第69話 町計画、最終確認
ハウルも乗り気になったことで、ダンジョンの町計画もかなり現実味が帯びてきた。
「しかし食と言ってもララネスト級のものは、それを使った料理だけでもかなりの値段がしそうだ」
「それだと低レベルのダンジョンに潜っているようなものたちでは、気軽に店に入ることもできないでしょうな」
「かと言って美食の町でもあるというのなら、普通の料理を出すのも味気ない気がしますね」
ハウル、ファードルハ、レスはそれぞれの意見を口にする。
ララネストは竜郎たちが定期的に、ハウルから紹介された信用のおける商人に卸して世に流通させていっているので、少しずつだが売値も下がってきている。
なので月日が経つにつれて手が出しやすくはなってきているとはいえ、それでも一般市民が1匹まるごと買えるような代物ではない。
《強化改造牧場》を使わない養殖も順調とはいえ、そちらの生産数には限界がある。
なのでスキルで無理やり繁殖力を増強させた、通称ブロイララネストでなければ、今後も気軽に買えるようにはならないだろう。
しかし安い店だからといって、そこいらの町と変わらない料理を出していては、結局は実力者と富裕層だけが楽しめる食。それでは今とそれほど変わらない
「それは僕らも少し考えたのですが、例えばこういうものならば安く提供できるのではないでしょうか」
「ぎゃう? いい匂い……」「「あう!」」
竜郎がそう言って《無限アイテムフィールド》から出したのは、一杯のラーメン。
時間を止めた状態で保存していたので、今もアツアツで麺も伸びていない。その状態に少し不思議に思うハウルたちだが、竜郎のやることだからと特に気にすることもなかった。
ちなみにこれは今日のために、事前に用意してもらっていたものだ。
先ほどチキーモを試食したばかりだというのに、漂ってくる香りが皆の鼻孔をくすぐる。
今まで試食以外は興味なさ気に大人しくしていたニーナと楓と菖蒲も、このときばかりは反応を示していた。
「少し試食してみてくれませんか?」
「あ、ああ。分かった」
念のためジネディーヌが食べられるかどうか調べてから、フォークを受け取りハウルが麺をクルクルと巻いていく。
ラーメン自体はこの世界にも普通に流通しているので、珍しがることなくフォークに巻かれた麺の塊を口に運んだ。
「ん!? 美味いっ!」
そう言うとすぐに二口目を食べ、用意させたスプーンでそのスープの味だけを何度も確かめる。
「麺も悪いとは言わないが、このスープだ! スープが凄い! いったい何のスープなのだ!?」
「それはチキーモの肉をはぎ取った骨をぶつ切りにして、そこから出汁を取ったスープです。他にも味の調整で入れたものもあるそうですが。
これなら廃棄するものを使っているわけですし、安く提供できるのではないでしょうか。一匹の骨から大量に取れますし」
「なるほど……いわゆる鶏ガラか。確かにこれなら、一般人でも手が出せる値段に落とせそうだ。お前たちも少し食べてみろ」
ハウルは物欲しそうな顔で見てくる子や家臣の視線に気が付き、他の面々にも器を渡して試食させていく。
「舌に絡みつくような濃厚なスープ……。これだけで何杯もいけそうですな……」
「鶏がらスープは飲んだことはあるけど、これほどうま味が濃縮されたものは初めて食べたよ!」
「私は麺だけじゃなくて、パンにつけて食べたい! 絶対にあうわ!」
などなどファードルハ、リオン、ルイーズたちにも好評な様子。
「他にもララネストの甲殻からとった海鮮スープも絶品でしたし、白牛の骨からとった牛骨スープもかなり美味しかったです。
やはり美味しい魔物は、骨の髄まで美味しいみたいですね」
「骨の髄まで……まさしく、それだ。その身を食べるのも最高だが、こういう調理法もまたいいものだな」
「ええ、なのでこういった路線で料理人の方々には試行錯誤してもらえれば、安くても他では味わえないような物が提供できるんじゃないかと思います」
ようは高級店などで余った廃材を他の店が安く買取り、それを使って低レベルのダンジョンに挑むような、所得の少ない層にも食を楽しんでもらおうというわけである。
B級グルメのような店が立ち並ぶ区画があっても、楽しそうだなと竜郎たちも皆で話し合っていたのだ。
ハウルたちも庶民的でありながら、最上級の美味しさの一端を味わえる多種多様な料理というものに興味を持ってくれたようだ。
有望で、信用のおける料理人を探してみると言ってくれた。
美食家以外にも、料理人として竜郎たちの食材に注目している人たちも増えてきているようなので、それほど難しくはないだろうとも言われた。
「これで食の方向性はいいとしてだ。娯楽のほうは、なにかあるのか?」
「そこはまだ何とも……ですかね。うちの義妹が玩具を作っているので、とりあえずそれは導入したらという話はありますが」
