第05話 美味しい魔物のご紹介
まず氷の机に並べたのは壺に入った蜜、大きな牛の肉──この二つ。
「この二つは、ちょっと地球にもそうないんじゃないかってくらい美味しい食材です。
そろそろ皆もお腹が空いてきたでしょうから、軽く抓んでいきましょう」
「おっ、それはいいな。色々衝撃的すぎて忘れてたが、言われてみれば腹ペコだ。
しっかし、デカい肉だな~。そんなのが向こうでは売ってるのか?」
「違うよ、仁さん。これは、たつろーが繁殖させた白牛さんのお肉なんだよ。
十メートルくらいある、でっかい牛さんなんだから」
「ちょっと待って。今、十メートルって言った? 牛っていうか化物じゃないの」
「まあ確かに怪物──魔物ですからね」
「そして、その魔物を竜郎は育ててるっていうの? 危なくない?」
「危なくはないな。魔物ってのはどんな形をしていても卵から生まれてくるんだが、その卵──魔卵の状態で孵化させる時には全てテイムしてるんだ。
だからこっちに攻撃できないようにできるし、例え攻撃されたとしても、今の俺達からしたら怪我のしようがないくらい実力も離れているから大丈夫だよ、母さん」
──と、竜郎が美波にそう話しかけていると、今の言葉に引っ掛かりを覚えた正和が口を開いた。
「えっと、テイムってのは魔物を仲間にする~とか、そんな意味合いでの言葉で使っているんだよね。
それを竜郎君は殺しちゃうのかい? ちょっと残酷な気がするよ」
「確かにスキルで自由を奪って成長させて殺して食うと言うのは、言葉だけ聞くと残酷に聞こえるでしょう。
ですがスーパーに並んでいるお肉だって、柵や小屋で囲われて食べごろになったら出荷された動物なわけですから、それとさほど変わらないでしょう。
もちろんペットや仲間としてテイムしたりした魔物達は殺しませんし」
「あくまでもその魔物の牛は家畜という認識で育てているって事か……。
普通に肉や魚を食べている僕らが、それをやっている人達に酷いと言うのは偽善でしかないのかもしれないね……」
「少なくとも向こうで生活し、自分で育てた魔物を自分の手で殺して食べた身としては、そういう考えに至りました。
その代わり前よりも食材を粗末に扱うことなく、その一つ一つに感謝しながら食べられるようになりました」
「いろんな考え方があるんだろうが、けっきょく間接的にでも何かを殺さなきゃ生きていけないんだから、そこはしゃーないわな」
何だか少し真面目な雰囲気になっている所に、隣で魔道具の簡易ホットプレートからジュージューと極厚のステーキ肉が焼ける音と匂いが広がりはじめた。
その美味しそうな匂いに、誰もがごくりと生唾を飲み込んだ。
「凄く美味しそうねぇ。ちょっと楽しみになってきたわ。ところで、竜郎。その壺には何が入っているの?」
「こっちのは極上蜜っていう、アリの女王とハチの女王の魔卵を合成して作った、俺達は蟻蜂女王って呼んでいる魔物達が作る蜜を貰ったものだな」
「竜郎君たちは養蜂まで手を伸ばしてるのね。ちょっと食べさせて貰ってもいい?」
「ええ、いいですよ。こっちの肉も美味いですが、こちらもとびきりですから」
竜郎の言葉に期待を膨らませ、両親たちにそれぞれ蜜を注いだ小さな器を渡していく。
そしてそれらを小さなスプーンで掬って、まずは一口食べてみる。
「「「「────っ!?」」」」
全員目玉が飛び出るのではないかと言うほど見開いて、何を言うでもなく夢中でその蜜を全て食べつくしてしまった。
「なにこれ滅茶苦茶美味しいじゃない!! 竜郎、もっとちょうだい!」
「はいよー」
「私もちょうだい!」「俺もだ!」「僕も!」
「ふふん。まだまだこれはジャブでしかないのに、皆はしゃいじゃってまあ──うまうま」
「愛衣も同じくらい食ってるじゃないか。別に沢山あるからいいんだけど。
リア、肉の方はどんな感じだ?」
「もう直ぐ焼けますよ。タレを用意してください、兄さん」
「了解」
愛衣や親達、レーラやイシュタル、ニーナやカルディナたちが極上蜜を堪能している間に、竜郎とリアは肉を食べる準備をしていく。
程よく焼けた所で皿にのせて、その隅の方にお好みで付けられるようタレも入れ皆に渡していく。
味を知っているレーラやイシュタル達でさえ、早く食べたそうにうずうずしていた。
