第58話 4枠の選出
『協力してくれるのね。ありがとう。こちらもできる限りサポートしていくから安心してちょうだい。
それでタツロウ。まずはどのダンジョンの個にするか決めてほしいのだけれど、希望はあるかしら』
「あっ、そういえばそこもありましたね。でも希望というのなら、最初はやっぱり知り合いでもあるシュワちゃんを優先しておきたいです」
そもそもの発端は、彼との出会いがきっかけだ。そして約束したのも彼が最初。
だというのに、全く知らないダンジョンの個を優先するなど考えがたい。
迷宮神もそう言うだろうと察していたようで、そうよねと答えてくれたのだが……問題はここからだ。
「ぶっちゃけ、どのダンジョンの個にするか決めてほしいって言われても、ねぇ?」
「知り合いでもなんでもないですし、判断材料がないですからね」
「まさか一人一人会って面接──っていうのも面倒っす」
竜郎たちに、ダンジョンの知り合いなどシュワちゃんくらいしか──。
「──あ、いましたの。あのダンジョンの個と、そこそこ話しましたの」
「あそこなぁ……。正直、あいつは出たいと思っているのかよく分からないから除外してたんだが、どうなんだろう」
「でも魔物は外にだしてるみたいだし、そういう気持ちもあるかもじゃない?」
レベル10以上のダンジョンは、ダンジョン内の魔物を外に排出できるほどに外の世界に干渉できるようになる。
迷宮神ははじめ、それはただの遊びだと思い大して気にしていなかったのだが、ダンジョンの個と直接会話を交わすことで、人間たちの住む世界への渇望が自然とそうさせていたということが発覚した。
なので魔物を外に出す=外に出たがっていると概ね解釈していいのだろうが、今竜郎たちが思い浮かべているダンジョンは、話したことがあるが外に出たがっているようには感じられなかったのだ。
「うーん、フローラちゃんは会ったことないからよく分かんないけどー、どうせ最初にやるなら、ご主人様たちが知っている人?のほうがいーんじゃない♪ って思うけどなー♪」
「私もフローラと同意見ですね。そのほうが接しやすいのでは?」
「フローラもウリエルもそう思うか。ならとりあえず、第2候補としてあげておくか」
これで1枠確定、2枠仮決定となったが、それでもあと2枠余っている。
『いちおう私の方で今回の条件に該当する高レベルダンジョンの情報を見繕ってみたけれど、その情報はいるかしら?』
「是非」
偉そうにも聞こえるかもしれないが、知らない相手というのなら、できるだけこちらにとって有益な相手を選出したいところ。
竜郎はすぐに返事をし、迷宮神から教えてもらった情報をリアの魔道具を使ってメモしてもらう。
その中には当然、先ほど第2候補として仮決定したダンジョンの情報も含まれていた。
メモの内容をまとめた紙を何枚もリアの魔道具で排出し、管理者の称号を持っていない者たちも含めた全員に渡していく。
「私は、この氷雪地帯のみで構成されるダンジョンがいいな。
帝国の領内には、そのような土地はないから手軽に氷雪系の魔物素材なんかを取りにいけるのは魅力的だ」
「私もたまにそういうところに行きたくなるときがあるし、イシュタルの意見に賛成するわ」
レーラは氷神に生みだされたクリアエルフだけに、氷雪地帯は彼女にとって心地よい場所となっている。
そういう意味でも、イシュタルと意見があったようだ。
「とくに反対もないみたいだし、とりあえず3枠仮確定としておこうか。
それじゃあ、あと最後の1枠だが……」
それぞれのダンジョンの特徴としては、シュワちゃんのダンジョンは主に砂漠地帯で構成された場所。
2枠の件のダンジョンは、湖や海といった水が多いダンジョン。3枠は氷雪地帯。
そして竜郎たちのダンジョンは、モチーフがお化け屋敷。
なので大まかな属性で並べるとしたら『砂、水、氷、闇』となり、どうせならこれらと被らないところが望ましい。
「被らないところに絞ったとしても、他もなかなか魅力的な魔物の素材が取れそうですね。悩みます。う~~~ん…………」
リアはこの魔物の素材なら、どんな物が作れるだろうかと真剣に悩みながらリストに目を通していく。
けれど他の皆もそうだが、どこもそれなりに魅力があり、結局決めきることができなかった。
それを見かねてか、迷宮神が一つ提案を出してきた。
『だったらいっそ、シュワちゃんに決めてもらうというのはどうかしら?
