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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第四章 ダンジョン強化編
64/451

第63話 ダンジョンの個たち

次回、第64話は5月26日(日)更新です。

 ダンジョンボスの設定。急ごしらえでルナが作ってくれた階層の認証。

 それらを終わらせるとダンジョンの入り口が、再び輝きを取り戻していく。

 妖精樹に新たに生えた太い枝も、同じように輝きはじめる。



「これでダンジョンのほうはいいとして、ほかに私たちがシュワちゃんたちのためにすることってある? 迷宮神さん」

『いいえ。もうこっちのダンジョンが開いたことを、あの子たちも感じ取ったはず。

 だから放っておけばすぐに──ほら、来たみたいよ』



 迷宮神の言葉が聞こえる11人が「え?」とダンジョンの入り口付近に視線を向けると光球が4つ、ほぼ同時にそこから飛び出してきた。


 そこまでくると全員が気が付き光球を見つめていると、だんだんと形と色がついていく。


 1つはやたらと筋肉質な青年の姿に。1つはドレスを着たキツネの女性獣人の姿に。1つはゼリー状で雫型をした、青く半透明のゆるキャラ風の姿に。1つは青い目をもつ黒猫の姿に。


 シュワちゃん、玉藻、ドロップ、ノワールがやってきたようだ。



「よくき──」

「「「「う"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"…………」」」」

「…………たな? ──って、大丈夫か!?」



 小粋に「よくきたな」と竜郎が声をかけようとした矢先、4人はえずきながら草原の上に口元を抑え倒れこんだ。

 なにごとかと目を丸くしていると、とくに慌てた様子もない迷宮神が声をかけてきた。



『大丈夫よ。こうなることは分かっていたから』

「いやいや、どうみても大丈夫そうには見えないっすよ?」

『確かにそう見えるでしょうけど、とくに危険な状態ではないから安心して。

 そうね。人間たちの感覚で表すのなら、酔ってしまったとでも言えばいいかしら』

「酔う……ですの?」



 もともとダンジョンというものは、1つの小さな世界とでもいうべき高次元的存在。

 そんな存在が仮とはいえ人間の次元に合わせ、人間の感覚をいきなり持ったことで、元の感覚とのあまりのギャップに人間としての心と体が受け付けてくれなかったのだ。

 そのため激しい船酔い、または車酔いのような猛烈な頭痛と吐き気に襲われている──というわけである。



『こればっかりは慣れるしかないわ。生魔法を使えば一時的に症状を和らげることはできるでしょうけれど、逆にその感覚に慣れるのを阻害しかねないから止めたほうがいいでしょうし』

「ってことは、私たちは見ているしかないというわけね」

「けれど、いったいどれくらいで慣れるんでしょうか?

 何時間もかかるようなら、カルディナ城に運んでしまったほうがいい気もしますが」

『何時間もはかからないはずよ、リア。それにダンジョンの存在が強く感じ取れるこの場にいたほうが、慣れるのも早いでしょうから、ここにいるほうがいいわ』



 そのまま草原の上にのた打ち回らせるのも気が引けたので、竜郎は《無限アイテムフィールド》から使っていないベッドを人数分用意し、その上に天照の竜念動で持ち上げ寝かせた。


 余計な手出しはせずに、ここで放置するしかないと言われてしまったので、もうそれ以上にできることはなく、暇を持て余す竜郎たち一行。



「俺たちにできることはないみたいだし、レベルを調整した状態のダンジョンの入り口が作れるかどうか試してみないか?」

「それもそうだな。私も帝国に帰る前に、そのあたりのことを確認しておきたい」

「わかった……。どこに……なんレベルの……ダンジョンの入り口を……開けばいい……?」



 シュワちゃんたちのことは迷宮神が見ていてくれるそうなので、そちらはまかせ新しいダンジョンの機能について探っていくことに。


 消すのも簡単にできるので適当に何もない草原地帯を指定して、ルナにレベル1から10までのダンジョンの入り口を1つずつ設置してもらった。

 入り口の大きさもある程度指定できたので、大元のダンジョンの入り口よりも小さめにして。


 光る大きな水溜りのようなダンジョンの入り口。それが10個横並びに出現したので、間違えないように竜郎が土魔法で1~10までの数字のオブジェをそれぞれの近くに設置しておいた。