「玩具とな?」
ガ○ダムのような人形を自分でカスタマイズして、それらを戦わせるようなものを作ってみたいと言っていたことがあったが、リアは実際にそれっぽい物をいくつか試作していた。
だがまだ一般的に売り出せるような形にはできていないそうなので、もう少しそちらは時間がかかりそうだとは言っていた。
なのでそこまで詳しいことは言わずに、適当にお茶を濁しておいた。
「あとは公衆浴場とかあったらどうですかね。ちょっとソレ関連でも、面白そうな魔物がいましたし」
「浴場で面白い魔物? 想像ができないな……」
ダンジョンに挑む人たちを癒せる温泉は──というのも候補に挙がっていたのだが、あの辺りを掘っても出そうになかった。
それに正直言えば、普通にお湯を魔道具で出すほうが手間もかからず楽だった。
そういった事情もあり普通に公衆浴場をあちこちに作ったらという話になり、さらに温泉の素のような入浴剤があれば温泉と似たようなものになるのではと意見が出た。
そこで竜郎は《魔物大事典》を使い、そういったことに使える魔物はいないかと探した結果、何種類か入浴剤の材料として使える魔物がいることが判明したのだ。
それも何種か存在しており効果や香りも違うらしいので、各所でいろいろなお湯を楽しめるようにできるかもしれない。
「題して魔物の湯だよ! ルイーズちゃん」
「それ……なんかおどろおどろしいよ、アイちゃん……」
他にもハウルたちと町の構想をすり合わせていくことで、おおよそ竜郎たちのやりたいことを理解してくれたようだ。
町づくりも本格的に検討してみると約束してくれた。
「あ、そういえば町を作るとなったら学校とかはどうします?」
「学校? 住民として大勢の人が集まるようになれば、必然と子供の教育機関は必要になってくるだろうな。だが、それがどうかしたのか?」
「いえ、実はうちで預かっている子がいるんですけど、後何年かしたらどこかの学校に行かせてあげたいなと思っていまして」
「預かっている子というと、そこの子供たちとは違うのか?」
「ニーナは子供じゃないよ」「「あう?」」
ニーナは子ども扱いされたので直ぐに否定し、視線を向けられた楓と菖蒲は「なに?」とハウルを見上げていた。
「ああ、いえ、この子たちとは別で、中位エルフの男の子です。名前はルシアン。
いろいろあって、うちで育てることになったのですが、僕らの中だけで育ってしまうと常識が抜けてしまいそうなんですよねぇ……」
「「「「「あー……」」」」」
そろって「わかります」という顔をされてしまった。
ルシアンの父親は神の子として生まれたクリアエルフという特殊性をもつが、彼自身はあくまで竜郎たちとは違い、こちらの世界の普通の範疇だ。
やたらめったら竜郎たちが鍛え上げてチート人間にすることもできるだろうが、彼の両親が生きていたら、そんなことは望まないだろう。
だからこそできるだけ、こちらの世界の住人たちとも馴染めるような環境を作っておきたいと考えていた。
「タツロウたちの預かり子というのなら、そこのリオンやルイーズも通っていた王都の学院で、最高の教育を受けてもらうことも可能だぞ?」
「それも魅力的ですね。ですがなにぶんまだ先のことなので、ルシアンがそれを望むなら、そのときはお願いします」
「ああ、分かった。気軽に言ってくれ」
何人でも構わないぞとも言ってくれたので、カサピスティの学院で学びたいという子が今後現れたのなら、いつか頼むこともあるかもしれない。
竜郎はありがとうございますと、愛衣ともどもお礼を口にした。
それからまた少し話していると、ハウルはその地を実際に観てみたいと言い出した。
別に見られて困るものではないので、竜郎たちも快諾した。
「では行こう!」
「えっ、今すぐですか?」
「そんな不思議なダンジョンがあるのなら一目見ておきたい。
実際に大丈夫なものなのかも、この目でちゃんと確かめてもおきたいしな」
「はあ」
別に王様自ら行かなくてもいいのではとも思ったが、周りも誰も止めないのでいいのだろう。
竜郎は机の上に出していた地図や食器類を《無限アイテムフィールド》にしまっていき、最後に隅に置かれたままになっていた白槍を手に取った。
「そうだ。これ、レスさんに差し上げます」
「──は? はいぃぃっ!? えっと、なんで俺──じゃなくて私に?」
竜郎がお菓子でもあげるかの如く槍を差し出してくるものだから、ハウルたちも一瞬訳が分からず硬直する。
──が、指名されたレスは、もっと訳が分からず動揺を隠せない様子。
「以前うちの壁の強度を確かめる時に、2本も槍をダメにしてしまっていたじゃないですか。
だからその代わりにでも使って下さい。僕らは使いませんし」
「使わないんですか!? これほどの槍を!? ──って、そうじゃなくて、もらえませんよ!