高レベルダンジョン同士で、なにかしらの情報交換や意思の疎通をしているし、誘いたい個がいるかもしれないわ』
「ああ、それもいいですね。シュワちゃんの紹介なら安心できますし」
「うん。私もそれでいいと思う。このままだと、話が全然進みそうにないしね」
ということで残り1枠は未定のまま、明日にでもシュワちゃんの所に会いに行くことになった。
イシュタルも行きたそうにしていたが、明日は明日で皇帝としての仕事があるのでそういうわけにもいかず、それ以外の迷宮管理者の称号を持つメンバーで行くことに。
もちろん少しずつ離れても大丈夫になってきたが、それでも竜郎が見える範囲にいないとぐずりだす楓と菖蒲。
幼女二人に対抗するように、ニーナも一緒に行く。
事前に決めておきたいこともだいたい話し終えたこともあり、残りの時間は皆で食事を楽しんだ。
翌朝。
昨日決まったメンバーが時間通りにカルディナ城の正面に集まった。
シュワちゃんと、愛衣が名付けた個のダンジョンには既に行ったことがあるので、竜郎の転移魔法でひとっ飛び。
念のため認識阻害はしながらダンジョンの入り口の真上に直接現れると、そのまま光り輝く湖に落ちるように入っていく。
通常ならば、ほぼ砂漠地帯で構成されているダンジョンなので、砂漠のど真ん中にでも出現するところなのだが、このダンジョンの個によって本来は入るはずのない、ただただ真っ白な広い空間に送られた。
「おおっ、心の友よ! また会えて嬉しいぞ!」
それと同時に、竜郎はマッチョな青年に力強い抱擁をされた。
この彼こそが、シュワちゃんこと、ここのダンジョンの個が人間たちの次元に合わせたときの姿。
具体的な姿は人型で身長2メートル。某有名なハリウッド映画で殺人アンドロイド役をしていた、あの人そっくりなゴリゴリの筋肉青年だ。
それだけにいつも愛衣やちびっ子たちくらいしかハグしない竜郎にとって、精神ゲージが暑苦しさによってゴリゴリ削られていく。
「うぅ……分かった。分かったから、離れてくれぇ……。俺も会えて嬉しいから……」
「そうか! 心の友も嬉しいと思ってくれるか!」
結局離してくれるまでそれから十数秒ほどかかり、今竜郎は愛衣の胸に抱かれ癒されていた。
その代りに、レーラが一時的に進行役を買って出ることに。。
「私はレーラ。よろしくね。タツロウくんの仲間よ」
「心の友の仲間ならば、俺にとっても仲間のようなものだ。よろしくな」
むやみに爽やかな笑みを浮かべるシュワちゃんにレーラも優しく微笑みかけると、他の彼が出会ったことのないメンバーも軽く紹介していった。
全員が紹介し終わる頃には、竜郎も愛衣の胸に抱きついたままだが復活していた。
「心の友には、こんなに子供がいたのか。人間の中でも多い方じゃないか?」
「まあ、子供と言っても生まれ方はちょっと特殊なんだけどな。
でだ。それはいいとして、そろそろ本題に入っていいか?
なんで来たかは迷宮神さんから聞いているんだろ?」
「もちろんだとも。心の友が真っ先に俺のことを挙げてくれたともな!
それを聞いたとき、俺たちの友情はなにもより固い絆で結ばれていたんだと感動し、それとともに──」
「ああ、うん。そうだな。喜んでくれたようで、俺も嬉しいよ」
「おおっ! 心の友も喜んでくれるか! 友情はいいな!」
竜郎は話が長くなりそうだったので、適当なところでぶった切った。
そして相手側も理解してくれていることが確認できたので、本題を切り出していく。
「本格的に作業に入る前に相談したいことがあるんだが、今俺たちは残りの3枠にどこのダンジョンをいれようかという話になっていて──」
昨夜皆で話し合って決めた2枠、3枠について話していく。
「2枠も3枠も、そこまでコンタクトを取ったことはないな。
3枠は特に大人しいのか、自分から発信したことは俺の知る限りないだろう。
だが2枠のやつは、俺たち高レベルダンジョンの間ではそこそこ有名だ」
「え? そうなのか?」
そもそもどうやって高レベルダンジョンたちが、双方に情報のやり取りをしているのかと聞いてみると、どうやら地球でいうネット掲示板のような感じでのやり取りなんだとか。
ただ匿名性はなく、イメージ的には、どこのダンジョンの個が書きこんだコメントなのかははっきりと分かるらしい。
高レベルダンジョンともなると、昔もその傾向はあったが今となっては特に入ってくる人員も限られるので、イレギュラーなこともほぼ起きず、ほとんど自動モードのような感じで管理しているので普段、彼らは暇。
そこで高レベルダンジョンたちのほとんどは、その精神ネットワークの掲示板をのぞいたり書き込んだり、書き込みにたいして返信したりなんてことをしている。
どうやら2枠の、竜郎たちが以前話したことのあるダンジョンは、そこで一方的に自分の書きたいことを話の流れも読まずに突然書き込み、他人の返信は全無視というトリッキーなことをしているらしく、そのせいで随分と掲示板活用者たちの間で有名になっているようだ。
とはいえ別に嫌われているわけではなく、面白枠としてとらえられているようだが。
現れると、一時的に掲示板が盛り上がるんだとか。
そこでいくと3枠のイシュタルが推していた氷雪地帯のダンジョンの個は、極たまに人のコメントに返信するくらいで、自分からはなにも発信はしない。
そのためシュワちゃんもどんな性格の個なのか、まったく把握していない。
『へー、そんなことを普段していたのね』
「迷宮神さんは知らなかったの?」
『ええ、とくに害になるようなことでない限り、基本的に何もしないし干渉しないようにしているから。
精神ネットワークみたいなのがあること自体は知っていたけれど、それがどんなふうに使われているのかも知らなかったわ』
「私も長く生きているけれど、まったく知らなかったわ。
まさかそんな風にダンジョン同士がやり取りしていたなんて、とても興味深い」
レーラさんもその精神ネットワークに参加したいとすら思ったようだが、人間たちの次元に生きる存在では不可能だと言われてしまった。
ただエーゲリアなら、ギリギリ覗くくらいはできるかもしれないと迷宮神は言っていた。
「それでシュワちゃんは、どうだ? その二人の個が今のところ候補として挙がっているんだが構わないか?
