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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第五章 プティシオル大陸編
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第70話 眠り姫

 リオンと握手を交わしてから、数日が経った。

 現在ハウルたちは、この世界のどこにもないであろうダンジョンの町計画を推進させるべく、王都にいるものたちと会議を重ねているようだ。

 それが終わらぬまでは、竜郎たちに手伝えることはないということで、町の防衛のために生みだそうと思っている魔物に関しては、まだ猶予があるためもう少しどんな存在にすればいいか考えようと保留にしている。


 このままだらだら待っているだけというのも時間の無駄なので、当初の目的通り水の魔物を入手することを優先することに決めた。

 竜郎は昼ごろ皆に集まってもらい、その旨を報告しておいた。


 そして現在。遅れてフローラの昼食を食べにきたイシュタルと、竜郎と愛衣は話していた。

 ちなみに、いつも近くにいるミーティアは外でアーサーたちと訓練中。

 イシュタルがここ数ヶ月で急激に強くなったことで、彼女もこのままではいけないと思ったようだ。



「このチキーモの骨から取ったというスープは最高だな。何杯でもいけそうだ。またフローラに、お礼を言っておいてくれ」

「うん、言っとくね」



 楓と菖蒲は少し離れたところで、ニーナに遊んでもらっていた。

 小さな竜と幼女が遊んでいる姿に、竜郎と愛衣は相好を緩めている。

 イシュタルも彼らの視線の先を見て同じようにほほ笑むと、そういえばと口を開いた。



「水の魔物を探しに行くらしいが、次はどこに行くんだ?」

「それはねー…………どこだっけ? たつろー」



 なんで答えようとしたんだと、竜郎とイシュタルがガクッとなる。



「今いるイルファン大陸から西北西の方角にある、プティシオル大陸とかいうところだよ、愛衣。

 たしかそこのトネット、ロピュイ、ワウテドっていう三国に囲まれた、何処の国にも属さない未開拓の地のどこかにいると《魔物大事典》の分布図には記されていたはずだ。イシュタルはその国について知ってるか?」

「とねっと、ろぴゅい、わうてど……? 知らんな。我が国とは関わりがないし、母上のところとも一切の交易もないのではないか?」

「ありゃりゃ、そうなんだ」

「ああ、それにそもそもプティシオル大陸は、小国の集合体のようなところでな。

 それほど大きくない大陸のくせに、存在する国の数はそこらの大陸よりも多い。

 いちいちその全てを覚えているやつなど、そういないだろう」

「あら。私は全部覚えているわよ」

「ん? なんだレーラか」



 たまたまお茶を飲みに来たレーラが、話しに加わった。コップを手に持ち、イシュタルの横に腰かける。

 竜郎はそれならばちょうどいいと、その三国について何か知っていることはないかと聞いてみた。



「トネット、ロピュイ、ワウテドね。もちろん知ってるわ。あの大陸の中じゃ、そこそこ有名な国よ」

「そうなの?」

「ええ、開拓戦争の国ってね」

「「「開拓戦争?」」」



 レーラの話によると、その三国は数百年前までは一つの国だったらしい。

 けれどその末期の王たちはそうとう酷かったらしく、最終的にはクーデターが起きて王家は滅亡。

 さらに反乱軍に属していた三つの勢力のリーダーたちが、それぞれ王を名乗ったことで国は三つに分かたれた。


 ──と、そこまではまだよかったのだが実はこの国、できるだけ国土を広く取ろうと初代王が欲張って輪っか状に大きく開拓しており、その内側は一切の未開拓地という変な国だった。

 その三国が得た国土は、開拓済みの部分を綺麗に三分割した状態。

 なので内側の未開拓地を巡って三国の王たちはもめにもめたが、内乱でボロボロだったということもあり、もう戦争はしたくないというのはどこも同じ。

 結局最後は三国ともひとまずその土地を放棄し、自分たちで新たに開拓した場所は、その国のものになるということで合意した。


 それから三国は他の二国に負けじと、今もなお内側の土地を巡って少しずつ開拓を続け、その様を外から見た人たちは、それを『開拓戦争』と呼ぶようになった。



「べつにドンパチやってるわけじゃないんだな。それなら安心した」

「けどそんな状態だと、のんびりしてたらそのうち開拓されて水の魔物もいなくなってたかもしんないね」

「三国ともそれほど裕福な国でもないから、開拓もそれほど進んでいないけれどね。

 でもあと数百年もすれば、全部開拓しつくされてしまっていたかもしれないわ」

「あと数百年って、ずいぶんのんびりさんだね。たつろーみたいに、魔法でどばばーってやっちゃえばいーのに」

「未開拓の地は広い上に魔物も住んでるから、一気に土地を荒らしてしまうと、そこにいた魔物たちがいっぺんに攻めてくるから危険なのよ。たまに、そこそこ強い魔物もでるらしいしね。