そもそもアレはどちらも王家から貸与された槍で、もともと私の所有物ではないですし!」
「そうなんですか? ではこの国に寄付します。いかようにも使って下さい」
「いや……さすがに、ではありがとうと貰えるほど、こちらも厚顔ではないのだが……」
ハウルたちの性格上そうだろうなとは思っていたので、竜郎はすぐに別の切り口から攻めていく。
「なら僕らの土地に町を作ったり、人を寄越したりなんだりでお金もかかるでしょうし、そちらへの投資ということでどうでしょうか?
そのぶん、僕らの我儘も聞いて下さいねという下心も込めておきますので」
「……………………………………わ、わかった。そういうことならば、ありがたく受け取らせてもらおう。
その代わり、できるだけタツロウたちの希望に沿うよう努力することも誓う」
葛藤の末、ハウルは折れて受け取ることにした。正直、喉から手が出るほど欲しい物ではあったのだ。
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそありがとうなのだが…………。レス、受け取れ」
「え? ええ? 私が使ってもいいのですか……?」
「タツロウも、そのつもりで持ってきてくれたようだしな。それで今後も私を守ってほしい」
「──はっ! 全力で職務に励む所存です!」
「もう壊すなよ」
「……はい」
無事に槍を受け取ってもらうこともできたので、さっそく城の屋上にやってきた。
竜郎は重力魔法と風魔法で楓と菖蒲を片手ずつ抱いて、愛衣は飛翔能力を持つ天装でもあるガントレットで、ニーナは小さなまま自分の翼で、それぞれ飛んで先行する。
ハウルたちは大型の鳥の魔物に持たせた駕籠に乗って、竜郎たちに守られるようにダンジョンのある場所へと飛んで行った。
「なんかもう魔物が何匹か入ってきてるよ、たつろー」
「地面だけじゃなくて、上も蓋しとくんだったなぁ」
ダンジョンの町予定地の上空付近に近づくと、巨大な蛾のような魔物が数匹、外壁で守られたこの地を安全な巣にしようと既に入り込んでいた。
たかだか数時間でこれなのだから、数日も経てばあっという間にここは魔物たちの巣になり果てるだろう。
このことからも、空からの襲撃もきちんと対策するべきだと改めて思い知らされる。
「私がやっつけてきてあげよーか? パパ」
「いいや、あれくらいなら俺がかたづけるよ──っと」
空を飛んだまま近づいていき、そのまま火魔法でお椀型に竜水晶で囲まれた内部を火の海にする。
それは一瞬で消え去ると、そこには灰すら残さず巨大蛾は消え去り、もとの綺麗な土地になっていた。
そんな光景に口をあけながら、ハウルたちは唖然としていた。
巨大鳥のテイマーは、その間、巨大鳥が火魔法に驚いて飛び去ろうとするのを必死で抑えていた。
「あの魔法の火力も凄いけど、あの綺麗な蒼い水晶のような外壁はなんなんだろう……。焦げ跡一つ、ついてないじゃないか」
「しかもあれ、私が本気で突いてもビクともしないんですよ、リオン殿下。凄いですよねぇ」
「あー、あれがレスさんの槍を壊したっていう壁なんだねー」
「そ、そうです、ルイーズ殿下……」
自分で過去の傷跡をこじ開けているレスに誰もフォローを入れることなく、改めて上空からハウルたちは竜郎が区切った土地の一部を眺めていく。
「直に見ると、やはりここだけでも広いですな。それなりに大きな町が築けそうです、陛下」
「のようだな。タツロウたちは、これだけの範囲を守りきると言っているのだから大したものだ。
それで……あの綺麗に半円状に並んでいるのはダンジョンで間違いないな?」
「ここから解魔法で調べてみましたが、間違いございません」
「ダンジョンの入り口が10個も並んでいると綺麗だね、リオンお兄様」
「ああ、こんな光景、この世界どこを探してもないだろうね」
ハウルたちが下に降りると、その上で魔物が来ないように警戒していた竜郎たちも着地した。
その後、ハウルたちもどんなところか雰囲気だけでもみたいと言うので、絶対に死ぬ危険性がないレベル1ダンジョンにだけ入ることに。
レベル1というだけあって、当然すぐに攻略は終わりハウルたちはそれぞれSP1を受け取った。
ただルイーズはやはりこのダンジョンの雰囲気が苦手だったらしく、終始きゃーきゃーいいながら愛衣の背中にくっついていただけなのだが……。
「ここがレベル1ということは、この対称側にあるダンジョンがレベル10か。本当に不思議な場所だ」
「それでハウルさんから見てどうですか? ここに町は作れそうですか?」
「まだ他の者たちとも話し合っておきたいことは多くあるが、タツロウたちがこの地を守れるという証拠さえ見せてくれれば、問題なく作ることはできるだろう」
「そこは任せておいてください」
相変わらず自信満々に言うので、ハウルたちは苦笑してしまう。
「しかしそうなってくると、ここにできるであろう町の統治を誰に任せるかが問題になってくるでしょうな」
「ですね、ファードルハ様。もしタツロウさんたちが言うような形で実現し、軌道に乗ることができれば、多くの利権を生みだすでしょうし町には誘惑だらけ。
よほどしっかりしていて、信頼のおける人物でなくてはなりません」
町の利益に私欲で手を出さず、美食や遊びに溺れることなく、絶大な信頼のおける人物が相応しい。
けれどそれほどの人材は、既に重要なポストについている。簡単に移動させることもできない。
新しい悩みの種ができそうだと、今からファードルハとジネディーヌが頭を悩ませはじめる。
しかしハウルは何かを考え込むように顎に手を当て目をつぶり、またすぐに目を開くとそのまま言葉を発した。
「……ならばリオン。お前がやってみるか?
