第06話 異世界への勧誘
異世界に一緒に行きませんか?──そう言われて、両親たちは少し黙り込むが、直ぐに仁が口を開いた。
「興味があると言ったのは嘘じゃないが、魔物なんていうもんが出てくる危険な所でもあるんだろ?
俺たちが行って大丈夫なのか? さすがに孫の顔も見ずに死ぬのは嫌だぞ」
「確かにこっちよりも危険だとは俺も思う。だが最初の内は俺や仲間の誰かに護衛として付いてもらうつもりだし、何より父さん達なら直ぐに自衛くらい出来るようになるはずだ」
「もしかして異世界人だと、必ず超人になれる世界とかなのかい?」
この場合の異世界人は、竜郎たち側の世界の人間のことである。
「いいえ、正和さん。例え異世界人であっても全員が全員超人になれる訳ではありません。
ただ向こうの世界にはシステムというものがあり、それを魂にインストールされると初期スキルというものが一緒に与えられるんです。
そしてその初期スキルは、システムがインストールされた時点での知能の高さや身体能力、遺伝子レベルで備わっている素質なんかが高ければ高いほど良いものが与えられます」
「そんでね。このシステムってゆーのは、一定以上の知性を持っていると勝手にインストールされちゃうんだけど、基本的に向こうの人達がインストールされるのは小さな子供の頃なの。
それが基本として初期スキルを選んでるから──」
「最初から大人の状態で、そのシステムとやらを得ただけでも、それなりに良い初期スキルが与えられるはず。そういうことでいいの? 愛衣」
「うん。それであってるよ。お母さん」
その会話を頷きながら聞いていた美波が、頭の中でかみ砕きなら考えを纏めていく。
「それなら私たちが向こうに行っても、自衛くらいは出来るようになるかもしれないわね」
「確かにそうなんだが、もう一つ普通の人達よりも有利な条件が母さんたちには追加されている」
「なに? やっぱりそれは異世界人特典とかそんなんがあるって事か?」
「そうじゃないよ、父さん。ただ向こうで世界の調整作業をバイト感覚でいいから手伝ってくれるなら、俺達が両親を連れていった時に初期スキルを優遇してもいいと向こうの世界の管理者──まあ、神様みたいな存在に確約して貰ったんだ」
「神様って、そんな存在と向こうでは普通に話せるものなの?」
「普通じゃないよー、お母さん。私たちの状況がかなり特殊だったってだけ」
「「「「んん?」」」」
ここまで突っ込んでこなかったが、突然異世界に行ってしまうような事態が起きたというのなら、それは確かに特殊な状況だろう。
だがいろいろ情報が多くてこんがらがってきてしまったようなので、竜郎は今回何故、異世界に行ってしまう羽目になったのか、何故神などという存在と知り合ったのか。
そういった事情を説明していくことにした。
「順を追って話します。まずこちらで起こった地震の原因なんですが──」
向こうの世界は異常なほどに世界が生み出すエネルギー──世界力に満ちた世界だった。
どんどん消費していかなければ、直ぐに飽和状態になって爆散してしまう程に。
なので世界は管理者を生み出し、爆散しない様に世界力を大量に消費する手段をいくつも整えていった。
その過程で生まれたのが魔物であったり魔法であったりするわけだ。
そして神達は最終的にシステムというものをつくりだし、それを知的生命にインストールし、誰でも容易にスキルを使える環境にする事で、世界力を簡単に消費させることに成功した。
さらにそのシステムを維持するだけでも莫大な世界力が消費できるので、この頃になるとかなり安定させることが出来ていた──はずだったのだが、イレギュラーが起きた。
そのイレギュラーのせいで、その世界の神達は自分たちの世界を守るためには、他の世界に影響を与えてしまうような手段を取るしかなくなってしまった。
そしてその手段を取ってしまった事で、多数ある中の一つである竜郎たちの世界も影響を受け次元を揺さぶられ穴をあけてしまった。