あとで本人たちにも聞きに行くつもりだが」
「心の友とその仲間たちがそうしたいというのだ。俺に否はない」
「なら、よかった。それで残り1枠なんだが、シュワちゃん的に勧めたいダンジョンの個はいるか?
いるならそこに決めてもいいと思っているんだが」
「俺の意見まで聞いてくれるのか……。その思いやりに友情を感じる!」
「ああ、はい、ソダネー」
白い歯をチラリと見せるさわやかスマイルにウインクを添えてのサムズアップに、竜郎は真顔で返事だけした。
正直、最後の1枠が絞りこめなかっただけであるし、その提案をしてきたのは迷宮神なので心が少し痛い。
「だがしかし残り1枠か……。迷うな」
「なら、その精神ネットワーク?に書き込みをして、募集してみてはどうですか?」
「ばばばばば──ばかなことをいうな、心の友の妹よ!
そんなことをしたら荒れに荒れるぞ……」
「そ、そうなんですか?」
「ああ……。ちょっと俺が人間たちの世界で遊べるかもと以前書き込んだだけで、凄い食いつきと反応だったからな。
俺に少なからず決定権があると知られれば、あとで選ばれなかったやつからどんな罵詈雑言を浴びせられるか分かったもんじゃない。
これは掲示板には書き込まず、例えばれたとしても不特定多数の中から幸運なことに抽選で選ばれましたてきな体でお願いしたい!」
最後は早口でまくしたてられ、わりと本気めのお願いに竜郎たちも頷かざるを得なかった。
「だから少し待ってくれ。今、候補を2つまで絞ったところだ」
「はやいな。ちなみに、その個たちのダンジョンを属性で表すならどんな感じだ?
できるだけ今の候補たちとダブらないほうが、俺たちとしても嬉しいんだが」
「属性で? 俺も行ったことがあるわけじゃないから、これまでの会話で推測する限りでは──ということになるんだが、おそらく1つ目は風。2つ目は雷。
これらの属性に由来する魔物が多く出現するはずだ」
「風と雷か。どちらも条件的にはありだな。シュワちゃんと仲がいいのか?」
「まあ、悪くはないな。互いの書き込みをみつけたら、なんとなく返信しあっているくらいの仲だが」
あまりそういった掲示板を活用したことがない竜郎には、それがどれくらいの仲なのかいまいち分からなかった。
だが返信しあうくらいの仲ならば、気が合わないということはないだろう。
どちらでもいいよとシュワちゃんに伝え、待つこと数分。彼の中で、どちらか決まったようだ。
「決めた。雷のほうにしよう。こいつのほうが、もし俺が選ばなかったと知られた日には、いつまでも文句を言ってきそうだからな」
「そ、そうなんだ……」
そんな理由なの? と愛衣が少し「えぇ……」といった顔で見つめるが、シュワちゃんの選考基準的には重要な項目だったのだろう。
シュワちゃんがその雷の魔物が多くいると推測されるダンジョンのことを迷宮神に伝え、迷宮神から竜郎たちに昨日のリストのどのダンジョンなのか教えてもらった。
「雷のダンジョンで合ってたっすねー」
「そのようですの」
「なら決まりってことで。もし他の仮決まり状態の個がダメだったら、その風のダンジョンも候補に入れよう。それでいいか? シュワちゃん」
「ああ、問題ない」
こうして先に決めておきたかった4枠全てが、ひとまず埋まったのであった。
次回、第59話は5月15日(水)更新です。