「試しにちょっと入ってみるか」

「どれにする? たつろー」



 一緒に入る気満々で、愛衣は竜郎の手をギュッと握った。

 竜郎がどこかに行くような雰囲気を察知した楓と菖蒲が、竜郎の両親の近くから彼の元へと、ててててーっと駆けだした。


 仲良くしていたのに一瞬にして振られた仁と美波は、なんともいえない表情でそれを見守っていた。



「なんなら父さんたちもダンジョンに入ってみるか? 正和さんや美鈴さんも一緒にどうでしょう?」

「じゃあ、レベル1にしよっか。そっちなら、お散歩気分で楽しめるだろーしさ」



 レベル1のダンジョンなら罠も小さな落とし穴など、子供だましのものしかないはずなので誰にとっても危険は少ない。

 竜郎たちでなくとも、ある程度の大人なら文字通り散歩道だ。



「レベル1になると、あれがどうなってるのかは興味がある。行ってみるか」

「仁くんが行くなら私も行くわ。あのダンジョン、けっこう面白いし」

「そうよね、美波ちゃん。ねえ、お父さん、私たちも行きましょ」

「えぇ……。ああ……うん。いいよ、行こうか……」



 若干一名(正和)は微妙な反応をするものの、他の3人は乗り気なようなので、竜郎の手にくっ付いた愛衣。竜郎の頭にくっ付いたニーナ。竜郎の足にくっ付いた楓と菖蒲。このメンバーでレベルがちゃんと下がっているかの調査も兼ねたダンジョンツアーを敢行することにした。


 ちなみにダンジョンはクリアすると、そのレベルと同じだけのSPがもらえる。

 本来はレベル上昇以外ではもらえないモノなので、かなり貴重なポイントだ。

 そして一度もらったダンジョンでも、そのダンジョンのレベルが上がれば再取得できることは経験上知っていたので、仁たちには護衛つきで一度クリアしてもらっている。



「ツアーって言っても、ちょっと見て帰って来るだけだけどね」



 残されたメンバーも、2~10までを軽く視察するメンバーと残ってダンジョンの個たちを見守るメンバーに別れ入っていった。



「ん~見た感じは特に変わってなさそーだね」

「だが魔物はちゃんと弱くなってるし、難易度もしっかり下がってるみたいだぞ」



 そこはレーラが最初に作った階層でもある、深夜の森林。

 別段、階層の作り自体が変わった様子はなく、真っ暗な状況で木々に囲まれた不気味な場所にポツンと立たされていた。


 だがざっくりと竜郎が探査を飛ばした限りでは、魔物はスキルすら持たずレベルも3以下の雑魚ばかり。

 さらに森林の規模も随分と狭まっているので、探索時間もそれほどかからないときている。



「これなら、お子ちゃまも安心して挑めるね」

「しかも大した稼ぎにはならないが、上のレベルのダンジョンと元は同じだから、こっちで研究してから上のレベルに挑むってこともできそうだ。

 そういう意味では、全体的に難易度は下がっているかもしれないな」



 例えば、レベル10ダンジョンに挑もうとするパーティがいるとする。

 通常ならレベル10ダンジョン相当の魔物と戦い、トラップを躱し、ギミックを解くなどする必要があるのだが、もしその下位互換であるダンジョンがあるのなら、先に低いレベルで情報収集してから適性難易度に挑戦できるということでもある。


