させる可能性を持つ力を有していることが判明し、生まれぬよう命神がその種を封印してしまったからだ。

 だからこそ、この世界には生まれるはずのない種──だった。


 けれどフレイヤは天族でもなく魔族でもない、まごうことなき天魔。竜郎がひょんなことから生み出してしまう。

 それはもう一人、彩という中性的な顔立ちをした子も同じだが、そちらと違ってフレイヤは天魔種の完全体にして原初である真祖。崩壊の理を完全に扱うための全ての条件を満たしてしまっているがゆえに、神から危険視されたのだ。


 聡いフレイヤは生まれた瞬間に神々から強力な圧力を感じ、すぐに自分の立場を理解した。

 このままでは危ないと、《崩壊の理》を駆使して知能のない魔物を装い、竜郎のテイム契約にあえて縛られることで身の安全を確保した。



『そのときのことを本人は、もうほとんど気にしていないように振る舞ってはいるが、その心の一番根深い部分では、まだ我々が向けた気配に感じた恐怖を忘れていない。

 そのせいで無意識的にフレイヤは、自分からなにかをすることを嫌うようになってしまったのだ。

 もしこれをしたら、あれをしたら、あのときのように我々から恐ろしい感情を向けられるのではないか──とな』



 なんといっても生まれてすぐに感じたのが強烈な恐怖だ。忘れたくても忘れられるものではない。



(無意識的にということは、本人はそのことに気が付いていないと?)

『気づいているが、表面的には気が付いていないということなのかもしれない。

 《崩壊の理》の扱いにさえ気を使ってくれれば、問題ないことは本人も分かっているはずだからな。

 けれど何もせず、ただ無気力に過ごしていれば安心して平穏なままに過ごせると、生まれてすぐに学んでしまった』



 故に彼女の本質は怠惰などではなく、生まれた時の状況によってそちらに天秤が大きく傾いてしまったのだと、命神は申し訳なさをこめて言う。



(あの子自身の気質も少なからずあったからこその、今だと思いますが、たしかに生まれた瞬間に味わった感覚というのは、忘れがたいものなのかもしれませんね……)

『ああ、けれどここまで酷くなってしまったのは、タツロウの言葉にも関係がある』

(え?)



 取り繕っていた部分すらなくなってしまったのは、竜郎にも原因があると言われ、身に覚えのない彼はただ戸惑いの声をあげるしかなかった。



『タツロウは眷属たちに言っただろう。眷属だからと、その人生を縛るつもりはないと』



 それはこの世界にもう一度帰ってきてから、竜郎が眷属たちに言った言葉だ。もちろん、彼もそのときのことは鮮明に覚えている。



(え、ええ……言いました。言いましたけど、それは悪いことではないでしょう?)

『ああ、その考え方を我々も快く思っている。生まれたからには、自分の人生を歩んでもらいたいと思っているからな。

 けれどフレイヤの場合は、それが引き金になった──』



 これまでは竜郎たちが自分たちの世界に帰ることが大前提であり、そのためになる行動を眷属の皆にしてもらっていた。

 けれど自分たちの世界に帰ることができ、趣味でこの世界に入り浸るようになった今、竜郎は彼ら彼女らに好きな生き方を選んでもいいと言った。


 その結果、皆好きなことを見つけ今を楽しむようになってきている。


 例えば彩は大好きな巨大な子狼──豆太と遊ぶことが大好きで、そのお世話も率先してやっている。


 ウリエルは竜郎が過ごしやすい環境を整えることに喜びを感じているからこそ、好きでカルディナ城や妖精郷にあるジャンヌ城の管理などをしてくれている。


 アーサーもいざというときに竜郎の剣となり盾となれることを心から望んでいるからこそ、日々鍛錬を欠かさない。


 フローラは言動こそ軽く感じるが、思いやりが強く家族や友人の世話を焼くのが大好きで、料理自体も彼女の趣味になっている。だからこそ、好きで皆の料理を作ってくれている。


