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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第四章 ダンジョン強化編

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第64話 美味しいと不味い。そして代替わり。

 ようやくダンジョンの個たちも体調が万全になり、新たなダンジョンのネタバレを恐れて席を外していたアーサーたちも戻ってきたので、軽くここでまだ見知っていない者たちの間で自己紹介をしていくことに。

 そのときに竜郎が見ている限りでは、4人ともこちらと仲良くやっていけそうだった。



「なんだ?」

「どうしたんだ、シュワちゃん。また体調が悪くなったか?」



 自己紹介が終わったあたりで、不意にシュワちゃんはお腹に違和感を感じ手を当てた。

 竜郎が心配そうに彼に声をかけていると、玉藻やドロップたちも同様の違和感を感じたようだ。

 揃ってお腹に手を当て首を傾げていると──、きゅるるぅ~という音が鳴った。


 フローラがなるほど、そういうことかと手を叩いた。



「お腹が空いてるだけなんじゃないかなー♪」

「おなかがすく……? そーいえば、人間たちは何かを食べなきゃ生きていけないんだっけ」



 ドロップは、自分のダンジョン内で人間たちが定期的に食事をしている光景を思い出した。

 他の3人も思い当たる節があり、人間がお腹すいた時の空腹感が今、感じている感覚なのだとはじめて理解した。


 この仮想体は限りなく人間に近い構造で具現化しているので、普通の人と同じように周期的に空腹になるのだ。



「お腹が空いただけだったんだね。安心したよー。とりあえず、これでも食べとく?」

「なんだい、それは?」



 愛衣が《アイテムボックス》から、極上蜜を固めて作った棒付飴を4本取り出した。

 もちろん、ヘスティアが食べる用の激甘バージョンではない普通のものだ。


 黒猫の姿をしているノワールが、まっさきに猫の手で器用に受けとり鼻をひくつかせ匂いを嗅いだ。

 少し遅れて玉藻、シュワちゃん、ドロップの順番で受け取る。



「飴だよ。飴。ぱくって口に頬張ったり、ペロペロ舐めたりするの。美味しーよ」



 身振り手振りで説明する愛衣を見ながら、シュワちゃんは豪快にばくっと大口を開けて、玉藻はお転婆にもぐっと一口に、ドロップは恐る恐る口に入れ、ノワールは気負わずぺろりと舌を伸ばした。



「おおっ!」「んー!」「むー!」「にゃっ!?」



 すると四者四様のリアクションで目を丸くする。

 シュワちゃんはガリガリ噛み砕き、玉藻とドロップは口の中で甘みを楽しみ、ノワールはくしゃっとした顔でぺろぺろ舐めまくった。



「食事だけが楽しみだーって、人間たちが言っていたのを聞いたことがありましたけどー、たしかにこれなら楽しみになりそうですねー」

「ああ、たしかに。これが人間たちの間でいう美味しい、という感覚なのだな。理解した」

「ちなみにそれは、分類分けするなら甘さの美味しいってところだな。

 他にも辛かったり、しょっぱかったり、苦かったりだとか、色んな美味しいがあるから、食だけでも沢山楽しめると思うぞ」

「とくにうちは今、美味しいものを各地から集めようとしてるから期待してくれていいよ!」

「そんなに沢山、美味しいがあるの!? 人間ってずるーい!」

「美味しいもの以外にも、逆に不味いものっていうのも、あるっすけどね」

「美味しいの反対ということは、あまりよくない感覚ってことかい?

 それはそれで、一度は体験しておきたいねぇ」

「うちは美味しいものばっかり集めているから、不味いものはとくにないかなぁ」



 わざわざそんな食材を集める必要性もないので、急にそんなことを言われても直ぐに出せそうにないと竜郎が苦笑していると、「はいはいはーい!」と元気よくフローラが手を挙げた。