 魔物の強さもトラップの質も変わってしまうが、ここはこういう階層だという大よその情報を知っているか知っていないかでは、随分と生存率も変わってくるはずだ。



「確かに難易度的にはそうなんだろうが……子供が挑むにしては、ちょっと不気味すぎるんじゃないか? ねえ、正和さん」

「そ、そうですね……仁さん。ここここ、これだけリアルだと、子供じゃなくても恐いんじゃないかなぁ……って思ったり……」

「あれ? 前にも来たっていうのに、また恐がってるの? ほんと、こういうの得意じゃないわよね、お父さんって」

「愛衣の前で言わないでくれよ、かっこ悪いだろっ」

「いや、私もお父さんが恐いの苦手なの知ってるし」

「え──」



 八敷一家のやりとりを横目に、竜郎は他のメンバーは恐がっていないだろうかと確認してみる。

 まず母親たち。美波も美鈴もホラー系はまったく問題ない。お化け屋敷なんかも率先して楽しめるタイプで、今も不気味な雰囲気に目を爛々と輝かせている。


 仁は特別耐性があるわけでも好きなわけでもないが、それなりにホラーを楽しむことができる。竜郎や愛衣も、ここに分類されるだろう。


 ニーナは何度か挑んだこともあるし、そもそも暗いところや幽霊を恐いなどと生まれてこのかた一度も思ったことはないので、今も竜郎の頭の上でのんびり甘えている。

 一番心配していた楓と菖蒲もそのタイプなのか、暗いねーくらいの感情で竜郎の近くに平然と並んで立っていた。


 そこでいくと正和は、妻や娘に言われているとおりホラー系は大の苦手。

 普段はどちらかと言えばおっとりしているのに、今は忙しなくキョロキョロと視線を動かし、とくに背後の気配には敏感になっていた。


 こういうタイプの人間は、適性レベルで挑むと思わぬミスで死んでしまうだろう。

 とはいえ正和のレベルも1000以上にはなっているので、彼の場合はレベル10ダンジョンでもそうそう危ないこともないだろう。


 それから竜郎たちはどんどん視察していき、恐がる正和の小さな悲鳴を聞きながらも、予定通り30分もしない間にクリアしてしまった。

 そのさいに、システム持ち全員に攻略特典としてSPを1支給された。

 これは順番に上がっていけばSPが55も稼げるのか? と一瞬思ったが、迷宮神に聞いたところによれば最大でもらえる合計SPは10。


 レベル1をクリアしてSP1をもらい、その足でレベル2をクリアした場合、SPはまた1しかもらえない。

 逆にレベル2を一番最初にクリアすればSPは2もらえるが、その後にレベル1ダンジョンに挑んでクリアしてもSPはもらえない。

 と、どんなに頑張っても11以上は稼げないようになっているようだ。



「まあ、そうだよな」

「さすがにそれは、ずっこいだろーしね」



 できないものはできないのだからと、竜郎たちはすっぱり諦め帰還した。



「私はやっぱり、あの廃病院の階層がいいわね。雰囲気も素敵。また行きたいわ」

「わかるー! でもでも、あの夜の幽霊船もよくなかった? 美波ちゃん」

「わかるー!」



 帰還するや否や、奥様2人はどこがよかったかおしゃべりをはじめる。



「が、学校のところが一番怖かった……」

「俺は遊園地かな。一見陽気そうなのに、全然まともじゃないっていう」



 その旦那たちは、どこが恐かったか話していた。

 ちなみに廃病院は竜郎が、幽霊船は月読。夜の学校は愛衣。遊園地はアテナがつくった階層だ。

 愛衣は自分の父親が一番怖いと言ってるのを聞いて、にやりと笑っていた。


 そんな一幕がありながらも、竜郎と愛衣はダンジョンの個たちがどうなっているかまた確認しに行く。

 すると最初の頃よりは大分ましになったのか、顔色はまだ少し悪いが吐き気も最小限にまでおさまり、大人しくベッドの上で寝そべっていた。



「こ、心の友よ……」

「おっ、喋れるようになったのか? シュワちゃん」

「あ、ああ……。まさか人間とはこんなに狭い存在だったのだな……」

「狭い?」

「あーわかりますー……。なんか視野が、ぎゅっと縮まった感じがしますよねー……」



 個人差があるのかドロップとノワールはまだ喋る元気はないようだが、シュワちゃんとその横にいた玉藻はもうそれくらいはできるくらい慣れたらしい。

 ダンジョンから人間の感覚に慣れる辛さを、互いにうんうんと頷きあいながら分かり合っていた。

 だが竜郎と愛衣は、まったくその感覚が理解できず、そんなものなのかと適当に相槌を打っておいた。



「ヒヒーン」

「お、他のダンジョンにいってたメンツも戻ってきたみたいだな」



 レベル2以上に視察に行っていたメンバーも、ぞくぞく帰還してくる。

 高レベルのほうのダンジョンに挑んだ者たちは、真面目に攻略していると少し時間がかかるので、管理者特権で階層を転移しながら、いくつか流し見る程度だったので、こちらも早い。