 ランスロットは理想の騎士像へ、カッコいい自分になるために、日々鍛錬をして心と体を磨いている。

 最近は妖精郷にいる血気盛んな若い男性妖精たちに訓練を付け、兄貴と親しまれ密かに喜んでいたりもする。


 ガウェインは闘争本能のままにダンジョンで暴れたり、今では自分に一番合った酒を作ってみたいと酒造りを楽しんでいる。


 ミネルヴァも、こつこつ何かをするのが好きだからこそ、竜郎たちの領地内の細かなデータ集めを趣味感覚で楽しんでやってくれている。

 

 ここに挙げていない他の子たちも、それぞれ自分のやりたいことを自由にやっている。


 だがフレイヤは、過去のトラウマから自分で一歩踏み出すことができず、なにもできず、なにも探せていない。


 これまでは神様公認で竜郎が元の世界に帰るために、盲目的に動いていればよかった。

 帰れるようになっても、竜郎はいろんなことをはじめようとしているから、きっとなにかやってくれと言ってくれるだろうと無意識的に期待していた。


 けれど竜郎は自由にしてくれと言った。やりたくないだろうからと、フレイヤにとくに何をしてくれと頼むこともなくなってしまった。


 それが最後の引き金となり、彼女はもう何もできず動くことができず、最終的に取り繕うことすら諦めてしまった。

 そしてそのまま、何もしなければいいのだと、ただ一日中寝るだけという虚無の存在として生きる自分を受け入れてしまった。



『この子の場合は、まず何かを頼むのが正解だったのだ。いろいろと周りの者が引っ張って、その背を押し続けてあげなければならなかった。

 その過程できっといつか、どれだけ時間がかかるかは分からぬが、フレイヤは自分の足で歩くことができるはずなのだ。

 めんどうだと思うかもしれない。けれどどうか支えてあげてほしい』

(めんどうなんて思いませんよ。生みだしたのは僕ですし、むしろフレイヤのことを分かってあげられなかったんだと反省しました。

 ウリエルたちとも話して、皆で一緒に支えていこうと思います。

 でも命神さんは、随分と彼女のことを気にしていますね)

『今や唯一、我の系譜をもつ人間だ。気にするのは当たり前というもの。

 それに生まれるはずがなかった存在だったからこそ余計に、この世界に生まれたからには精一杯、楽しかったと言える人生を送ってほしいと思っているのかもしれぬ』



 フレイヤのシステムが持つクラスは、『命神の系譜』。さらに種として創造しておきながら、世に出さずお蔵入りにさせてしまったことを少なからず不憫に感じていたようだ。

 だからこそ彼女を他の人間よりも、命神は気にかけているのだろう。



『ふむ……。そこで提案なのだが、手始めに次に向かう場所へ、フレイヤも連れて行ってくれないか?

 嫌がるような素振りはするだろうが、内心はそれで多少ホッとするはずなのだ。なんなら我のほうで褒美を用意してもいい。どうだろうか?』

(い、いや、べつにそれは全然かまいませんが……褒美?)

『ああ。今回フレイヤを連れ出し水の魔物を入手し帰ってくることができれば、私の管轄のスキルを一つタツロウが取得できるようにしよう』



 「なぬっ!?」と、竜郎は思わず目を見開いた。



『そして最終的に、いつかフレイヤが自分のやりたいことを見つけ、自分の足で歩けるようになった暁には、もう一つ、先にあげたスキルよりもユニークなスキルを取得できるようにしよう。……やってくれるか?』

(よっ、よろこんでー!)



 別にご褒美などなくても、フレイヤを生みだした親として責任を持ってサポートしていくつもりではいた。

 けれど命神と言えば、全ての神を統べる第一位格の統括神を除けば最高位格の第二位格。

 その神のスキルともなれば、普通では取れないようなものなのは間違いない。

 竜郎はハイテンションで、命神の依頼を引き受けることにした。



『そうか。よりやる気を出してもらえたようで、なによりだ。ではな──』



 来るときも突然なら帰るときもと言わんばかりに、命神との通信がプツリと途絶えた。

 急な展開過ぎて気持ちの整理が付きにくかったが、とりあえずフレイヤのトラウマを克服し、怠けながらでもいいから自分の好きなことができるように見守っていけばいいということだ。

