第56話 迷宮神のお願い
ダンジョンの個の外出。
それは竜郎たちがまだ元の世界に帰れるようになる前。
竜殺しの称号獲得のため仲間たちにダンジョンを攻略してもらっている最中に、とある高レベルダンジョンの個──シュワちゃん(愛衣命名)と話すことになり、外を自由に出歩けるよう協力すると約束していたことだった。
「それが今回、ここの妖精樹の成長によって可能になったということですか」
『ええ、だから協力してほしいの』
「もちろんシュワちゃんとも約束しましたし協力したいとは思っていますが、どんなことなのか聞く前にハッキリと頷けません。まず具体的な内容を聞かせてもらえると嬉しいです」
『そうね。いろいろとこちらも準備を整えてきたのだけれど、タツロウたちにやってほしい大まかなことは3つ。まず──』
1つ目は、外を見たいと希望する4つの高レベルダンジョンの個を選出すること。
2つ目は選出したダンジョンの個たちから、それぞれのダンジョンの管理者権限の一部を《侵食の理》で竜郎、もしくは《迷宮管理者》をもつ誰かの《迷宮管理者》の称号に、それを移植すること。
3つ目はダンジョンの個自身の一部を受けとって持ち帰り、妖精樹と完全にリンクしている竜郎たちのダンジョンに移植すること。
以上3つのことを竜郎たちがすれば、あとは成長した妖精樹──ルナに頼んで調整してもらうことで、疑似的な妖精樹の化身のような形でこの人間たちが暮らす次元に実体化させることができるということらしい。
「4つの個を選出ってことは、それ以上のダンジョンさんたちはダメってことなの? 迷宮神さん」
『ダメということではないわ、アイ。
まずは根幹をなす4つのダンジョンを選定し繋ぐことで、あなたたちのダンジョンを核とした強固な土台をつくることが大切なの。
そこからまた妖精樹が成長することで制御できる許容量も増加するでしょうから、土台となっている4つに安定性を重視して2つずつ繋いで、今度は8つのダンジョンの個を外出できるようにする。
また成長したら、その8つのダンジョンに2つずつ繋いで、16のダンジョンをと、最終的にいくらでも繋いでいけるようになる計算だから問題ないはずよ。
イメージ的にはクモの巣のような、網目状に段々と繋がりを広げていく感じかしら』
「では、それができたとして妖精樹の化身のような形というのは具体的にどんなものなんですか?」
本物の妖精樹の化身であるルナや、妖精郷側の妖精樹のルトーレテと呼ばれる巨大カメの形態をした化身の場合は、基本的に妖精樹の入り口がある付近でないと実体化できない。
それでも外に出られるということになるのだろうが、広く見たい知りたい出歩きたいと思っているであろうダンジョンの個は、それで満足いくのだろうかと竜郎は少し気になったようだ。
『化身と言っても、それはあくまで疑似的なものよ。
だからその疑似的な体に込めたエネルギーが尽きるまでなら、どこまでも好きに移動できるわ。
ただしオマケの機能みたいなものでしかないから、どれだけ詰め込んでも人間で言うとレベル30くらいまでの力しかこめられないのだけれど』
簡単に言えばバッテリーつきの、おもちゃの体といったところか。
「それじゃあ、どっかで力を使って消費したらどんどん弱くなってくとか?」
『そうね。レベル30相当の魔物とまともに戦えば、最初だけは互角に戦えるでしょうけど、すぐに負けてしまうはずよ。
また時間経過でも少しずつ消費してしまうでしょうから、消費を抑えて活動したとしても補充無しでは一月程度で尽きて消えてしまうでしょうね』
「えっと、負けてしまったりエネルギーを使い果たした場合、ダンジョンの個に何かしら悪い影響はないですか?」
竜郎のダンジョンの個を心配してのその言葉に、迷宮神は表には出さなかったが心の中では嬉しく思い、その質問に答えた。
『安心して。ダンジョンの個たちにとって、タツロウたちの世界の基準で言うのなら、その体は五感を感じることができるゲームのキャラクターのようなもの。
こめたエネルギーが消えてしまったのなら、また同じだけのエネルギーをこめて復活させればいいだけ。
しかもダンジョンの個たちにとって、それに必要なエネルギーは人間に例えるなら、爪をヤスリがけしてでた粉一粒の消費にも値しない木っ端なもの。
だから何千、何万回復活し直したとしても何の影響もないわ』
