第65話 ダンジョンの町の下準備
ダンジョンの個たちも無事に呼び出すことに成功してから、数日が経った。
現在シュワちゃんたちはカルディナ城を散策したり、周囲を散歩したり、周辺の魔物に食べられ死に戻りしたりと好き勝手に遊び、人間の体がもつ感覚などについて経験値を積んでいるようだ。
人間の常識うんぬんよりも、まずは生まれてはじめて自分のダンジョン以外の世界に触れたいだろうし、ひとまずこちらからはなにをするでもなく、向こうから手助けを求められたときに手をかすというスタイルで、今のところは静観している。
そんな竜郎たちであるが、今は少し現実味を帯びてきたダンジョンの町計画について、お昼に皆で集まり話し合っていた。
「──おすすめの場所としては、これくらいでしょうか」
「ありがとう。ミネルヴァ」
まず一番重要なポイントとしては、竜郎たちが所有する領地内のどこにとなってくるのだが、そこについてはミネルヴァがいくつか候補地を挙げてくれた。
基本的な決定事項としては、領地の海岸線以外の外周部沿いというのはあったのだが、それでもかなりの候補地が挙がっていた。
「こうして地図で見せられると、改めて竜郎たちが持ってる土地の広さに驚くな」
「ほんとね、仁くん。私たちの住んでる県、何個分かしら」
「地球と比べてもしょうがないだろ、父さん母さん。そもそもこっちの世界のほうが、海も土地もずっと全体の面積が広いんだからさ」
「いくらイルファン大陸の中では、いっちばん大きいって言っても、ここカサピスティ国だけでも、ちょー広いもんねぇ」
土地が広すぎてどこか決められないというのも、なんとも贅沢な悩みである。
交通の便が一番いい王都カサピスティに最も近い場所は、ララネストなどの卸しに使う倉庫が置かれているので、あまり近すぎると業務に差支えが出るかもしれない。今更、移動させるのもあまりよくないだろう。
となると王都と最短距離で繋がる場所は避けつつ、人が来やすいところがのぞましい。
それでいてミネルヴァが調べた限り、魔物の発生が比較的少なく、人が来やすく暮らす場所を建てやすい土地。
そこまで絞っていけば、そう選択肢がないことに気がついた。
「それじゃあ、ここが第一候補ということで」
現在、唯一ある卸しのときの商人とやり取りするように設けた場所は、カルディナ城からおおよそ北西の方角。
それに対して今回決まった予定地は、カルディナ城からほぼ真南に位置する場所。
カサピスティ国には王都に次ぐ主要都市が7つ存在しているのだが、そのうち1か所が比較的近く、大きな舗装された道がその方面には存在する。
さらに隣国リベルハイトにも、その道は繋がっているので他国からも人が来やすい。
それでいて、そこは魔物の生息数や強さも他と比べればまだマシなほうなので、やたらめったら襲撃されていたずらに恐がられることもないだろう。
そうと決まればさっそくその地を視察しに、カルディナやミネルヴァも連れてやってきた。
そこは杉のような針葉樹がポツポツ生え、背の高い雑草が生い茂る、領地を隔てる竜水晶の巨壁以外には人工物の欠片も見当たらない未開の土地。
軽く探査した限りではおおむね平坦で地盤もしっかりしているので、それほど手を加えなくても町が築けそうだった。
「よさそうな場所だね。ここで決まりでいいんじゃない?」
「だな。カルディナやミネルヴァが改めて見ても、いいと思うか?」
「ピィュー」「ええ、問題ないかと」
探査に定評のある二人からも支持を得られたので、とりあえずここを開拓してみることに。
竜郎は天照の杖を握り、地面に魔力を流し込んでいく。
「広さは……これくらいあればいいか」
町として十分すぎる広さまで魔力で浸し終ると、そのまま魔法を行使する。
「うおっ」「きゃっ」「あっ」「わっ」
見学に来ていた竜郎と愛衣の両親は、振動する地面と目の前の光景に目を丸くし驚きの声をあげた。
まず土魔法と樹魔法によって草や木々が勝手に動きだし、まるで自らの意志で地面から根を引っ張り出すかのように這い出て倒れていく。
範囲内に潜んでいた魔物は、竜郎から《響きあう存在》という称号効果で情報を受け取りながら、愛衣が弓で無駄なく的確に排除していく。
それらを風魔法と天照の竜念動で巻き上げ一か所に集積させると、それを《無限アイテムフィールド》に収納して全てかたずける。
