第61話 3つめと4つめ
玉藻のダンジョンをでると、今度は《成体化》したジャンヌに空駕籠を背負ってもらい、その中に入って次の目的地へと向かう。
これから向かうのは竜郎も行ったことがないダンジョンなので、転移では行けないからだ。
のんびりくつろぐ──というほどの時間はなく、あっという間に入り口の真上に到着。
認識阻害はかけっぱなしにしてあるので、そのまま空駕籠から出てダイブした。
「今回は普通に隔離されたみたいっすね」
『普通はね。こうなるはずなのよ』
ダンジョンの個と直接話すときに、いつも招かれる白い空間に現れた。
迷宮神は改めて「そうよね、こうするわよね」と、玉藻の奇怪な行動に首を傾げている様子。
そんな迷宮神はさておき、竜郎たちはぐるりと白い空間を見渡しているのだが、肝心のこのダンジョンの個がどこにもいない。
「どゆこと?」
「────お前たちは、なにものだ?」
「話す気はあるようですの」
愛衣がどうしたもんかと首を傾げていると、ここのダンジョンの個らしき存在の、機械で無理やり変えたような野太い声だけが聞こえた。
奈々の言うとおり話をする気はあるようなので、代表して竜郎が虚空に向かって声をあげた。
「俺たちは人間だ。だがダンジョンの管理者でもある。
今回はあなたと話がしたくてここに来た。迷宮神さんの許可もちゃんと得ている」
「……迷宮神様の許可を? ほんとに? ただの人間が……というにはおかしいくらい力を持ってるみたいだけど」
『ええ、ほんとよ。これは命令ではないけれど、少し話を聞いてあげて』
「めめめ、迷宮神様!?」
いきなり自分を創造した神の言葉が届き、素っ頓狂な声を上げた。
だがこれ以上ないほどに竜郎たちの訪問の正当性が認められたことで、ようやくその姿を現す気になってくれたようだ。
竜郎たちから数メートル先の空間が揺らぎはじめ、ダンジョンの個が人間の次元に合わせた姿をみせてくれた。
「わかった。はなしをきく」
「……人型に限られるわけではないんですね」
「なんか……ゆるキャラっぽい?」
大きさは1メートルほど。フォルムは雫型で、透き通った水色のゼリー状のボディから、適当に体の四方を引っ張って伸ばしたような短い手足。
つぶらな真ん丸お目目に、ω型のぬいぐるみのような口。
背中には小さな妖精のような翅が一対ついていて、それをぱたぱた一生懸命羽ばたかせ宙に浮いていた。
それを一言で言い表すのなら、低予算で発注したらできあがったゆるキャラ──が妥当だろう。
「声は、そっちが地なのか?」
「うん。だってこの声だと舐められちゃうかなと思って」
素の声は幼児のように幼く、たしかにこの声で話しかけられても威厳は一切感じられない。
何者か分からない存在に声をかけるのなら、無理やりにでも変えた方がいいと判断したようだ。
「それで話ってなあに?」
「ああ、実は──」
竜郎はすっかりなれた説明を短く丁寧に伝えていく。
はじめはなんのこっちゃと首を傾げていたダンジョンも、しだいに興味深げに聞き入っていた。
「ぼくもお外に出られるの?」
「ああ、君が望むなら。とは言っても、仮想の体を作ってという感じではあるんだが」
「へー、おもしろそう。でも管理者権限の一部をあげるんだよね? それって大丈夫なの?」
「2つのダンジョンと話をつけて実行してきたが、今のところ問題は起きていないし、迷宮神さんから提案してきたことだから、ダンジョン自体にも影響はないはずだ」
「なら大丈夫そうだね。ちなみに他はどこのダンジョン? ぼくの知ってるダンジョンかなぁ。仲良くできるか心配かも……。
今の話を聞く限り、長い付き合いになりそうだし……」
竜郎たちとは普通に話しているが、いっさい目を合わせてくれないことからも、このダンジョンの個は人見知りする傾向がありそうだ。
「シュワちゃんも玉藻も、とっつきやすいタイプだし大丈夫だと思うぞ」
「しゃわちゃん? たまも? なにそれ?」
「名前だよ。皆ダンジョンなんだから、ダンジョンさんとか、ダンジョンちゃんとかじゃ、ややこしいでしょ?」