「そうなんですね。ならそちらは大丈夫として、今度はそれを実行することでありえる僕らの危険性やデメリットがあるのなら教えてほしいです」
約束もしたし、シュワちゃんには酒竜についての情報をこと細かく教えてもらった恩もある。
なのでできるだけ協力するつもりではあるが、危険すぎる行為が含まれるのなら遠慮する、もしくは別の打開策をお願いしたいところ。
『そうね。考えられる危険性は管理者権限の移植の際に、いびつに組み込んでしまうと移植先の存在になんらかの変調をきたす場合があるわ。
だけどちゃんと、これまでタツロウがやってきたように、うまく調整して組み込めばなんの問題もないはずよ』
「それはまあ、そうですね」
《侵食の理》で竜郎を構成するもの──こちらの世界でいう固有属性構成と、ダンジョンを構成する固有属性構成の一部を繋げて一つのものとし、そこから自分のほうに相手側の一部を移して組み込み、切り離す。
というのが一連の流れになるのだが、どんな小さな手術でもリスクは必ずあるように、これにもそのくらいのリスクはあるということだ。
「一番心配なのは、ダンジョンの個というのは相当に膨大な情報量だと予想されます。
そんな存在と自分を、もしくは管理者の称号を持っている誰かしらとを繋いでしまうことで、なにかこちらに問題は起きないのでしょうか?
というか、そもそもそれだけ膨大な構成量を僕らが把握できるかも心配ですが」
おそらく知り合いの中で──というより、竜郎たちが今いる次元上もっとも膨大な固有属性構成を保有するエーゲリアよりも、ダンジョンの個のほうが多いだろう。
リアが作ってくれた最新の魔力頭脳と人間の柔軟な思考をもつ天照のタッグによる最強の演算能力を用いても、どれだけの時間がかかるか分かったものではない。
けれどそこも、迷宮神側が考えて打開策を用意してくれたようだ。
『必要な情報はこちらで用意しておくから大丈夫よ。作業に必要な個の属性構成情報を渡せるように手配しておくから。
それと普通の人間がダンジョンと属性構成レベルで繋がろうとすれば何か問題が起こるかもしれないけれど、あなたたちの場合はダンジョンの管理者という、ある意味でダンジョンの個ともいえる称号を持っているから、意図しない形で混ざってしまったり埋もれたりすることもないわ』
「そういう意味でも、《迷宮管理者》の称号は必須ということですね。なるほど……」
『ただタツロウが言うように情報量は膨大だから、万全の状態でやることをお勧めするわ。
カルラルブに行っていたときのような、旧式の装備だけでは間違いなく失敗するはずよ』
「それはそうですね。そのときは天照も、しっかりと付いてきてもらいます」
どうやってかは知らないが、迷宮神はダンジョンの個の固有属性構成を伝える術を用意できるらしい。
それが本当なら、あとはその情報をもとに天照と最新の魔力頭脳に手伝ってもらいながら実行すれば、ほぼ間違いなく成功するはずだ。
仮に失敗しそうになったとしても、失敗する前に天照が止めてくれるだろうから、そのあたりも心配はいらないだろう。
また3つ目のダンジョンの個の一部を受け取るという謎の行動も、迷宮神がちゃんとできるように物質化してくれるというので問題はなさそうだ。
これなら提示された3つとも、竜郎たちでも遂行できると考えられた。他に必要なのは、それを成すための時間だけ。
なので受けてもいいかなと竜郎が愛衣と視線を合わせて確認していると、さらに後押しするメリットを迷宮から提示されることになる。
『実はね。今回これを成功させることで、あなたたちにも利点があるの』
「利点……興味深いですね。是非、聞かせてください」
『ダンジョンの管理者権限の一部と、ダンジョンの個の一部を移植することで、あなたたちのダンジョンから繋がったダンジョンに干渉できるようになるの』
迷宮神曰く。干渉と言っても別のダンジョンの階層を勝手に弄ったり、宝物庫などからアイテムを持ち出したり──なんてことはできない。
けれど竜郎たちのダンジョンからそのダンジョンに──それも好きな階層に行けたり、そのダンジョンの階層を丸々コピーして自分たちのダンジョンに合わせて改造した状態で再現したり、魔物だけを借りて出張させたりなんてことまでできるようになるのだとか。