わずか数秒で、なにもない更地ができあがった。
「本当に魔法っていうのは、でたらめだねぇ」
「まったくね。これだけのことが、すぐにできちゃうんだから」
正和と美鈴が驚きを通り越して笑ってしまうなか、竜郎は次にまた土魔法を行使し、僅かな凹凸すら見逃さずに水平に均していく。
それが終わると直ぐに月読を招きよせ、均した部分を魔物に荒らされないようひとまず竜水晶でコーティングしていった。
さらに開拓した端のあたりに竜水晶の壁を地面から生やすように築き、町建設予定地を領地の内外から完全に隔離した。
空から見ると、ちょうど領地外に向けて横に倒したお椀のような形になっている。
「次はダンジョンの設置だな。手分けしていこう」
ダンジョン同士が近すぎると間違えて入ってしまうかもしれないので、お椀型の敷地の真ん中くらいのところに半円を引くような形で、等間隔に手分けして迷宮管理者の称号持ちたちで設置していく。
領地外に面した壁際となる時計でいう9の位置には、ダンジョンレベル1を。
対称の3の位置には、ダンジョンレベル10を設置するようなイメージ。
あとはどこが何レベルのダンジョンなのか、分かりやすいように入り口前に竜水晶でレベルを現すオブジェを一つずつ設置しておいた。
竜郎が空から眺め一度確認するが、広さやダンジョンの位置も大丈夫そうだ。
まだ実現するかも決まっていないことなので、下準備もこれくらいやっておけば問題もないだろう。
転移でカルディナ城に戻ってくると、さっそくカサピスティの王──ハウル・ルイサーチ・カサピスティに話すこと、持っていくものをまとめていく。
「父さん。お酒のほうは、今どうなってる?」
「熟成が甘いやつでいいなら、もうそこそこあるぞ」
「ならそれでいいから、ビンで数種類持ってきてくれないか?」
「分かった」
酒竜の酒が王からみてどれくらいの価値の酒になりそうなのか聞くためにも、用意しておいて損はないだろう。
あとは《強化改造牧場・改》で、チキーモとデイユナル砂漠で手に入れた珍味──ひも状の直径5センチほどの太さの触手が団子状になっただけの黒褐色の塊を、強制的に内部の時間を早めて繁殖させるという荒業で既に数体確保できたので、そちらも持っていくことにする。
生まれてからずっと《強化改造牧場》内で成長すると、竜郎の魔力だけで育ったことになるので味が少し変わってしまうが、今回そこには目をつぶる。
「あとは……リア、アレはもう作ったか?」
「ええ、もともと作りたいと思って構想はできていたので、すぐにできました。
それとこれは、アレの宣伝用の槍です。レス・オロークさんに、向こうで渡してあげてください」
リアがそう言って出してきたのは、柄の部分がねじれた、刃の部分にいたるまでの全てが純白の槍。
「素材は大天使の骨を使っていまして、聖属性の素材だけを使って、聖属性を持たない武器を作る実験をするために作ったものです」
「わたくしから見ても気持ち悪い感じはしないので、ばっちりですの」
「邪竜に属する奈々がそう言うのなら、たしかにそうなんだろうな。解魔法で調べても聖属性は感じられないし」
「それなりに苦労しましたからね」
「でもなんでそんなことしたの? 聖属性を持たない素材を使えば、簡単にできることなのに」
「え? 趣味ですよ、姉さん。なかなか、いい息抜きになりました」
「そーなんだぁ」
その凄さが理解できない愛衣は「へー」くらいの感覚で納得してしまったが、普通の人間ではまずなしえないであろうことを、趣味でやってのけてしまうリアに、この世界の常識を知っているレーラは苦笑するしかなかった。
まして元はレベル781の大天使の素材。宿していた聖属性も、さぞ強力だったことだろう。
「それ以外には普通に作っただけなので、兄さんたちの武器と比べたら大分劣りますけどね。
姉さんが全力で使ってしまうと、すぐに壊れてしまうはずです」
それに加えて魔力頭脳も仕込んでいないので、世に出してもそれほど問題にはならないはずだ。
素材的にも製作者的にも、他者から見れば国どころか世界の宝級の代物なのだが……。
竜郎はリアから受け取った槍を、《無限アイテムフィールド》にしまった。
「宣伝用の槍はこれでいいとして、リアのアレも気になるな。ちょっと見に行ってもいいか?」
「ええ、いいですよ。兄さん」