 各々に話を聞く限りでは、ちゃんと1~10までレベルに見合ったダンジョンとして機能してくれているようだ。

 これならダンジョンの町計画もできないこともなさそうだと竜郎が考えると、帰ってきたばかりのウリエルがルナに質問を投げかけた。



「そういえば、ふと思ったのですが。主様が考案していらしたダンジョンの町に飛地を作ったとして、妖精郷に作ったダンジョンの飛地から入った人と中で鉢合わせたりはするのでしょうか?

 それにレベル1から入った人と、レベル10から入った人が出くわすことはあるのでしょうか?」



 レベルが高いほど階層数も、一層一層の規模も大きくなるので中で別のパーティに出くわすことも少ないが絶対にないわけではない。

 まして階層数が少なく、規模も小さい低レベルでは出くわすことは多い。


 そこでいくとダンジョンの町ができたとして、そこから入った人たちが、その中で町で見かけたことのない、なかなかこの辺りではお目にかかれない妖精種たちと出会うと、どこから入ったのかという話になりかねない。



「同レベル帯なら……何もしなければ……する……。けど……入った飛地が違うなら……、こっちで次元を分けることも……可能……。

 レベルが……違うなら……、中で会うことは……そもそもない……」



 また帰還石などを使って出たときも、必ず入った飛地から出ることになるので、他人が妖精郷に入ってしまうということはないと保証してくれた。


 念のため竜郎は飛地ごとに出会わないよう、ルナに制御してもらうことにした。

 そうこうしていると、ようやくシュワちゃんたちも立てるようになったようだ。


 シュワちゃんと玉藻は足取りが軽く、ドロップとノワールは少し重そうだが、それでもベッドから出られるようになっていた。

 ノワールはこりゃ失敬とばかりに、前足で顔をかいた。



「いやぁ、見苦しいところを見せて悪かったよ」

「ノワール自身が何かして、そうなったわけじゃないんだから気にするな」

「うーん……。迷宮神様から聞いてたけど、こんなに辛いとは思わなかったな」

「でも、慣れちゃえば平気なんだよね? まだ辛い? ドロップくん」

「もー平気だよ」



 ぷるぷるボディを振るわせ手をパタつかせ、ドロップは気遣ってくれた愛衣に元気アピールをしてくれた。

 ちなみにこの感覚は、迷宮神曰く一度慣れてしまえば二度目からは耐えられるようになるらしく、たとえ死に戻りしても同じように倒れこむことはないそう。

 それを聞いて、シュワちゃんたちも安堵の表情を浮かべた。



「さすがに俺も、体が消える度にアレをくりかえすとなると二度目は躊躇してしまうだろうからな。

 にしてもこれが人間の感覚……。慣れると、これはこれでいいものだな」



 大地を踏みしめる感覚。風が頬を撫でる感覚。その風に乗って香る自然の匂い。

 そんな人間が感じる当たり前の感覚に目を細めながら、満たされた表情でシュワちゃんは青い空を見上げた。



「ほんとですねー。そのおかげで、私も人間たちが苦しむ感覚がよく分かりましたー」

「それを知って、あなたは何か変わったんですの?」

「もちろんですー!」



 まさか人の苦しむ顔を見たいなどという悪癖が、多少は収まったのかと奈々が意外そうな顔をしたのだが……。



「この気持ちを知ったことで、より鮮明に攻略者さんたちの苦しみを理解できますからねー。きっと前よりも何倍も見て楽しめると思いますー!

 それにあの感覚のおかげで、より面白い嫌がらせの構想がむくむくと湧いてくるようですー!」

「ああ、そうですの……。おとーさま、これで本当によかったんですの……?」

「いやぁ、俺に聞かれても……」



 この数十年後。人間の感覚を研究した玉藻は、さらに嫌らしく、ひたすら辛く苦しい階層を複数、自身のダンジョンに追加することになる。

 そのおかげで玉藻のダンジョンを稼ぎ場にしている攻略者たちが悲鳴を上げることになるのだが……、それは竜郎のあずかり知らぬことである。

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