第54話 仁の魔物選定
チキーモの食事会が終わり一夜が過ぎた。
安定した生産ができるようになったら、イシュタルやエーゲリアにも卸すことを固く約束した竜郎は、朝食の時間に皆を集め第2回美味しい魔物会議を開いた。
現存する魔物を優先してと決めていたので、候補としてあげられるのは以下の4種類となっている。
葉物野菜の魔物──『レティコル』。果物の魔物──『ラペリベレ』。
水の魔物──『メディク』。香辛料の魔物──『スペルツ』。
「チキーモのときと同様に、多数決で決めていこう」
「はーい」
「「うー!」」
愛衣の元気のいい返事に追随するように、彼女の膝の上に座っていた楓と菖蒲が手をあげた。
「それじゃあ、レティコルが──」
竜郎が順々に魔物の名前を挙げていき、集まった面々に挙手していってもらう。結果──。
「次の魔物はメディクで決まりだな!」
「よかったね、たつろー」
「ああ、早めに手に入れておきたかったしな」
最初からこの魔物を推していた竜郎、仁、ガウェインはそのままこの魔物に挙手し、チキーモが手に入って満足した愛衣も彼氏のためにと手をあげた。
さらに香辛料を推していた正和も、植物の育成にどのような影響が出るか確かめてみたくなったという理由で挙手したりと、いくつか票が動いたことも決め手になったようだ。
「いつ捕まえに行くの? 竜郎」
「う~ん。そうだなぁ」
母──美波の言葉に、竜郎は腕を組んで頭の中で今後の予定をまとめてみる。
「一度家に帰ってまた高校に行ったり、リアや奈々を小学校に入れてあげたりもしてみたくはあるが、他にもこっちでやりたいことが沢山あるんだよな」
「私はとりあえず、チキーモの養鳥はいろいろと整えておきたいなーなんて思ったり」
愛衣はチキーモの肉が相当気に入ったらしく、早く量産化できるようにしてほしいようだ。
竜郎としてもそれは望むところなので予定表に組みながら、人化形態で座っている肩まで伸びたショートボブのオレンジ髪とオレンジの目をした竜の少女に視線を向けた。
「ミネルヴァ。ここの調査はどれくらい済んだか聞いてもいいか?」
「ええ、問題ありません。今のところ陸上に関しては、ようやく三分の二程度を把握し終えました。
近日中に終えて、主様たちが入手した新たな領地の調査に向かいたいと思います」
「それはありがたいが、そんなに急いでやらなくても、のんびり自分のペースでいいんだからな?」
「はい、主様がそうおっしゃってくれることは分かっていましたので、のんびりやらせてもらっていますよ。
全力でやっていれば、もう終わってしまっていたでしょうし」
「ああ、もうのんびりやっていたんだな……。ありがとう。このまま、気楽に続けてもらえると嬉しい」
「了解です」
竜郎たちがここイルファン大陸で得た領地は本当に広い。
そこを細かく、どこになにがあって、どんな魔物がいるのかまでこと細かく調べるという仕事を、一月も経たぬ間に終えようとしているのだから驚きである。
「カルディナたちはどうだ?」
「ピュイーー!」「────」
竜郎たちが保有している海を調べてくれていたカルディナと月読も、ミネルヴァ同様順調に進んでくれているようだ。
《成体化》状態のカルディナは、胸を張って力強く鳴いてみせた。
カルディナは水中はもちろん地中探査もお手の物なので、ミネルヴァと一緒にカルラルブの領地調査に着手すればすぐに終わるはずだ。
そうなればそちらでの養鳥地も、スムーズに決めることができるだろう。
「あとは……──そうだ。父さんの魔物候補を見繕っておいたから、あとで一緒に決めていこう」
「おっ、いよいよか! ありがとな竜郎!」
「どういたしまして。他には──」
「そー言えば、時間ができたらイェレナさんたちを連れて、マリッカさんのとこに行くって話があったけど、あれってどーする? たつろー」
イェレナ・シュルヤニエミは竜郎たちの領地内にある巨木──妖精樹の調査員として、妖精郷を代表してカルディナ城のすぐ近くで暮らしている女性妖精。
そしてその女性妖精と、以前竜郎たちがお世話になった女性妖精──マリッカが親戚だったことが判明し、竜郎の転移を使ってマリッカの母──マルファと、叔母──イェレナを、久々に再会させてあげると約束していたのだ。