この時の次元振動が、地震となって表れたというわけだ。
そして竜郎と愛衣はその時に空いた穴に落ちてしまったがために、世界と世界の狭間に落下してしまう。
けれど自分たちの世界を守るためとはいえ、罪悪感も感じていた神達が竜郎と愛衣を自分たちの世界に何とか引き寄せてくれた。
「神達もいろいろ考えて、俺達が帰る手段を探そうとするにしても、異世界を楽しもうとするにしても、どっちでも出来るようにと向こうの人達にとっても異常なほどにチートスキルを与えてくれたんです」
「だから私とたつろーは、いきなりの異世界でも生き残れたんだよ」
そして竜郎と愛衣は、一番困難な『自分たちの望む世界』に帰ることを選択した。
そのことで様々な苦難を乗り越える破目になってしまう。
けれどそれも仲間たちや神々の手も借りて何とか達成し、今現在に至るというわけだ。
「向こうの世界は、ちょっとしたことで不安定になりやすい世界でもあるから、行き来するなら、その調整作業を手伝ってほしいと言われました。
そうすれば俺達にさらに便宜を図ってくれるとも」
「その便宜の一つが、俺達の初期スキルとやらにも良いものを──ってことか」
大分はしょった説明だったが、仁たちもなんとなく竜郎たちの状況を理解してくれたようだ。
「というわけで最初は俺達の補助がいるでしょうが、向こうでレベルなんかを上げてしまえば、そこいらの魔物には負けることも無いでしょう」
「レベル上げって、ますますゲームみたいな世界なのね。そこって」
「ですね。システムには個人のレベルが上がるほどに上昇する気力、魔力、筋力、耐久力、速力、魔法力、魔法抵抗力、魔法制御力の項目からなるステータスなんかもあるので、視覚的にも強さが分かりやすくなっています。
そういう所もゲームのインターフェースと似てますかね」
「その方が知的生命が扱いやすいからこそなんだろうね。でもそうか、竜郎君の話が本当だとすると、僕らがいっても大丈夫そうだね」
「それに私たちにどんな能力が備わるかも興味があるかな。愛衣達も危ない時は守ってくれるんでしょ?」
「うん。ばっちしフォローしたげるよ」
異世界で最初から最後までずっと息子や娘たちにおんぶに抱っこでは邪魔だろうと遠慮もしていたのだが、それも最初の内だけでよさそうと分かると、全員前向きになってきたようだ
「それに向こうで強くなっておけば、こちらでは敵無しです。
個人のレベルを上げてステータスの項目が上がれば事故にあっても、例えば車なんかに突っ込まれても怪我をしなくなりますし、通り魔なんかに不意に刺されても刃物で致命傷を負う事もまず無いでしょう。
常にシステムによって、見えない防護服を着ているような状態になるわけです。
まあ、そんなことはそうそうないでしょうが、父さん達には長生きしてほしいですし」
「そいつは、すげぇ。道端歩いてたら上から何か降ってきて、そのままぽっくり──なんて可能性もゼロじゃないんだからな。
ってことは、今の竜郎と愛衣ちゃんは銃で撃たれても何ともなかったりするのか?」
「今の俺達なら戦車の装甲も撃ち抜けるようなので撃たれても、かすり傷一つ負わないくらいには頑丈になってる」
「ぜんぜんそうは見えないけど、システムっていうのは凄いのね。
──うん、決めた。私は竜郎たちと行ってみることにする。仁君は?」
「俺も行く。事故死のリスクがなくなるだけでも十分すぎる恩恵だからな」
「僕も行きたいかな。異世界に行くなんて、どんなに大金を持っていても叶う事じゃないんだからね」
「私もそうする。向こうで愛衣達がどんなふうに生活してたのかも興味があるし」
「それじゃあ、決まりだね!」
こうして両親たちも異世界に行くことが決まった。
となると、あとはいつ行くかという問題になってくる。
「とりあえずイシュタルに少しこっちの観光もさせてあげたいし、一週間後くらいでどうでしょう?