また他のダンジョンと繋がることで、竜郎たちのダンジョンが使える一日あたりの世界力の供給量が増え、ダンジョンレベルも上昇。
そうなれば、今以上に好き勝手にダンジョンを構築できるようなる。
「他のダンジョンに簡単に行けるようになるのは、アーサーくんたちが喜びそうだね。
私たちの今のダンジョンじゃあ、いくらでも環境破壊していいアスレチック場くらいにしか思ってないだろーし」
「俺たちのダンジョンはレベル5相当だしなぁ。──って、そう言えば迷宮神さん。僕らのダンジョンレベルは、いったい何レベルまで上がるのでしょうか?」
『4つの高レベルダンジョンの個の一部と繋がってしまえば、おそらく一気に10まで上がるでしょうね。
それにこれからまた新しいダンジョンと繋がっていくたびに、レベルも少しずつ上がっていくと思うわ』
「ってことは、いずれ10以上にもなっちゃうの? 迷宮神さん」
『べつに最大値というわけではなく、私がダンジョンの個たちに推奨している最大レベルが10というだけだから、もっと上もあるわ』
レベル10でも凡人には努力で何とかできる域を超えているのに、それ以上ともなれば逆に人間が死ぬばかりで、ダンジョンを作ったそもそもの目的である世界力の消費が停滞する可能性すらあるからだ。
ただ上限が決められているとやる気をなくす個もいるので、あえて残しているというだけ。
それによほど世界力の運用の才能や、入ってくる人間たちやその行動に恵まれなければ、11以上に上げることはできないようになっているので、世界でも今のところ11と12の2つしか存在していない。
「でも高レベルともなると凄い魔物を置けたりするだろうし、たつろーやリアちゃんが好きな素材回収もはかどりそうだよね」
「それは嬉しい点だな。他にもよそのダンジョンの好きな階層に、簡単に行って帰ってくることもできるし、その点でも素材の収集がしやすい。
あとは俺たちのダンジョンの自由度が上がるのも魅力的だ」
ダンジョンレベルによって、一つの階層を構築するのに使用できる世界力の量に決まりがある。
単純にダンジョンのレベルが上がればその天井も上昇するので、やれることの幅が増えるというわけだ。
「だがそれだけレベルが上がるとなると、妖精郷に設置したダンジョンの危険度も上がるし、下手したら撤去も考える必要がでてきそうなのが恐いな」
「あーそれはあるかも……どうしよっか。レベルは勝手に上がっちゃうみたいだし、う~~ん」
せっかく妖精郷の要望に応えいろいろと準備し設置したというのに、いまさら撤去は言いだしにくい。
竜郎と愛衣がそんなことを考え頭を悩ませていると、ボーとした表情をしながらもしっかりと二人の会話を耳にしていたルナが話に加わってきた。
「ここにある……おおもとのダンジョン……は、むりだけど……、別のところに増やした……たとえば……妖精郷にあるダンジョンの入り口……は、下にならレベルが好きに設定できるようになった……よ?」
「え? それってどゆこと?」
「私が成長したから……、そのぶん……できることが増えたの……」
つまり妖精樹の根元にある竜郎たちのダンジョン本体のレベルを操作することはできないが、よそに新たに設置した疑似的なこのダンジョンの入り口ならば、レベルダウンさせたダンジョンを再現できるようになったらしい。
例えば極端な話なれるかどうかは置いておいたとして、いずれ竜郎たちのダンジョンがレベル20になったとする。
その場合でも本体である妖精樹の根元の入り口以外に飛地として設定した入り口を、レベル1ダンジョンにダウングレードした状態のダンジョンへの入り口に変換できる。
なので10個の飛地を横並びに用意して、その全てを1~10までのバラバラのレベルのダンジョンへの入り口にもできるということ。
ダンジョンの管理者補佐としてルナが活動している中で、いずれそういう能力が必要になって来るだろうと予測していたら、成長と同時にできるようになったのだ。
「なあ、ルナ。ダウングレードっていうのは、具体的にどんな感じになるんだ?」
「私が低レベルの規格に……合わせて……魔物や環境、罠……なんかを……、ちょちょいっと……変えるだけ……。
基本的な……内装は……そのまま……。けれど難易度は……簡単になる……」
「それってたくさんあったら、ルナちゃんが大変そうじゃない?
