第53話 チキーモパーティ
すっかりチキーモの肉に魅了されたパルラトン王から、正式な土地の権利書のようなものを譲り受け、代表として竜郎のシステムに無事登録された。
一刻も早くチキーモの量産をして欲しいといった、無言の期待を受けながら。
「そういえば魔竜の件が片付いたわけですが、マピヤの家や魔物博物館はどうなるんですか?」
「マピヤの家か。あれはあれでもう既に、この国の一部と化してしまっている。
当初はただの偽装工作の一環ではあったのだろうが、今やそこから得られる収益はばかにならない。
それにたしか……あー……何と言ったか? ああ、そうそう『輝竜』の二つ名をもつシドル?なる職人と上手く契約できたとかで──」
「──ぶっ」
「どうしたアクハチャック」
「いや、なんでもない。くしゃみが出そうになっただけだ。話を続けてくれ、爺様」
「ん? そうか。調子が悪いようなら、すぐに生魔法使いの所に行けよ?」
「ああ、そうする」
そのシドルこそ、目の前にいるアクハチャック本人なのだが、パルラトンの反応を見るにまるで気が付いていない様子。
ただ王妃のほうは何となく気が付いているように竜郎たちには思えた。
アクハチャックも隠し事が得意なタイプでないのは、今の流れだけみても想像に難くはないのだから。
「シドルと契約できたことで、今までも好調だったマピヤが稼ぐ外貨はさらに上昇した。
それに魔物博物館も、もはやこの国の観光地の一つとして諸外国に認知されはじめていることからも無くすのはおしい。
今後ともマピヤの家は、この国の利益になるように維持しておいた方がいいだろうと考えている」
「そうですか」
魔物博物館を放棄するつもりなら、中身を全部買い取りたいと思っていたのだが、予想通り手放すつもりはなさそうだ。
ただここで竜郎が少し珍しい魔物の素材が欲しいというむねを伝えると、他の魔物素材との交換などは快く応じてくれるらしく、また竜郎たちなら理由も聞かず無条件で貸出もしてくれるということなので、複製できそうなものは複製させてもらえそうだ。
また時間が空いたときや目ぼしい素材を見つけたときなどに、気軽に立ち寄れることになった。
それから他にも雑談を交えながら、いろいろと話していき、そろそろお暇しようという時間になる。
「もうこんな時間ですし、そろそろ僕らは帰ります。長々と居座ってしまってすいません」
「いやいや、タツロウ殿たちと話ができるのなら、いくらでも時間をつくろうというものだ。
これからもいつでも、いつでも、来てくれていいのだからな」
「いつでも」をもの凄く強調して言っているあたり、また誰かと試合をさせてほしいなという気持ちが透けて見えるようであった。
苦笑しながらパルラトン王に、また来ますと竜郎は返しておいた。
残念そうに見送るパルラトン王たちに見送られ、竜郎たちはアクハチャックとウィリトンとともに城の敷地外まで戻ってきた。
外はすっかり闇に染まり、住宅街から漏れる光や街灯が周囲を照らしていた。
「今晩もう帰るのか?」
「ああ、目的のものも手に入ったし、今回の件を仲間たちにも報告しておきたいからな」
「そうか。だが近いうちにまた来るんだろ?」
「こっちの拠点も建てたりとか、魔物博物館の目ぼしい素材を交換してもらったりもしたいからな。空いた時間にでも、ちょくちょく寄らせてもらうよ」
「たしか今の拠点はイルファン大陸のカサピスティ国だったよね。
僕たちじゃ、そんなに気軽に行き来できないけど、タツロウさんたちなら簡単にできそうだね」
「まあ、飛んだりできるしな」
「ぎゃう?」
肩に乗っていたニーナの頭を撫でると、なるほどと兄弟は頷いた。
ただ竜郎の飛ぶというのは、転移も含まれているのだが。
「拠点ができたら、知らせてほしい。エーゲリア皇帝陛下に渡せるだけの作品ができあがったら、すぐに知らせに行けるようにしておきたい」
「分かった。とりあえずチャックたちに連絡が取りたいときは、博物館に行けばいいか?」
「そうだね。タツロウさんたちが来たら、無条件で通すよう職員たちにも伝えておくよ」
それ以外にも直接王城にいっても、竜郎たちならば喜んで入れてくれるだろうとのことなので、連絡に困ることはなさそうだ。
「それじゃあ、そろそろ行くことにするよ。じゃあ、また会おう。チャック、ウィリトン」
「ああ」「うん」
アクハチャックたちは待ち合わせ場所に使っていた別宅へ、竜郎たちは王都の門がある方へと別れていった。
