第60話 2つめのダンジョンへ
竜郎たちが白い空間に赴くと、そこには一人の女性がにこやかに笑いながら軽く手を振る姿が見えた。
「なんだか面白そーなことになってますねー」
「お久しぶりー、ダンジョンちゃん」
その女性を短く言い表すのなら、4本の尻尾が生えた薄い茶褐色──ぞくにいうキツネ色をした長髪のキツネ獣人。
それがこのダンジョンの個が、人間たちの次元に合わせた姿というわけだ。
背丈は竜郎と同じくらい。見た目の年齢は20代と若々しく、目つきは少しだけ鋭いが全体的に見目麗しい。
身長はもっと高く、尻尾の数も竜郎たちとゲームをした時と比べ6本も少ないが、着ている服装は当時のままで、豪華な装飾のなされた裾丈の長い瑠璃色のドレスを纏っていた。
(たしかゲームをするときの、戦闘タイプによって形状を合わせているとか言ってたっけか)
この姿形だけ見れば女王のようにも思わせる貫禄と妖艶さを持ち合わせているのだが、頭の上のキツネ耳をぴょこぴょこ動かし、にかーと笑って手を振る姿は少女のようでもある。
そんな大人の格好をした子供のような女性が、あいも変わらず間延びしたしゃべり口調で近寄ってきた。
「お久しぶりですねー。みなさーん。とはいえ、以前お見かけしなかった方々もいるようですけどー」
「あれからまた仲間が増えたんだよ」
そこで竜郎はひとまずメンバー紹介をしていき、さっそく今日来た理由について話していくことにする。
「迷宮神さんからは、どこまで聞いている?」
「どこまでと言われましても、ただあなた方の話を聞いてくれって言われただけですよー」
「ほぼ何も知らないってことですの?」
「そーいうことになりますねー。それでダンジョンである私に、なんの御用があるんでしょー?」
きっと竜郎たちなら面白いことをしにきたんだと、わくわくした視線を向けてくる。
その期待に添えるかどうかはさておき、竜郎たちは順をおって説明していった。
「なるほどー。わたしたちダンジョンが、外で活動できるようになるとー。
そしてその候補に、私を挙げてくれたとー」
「短く言ってしまえば、そういうことになるな。それでどうだろう。嫌なら断っても──」
「いーですよー」
「即決っすね」
竜郎の言葉をぶった切って、すぐに了承してきたために、アテナから思わずそんな言葉が漏れた。
「ダンジョン運営ができなくなるわけじゃないですし、そのほうが外の世界での影響力が高そうですしー」
「外の世界での影響……? まさか自分で乗り込んでいって、壁を壊そうなんてのはダメだぞ?」
「ええ!? ダメなんですかー!?」
「いや、ダメだろ……。それにそもそも、レベル30程度の力じゃ、すぐに取り押さえられて終わりだ」
「それはそーですね、たしかにー」
昨今はレベルの高いダンジョンほど安全のためにと、国や冒険者ギルドなどが周囲に壁を作り入場制限をかけている。
けれどダンジョンにとって、それは営業妨害でしかない。
そのせいで自分のダンジョンへの挑戦者が目に見えて減ったことに憤慨した彼女は、なんとか壁を壊せないかと魔物を外に排出して奮闘していたのだ。
「ですが私たちのダンジョンと繋がれば、私たちとその仲間たちが積極的にあなたのダンジョンに入ることができるようになりますよ。それではだめですか?」
「うーん。確かにそれも楽しそうですけどねー。ちなみに強さは、だいたいあなた方と同じくらいですかー?」
「まあ、だいたい同じくらいだな」
「それじゃあ、簡単に攻略されちゃうじゃないですかー。
私はですねー。血と汗にまみれ、ぜーはーいいながら心身ともにボロボロの状態で攻略していく人間たちを、上からニヤニヤ見つめていたいんですよー!」
「あいかわらず凄い性格ですの。お変わりないようで、なによりですの」
「ありがとうございますー! 褒められちゃいましたー」
「褒めてませんの……」
奈々の皮肉すら通じず、満面の笑みで応えられてしまった。
「そーですかー。壁の破壊は無理そーですかー。けど正攻法なら、別にやってもいいですよねー」
「正攻法? それはどんなものなのかしら。気になるわ」
ダンジョンの個が考える、自分のダンジョンにより多くの人を招きよせる正攻法とは何か。レーラは強く好奇心を刺激された。
その反応に気をよくしたのか、ダンジョンは胸を張って意気揚々とこう答えた。
「そんなの決まってるじゃないですかー。営業ですよ! 営業! 足で稼ぐんですー」
「え、えいぎょう……?」
「そうですー。あそこに、すんばらしぃ~ダンジョンがありますよー。
必要なのは、あなたの命と度胸だけ! わくわくのギミックや、大量の魔物たちとの触れ合いもできちゃう! さらに金銀財宝や貴重なアイテムもがっぽがぽ!?