大した手間でもなければ、急ぎの要件もないので、そろそろ会いに行くのもいいかと竜郎が纏めようとしたとき、元気よくフローラが手を挙げ遮った。
「今はちょっと止めといたほうがいーですよ♪」
「ん? なんでだ? フローラ」
「実はこっちの妖精樹が成長? したとかで、今はその調査で忙しいみたい♪」
「成長? なにか悪いことが起きたりとかは?」
「ん~とくにそーゆーのはないっぽいですよー♪」
妖精郷の妖精樹はイェレナが生まれたときにはもう既に成熟した大人の木だったが、竜郎たちの領地にあるのは見た目に反して生まれたばかりの若木と言ってもいい段階。
それだけに妖精樹の成長というものに直に触れる機会がおとずれたとあって、イェレナは大興奮でシュルヤニエミ家のものを竜郎たちの許可を得てから何人か呼び出し研究しているのだとか。
「あっちが今は忙しいのか。ならもう少し後にしたほうがよさそうだな」
「成長ってのも気になるし、あとで見に行こーよ、たつろー」
「ああ、そうしよう」
他にも細かな報告を聞いたりしながら皆で朝食を食べ、第2回美味しい魔物会議は終了した。
朝食を終えた竜郎は愛衣と手を繋ぎ、楓と菖蒲を抱っこした仁と美波、ルシアンを抱っこした正和と美鈴を連れて誰もいない広い砂浜までやってきた。
本日は、ここで仁のパートナーとなる魔物を選ぼうというわけである。
候補となる魔物は、事前に暇な時を見つけては《魔物大事典》で検索して作れそうな、それでいて仁に有用であろう魔王種の魔卵を調べて錬成しておいたので既に用意は万端だ。
「とりあえず父さんには、3体の魔王種の魔卵を選んでもらって、自分のペースで1体ずつ孵化させて育てていけばいいかなと思ってる」
「枠はまだあるが、俺のスキルがどんな感じなのか確かめてみるためにも、少しずつ慣らすほうがいいだろうからな。了解した。それでどんな魔物がいるんだ?」
少年のような純粋な瞳で竜郎を見つめる仁に、妻の美波は微笑ましそうに見守り、愛衣は竜郎もたまにあんな目をするときがあるなと少し笑ってしまった。
そんな女性陣の視線にも気が付かず、竜郎は仁に今回選出した魔物たちの魔卵を一度《強化改造牧場》に収納して、どんな特性を持った存在なのか《強化改造牧場》のシミュレーターで、その姿と共に説明していく。
「まず一番おすすめ……というより、最初の一体はこれにしてほしいってのがこいつだ」
「…………ん? デカい盾を持った騎士か?」
シミュレーターに映し出されたのは灰白色の全身鎧をまとい、同じ色の長方形で本体を覆い隠すほど大きなタワーシールドを持った人型の魔物。
竜郎が以前、アムネリ大森林と呼ばれる危険地帯の奥地で倒したケラケラと笑う気味の悪い人型クリーチャーの魔物の魔卵を光属性に変換したものと、ダンジョンで倒したことのある巨大な岩山の石化スキルを持っていたゴーレムの魔卵を、《魔物大事典》に示されているとおりに等級を調整して合成したものである。
「これは鎧ゴーレムの魔王種で、攻撃手段はほぼないが、その分物理、魔法どちらに対しても守りが非常に硬く敵にいると厄介な魔物だ」
「タンクが任せられるやつってことか」
「仁くんや私たちを守ってくれるんなら絶対に必要よね」
「だから俺も最初に勧めたわけだしな。んで他にもタンク役の魔王種の候補はいるんだが、こいつは一人で大勢を守ることもできるスキルを魔王種化後に覚えられるようだから特にお勧めだ」
《魔物大事典》には魔王種化後にどんなスキルを覚えるのかも、しっかりと記載されていた。
それによると、非常に硬い物理魔法両方の耐性を持った岩の盾持ち疑似鎧ゴーレムたちを大量に生みだすことができるようになるのだとか。
魔王種化前でも3体までなら可能ではあるのだが、こちらはそれより耐久力も動きの俊敏さも段違いで強化されているので、雑魚キャラのように湧いてくる鎧ゴーレム1体でも、通常の魔物では歯が立たないほどになっている。
「さらに作り置きができ、スキル発動中に疑似的に動いているただの岩人形だから《アイテムボックス》に収納も可能!