「帰ったら、さっそくチキーモパーティでも開こうか?」
「ぎゃう! ママ、いい考え!!」
「でしょー」
昨日も食べたし王たちとの試食会にも参加していたというのに、夕食もチキーモを愛衣やニーナは所望しはじめる。
竜郎ももちろん否はないし、ヘスティアや千子たちもまた食べたそうにしている。
それに両親たちや他の仲間たちはまだ口にしていなかったこともあって、今夜はチキーモの死骸を複製しまくり、盛大にチキーモパーティを開催することにした。
そうとなれば、さっそくイシュタルも誘おうと愛衣が念話で連絡を取りはじめる。
『イシュタルちゃーん。今日、うちでチキーモパーティやるんだけど、食べにくる?』
『絶対に行く!! 絶対にだ!! だから私が行くまで待っていてくれよ!! アイ』
『はーい』
イシュタルの参加も、あっけなく決まった。
夜食の準備をはじめているかもしれないフローラにもそのことを念話で伝え、皆で準備をしていてもらえることになったので、竜郎たちは早足でカルラルブの王都から外に出た。
王都の門から十分に離れたことを確認し、竜郎の転移でカルディナ城まで戻ってきた。
すると既にイシュタル以外のメンバーがカルディナ城の前の砂浜に勢ぞろいしており、焼き鳥用のセットが万全で用意されていた。
竜郎たちが帰ってきたのに気が付くと、肉が来たぞと言わんばかりの歓声があちらこちらで聞こえた。
「ご主人様ー、おっかえりー♪ もう準備はできてますよー♪」
「ありがとうフローラ。けどイシュタルも来る予定だから、皆も、ちょっと食べるのは待っててくれ」
来ると言っていたのだから絶対に来るはずだ。
ひとまず竜郎は複製ポイントを消費して、《無限アイテムフィールド》のもつ機能でチキーモの肉を十分な量を用意していく。
ただ待っているだけなのも暇なので、全員分のカルラルブガラスのお土産品を渡し、今回の一件について改めて聞かせながら。
──と、その間なぜか《幼体化》状態の雛鳥のカルディナと子サイのジャンヌ、子トラのアテナ、天照や月読が竜郎や愛衣にべったりとくっついてきていた。
「ピュィーイ」「ヒヒーーン」「ガウ~」「「────」」
「今日は随分と甘えん坊だな。どうしたんだ?」
「おとーさまたちと、こんなに長い間離れていたのは初めてだったので、ちょっとさびしかったようですの」
「そうなんだ。奈々ちゃんはいいの?」
「わたくしは昨晩、ぎゅっとしてもらったので、今日はおねーさまがたや妹たちに譲りますの」
言われてみれば、この世界に来てカルディナたちを生み出して以来、一日足りとも会わない日はなかった。
もともと甘えん坊なところはあったが、妹たちも増えたことでそういうところも少なくなってきたと考えていたのだが、やはり根っこのほうはまだまだ変わっていないようだ。
竜郎と愛衣は察してあげられなくてごめんねという気持ちをこめて、目一杯カルディナたちを撫でまわしてあげた。
その間、楓と菖蒲は竜郎や愛衣の両親たちとルシアンを交えて遊んでいた。
ニーナはニーナで、蒼太に今回のカルラルブでのできごとを、兄に自慢する妹のような感覚で嬉々と話していた。
両親たちは少し話せるようになった楓と菖蒲と、同じくらいの言語能力をもつルシアンが子供らしい触れ合いをするのを見て癒され、蒼太はニーナとたくさん話せて嬉しそうだ。
そのようにしてのんびり過ごしていると、不意に海側の方で大きなエネルギー反応を感じ、気配に敏感なものが真っ先にそちらに視線を向ければ空間が揺らぎはじめる。
するとその揺らぎからエーゲリア、イシュタルの真竜親子。
さらにエーゲリアの側近眷属であるアンタレス。
イシュタルの側近眷属であるミーティア……ではなくルキウスが一緒に登場した。
アンタレスは深紅の鱗をもつ10メートル級の、分かりやすいほどにドラゴンを体現したかのような風体の竜。
ルキウスは黄色い鱗をもつ6メートル級の、アンタレスの弟と言われても納得できるほど似た竜だ。
イシュタルについては来ることが分かっていたのだが、まさかエーゲリアやアンタレスが来るとは思っておらず、竜郎たち側の面々は目を丸くしていた。
「すまん、タツロウ。チキーモのことを母上に伝えたら、私も行きたいと駄々をこねられてな」
「駄々をこねたなんて心外よ、イシュタル。
私は転移で送っていってあげましょうかと、親切で言ってあげただけですからね」
「はいはい。そうだな、ありがとう母上」