「そんなあなたには、これをあげまーす♪」

「ん? これがその不味いやつ、なのかい? フローラ嬢ちゃん」

「うん♪ げっきまず♪」



 皿の上には元が何だったかもわからないような、なぞの黒い物質がのっていた。



「あれ? それってもしかして……」



 その物質を何度か見たことのある竜郎たちは、揃って一人の人物に自然と視線を向けてしまう。

 そこにはプルプルと震えた、ウリエルの姿があった。



「フローラ……。あなた──」



 ウリエルが何かを言おうとする前に、不味いという未知の感覚に興味を惹かれたノワールがもぐっと一口頬張った。



「りじょびvjてょいvじjびゃqっ!?」



 ノワールはまるで強力な電流を浴びせられたときのような反応をし、そのまま白目をむいて痙攣しながら気絶した。

 その光景に、その場の空気が静寂に包まれる。


 ──そう、それはウリエルの手料理。

 なんでもそつなくこなす彼女だが、なぜか料理だけは壊滅的にダメなのだ。



「心の友よ……。これは毒なのか? 俺のダンジョンで毒を持つ魔物にやられた人間と、酷似した状態なのだが……」

「いやぁ……、100パーセント食べられるものしか使ってないから、毒ではない……はず?」

「主様! なぜ疑問形なのですか! 我ながら酷いのは認めますが、毒なんかじゃありません!」

「あ、ああ、そうだな! 毒じゃないよな! うんうん、毒じゃない!

 シュワちゃんたちもどうだ? 食べてみるか? 新しい感覚を知ることができるかもしれないぞ!」



 どうにでもなれとばかりに、竜郎はサムズアップしてシュワちゃんたちにもウリエルの手料理を勧めた。



「……遠慮しておこう」

「ぼくもやめとくー……」

「わたしはちょっと興味ありますー」

「「「「「──あ」」」」」



 食べないという流れの中で、玉藻だけがその空気をぶった切って皿の上の暗黒物質を抓むと、ひょいっと口の中に放り込んだ。

 その光景に、なんてことをとウリエルと気絶しているノワール以外の一同が大口を開けて驚愕する。



「……………………」

「お、おい──」



 大丈夫か? と竜郎がたずねる前に、無言で玉藻はうつ伏せの状態で地面に倒れこんだ。



「大丈夫じゃないみたいだね……。玉藻ちゃーん、おーい、起きてー」

「……ふ、ふふふっ」



 愛衣が声をかけると、気絶したのは一瞬だけだったのかよろよろしつつも、ゆっくりと立ち上がる玉藻。

 しかしその顔には怪しげな笑顔が張り付いていた。


 まさかウリエルの手料理で頭がおかしくなったのかと、その恐ろしさにほぼ全員が背筋を凍らせたのだが、どうやらそうではなさそうだ。



「これが不味い! なんという凄まじさなんでしょー! 私のダンジョンに使えそうですー!

 ウリエルさん、これを参考にしたトラップかなにかをー、私のダンジョンで出してもいいですかー?」

「お、お好きになさったらよろしいんじゃないですかねぇ……」

「ありがとうございますー! あなたは天才ですよー! ぜひ参謀として迎え入れたいくらいですー!」



 自分の手料理がレベル10ダンジョンのトラップ扱いされたウリエルは、未だかつて見たこともないほど荒んだ表情で玉藻に絶賛されていた。


 そんな中、アーサーが先ほどから抱いていた疑問を妹に投げかけた。



「フローラ。なぜウリエル姉上のアレを持っていたんだ?」

「捨てるのももったいないしー、魔物が襲ってきたときに口に入れてやろーと思って取っておいたんだよー♪ アー君」

「そ、そうか……。食材を大切にするのはいいことだな」

「でしょー♪」



 そんなやり取りを聞いていたランスロットとガウェインは、「もはや兵器だな」という言葉が出そうになるのをすんででこらえた。

 ここでそんな言葉をウリエルに聞かれようものなら、あとでどんなお説教をされるか分かったものではない。


 ただフローラは、このあと大きな雷を落とされるのは決定事項なのだが……。



「──はっ、いったいなにが……」



 そして無事に、ノワールは目が覚めたのだった。直近の記憶は完全に消し去った状態で──。






「それじゃあ……行ってくる……」

「一人で大丈夫か? ルナ」

「うん……。問題ない……」



 これから妖精樹のあるこの場所で、歓迎会もふくめた食事会をしようということになったのだが、その準備に取り掛かろうとしたときルナから、その間に前ボスを倒してくると言われた。