事前に父さんの《アイテムボックス》に数体いれておけば、一瞬で盾役が増やせるって寸法だ」
「なんだか凄く便利そうなやつみたいだな」
その他にもタンク役を数体紹介していくが、竜郎が一番最初に勧めてきただけあって、その鎧ゴーレムほどに魅力を感じる魔物はいなかった。
仁は竜郎から、その鎧ゴーレムの魔卵を最初のパートナーとして孵化させることを決め受け取ることにした。
「こっからは自由枠だが、今の自分に必要そうなのを優先して選んでくれ。スキルの感じがつかめたら、どんどん増やしていけるしな。まずは──」
竜郎が選ぶお勧め魔王種の紹介が流れるように進んでいく。
大きくジャンル分けすると、『前衛攻撃系』『後衛攻撃系』『索敵系』『治癒系』『補助系』『飛行系』の6種からそれぞれ数体ずつ。
その中で仁がとりあえず育てる予定の残り二体のジャンルは、『前衛攻撃系』と『治癒系』。
索敵と治癒で迷っていたが、鎧ゴーレムのスキルには不意打ちにも強いものがあるので、いざというとき怪我を癒せる子をと選んだ形だ。
前衛攻撃系から選んだのは、属性の魔力を宿した魔物──属性体と呼ばれる魔物の闇属性の魔王種の魔卵。二本足と翼を生やした巨大なサメの魔王種の魔卵。八本の腕をもつ鎧武者の魔王種の魔卵。
それらの等級を上手く調整して合成した魔物。
見た目はウエストだけが異様に細いが、他の部位はしなやかな筋肉をつけた小柄な女性ほどの大きさの魔王種の一本角の黒鬼人。
目は紅くサメのように鋭い。肌もやすりのように、ざらついたサメ肌。
下半身だけに膝丈の馬乗り袴のような、だぼついたズボンをはいているが他は全て裸で裸足。
そして一番特徴的な、手の甲から左右一本ずつ生えた鎌のような大きな刃。
「こいつは耐久力は低いが、とにかく速くて攻撃の手数が多いんだったよな?」
「ああ、縦横無尽に走り回って敵を手の甲の鎌刃で切りつけるって戦い方を主体としたやつだ」
速力が高い代わりに一撃は軽くなるが、魔王種化することで、かなり強力な斬撃系スキルも手に入るのでここぞという時の火力も高い。
「イメージ的には、さっきのゴーレムの鎧に守ってもらいながら、この鬼の魔物で相手を攪乱、または討伐ってところかな」
「倒しきれなくても、相手の動きが制限されるから美波ちゃんや私の攻撃で止めが刺せそう」
愛衣の両親もルシアンをあやしながら、もっと火力の高い魔物もいたのにこれを選んだ理由を考察していた。
ただ軽いといっても魔王種化したこの魔物の一撃を防げる存在など、竜郎たちの知り合い以外にはそうそういない。
三体目。聖属性化したニョロ子という竜郎の眷属の中にいるヘビ型の竜の魔卵。生属性の属性体魔王種の魔卵。生属性化した金色の水晶を背中に生やした、竜郎たちの間で金のクマゴローと呼ばれるクマ魔物の魔卵。
仁が選んだ治癒系の魔王種は、これらを《魔物大事典》に従って合成していき生み出された治癒スキルを持った偽竜の魔王種。
竜種、神種、半神種の魔物は仁のスキルの範疇外だが、偽竜は竜ではないので問題はない。
「私どちらかというとヘビって苦手だけど、この子は可愛いし綺麗ね」
改めてシミュレーターに映し出された映像に、美波は微笑みを浮かべた。
その様子に仁はこの子を選んで正解だったなと、妻の笑顔に見惚れていた。
そこに映し出されたのは、全長30センチほどで紐のように細長いヘビ。
全身を美しい金色の水晶でできた鱗に覆われており、顔はヘビの中でもコーンスネークに近い。
ただ頭の平たい部分に金色の毛が髪の毛のように生えていて、カツラをつけられた蛇のようで少し見た目が面白かったりする。
ちなみにこの魔物は総じて穏やかな性格で攻撃性は低いが、偽竜という特性上、並みの魔物よりも攻撃力は高い。
その上で強力な治癒スキルをもっていて、魔王種化することで広範囲にわたって一瞬で大量の負傷者も体力、気力、魔力ごと回復させて戦線復帰させることもできるので、ヒーラーとしての適性もかなり高い。
「ねえ、竜郎くん。そういえば偽竜と竜って結局なにが違うの?
他にも亜竜? とかいうのもいるみたいだし」
「リアがいろいろ調べたところによれば亜竜と偽竜、どちらも竜種ではないですが、どちらがより生物的に竜に近いかと言われれば断然亜竜。
けれど、どちらが強いかと言われればおおむね偽竜のほうに軍配があがるらしいですね」
「じゃあ、たつろーの眷属にいる偽竜の清子さんは亜竜よりも強いんだね」
「同じくらいの強さの亜竜に比べたらって感じらしいけどな」
どちらも竜と違って竜力を持たないが、強力な竜系スキルが使える。
けれど竜力はないので、無理やり保有する気力や魔力を使って使用することになるのだが、ここで亜竜と偽竜の差が出てくる。
亜竜は無理やり使用しているので、竜系スキルの出力が出ずレベルも低いのが一般的。
ところが偽竜は、気力と魔力を上手く竜力のように偽装して使用できるので、竜ほどではないが、かなりの出力で竜系スキルが行使できる。
なので、それなりに高いレベルまで上げることもできるというわけだ。
もちろん、竜系スキル以外で盤面をひっくり返すようなスキルを持っているのなら亜竜も偽竜に勝てる。
さらに偽竜は生物的には竜からかなり外れた位置にいるので、亜竜のように突然変異で竜に至るということは絶対にありえない。
「そうだったんだ」
「なんで愛衣も知らないの? 竜郎くんとずっと一緒にいたんでしょ?」
「さぁ?」
そのときは興味がなかったので聞き流して竜郎の腕に巻き付いていただけだったので、愛衣は知らなかった。
美鈴はおおかたそんなところだろうと思い至り、我が娘ながら、なんて適当なんだろうとため息を吐いた。誰に似たのかなど考えずに……。
「それじゃあ、さっそく最初の一体を孵化させて見せてくれよ、父さん」
「おう、まかせてくれ」
次回、第55話は5月5日(日)更新です。