「分かればいいのよ、分かれば。それでタツロウ君。急に来てしまったけれど、私たちもいいかしら?」
「ええ、まだ複製ポイントにも余裕がありますし、かまいませんよ。
アンタレスやルキウス君もいらっしゃい」
「美味しいものが食べられるって聞いたから来たぞ!」
「たつろーしゃん。こんばんはぁ」
アンタレスは食欲のままに涎を垂らし竜郎に顔を寄せ、ルキウスは舌っ足らずな喋り口調ながらも、丁寧にぺこりとお辞儀した。
その違いにイシュタルは鼻を高くし、エーゲリアはため息を吐いた。
「アンタレス。ルキウスにできてることが、なんでずっと年上のあなたにはできないの!」
「お腹が空いてるから、お説教はあとにしてほしいぞ! エーゲリア様!」
「もうっ、この子はまったく──あら?」
「おねーちゃん! こんばんは!!」
「ニーナちゃん!! こんばんは~」
お説教モードに入ろうとしていたところにニーナが現れ、アンタレスにとっては天使降臨状態か? と竜郎が視線を向けた。
けれど想像とはまるで違い、エーゲリアに抱きつくニーナを見て彼は見たこともないほどに目を見開き硬直していた。
「ぎ──」
「ぎ?」
竜郎が何を言うのだろうと首を傾げると──。
「ぎゃぁあああぁぁぁああああぁぁあああぁああああーー!? 鬼ババアだぁああああああぁぁぁあああぁぁーー!!??」
「うるさっ」
唐突に奇声を上げて竜郎たちが思わず耳を塞ぐ中、彼はそのまま海の彼方まで全速力で逃げ出そうとした。
だがエーゲリアに首根っこをひょいと掴まれ阻止され、それでも体をじたばたさせて逃げようとする。
「ニーナ、鬼ババアじゃないもん!」
「ぎゃーー!? こっちくるなぁぁああぁぁあぁぁああーーー!?」
ニーナが頬を膨らませて抗議してやるとばかりにアンタレスに近づくと、余計に混乱状態となりエーゲリアの手を引きはがそうとするが、どうにもならず空中にプランとしたまま暴れはじめた。
そんなアンタレスに再びエーゲリアは大きなため息を吐く。
「あなたにも言ってあったでしょ、ニーリナの力を受け継いだ、ニーナちゃんっていう、と~~~~~~~~っても可愛い子がタツロウ君たちと一緒にいるって」
「だれだそれ!? 聞いてないぞ!? 離してくれーーー」
「もうっ、ちゃんと話したでしょ!!」
「知らないものは知らないぞ! …………ん? 鬼ババアの力を受け継いだ? じゃあ、もしかして別のやつなのか?」
「あなたでも、ちゃんと見れば分かるでしょ」
「ん~~~?」
頬を膨らませて怒ってますアピールをするニーナを無視し、無遠慮にじろじろと見つめていくアンタレス。
「たしかに、ちょろっと違う気がするぞ! なんだ紛らわしいぞ、お前」
「もー! もー! お姉ちゃん! なんなの、この失礼な子ー!」
「あ~ごめんね~ニーナちゃん。はぁ……怒ってる姿も可愛いわぁ」
砂浜の上でこれぞ地団太! と言わんばかりに足をどたばた動かし、ぷりぷり怒るニーナの姿にエーゲリアは宥めながらも頬をだらしなく緩ませていた。
ただ怒っていることは確かなので、新参者の竜たちは漏れ出す怒気にびくびくしていた。
「ねえねえ、エーゲリアさん。その鬼なんちゃらっていうのは、もしかしなくてもニーリナさんのことなの?」
「え? ええ、そうよ、アイちゃん。後にも先にも、あのニーリナに面と向かって鬼ババアなんて言えたのは、この子だけなんだけれどね」
「でもなんで、そんな酷いあだ名になっちゃったの?」
「アンタレスもセリュウスと一緒に、小さなころからニーリナに稽古をつけてもらったり、真竜に仕える者の心得や礼儀作法、教養なんてものまで教えてもらっていたんだけれど、まーこの子の性格上そういうのを嫌がってね。
ニーリナが来るたびに逃げ出したりしても、すぐに捕まってお勉強させられたりしたものだから、アンタレスも怒ってそんなあだ名を付けちゃったのよ」
「それで、おっきくなってもそのまま定着しちゃったってことなんだねぇ……」
「ま、まあ……、あの子の場合、大きくなっても稽古やお勉強をさせに来てたりしたから……」
エーゲリアが言うにはアンタレスの全力の攻撃を拳でねじ伏せたり、アンタレスの全力の飛行を拳で叩き落としたり、アンタレス渾身のいたずらも拳でぶち壊したりと、なかなかにアグレッシブなレッスンだったようだ。
たしかにそれだけされれば、鬼ババアの一言も言いたくなるのかもしれない。