次は別の領地に勉強に行かせるつもりだったから今日は呼んでいたのだが、それを無くせば特に今現在ついている役職もない。
それにお前は責任感も強く、約300年、様々な領地で勉強させてきた。適任ではないか。
王座を譲る時までに後任を探せばいいのなら、時間もたっぷりあるしな。
それに一つの町を任せられたことも、何度かあっただろう?」
「あ、あったけど、後任がくるまでの代理のようなものだったじゃないか。
それになにより、これほど特殊な町を一からなんて……」
「ならルイーズも付けよう。一緒に頑張るがいい」
「ええ!? 私も!? 私だって自信ないよ!」
「心配するな。リオンは優秀だ。それにお前もな。
ちゃんと補佐できる人間もよこす。それでもできないというのなら、そのとき無理だと言え。そのときは、私がなんとかしてみせる。
タツロウたちはどうだろうか? リオンたちならば必ずできると、私は確信しているのだが」
じっと見つめてくる視線に竜郎も視線を合わせれば、そこにはただの親馬鹿ではなく、しっかりとした確信を持った力強さがあった。
もちろん、息子が竜郎たちと懇意であるというところを他国に見せつけたり、次代の王がここにいるのだから安全なのは間違いないという宣伝にも使える──などなど、他にもいろいろと打算あってのことだが、それでもリオンとルイーズの能力は疑っていない。
そして竜郎たちも出会ったばかりだが、リオンたちには好印象を抱いており、そこいらの大人よりも接しやすいと感じていた。
知らない人が自分たちの領地内で取り仕切るよりも安心できるし、ハウルもダメなときは自らが何とかするとまで言ってくれている。
ならばリオンたちにまかせた方がいいだろうという考えに至った。
竜郎と愛衣とニーナは少し時間をもらい、念話ができるメンバーたちに意見を聞いていき、ちゃんと同意を得ることができた。
「わかりました。もしここに町ができた暁には、リオンに任せたいと思います」
「……本当に私でいいのか?」
「もっちろん! 困ったことがあったら私たちも協力するから、遠慮なく相談してね。ルイーズちゃんも!」
「うっ、うん! ありがとう、アイちゃん!」
愛衣とルイーズはすっかり仲良くなって抱きしめ合っているし、竜郎もリオンと気安く接することができている。
この判断は間違いではなかったんだと改めて確信し、竜郎はリオンに握手を求めた。
リオンもすぐにそれに応じる。
「これからよろしくな、リオン」
「よろしく。タツロウくん」
「防衛のほうは任せておいてくれ。鉄壁の防衛網を引いて見せるからさ」
「ああ、期待しているよ」
後に竜郎が用意する鉄壁の防衛網とやらを見て、リオンもルイーズも腰を抜かすことになるのだが……それはもう少し先の話である。
これにて第四章 『ダンジョン強化編』は終了です。ここまでお読み頂きありがとうございます。
そして本来なら一週間の休みをとって第五章の始まりとする予定だったのですが、6月は17日(月)から一週間前後、家に帰ることができず執筆活動ができません。
なのでそちらでお休みをとらせて頂きたいと思います。そこを過ぎるまで準備やら何やらに時間を割かれ少し更新が不規則になるはずです。
ということで第五章である第70話は、6月11日(火)に投稿予定です。
予定通りにいけば71話は6月14日(金)。72話は6月17日(月)で、少しばかり休みを挟んで再開という流れになるかと思います。