ふふーん、どうですー? 即興にしては上手くないですかー? 入りたくなってきましたよねー?」
わくわくのギミック=即死トラップ。魔物たちとの触れ合い=魔物たちとの殺し合い。物は言いようである。
だがそれは冗談ではないようで、外で遊ぶというよりも本気で冒険者たちを勧誘しようとしているようだ。
「ま、まあ、ダンジョンとしてはいいことなの……よね?」
「御理解いただけて嬉しいですよー、レーラさん」
ダンジョンとしては優秀な考え方と言ってもいいのかもしれないが、その目的は人間たちがひーこら言っている姿を観察したいというものだけに、レーラは素直に受け入れることができなかったようだ。顔の半分が引きつっている。
「迷宮神さんてきには、それはオッケーなの?」
『ええ、かまわないわ。無理やり引き込んで人間たちを殺すというのなら別でしょうけれど、その子の場合はボロボロにはなっても、すぐに死なない人間が一番好みのようだし』
「迷宮神様も話が分かりますねー」
自分の直属の神に対しても竜郎たちとさして変わらぬ態度に、あらためて変わった個体なのだと皆が悟った。
「まあ、結局は自分の意志で行くわけだしな。そのへんの冒険者に営業かけても問題はないか」
「そうだね。それにもしダンジョンの町ができたら、たくさん冒険者たちが集まってくれるかもしれないし、そこでなら行きたいって人もいそうじゃない?」
「ダンジョンの町ー? それは、なんなんですかー?」
「まだ、ただの妄想レベルの話なんだが──」
昨夜話していたダンジョンの町設立計画を、このダンジョンに語って聞かせてみると──。
「いーじゃないですかー! ぜひ実現させましょー。
いやー、私を選んでくれてありがとうございますー! あのとき、お知り合いになれてよかったですー」
──俄然、竜郎たちのダンジョンと繋がることに興味を示した。
というより、もうこのダンジョンの頭の中では、やることが決まっているといってもいい。
竜郎はいいよな? と無言でこの場にいる全員に目配せして問いかけると、大きく頷きを返してくれた。
「分かった。それじゃあ、これからよろしくな。ダンジョ──って、ダンジョンが呼び名だと紛らわしいことになりそうだな」
「べつに私は何でもいーですけどー? でも必要だっていうのなら、誰か適当に付けちゃってくださーい」
「──となれば、私の出番だね! そうなると思って、実はもう昨日のうちに考えていた名前があるんだよ」
「おー準備がいいですねー、アイさん」
なんとなくゲームのときに姿は見ていたので、そこからどんな名前が似合いそうか、愛衣なりに昨夜考えていたらしい。
「今はちょっと尻尾の数が少なくなっちゃってるけど、なんかキツネ獣人の凄い版みたいな感じだったから『玉藻』ちゃんでどお?
私たちの国のお話に出てくる、なんか凄いキツネさんの名前を一部貰ったんだよ」
「へー、そうなんですねー。じゃあ、今から私はタマモということで一つ、よろしくお願いしまーす」
名前にこだわりはないようで、個体名もあっさり決まった。
本人も少しシュワちゃんとは、別の意味で乗り気になっている。
ならばもう、この流れで一気に進めていこうと竜郎は迷宮神に声をかけた。
「玉藻の構成情報をいただけますか?」
『ええ、了解よ』
了解の言葉とほぼ同時に、竜郎の目の前にシュワちゃんのときと同様の薄べったい棒状の物質が現れた。
天照を手に持ち、さっそくそれの解析をはじめる。
少しダンジョンの個の情報の扱いに慣れたのか、シュワちゃんのときよりは短い時間で玉藻の管理者権限を一部もらうための準備ができた。
「──よし、それじゃあやっていくぞ。管理者権限は誰に──」
「たつろーの次なら、私がやるよ」
「アイさんですねー。わかりましたー」
玉藻は愛衣が自分と結合しやすいようにと、獣人の姿から眩い光の玉に変化した。
以前とは違い今回は自分とダンジョンの個──ではなく、愛衣と玉藻を同じように《侵食の理》で互いの境界線を繋ぎ合わせ、両者の管理者権限までの属性構成を侵食していく。
「──うわっぷ」
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫。はじめてだから驚いちゃったけど、たつろーにどんな感じかは聞かされてたし」
「なら、このまま続けていこう」
「はーい」
やはり最初は圧倒的な情報量に存在がもみくちゃにされそうになり、愛衣も相当に驚いたようだが、竜郎のときに見ていたおかげで慌てることはなかった。
そのままシュワちゃんのときと同じような流れで進めていき──。
《称号『迷宮管理者 3/5』は、『迷宮管理者 3/5+A』に変更されました。》
『成功ね。お疲れ様』
「よし、これで移植は終わった」
「ふぃ~。ありがと、たつろー」
別に愛衣自身はただ立っていただけなのだが、気疲れしてしまったようだ。大きく一息つくと、竜郎の肩にコテンと頭を乗せてくる。
竜郎は彼女の頭を優しく受け止め、ちゅっと軽く髪にキスをした。
竜郎と愛衣は生魔法と称号効果のおかげで、すぐに元の状態に戻ったのだが、それでも離れようとしないので、またレーラの出番である。
「あとはあなた──タマモちゃんの一部を受け取ればいいのだけれど、渡してもらえるかしら?」
「一部ですねー。了解でーす」
既に光の球体からキツネ獣人の姿に戻っていた玉藻は、柏手を打つように手をパンと合わせる。
すると合わせた手の平のあたりが輝きはじめ、離すと10センチほどの大きさをした、薄らと青みがかった水晶のような八角柱が浮いていた。
それをひょいとつまみ、玉藻がレーラに手渡した。
例によって《アイテムボックス》などには入らないので、カルディナが首から下げているバックの中に、シュワちゃんの一部と同じように布で巻いて入れておいた。
「これでタマモちゃんにやってもらうことは終わったわ。協力ありがとう」
「こちらこそ、面白そうなことに誘ってもらいまして、ありがとうございますー」
竜郎と愛衣も、ここでようやくいちゃつくのをやめた。
「それじゃあ、俺たちを帰してくれ。まだ時間もあるし、せっかくだから次の候補の所にも行っておきたいからな」
「せっかちですねー。まーはやく外で活動できるようになるに、こしたことはないですからねー。了解です。それでは、またー」
「またねー」
そうして竜郎たちは、またダンジョンの出口に繋がる階段のある空間に送られ、外へと向かっていくのであった。
次回、第61話は5月19日(日)更新です。