 だから少しずつ安全に間引いてから、改めて魔物がいないか調査して、それから魔法使いたちに土地を広げてもらうって感じかしら。

 それに魔物対策やここまで開拓しましたと他の二国に示すために、内側にも壁は必要なの。

 少し開拓しては壁を作って、また開拓しては壁を作り直して──なんてことをしてるから、余計に費用もかさんでいるんじゃないかしら。貧乏なのも頷けるわ」

「……それはもう、開拓しないで治世に力を注いだ方がいいのではないか? 私には無駄にしか思えないのだが」

「実際に国民たちの中には不満に思っている人もいるようね。逆に他の二国に負けてたまるかと息巻く人も多いようだけれど」



 難儀な国だなぁというのが、それぞれ抱いた感想だった。

 けれどどうせ用があるのはその内部の土地だけなので、こちらには関係ないだろう。

 竜郎たちは特に気にすることもなく、この話を終えた。




 イシュタルも戻り、竜郎と愛衣はニーナや楓、菖蒲とじゃれ合いながら、今回は誰を連れていこうかなどと相談していた。

 するとそこへウリエルとアーサーが、揃ってこちらにやってくるのが見えた。



「主様。少しお話が」

「2人とも同じ話か?」

「はい。マスターにお願いがありまして……」

「俺にできることなら別にいいけど、それで?」

「実は──」




 ウリエルとアーサーの話を聞いた竜郎たちは、急いである所へと向かっていた。



「まさかそんなことになっていたなんて……。もっと早く気づくべきだった。ごめんな、ウリエル、アーサー」

「いえ、主様もあちこち飛び回ってお忙しい身でしたし、致し方ないことですわ」

「ウリエル姉上の言うとおりです。むしろ我々だけで解決できず、悔しい限りです」



 そうこうしている間に、目的地にたどり着いた。

 そこはカルディナ城のとある一室。分厚い竜水晶の扉を、竜郎はコンコンコンとノックした。



「……………………」



 しかし返事はない。もう一度ノックする。だがまた返事がない──と思いきや、中から気だるげな女性の声が聞こえてきた。



「……も~なんですの~」

「フレイヤ。ちょっといいか?」

「鍵は開いてますので、お好きに入ってきてくださいな~」

「フレイヤちゃん、部屋の鍵閉めないんだね。まあ、お家の中だから別にいーんだけどさ」



 本人もいいというので、扉を開けて中へと入る。

 するとそこには、薄い水色のルームウェアワンピースだけをだらりと着込み、ベッドに寝転んだままゴロゴロしている非常に整った中性的な顔立ちの女性の姿が目に入る。


 竜郎たちが入ってきたことでその女性──フレイヤは、ようやくむくりと上半身を起こす。灰色のやや長いショートカットの髪は寝癖だらけ、右が金、左が黒銀のオッドアイは未だに眠そうに半目状態と、なんともがっかり美人だ。


 そして部屋。最低限の足の踏み場以外にはどこから持ち込んだのか、ふわふわのベッドマットレスが敷き詰められていた。

 さらにそのマットレスの上は、服や下着が乱雑に散らばっており、部屋の主の辞書には整理整頓の文字が載っていないことがありありと伝わってくる。



「こらフレイヤ。食事時以外は外にもいかず、ずっと惰眠をむさぼってるそうじゃないか。たまにはお外で遊んできなさい!」

「なんなんですの~藪から棒に。お外なら行ってますわ。浜辺で寝たりー、草原で寝るのも最高ですもの」

「いや、お前……ただ寝てるじゃん……。もっとこう、なんかしよう。な?」

「ご主人様はやりたいことがあるなら、好きにしていいといったじゃありませんの。

 だからわたくしは毎日いかに安らかな眠りができるのか、研究することに……ぐぅ…………」

「寝るな!」

「──はっ、これは失礼。おほほほ」



 ちっとも失礼と思っていない様子で、おほほと口元に手を当てるフレイヤ。竜郎は、なぜここまで酷くなってしまったのかと頭を抱えた。



「フレイヤちゃん。前は人前だけはしっかりしてる風に見せてたのに、今じゃもう開き直ってるね」

「猫を被るのも疲れますから、やめましたの。そうしたら心が解放された気分ですわ」

「解放され過ぎだろ……」



 そうなのだ。以前はぐーたらな部分を少なからず隠そうとしていたというのに、今では開き直って全力全開でだらけきっている。

 ただ食事のときだけ着替えてリビングに赴いていたので、竜郎や愛衣は気が付かなった。そうしないと、ウリエルに母親のように怒られてしまうから、いやいややっていたそうだ。


 けれどウリエルによれば、彼女は食べ終わり部屋に戻ればすぐさま楽な格好に戻り部屋でひたすら眠るだけ。

 寝る──食べる──寝る──食べる──寝る──食べる──の無限ループ。それ以外の時間と言えば、トイレかシャワーくらいと徹底している。


 さすがにこれは問題があると、ウリエルやアーサーがそれとなく注意しても馬耳東風。いっこうに、その生活を正すことはなかった。

 そこで自分たちではどうにもならないと、彼女たちに相談を持ちかけられたというわけだ。



「俺も別に汗水流して働けと言ってるわけじゃないんだ。遊びだってなんだっていいから、なにか自分のやりたいことを見つけてみないか?