 竜郎たちとしても早めにクリアしてもらえると、他の仲間たちも遠慮せず攻略しに行くことができるので、本人が望むのならとルナを送り出すことに。


 彼女は彼女で妖精樹という莫大なエネルギーを所持しているうえに、管理者補佐としてダンジョンの隅から隅まで知っているので、クリアするだけなら楽勝だろう。

 ルナは誰の助太刀も望まず、一人で竜郎たちのダンジョンへと潜っていった。


 フローラを筆頭にして料理の準備をし、シュワちゃんたちの歓迎会も大盛りあがりで終わった。

 中でもララネストやチキーモなんかを食べたときは、人間になれてよかったと感激していた。


 またシュワちゃんのダンジョンで手に入れた酒竜の素材で生み出した吟一郎たち作の酒を提供すると、とくにドロップ以外の3人がこれまた大いに気に入ってくれた。

 ただドロップは美味しいとは言ってくれたが、お酒よりもジュースのほうが好きなようだ。


 また歓迎会の場で話し合った結果、とりあえずこの4人は最低限の人間の常識と感覚を理解しながら、やれること、やりたいことを探していくということになった。


 ちなみに彼らの体はバッテリーのようなもので、存在するだけでエネルギー消費していくのだが、その補給方法は竜郎たちのダンジョン、その飛地、または自分のダンジョンに触れることで、自身のダンジョンが保有するエネルギーから供給できる。


 またこの体は上記のエネルギーが供給できる場所ならば、どこでもダンジョン経由で転移できるらしいので、竜郎たちがあちこちに飛地を作れば作るほど、シュワちゃんたちが気軽に行ける場所が増えていく。



「あとは、あの木になっている実のことなんだが」



 4つのダンジョンと新たに繋がりを持ったことで生えてきた、発光する妖精樹の枝と丸い実。

 ルナは例外として触れるが、ダンジョンの個以外のものたちはホログラムのように触ることすらできずすり抜けてしまうという、なんとも変わったもの。


 それはシュワちゃんたちのダンジョンエネルギーから生成されているらしく、その実、または枝などを食することで、体を維持するためのエネルギーを補給できるらしい。

 なので外出の際は、それを持ち歩けば近くにダンジョンがなくても補給が可能。



「ただシュワちゃんたちには、《アイテムボックス》が使えないようだがな。

 私たちのように大量に物を持ち歩けないから、実なんかでの補給はかさばりそうだ」



 イシュタルが、さもありなんと言った表情をする。

 というのも彼らの場合は知性の項目は十分満たしているのだが、システムがインストールされない。

 何故なら本体が、この人間が暮らす次元には存在しないから。

 なので竜郎とパーティを組むことも、自分で《アイテムボックス》を取得することもできない。


 またレベル30程度のエネルギーしか持たないので、それを再現した能力を使うこともできない。



「馴染みのある魔法くらいは使えるんですけどねー」



 システムがなくても、自分の存在エネルギーを消費すればレベル30くらいまでの人間が使えるような魔法や武術は使える。


 例えばシュワちゃんなら土魔法。玉藻なら水魔法。ドロップなら氷魔法。ノワールなら雷魔法。

 武術系は自分の体で再現できるものならだいたい使えるので、まったく戦えないわけではない。


 だが《アイテムボックス》がないので、物を持ち運ぶにはリュックやカバンなどが必要になってくるだろう。

 ここで竜郎はカルラルブで見つけた宝物庫のことを思いだしたが、考えがまとまらなかったので口には出さなかった。



「そのあたりは、おいおい考えていくとしよう。

 今後の活動で俺たちの土地も増やしていけるかもしれないし、そういうところにダンジョンを設置していけば、シュワちゃんたちもいろんなところに旅行にいけるようになるかもしれないな」



 エネルギー供給問題は保留にし、他にもこちらにいるなら守ってほしいことなどをシュワちゃんたちに話していると、一人でダンジョンに潜っていたルナが戻ってきた。


 管理者の称号を持つ竜郎を含めた11人には、ルナが前ボスを撃破した瞬間になんとなく倒されたことが理解できた。

 なのでそろそろ出てくるだろうと予想していたこともあり、突然現れても驚くことはなかった。



「無事、ボスの入れ替わりができたみたいだな」

「うん……。ちゃんと……あの子は……私の中に取り込んだ……。これからは……ずっと一緒……」



 ルナはそう言って微笑んだ。よほど、あの女性幽霊のボスに思い入れがあったのだろう。



「ルナ殿。あのボスを倒したことで、どんな力を手に入れたのだ?