「全員にナイフとフォークも行き渡ったようですね。それじゃあ、どうぞ。食べてみてください」
竜郎の合図とともに、皆でいざ実食。
スッとナイフが軽く入り込んでいく、その柔らかさに驚きながら一口サイズに切った肉をフォークに刺す。
そしてタレをちょんちょんと付けて、パクリ──。
「「「「────っ!?」」」」
柔らかで上質なステーキ肉が、ほとんど顎に力を入れることも無く口の中で溶けていく。
その時に溢れる肉汁がまた素晴らしく、いつまでも舌の上で転がしていたくなるほど。
思わず両親たちの口から、「はぁ……」と甘美なため息が零れる。
そして夢心地のままにまた肉をナイフで切り、フォークで刺して一口一口じっくりと、味わうように食していく。
そして気が付いた時には、もう自分の皿からあんなに大きかった肉塊が消えてしまっていた。
「美味い……美味すぎる……。なんだこの肉は、今まで焼肉屋で食べてた肉は何だったんだ?」
「ほんとね、仁君。こんなの食べさせられたら、もう安いお肉は食べられないじゃない……」
「あんなに大きいお肉、普通に食べたら胃もたれしそうなのに、ぺろりと食べられちゃったわ」
「僕もだよ。それどころか、まだまだ食べられる」
竜郎が生魔法で体調を万全にし、40代に入り、しだいに弱ってきていた内臓も若々しく機能している──というのもあるのだろうが、それを差し引いても異常なほどに食欲を刺激される一品だった。
「確かにこれなら、この味を知ってしまったら、多少のリスクはしょうがないと思えるかもしれないな」
「ふふふふ」
「くくくく」
「な、なんだよ。竜郎、愛衣ちゃん。変な笑い方して」
「「──誰がこれで終わりだと?」」
「「「「────っ!?」」」」
竜郎と愛衣が揃って不敵に笑うと、それにビクッと反応して両親たちは一歩後ずさる。
「タツロウ達の両親はノリがいいな」
「ほんとね。良い人たちで私も嬉しいわ」
そんな風景を第三者視点で見ているイシュタルとレーラは微笑ましそうに見守り、カルディナ達やニーナは特に気にせず自分たちの肉をまだ食べていた。
「ま、まさか。この他にも何かある……のか……?」
「もちろんだよ、仁さん。今、出したのは最後にとっておいた次の食材を出すための布石──。
そう、それは四天王の一人ですらなかったんだよ!」
「な、なんだってー! ………………って、お前たちはやらないのか?」
「いや、ちょっと恥ずかしいし、仁君一人でやってよ」
「わたしもちょっとね」「僕もちょっと……」
「むー、お母さんたちはノリが悪いなぁ。まあ、いいや。
それじゃあ、たつろーさん。やぁっておしまいなさーい!」
「あいあいさー」
母親たちの熱が冷めてしまった事で、竜郎も少し恥ずかしくなり、控えめな声で返事をすると、《無限アイテムフィールド》から異世界では『ララネスト』と呼ばれる魔物の切り身を取り出した。
「それは何の食材なんだい? 竜郎くん」
「これは俺が現在むこうで養殖している魔物の一種で、現地ではララネストと呼ばれています。
外見的には、二メートルはある巨大な青いロブスターっといった所でしょうか」
「ロブスターってことは、今度は魚介なのね。私エビとか好きだから、ちょっと楽しみねぇ」
「あーそうだったわね。美波ちゃんって、うどん屋とかに行くと必ずエビ天が付いてるの頼んでるし」
などと母親たちが盛り上がってきている中で、竜郎は準備をしていく。
「えー。肉みたいにただ焼いてもいいですが、個人的にはちゃんと料理した物を食べて貰いたいので、これは一旦しまいます」
「竜郎? 直ぐに食べさせてくれないの? お母さん楽しみにしてるのに」
「分かってるって母さん。だから、できあがったものをこちらに用意してありまーす」
「どこの料理番組よ……」
既に完全に調理し終わり、皿に乗ったララネストの酒蒸し料理が並べられていく。
竜郎の《無限アイテムフィールド》は、時間を止めて保存しておくこともできるので、いつでも出来立て状態だ。
湯気が立ち上り、両親たちの鼻孔をくすぐる。
それだけで、さっきお肉の塊を食べたというのにお腹がグゥと音を立てて早く食べさせろと催促してくる。
「なに……これ……。匂いだけで、もう涎が出そうなんだけど……」