ついでにこっちの米や野菜、果物の種か苗を手に入れてから行きたいので」
「そんなの持って行ってどうするんだ? 向こうで美味しい魔物を捕まえるんだろ?」
「そうなんだが、それらを全部一辺に揃えるのは時間もかかるだろうし、今のうちに色々と研究もしておきたいんだよ」
「研究? 一体何の研究を竜郎くんはするつもりなんだい」
「酒造の研究ですよ、正和さん」
「「「「酒造!?」」」」
突然酒を飲んだこともない少年からそんな言葉が出た事で、両親たちはギョッとして竜郎を見つめた。
「実は向こうで美味しいお酒を作るアテもできたんですよ。
だからその原料に何がいいのか、どんな物を使うとどんなふうになるのか、とか色々と研究をと思いまして」
「アテってなに? それももしかして魔物関連なの? 竜郎」
「あー魔物っていうか酒を造れる竜の魔卵を作るための材料が揃ってるから、それでそいつを生み出して、色んなお酒を作って貰うつもりだ」
「えーと、竜郎君? 竜がお酒作るの? いったいどうやって?」
「端的にお答えするとイエスです。どうやって作るかは……まあ……その…………とりあえず飲んでみてください。その竜が作った現物があるので」
「おい、なんで作り方をぼかしたんだよ」
「まあまあ、とりあえず飲んでみてくれよ。物は凄く良いらしいから」
その竜の酒の作り方というのは、原料を食べる。お腹の中にあるタンクでお酒を作る。という、少々聞いてからだと妙な先入観が生まれそう方法だった。
なのでまずは本来の味を知って貰い、酒造りの方を両親たちにも手伝って貰えないかと考えているわけである。
なにせその竜は食べさせた原料によって、色々な酒を作りだせるのだから。
竜郎は胡乱げに見つめてくる両親たちの前で、《無限アイテムフィールド》から4人分のグラスと酒瓶を一本取りだす。
そしてグラスに琥珀色の酒を注いでいく。
「どうぞ」
未だに視線に変化はないが、竜郎が変なものを飲ませることもないだろうと素直に受け取り、まずは香りを楽しんでから一斉にグラスに口を付けた。
「「「「おぉ……」」」」
一口飲んで出てきたのは感嘆の声。
それだけで、その酒の美味さが竜郎達にも伝わってきた。
「凄く飲みやすい。それに後味も爽やかでいいわ、これ。純粋に美味しい」
「美波が言うように飲みやすいし、口に含んだ時の香りも極上だ。
間違いなく俺が飲んできた酒の中で一番うまい気がする」
「僕もですよ、仁さん。こんなお酒が作れるのなら、どんな製法でも受け入れられる気がします」
「美味しいわね~、もう一杯くれる? 竜郎くん」
「ええ、どうぞ。まだ沢山あるので、数本こちらにも置いていきますね」
「「ありがとう!!」」
未来の義理の父と母の印象も上げつつ、いつかは話す事になりそうなので、その流れでさりげなく製法を語って聞かせてみた。
「あー…………でも、あれだけ美味いと分かっていると、それでも飲みたいと思えて来るな」
「ですね。それに汚い物でもないんだよね? 竜郎君」
「もちろんです。その竜の内臓は生活用と酒造用の器官できっちり別れていますし、非常に中は衛生的らしいので飲んでも害はありません。
事前に解魔法で成分解析もしているので、ご安心を」
やはり先に飲ませておいて正解だったようだ。皆、わりと素直に受け入れてくれた。
「とまあ、俺達からの連絡事項はこんな所ですかね。後はとりあえず、地震で割れた食器とか壊れたものを直していきましょうか」
「お願いできる? 竜郎君」
「はい、任せてください」
片付けの際に竜郎の要望で纏めて置いてあった壊れた物品たちに、復元魔法をかけていく。
するとあっという間に割れたコップや皿などが元に戻ってしまった。
その光景に、親達は思わず拍手をしていた。
「竜郎、帰ったらうちのもお願いね」
「分かってるよ、母さん」
そのようにして一気に八敷家の中を片付けていき、そろそろ夜も深まってきたので帰る事となった。
「それじゃあ、また明日ね。たつろー……」
「……ああ、また」
玄関口で両親たちが挨拶を交わしている間、竜郎と愛衣も別れの挨拶を交わしていた。
異世界に行ってからというもの、寝る時も毎日一緒で、ほとんど側を離れた事も無かった二人。
異世界に行く前はこうして帰宅時に互いの家に別れることなんて当たり前だったのに、今は酷く寂しく感じた。
だからだろうか。互いに無意識に手が伸びていき、両手同士指を絡ませ握り合う。
そしてジッと見つめあったまま、口づけを交わした。
それはもう何度も何度も────両親たちの目の前で。
「「「「えー………………」」」」
息子や娘の濃厚なラブシーンを見せられ、どのように反応していいのか分からない親達は死んだ魚のような目をしていた。
「なんか竜郎と愛衣ちゃん、絶対に前より仲良くなってるわよね?」
「他に知り合いもいない環境で、好きな者同士が別世界に500日以上いた訳だろ?
となりゃあ下世話な話、やる事もやってたんだろうし仲良くもなるさ」
「今までなら私たちの前だと軽くほっぺにチュッ──くらいだったのにねぇ。
愛衣ったら、確実に大人の階段を上ったみたい」
「うぅ……あんなに小さかった愛衣が……愛衣がぁ…………うぅぅぅ……」
正和だけは小さく無邪気で「お父さんのお嫁さんになったげるー」なんて言っていた頃の愛衣を思い出し、精神的ダメージを受けて少し泣いていた。
それに美鈴は元気出せと言わんばかりに、背中をぽんぽんと叩いてあげた。
そうして竜郎と愛衣は両親たちにいい加減にしろと怒られるまでキスをしあって、久しぶりに互いのいない夜を味わうことになるのであった。
次回、第07話は12月28日(金)更新です。