 ずっと食べて寝るだけの人生を送るなんて、さすがに精神衛生上よくない。それにもったいないだろうに」

「そうですよ、フレイヤ。あなたはやればなんだってできてしまうのに、ずっと寝てばかりなんだもの。私やアーサーも、ずっともどかしく思っているのよ」



 普段フレイヤに口うるさく言うのも、ウリエルなりの思いやりだ。フレイヤもそのことはちゃんと分かっているので、強く言い返すこともできず唇を尖らせむくれてしまう。



「むー、そんなこと言われましても、なにもやる気が起きませんの」

「じゃあ、これまでに何かやってみたことがあることとかない? フレイヤちゃん。

 そこから趣味嗜好が探れるかもしれないし、教えてよ」

「やってみたことのある……ですの? うーん…………ああ、釣りをしたことはありますわ。あれは、なかなか有意義でしたの」

「おお、いいじゃないか釣り。最強のアングラー目指そーぜ! んで、そのときは何を釣ったんだ?」

「餌のついていない、ただの縫い針でやっていたのですから、釣れるわけありませんわ」

「どこの太公望だよ!? というか、なんの意味があってそんなことを? とても有意義とは思えないんだが……」

「ただ海に糸を垂らして、ボーとその先を見ていると自然と目蓋が落ちて、いい夢が見られるんですの。あの潮騒が子守唄に最適なんですのよ?」



 知ってまして? と言わんばかりにドヤ顔でそんなことを言われても、こちらは知らねーよ! という思いでいっぱいだ。



「だめだこりゃ……」



 愛衣が両手を挙げて降参だと言わんばかりに、ため息を吐いた。ここまで筋金入りだと、もう何をしてあげればいいのかこちらも分からない。

 けれどせっかくこの世界に生まれたのだから、もっと人生を謳歌してほしいと、お節介かもしれないが思ってしまう。


 そしてそれは、どうやら竜郎たちだけではなかったようだ。



『たっつーん。ちょっとお話し聞いて~』

「ん? その声と呼び方はもしかしなくても怪神か?」



 竜郎だけに怪神からなにやら神様通信が届いたことを知り、他の皆は静かに彼を見守りはじめる。

 軽く手を挙げてありがとうの意を示すと、さっそく怪神との会話に集中する。



『今忙しいかな~?』

(いや、別にそれほど忙しいわけじゃないが、なにかあったのか?)

『なにかあったというわけじゃないんだけどね~。ちょっと命神が、たっつんと話したいって言うから繋ぎを取ったの~』

(命神さん──いや、命神様が?)



 命神といえば、今話している魔物全てを司る神──怪神や、全ての竜を司る神──全竜神の直属の上司?のような存在で、人や竜、魔物や植物にいたるまで全ての生命を司る神である。


 そんな神が一体何の用があるのだろうと、竜郎が怪神に問いかけようとすると、その前に年かさのいった渋い男性の声が突如脳内に響き渡った。



『我のことは好きに呼んでくれ。タツロウ。無理に様を付ける必要などない』

(えっと、あなたはもしや?)

『ああ、命神だ。突然、すまないな』

(いえ、別にいいんですけど、どのようなご用件で?)

『うむ。用件というのは、そこにいるフレイヤについてだ』



 名前が出た彼女の方へと視線を向けると、未だに神という存在に少し抵抗があるのか、ほんの少し表情が硬くなっていた。



『直接話しかけては、もっと気負わせてしまうかもしれないと思ってな……』

(ということは、フレイヤへの伝言ということでしょうか?)

『ああいや、違うのだ。タツロウに協力してほしいことがある』

(僕にですか?)

『そうだ。フレイヤを眷属としたタツロウに頼みたい』



 元から真面目そうな声音だったが、その声にはことさら気持ちが籠っているように感じた。なので竜郎は真剣に、「自分にできることならと」返事をした。



『どうか、あの子の、やりたいことを見つけてあげてほしい』

(……えっと、まさにそのことについて話していたわけですが、なんでわざわざ命神さんがそのようなことを?)



 全ての命を司る神が、たった一人の女性のために、お願いをする理由が竜郎には分からなかった。

 命神はその問いかけに、答え辛そうにしつつも返答してくれた。



『あのように無気力になってしまったのは、そもそも我々のせいでもあるのだ』



 ──と。

次回、第71話は6月14日(金)更新予定です。

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