 あくまでご褒美は、オマケくらいの感覚でいることにする。



「ということで、フレイヤ。今回は俺たちと一緒に、プティシオル大陸に行こう!」

「なにが、ということで~なのかさっぱり分かりませんわ。それに、ぷてぃ……? どこですの?」

「プティシオル大陸。今回、水の魔物がいるとされている場所だ」

「お家から出たくありませんの~」



 ベッドに寝転び、じたばたしはじめるフレイヤ。ワンピースの裾がめくれそうになり、ウリエルがはしたないと抑え叱りつけた。

 竜郎は「子供かよ……」と突っ込みながらも、もう一度だけ意思の確認をしてみることにする。命神の言葉が本当ならば、心の底から嫌がっているわけではないはずだと。



「どうしてもということなら、無理にとは言わないが……だめか?」



 竜郎がお茶らけなしに、真剣に面と向かって問いかけると、フレイヤの眉間に皺が刻まれていき──。



「……そこまで言うのなら、行かせていただきますわ」



 最終的には了承してくれた。これまでの竜郎ならば、それはしぶしぶ承諾しただけのようにしか見えなかった。

 けれど改めて命神から言われたことを意識してみると、どことなく背筋が伸びたというのか、やる気が見えてくるような気がした。

 竜郎たちと一丸になって、元の世界に帰ろうと言っていた頃の目に近くなった気がする。

 最初のなにもかもに無気力な状態よりは、こちらのほうがずっといい。



「それじゃあ、決まりだな。明日の朝出発だから、用意しておいてくれ」

「了解ですわ~」



 一度引き受けたのなら、無責任に投げ出さずにきっちりとこなしてくれるのがフレイヤだ。そのまま寝てしまいそうな雰囲気だが、明日には準備万端整えてくれているのは間違いないだろう。


 今日のところはこれでよしと、竜郎はフレイヤ以外の面々を連れて彼女の部屋から退室し、またリビングまで戻ってきたところで、さきほどの命神との会話を愛衣とウリエル、アーサーだけに聞かせていく。


 なにぶん心の問題でもあるので、あまり大勢に吹聴しないほうがいいだろうと思ってのことである。

 ただコミュニケーション能力が異常に高いフローラなら、微妙な機微も察して上手くやってくれるだろうと進言されたので、そちらはウリエルから話しておいてもらうことにした。



「──ということで、あんまりやりすぎても引かれてしまうかもしれないが、これからは適度にこちらから声をかけて何かを手伝ってもらうなどしてほしい」

「フレイヤの自主性に任せて気長に話し合っていこうと思っていたのですが、それではいつまで経ってもダメだったのですね」

「仲間として、家族として、私も気にかけてみます。マスター」

「ああ、2人ともありがとう。俺と愛衣も、それとなく気を付けておく」

「だね」



 フレイヤについて今できることはこのくらいだろうと、密談を終えてウリエルとアーサーと別れた。

 次にニーナとちびっ子たちを連れて竜郎と愛衣が向かったのは、酒造りをしている場所。


 たどりつくと、そこにはガウェインと酒竜たちが。

 酒竜は現在ガウェインの強い希望から、吟十郎ぎんじゅうろう──つまり10体まで増えていた。それ以降は名前がややこしくなりそうだなと、竜郎は密かに思っていたりする。


 筋骨隆々の赤目の大男──ガウェインが竜郎の気配を察知し、ドレッドヘアを揺らめかせながら声をかけてきた。



「おう、マスターじゃねーか。どうした、酒でも飲みにきたか?」

「酒はあと数年経ったら飲ませてもらうよ。その時には、最高だって言えるような酒を貰えると嬉しいな」

「おう、任せとけっ──ん?」



 話していると、別方向から別のものがやってくる。ガウェインはその人物?を見て、フッと鋭い八重歯を見せて笑った。



「なんだ、お前はまた来たのか」

「へへっ、酒の味が忘れられなくてねぇ」

「お前も好きだねぇ」



 突如やってきて、おっさんのような会話をガウェインと繰り広げはじめたのは、最近やってきた新顔でもあるダンジョンの個──ノワール。

 ザ・黒猫という容貌をしながら、酒を気に入ったシュワちゃん、玉藻以上に呑兵衛だったらしく、その味を知ったその日からちょくちょくここに来ては、ガウェインにおすそ分けしてもらっているようだ。