もしやるとしたら何個までにして~、っとかある?」
「べつに……? 私にとっては……大した手間……じゃないから、いくつでも……かまわない……」
「妖精樹って凄いんだね~」
「まあ……そうかも……?」
成長した妖精樹、そしてその化身であるルナは、竜郎たちが思っている以上に高度なことができるようになったようだ。
「そうなるとレベルが上がっても、逆に取れる選択肢が増えるだけでデメリットはなさそうだな。……が、気になることが一つあった」
「気になることってなあに? たつろー」
「今の俺たちのダンジョンに設定しているボスは、レベル8までの規格に合わせられるって話だったと思うんだ。
けれどレベル10ともなってしまうと、そのボスを変える必要が出てくるんじゃないか?
ルナのその姿は、そのダンジョンボスを模したものだし、なにか影響があったりとかしないか?」
「あっ、そういえばそうじゃん。そこんとこどーお? ルナちゃん」
「とくに……問題はない……。形を模倣……しただけ……だから……。けど……お願いがあるの……管理者さん」
ルナが竜郎と愛衣を見てそういった。
今まで魔力や特殊な極上蜜の提供以外、お願いなどされたことのない2人は目を丸くした。
「ルナにはダンジョンの調整とか頑張ってもらってるし、できる限りお願いには応えようとは思っているが、それはなんだ?」
「ボスを……代替わりさせるのなら……、私に……今いる子を……吸収させてほしい……。
他の人に……あげたくないの……。だめ……?」
ダンジョンのボスが今のダンジョンレベルの規格に合わなくなった場合、そのボスは代替わりのために、レベルアップ後に最初に最深部にたどり着いた者たちと戦わせ、負けたら挑戦者のシステムに特殊な称号となって吸収されるという決まりごとのようなものがある。
竜郎や愛衣が持つ《エンデニエンテ》という称号も、以前ボスの代替わりに遭遇し、倒して手に入れた特殊なモノ。
それでいくと誰かが代替わりしたボス──竜郎たちのダンジョンでいえば足のない女性幽霊を倒すことで、その魔物の魂を乗せた特別な効果を持つ称号が贈られる。
けれどルナにとってそのボスは、自分の形を形成するうえで参考にし、その後もダンジョンの調整という形で見てきた魔物だ。
それだけに彼女にとっては半身……とまではいかないのかもしれないが、特別な存在なのだろう。
竜郎は急遽、他の管理者の称号を共有しているものたちに念話を送って皆の意見を募った。
「俺や愛衣、そしてカルディナたちやレーラさん、イシュタルもいいってさ。それだけ思い入れがあるのならって」
「ほんと……?」
「うん。だからそのときになったら、遠慮なくやってくれていいからね」
「うん……。ありがとう……」
あまり表情を動かさない彼女にしては珍しいほどに、綺麗な微笑みを浮かべて喜んでくれた。
これだけ喜んでくれるのなら、この選択も間違っていなかったのだと竜郎や愛衣は改めて思った。
竜郎たちとルナの会話の切れ目を見計らって、黙っていた迷宮神が竜郎と愛衣に再び話しかけてくる。
『それでどうかしら? やってくれる?』
「前向きに検討させてもらいますが、一度持ち帰らせてください。
この件に関しては一度、皆を集めて説明と話し合いをしておきたいんです」
先ほどルナとボスの件で管理者の称号を持つ全員に軽く説明したかぎりでは、皆賛成してくれていた。
なので受けることになることはほぼ確定状態なのだが、そうすることでダンジョンがどうなるのか、ここに暮らす全員に説明してから決定を出したいと竜郎と愛衣は考えたのだ。
その気持ちを迷宮神も、ちゃんとくみ取ってくれた。
『分かったわ。それじゃあ、決まったら連絡をちょうだい。
それと、どちらを選んだとしても誰も怒らないから気楽に考えてくれていいから』
「はい」「うん」
そうして竜郎たちは急遽仲間たちに連絡を取っていき、今後のダンジョンについての話し合いの場を設けることとなるのであった。
次回、第話は5月10日(金)更新です。