 マスターたちのように、なにか特別な称号が手に入ったのだろう?」

「うん……《カロスフェリエル》……っていう称号……。

 どんな効果かは……実際に……ランスロットに……、見せてあげる……ね……」



 よく修行に付き合ってくれるルナの力に、興味津々なランスロット。

 ルナはお姉さん気分で少し得意げな表情をしながら、実際に手に入れた新たな力を見せてあげることにした。


 ルナが称号の発動を意識すると同時に、強大な力を持つ鬼、悪魔、妖精の幽霊が1体ずつ出現した。



「幽霊召喚系の力が手に入った──というところですの?」

「そう……。こめた力に比例して……強くなる……幽霊を……、一時的に3体まで……同時に召喚できるの……。

 種類も……ある程度こっちで……選べる……みたい……」



 もともと同じような召喚スキルをルナは有しているが、そちらは植物魔物専門で数はほぼ無尽蔵。だが質には限界があった。

 とはいえ、それでもかなり強い個体を一時的に召喚できるのだが。


 かたや《カロスフェリエル》の称号効果では、幽霊系魔物専門で3体までしか召喚できない。だがその分、もっと植物魔物よりも質の高い魔物を呼ぶことができる。



「なるほど。これは次の修行が楽しみなのだ!」

「うん……期待してて……。でも、実は……これだけじゃない……」

「これだけじゃないってどうゆーこと? 称号を他にも手に入れたとか?」

「違う……。けど……私だから……、このダンジョンと……リンクした妖精樹だから……得られた力……」



 ルナがそう言った瞬間、体全体が輝きはじめる。

 そして彼女の体が二重に見えたかと思えば、そのまま分裂してルナが二人になった。


 どういうことなのかと聞いてみると、幽霊召喚と妖精樹の化身として出現している自分の力を融合させて、今回のダンジョンの個たちのやり方も参考に、場所に縛られない自分の仮想体を生成することができるようになったらしい。


 しかもこちらはレベル500相当までの力を発揮でき、並の人間では歯が立たないほど強いときている。

 補給方法も妖精樹やダンジョンの飛地などが10キロ圏内にあれば、遠隔でエネルギーを供給できるという優れもの。


 これによってルナは、妖精樹から遠く離れた場所にも仮想体でだが遊びに行けるようになった。

 さらに本体も普通に活動できるので、妖精樹の守りも万全だったりする。


 それは凄いなと全員が感想を漏らしていると、まだまだオマケがあるらしい。

 ルナが先ほど同様に幽霊召喚を行うと──そこには、ダンジョンボスとして君臨してくれていた、ルナにそっくりな女性幽霊が現れ、優雅にスカートを抓みお辞儀までしてくれた。


 リアがすぐさま《万象解識眼》を発動させる。



「これは……別の魔物ではなく、私たちのダンジョンのボスだった魔物そのものじゃないですか。

 妖精樹というのは、こんなことまでできるんですね」

「確証は……なかったけど……。できる気は……してたから……。だから……私にやらせてって……言ったの……」



 知能は高いようだが、システムはインストールされていない幽霊魔物。

 けれどこちらは、一時的にとは言わずにルナの力が尽きない限り永遠に存在し続けられる。

 しかもルナの力で顕現しているおかげか、魔物としての格が上がっているらしく、今の彼女ならレベル10ダンジョンのボスを余裕で務められるくらい強力な魔物となっていた。



「これなら……この子はずっと消えずに……自由に過ごせる……」



 扱いとしてはルナの眷属。なのでこれからは基本的に自由に徘徊しつつも、ルナとともに妖精樹を守っていくことになるのだろう。


 魔物でありながらも、しっかりとボスが代替わりするということは理解し、少しさびしく思っていた女性幽霊だったが、思わぬ形で自分の実態を持ったまま存在することができるようになり、ルナに強い忠誠心と心からの喜びをこめて、美しい笑顔を浮かべたのであった。

次回、第65話は5月29日(水)更新です。

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