「たしかに。人間たちは皆もってるやつだしね。いいなあ、ぼくも外の世界で遊べるようになるんなら欲しいかも」
つけてほしそうにしているくせに、自分から言いだすのは恥ずかしいのか、短い手をもじもじと動かしはじめた。
どうやら乗り気になってくれたようだ。
「なら私が付けてあげる! なにを隠そう、シュワちゃんも玉藻ちゃんも私が付けたんだからね!」
「ほんとに!? ありがとう」
ぷるぷるボディを振るわせて、はじめてこちらの目を見てお礼を言ってくれた。
これは期待に応えねばと、愛衣はじっとその雫型でゼリー状の体を凝視し──。
「ぴちょ○くん!」
「いや、それはやめとこう。あれしか思い浮かばなくなるから」
「えー似合いそうなんだけどなぁ。んじゃあ、雫型だし『ドロップ』くんはどお? シズクくんでもいいけど。好きな方を選んでいーよ」
「ぼくは響き的にドロップのほうが好きかも」
「ならドロップくんだね。よろしくー」
「うん、よろしく」
ドロップも名前を気に入ってくれたようで、嬉しそうにω型の口がもごもご動いていた。
「名前を付けてもらっちゃったし、ぼくも4つのダンジョンの内の一つになる」
「そうか。ありがとう。それじゃあ、さっそく──」
『構成情報ね』
「はい。お願いします」
善は急げと迷宮神からすぐにドロップの属性構成情報の入った棒を受け取ると、それを解析して準備を整えていく。
「今回は誰の管理者権限に移植しようか。また俺でもいいが」
「できれば今回は私にやってほしいわ。最初に推したのはイシュタルだったけれど、私も賛成したわけだしね」
名乗り出てきたのはレーラ。
氷雪地帯のダンジョンなので、どうせ移植するのならこのダンジョンがいいというのと、ぜひ一度自分の身で管理者権限の移植を味わってみたいと思ったようだ。
いや私が──なんて立候補していくるものは誰もいなかったので、そのまますんなりとレーラに移植をという流れになったのだが、そうするには彼女の属性構成を竜郎が把握する必要があった。
その構成はレベルの上限などでも変動するが、基本となる形を知ってしまえば二度目の解析はやりやすくなる。
そしてそれさえ知ってしまえば、彼女を自分の眷属にしてしまうことだってできてしまうほど危険な情報だ。
《侵食の理》を特別に取得できるようにしてもらった際に、神と契約してレーラのように神に生みだされた存在などに悪意を持って使用することは禁じられているのでそもそもできないだろうが、それでもそんな情報を知られてしまっていいのかと竜郎は問いかけた。
「別にいいわよ。私は竜郎くんを信じているから」
「そうか。本人がいいというならいいんだ」
「まあ、それに。いずれ私の分霊神器を、竜郎くんみたいに《侵食の理》で作りだせないかなと思っていたりもしたからいまさらね」
「けっこうお勧めできる方法じゃない気もするんだがな。まあ、その話はいずれまた」
本人の許可も得たのでレーラの解析を済ませ、ドロップが光の球体状態になったのをみて竜郎は《侵食の理》でレーラと繋いでいく。
愛衣のとき同様、長年生きてきたレーラでもはじめての感覚だったのか、一瞬驚いた顔を見せる。
けれどすぐに冷静さを取り戻し、管理者権限が移植されていった。
《称号『迷宮管理者 1/5』は、『迷宮管理者 1/5+A』に変更されました。》
『成功よ。どんどん上手くなっていくわね』
「天照と魔力頭脳のデータベースのおかげですね」
そういうとリアと天照が、少し嬉しそうにしていた。
それからドロップからも体の一部を頂くことに。
ドロップは短い両手を引き伸ばして長くすると、両手で粘土でもこねるかのように手をもごもご動かしはじめた。
すると手の先が光りはじめ、10センチほどの丸い水色の玉が現れた。
受け取ってみると、それはグミのような質感でプニプニしている。
例の如くカルディナに預かってもらい、ドロップに手伝ってもらうことはひとまず終了。
別れの挨拶もそこそこに、今度は竜郎たちの領地で会おうと約束を交わし白い空間から出してもらい、最後の4つめのダンジョンへと急いだ。