「私も行きたーい」
「あたしも気になるっす~」
「俺もいくぜ」
竜郎、愛衣、奈々、リア、アテナ、レーラ、ニーナ、ガウェイン、楓と菖蒲。そして奥様2人──美波と美鈴が見学希望してきたので、そのメンバーでレベルアップしたばかりのダンジョンに入っていく。
もちろん大元となっている、レベル10ダンジョンにだ。
竜郎たちが今回目指した目的の階層は、本来なら最初には現れないように設定しているのだが、管理者の特権を行使してすぐそこに転移した。
「なんか田舎の深夜のガソリンスタンドって感じがするね」
「いい感じの雰囲気ね。こういうのも私、好きだわ」
真っ暗な広い草原地帯に、ポツンと明かりが灯った場所があった。
そこは愛衣が言った様に、誰も周りにいない閑静な場所にあるガソリンスタンドのような趣で、屋根とコンクリートのような床だけという開放的な作りになっていた。
不気味な雰囲気に、美鈴はもちろん美波も少し興奮していた。
「ようこそ。私のお店へ」
そう。そこは以前リアが話していた、ダンジョンの中にある装備品を扱うお店。
今日までにリアはせっせと新層として作りあげ、設置しておいたのだ。
さっそく皆で唯一明かりの灯った店舗へと歩いていくと、そこには透明の細長いロッカーのようなものがいくつも置かれていた。
ロッカーの中にはリアが実験や気まぐれ、息抜きなどで作った作品の数々が値札と共に収納されている。
「ここに既定の金額までお金をいれれば、中の商品を手に入れられるというわけですの」
奈々がロッカーの横にあるコイン投入口を指差し説明してくれる。
さらにその投入口のすぐ下には割引きボタンがあり、所定の金額を払えない場合はそこで希望の割引率を指定し購入ボタンを押すと、割引額に応じた魔物と一人で戦うことになる。
「ちょっとやってみたいっす。試してみていいっすか?」
「俺もやってみたい」
アテナとガウェインには必要ないはずなのだが、どんな魔物が出てくるのか気になったようで、リアの許可を得てから並んでいる商品の中でも高額のものを選んでいく。
「もちろん、10割引きっす!」
「それっきゃないよなぁ!」
かなりの値が張る装備品をそれぞれ発見すると、最高割引額で迷わず購入ボタンをプッシュする。
その瞬間、アテナとガウェインが竜郎たちの目の前から消え去った。
「あら? ここで戦闘になる──というわけではないのね」
「ええ、邪魔が入らないように、別会場へご案内です。レーラさん」
3分ほどでアテナとガウェインが、希望していた装備品の前に戻ってきた。
すると自動的にロッカーの鍵と扉が開き、中の商品が手に取れるようになる。
「普通の、そこいらに出てくる魔物よりは歯ごたえがあったっすね~」
「俺的には、もう少し強くてもよかったが、遊び感覚で考えればありかもしれねーな」
1、2を争う高額商品で、パーティで挑むのではなく1人でということもあり、普通は勝率0%レベルの魔物だったのだが、今の二人にはそれでも物足りなかったようだ。
それは普通に、このダンジョンのボスを倒すよりも難易度は高い。
「まあ2人とも、単騎でレベル10ダンジョンのボスも蹂躙できるスペックだしなぁ」
「私たちもなんだけどね」
アテナもガウェインも強いと言われる魔物と戦ってみたかっただけなので、商品を受け取ることなくロッカーの扉を閉めた。
ダンジョン側ではすぐに鍵をかけずにいたが、しばらくすると受け取る気はないと判断し、自動でまた扉がロックされた。
「ざっと見た感じ、稼ぎまくって割引も適応すれば、なんとか買えそうな値段のやつもけっこうあるな」
「手が出せないものばかり置いていたら、誰も挑戦してくれないかもしれませんからね」
リアは楽しそう言って笑った。本人的にも、大満足の作りにできたようだ。
ちなみにこのロッカーの仕組みについては、店以外の平原地帯に生息するゴースト系の魔物を10体倒すことで、仕様書を手に入れることができる。
その仕様書を手に入れる、または何かを購入することが次の階層に行く入り口が開くギミックにもなっているので、ロッカーの仕組みが分からない人も知ることができるようになっている。
そうして竜郎たちはリアのお店を後にすると、ダンジョンから出てハウル王に会うための準備を終えていくのであった。
次回、第66話は5月31日(金)更新です。