「どうぞ召し上がれ。向こうの世界でリアが作ってくれた一品だ」
「何、リアが作ってくれたのか。それじゃあ、父さんも張り切って食べないとな」
実は仁は嫌いではないのだが、魚介類はそれほど好きでもなかった。
なのでさっきの肉ほどテンションは上がっていなかったのだが、その匂いとリアが作ったという二重のスパイスで威勢よく皿を竜郎から受け取った。
そして全員に皿が行き渡った所で、いざ実食。
今の仁たちではどう頑張っても割ることの出来ない殻は、既に取り除いてある状態。
なので箸でひょいとつまんで、酒蒸しされたシンプルな味付けのララネストの切り身を一斉に口の中に入れた。
「「「「────ふぐぅっ!!」」」」
それはただひたすらに美味しい爆弾だった。
噛んだ瞬間に濃厚なうま味が溢れ出し、口の中を暴れまわる。
立食の様な形で食していたので、全員が腰砕けになって床にぺたりと座り込んでしまう。
そしてその瞳の隅からは、あまりの美味しさに小さく涙がホロリと落ちた。
「「「「……………………」」」」
たった一口食べただけなのに、四人とも放心状態で目を閉じてじっと天井に顔を向ける。
そしてまた顎を動かせば、うま味が溢れ立っていられない程の衝撃が舌から脳へと駆け抜ける。
それから両親たちは無我夢中で食べ始め、誰一人残すことなく綺麗にお腹に収めた。
その時の両親たちの顔は、今までの人生で起きた幸せな事だけを体験したような、満ちたりた表情をしていた。
「どーお? これで、なんで私たちが向こうの世界に行きたいか分かってくれた?」
「「「「御見それいたしました」」」」
両親たちは揃って愛衣や竜郎、リアに向かって御馳走様のポーズをとって頭を軽く下げた。
こんなに美味しいものを食べさせてくれてありがとう、という思いも込めて。
「実は……このララネストの魔卵を俺が改造して、ララネスト2っていうのも作ってあるんですが、今は止めておいた方がいいですかね?」
「そのララネスト2っていうのは、さっき食べたララネストよりも美味しいってこと……?」
「ええ、そうです。俺と愛衣も、ララネストの味を知ってなお涙が止まらなかった程ですね。今からでも食べたいですか?」
「うーん……いいえ、止めておくわ、竜郎君。今は、このただのララネストの美味しさに浸っていたいの」
「ですよね。それじゃあ、そっちはまた今度という事で。
──では実際に味わってもらい、向こうに行って養殖をする重要性も分かってくれたことかと思います。
ですが、俺達の目的はまだあります。それは即ち、ララネスト級の、最上級に美味しい魔物を全て揃えるということです」
「──っま、待ってくれ。ってことはだ。これと同じくらい美味い別の魔物が、まだ向こうにはいるっていう事なのか?」
真っ先に声をあげた仁の他にも、美波や正和、美鈴も興味津々で無意識に身を前に乗り出していた。
「ああ、そうだよ父さん。さっきは魚介系だったが、他にも肉や野菜、果物の魔物もいるし、他の魚介もまだ存在する。
さらに、さっき父さんたちが食べた牛肉並みに美味しい魔物も多種多様に存在しているんだ。
俺と愛衣は、そういった魔物を向こうで探し、あるいは生み出し、魔物の畜産や海産、農業なんかをやっていきたいと思ってる」
「愛衣も一緒にそれを手伝いたいって訳ね」
「そうだよ、お母さん。そんでたっくさん美味しい物を食べて、たっくさんの人に味わってもらうの!」
ただの美味しいものではないことを知ってしまった今、それは何だか壮大な夢のように両親たちには思えた。
だからだろうか。仁は思わずこんな言葉を漏らした。
「何だかお前たちの話を聞いていると、異世界ってのも面白そうだな」
「そう思うか? 父さん」
「まあな。こっちの世界で普通に生きてたら味わえないことが向こうにはあるんだろうし」
「そう思ってくれるならちょうどいいかな」
「そうかもね、たつろー」
竜郎と愛衣は互いに目線を合わせて頷きあった。
それに何だと両親たちは首をかしげていると、竜郎が一歩踏み出し四人の前に立つと、こう宣言したのであった。
「父さん、母さん、正和さん、美鈴さん。皆で異世界に行ってみませんか?」
──と。
次回、第06話は12月26日(水)更新です。