こちらも竜郎たちが行ったことのないダンジョンなので、ジャンヌに運んでもらい真上にきた辺りでダイブして入っていく。
玉藻のときとは違い白い空間に直行だ。迷宮神も普通はこうなるんだと、また言っていた。
さてここに来たということはダンジョンの個と出会うはずなのだが、なぜかここにいたのは青い目をした黒猫が1匹こちらを興味深げに眺めているだけ。
「えっと、もしかしなくても、そこのにゃんこちゃんが、ここのダンジョンさん?」
「俺がここのダンジョンの個で間違いないが……お前さんたちはどちらさん?」
もう迷宮神が先に説明しておいてくれた方が早いのではないかと思いつつも、彼女が持ちかけた案件はダンジョンにとっては命令になりかねないのでしょうがない。
黒猫が想像していたよりも低い声、というより男性の声音で話すものだから、少し面喰いつつも竜郎がまた一から説明していった。
「おおっ、そんな愉快なことになってたのか! 俺を選ぶなんてお目が高いなぁ、ぼっちゃんたち」
「ぼっちゃん……」
そんな年齢でもないとは思うが、このダンジョンからしたら20年も生きていない少年などぼっちゃん呼ばわりでも仕方がないのかもしれない。
「是非参加させてくれ。それで察するにアレか。
俺がよく知ってるダンジョンの個の反応があるし、そいつらがご同輩になるってことか?」
「話が早くて助かるよ。ちなみにそれぞれ人間たちの次元に来たときのために、名前も付けているんだがどうする? 自分で希望があるなら聞くが」
「名前かぁ! いいねぇ! 人間っぽいじゃないの~。
けど俺は人間の名前に疎いからなぁ……。せっかくだ、ぼっちゃんたちが付けてくれよ」
「それはいいが、ぼっちゃんは止めないか?」
「おや? 気にくわないか? んじゃあ、紹介されたときの名前で呼ぶとしよう」
「そうしてくれると助かる」
それから愛衣があれこれ案を出すのだが──。
「ポチ!」
「違うなぁ」
「ブラックサン○ー!」
「違うんだよなぁ」
「黒烏龍茶!」
「それもなぁ」
付けてくれと言ったわりにはこだわりが強く、なかなか決まらない。
もうすでに50個以上候補を挙げてしまっていたため、愛衣もやけくそ気味な名前しか出てこなかった。
「え~これもダメなの? う~ん、じゃあねぇ~………………ノワール。ノワールはどお?」
「おっ、なんかビビッときたー! 俺のことは、これからノワールって呼んでくれ。よろしくな」
近所の猫の名前を適当に言っただけだったのだが、それを気に入ってくれたようだ。
猫の手なのに器用に動かし、両手でサムズアップのようなことまでしてくれた。
愛衣が一仕事終えたような気持ちになっているなか、名前のくだりで予想以上に時間を取られたので竜郎は、ちゃっちゃと話を進めていくことに。
「それじゃあ、やってくぞ」
「おう、頼むよ」
今回の権限移植に名乗り出てきたのは、リア。
カルディナも他に誰も立候補しないなら自分がと羽を挙げたのだが、リアがやりたいというので直ぐに譲った。
最速の時間でリアとノワールの解析を済ませ、移植していく。
繋がったときには竜郎や愛衣たちの反応で分かっていたというのに、やはりリアも驚いていた。
こちらも最速で移植が完了し、リアもレーラと同じ『迷宮管理者 1/5+A』の称号を得ることに成功。
それからノワールには猫の手からポンと10センチほどの、ぐにゃっと歪な形でウニのようにトゲトゲした黒曜石といった質感と形状の物体を渡された。
それをまた丁寧にカルディナに預かってもらう。
「これで俺が、やることは全部終わったってことでいいのか?」
「ああ、俺たちも下準備が済んだってところだな。今日はもう疲れたから無理だが、明日にはさっそくうちのダンジョンと繋いでみることにするよ」
「そうなりゃ俺たちは、外の世界で遊べるってこったな。いやー楽しみだ」
ノワールが猫の顔をくしゃっとして笑う姿は、なかなかに可愛らしかった。
そうして全ての必要な物を入手することに成功した竜郎たちは、明日に備えてカルディナ城へと帰還したのであった。
次回、第62話は5月22日(水)更新です。