 ガウェインも慣れたもので、ノワール用に用意された餌皿をだすと、そこへ酒を注いでいく。

 とことこと見た目だけは可愛らしく近寄っていくと、ノワールはうずめるように酒に顔を突っ込んで飲みはじめた。



「ングング──クゥアアアッ! たぁーまんねぇーなぁ、おい。ングング──うひゃー! 最高だぜぇっ。ングング──」

「もう何かね。猫ちゃんのイメージがぶっ壊れちゃうよ、私は。なにこの、おっさん猫」

「アレは猫じゃないから気にするな」

「うん……」



 あんなのを見習っちゃいけないぞと、竜郎と愛衣はニーナと楓、菖蒲に今の内から言い含めておく。



「んで、酒に用がないってんなら、なにしに来たんだ? マスター」

「ああ、いや、明日水の魔物を入手しに行くつもりなんだが、酒造りに携わってるガウェインは興味あるかなと思って一応聞きに来たんだ」

「そうだなぁ。毎日、吟一郎たちを見てると、酒にとって水は命みてーなんだってのがなんとなく分かってきたんだよ。

 そう考えると、最高の酒の材料を集める工程も体験しておいた方が、なにかヒントが得られるかもしれねーし…………よし、俺も行かせてくれ」

「はいよ。これで7人だな。ちょっと多い気もするが、別にいいか」

「ああん? マスターとあねさんとニーナと、がきんちょ二人で俺だろ? あとは誰がいんだ?」

「フレイヤちゃんだよ」

「へーフレイヤね……──フレイヤ!? あいつが外出だとっ!? 何があったんだよ! 明日は天変地異でも起きんのかぁ!?」

「なにもそこまで言わんでいいだろうに……」



 あまり細かいことなど気にしないガウェインにここまで言わせるとは、ある意味凄いことなんじゃないかと、フレイヤのいる部屋の方角へと遠い目を向ける二人。


 ──と、そんなことをしていると不意に竜郎はズボンを引っ張られるような感覚がした。

 つられるように下を向けば、足元にさっきまで酒を飲んでいたノワールがつぶらな青い瞳で見上げてきているのが見えた。



「なあなあ、タツロウ。美味い酒の原料を探しに行くなら、俺も連れてっておくれよ。 邪魔しないからさぁ」

「酒の原料って言っても、酒じゃなくて水だぞ? それに近くにエネルギーを補給するところもないし大丈夫か?」

「さっき満タンにしといたから、何事もなけりゃ行って帰ってくるくらい余裕だろ。なーなー、いーだろー」



 爪でズボンをひっかけてクイクイしつこく引っ張るノワールを、傷むから止めろと言って抱き上げた。

 そしてそのまま、どうすると愛衣に無言で視線を投げかけた。



「別にいいんじゃない? ガウェインくんとも仲良さそうだし」

「あー、それじゃあ、ガウェイン。ノワールの世話、よろしくな!」

「俺に丸投げかよ!? ──っち、しゃーねーなぁ。大人しくしてろよ、猫助」

「わーかってるって──ングング──クゥアアア! きっくぅううう」

「ほんとに分かってんのかねぇ……、この猫ちゃんは」

「だめだめだね、カエデ、アヤメー」

「「あぅ……」」



 行けるとなるやいなや、すぐさま酒を飲みはじめるノワールに、ニーナや楓、菖蒲までもが呆れているようだ。


 そうして竜郎、愛衣、ニーナ、楓、菖蒲に、フレイヤ、ガウェイン、ノワールという謎の組み合わせで、今回の水の魔物探しに行くことになったのであった。

次回、第72話は6月17日(月)更新予定です。

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