まあアンタレスもセリュウスのように素直に稽古などに参加すればそんなことにはならなかっただろうが、むしろ自分の全力をだしても相手をしてくれる、恐がったりしないでかまってくれたからこそ、わざと悪戯をして怒らせたりもしていたので、自業自得ではあるのかもしれないが。
「アンタレスの全力の攻撃を拳でですか……。今のアンタレスの攻撃も、全盛期のニーリナさんならできたんですかね」
「さすがにアンタレスが子供のときのように、なんの力も籠っていない拳だけでは無理でしょうけれど、彼女の技を駆使すればできたでしょうね」
「すごっ」
アンタレスの全力攻撃時の火力は竜郎たちでも及ばないほどだと予想されるのだが、それを拳で殴り飛ばせる竜がいたというのだから驚きである。
そんなふうに竜郎たちが驚いている中、待ちくたびれたのかランスロットが肩を叩いてきた。
「なあ、マスター。そろそろ我はチキーモを食べてみたいのだが……」
「おっと、すまん。ランスロット。えーと、ニーナも機嫌直して、お肉の時間だぞ」
「「お肉!」」
お肉の一言でニーナとアンタレスは同時に反応した。
意外と気が合いそうかもしれないと竜郎は思いながらも、エーゲリアたちの分もさらに追加で複製しながらチキーモの肉をどんどん出して、受け取った者たちが次々と皆のほうに運んで切り分けていってくれた。
「そういえば、たつろー。エリ子ちゃんにもチキーモを食べさせてあげたら? この前はお預けだったし」
「それもそうだな」
デイユナル砂漠でテイムしたエリマキトカゲのような外見をした亜竜──エリ子を、あらためて《強化改造牧場》から召喚した。
「エ゛ェ゛ェ゛ェ゛~~~…………」
「………………おまえぇ」
この前食べ過ぎで送還されたばかりだというのに、目の前に出てきたエリ子はまたまたお腹をぱんぱんにして苦しそうにもがいていた。
だがチキーモの肉がそこらじゅうにあることを察知し、また無理に立ち上がろうとする。
「ダメだって。また今度食べさせてあげるから、次からはお腹いっぱい食べないこと。分かったか?」
「ェ゛~~~…」
そんなぁ……というウルウルした目で見つめられても、これ以上食べさせるのはエリ子の体によくない。
竜郎は心を鬼にして《強化改造牧場》内に送還した。
「エリ子ちゃん。食べられる日が来るのかなぁ……」
「落ち着いたら外で生活してもらうことにするよ……」
そんな一幕がある中で、ようやく肉が全員の場所に行き渡ったようだ。
竜郎たちと同じようにまずは鳥刺しから──。
「「「「「いただきます!!」」」」」
皆で一斉に肉をパクリ。その上質な美味しさに、食べたことのある竜郎や愛衣でさえ悶えた。
さっきまで竜郎に甘えていたカルディナたちも、美味しい美味しいと言ってご機嫌で食べている。
お次は焼き鳥。炭火でじっくりと焼かれ、したたる肉汁と香りに早く食べさせろと体が訴えかけてくる。
焼けたと同時に一斉に食べはじめ、あまりの美味しさに悶絶と感動を繰り返しながら、じっくりと味わって食べた。
それからたっぷり用意したチキーモ肉を、各自自由に持っていって食べていくスタイルになったところで、竜郎は楓と菖蒲が両親たちと一緒に仲良くしているのを横目に、愛衣と一緒にイシュタルやエーゲリアのいる場所に行った。
「タツロブ! これ美味しすぎるな!」
「タツロウ君だっていってるでしょ、もう。ごめんなさいね。でも確かにこのお肉は美味しいわ~。
またララネストみたいに、うちにも卸してくれる?」
「ええ、いいですよ」
「タツロブ。また俺にもくれるか? 鱗とか牙ならたくさんやるぞ?」
「ありがとう、アンタレス」
ごしごしと自分の頭を竜郎の体に擦り付けて甘えてくるアンタレスに、なんだか大きな弟ができたように感じて思わず撫でてしまう。
アンタレスはそれを受け入れ、嬉しそうに鼻息を漏らしながら再びチキーモを食べはじめた。
その姿に笑ってしまいながらも、ここにきた目的を果たすべく竜郎はエーゲリアに話しかけた。
「エーゲリアさん。ちょっとお話いいですか?」
「ええ、いいわよ。なにかしら」
「実はですね──」
そこで竜郎は思い切ってアクハチャックがしようとしていることを、そのまま伝えてしまうことにした。
これでもうサプライズで渡すことはできないが、もしいきなり渡して竜郎たちとの関係がぎくしゃくしてしまったら、それはそれで困るからだ。
「うーん。たしかに綺麗なガラス像をくれるというのなら嬉しいことだけれど、こちらも体面があるから簡単に許すことはできないわ」
「そうですか」
他国の皇帝の殺害計画を企てた国に対して、物をもらったから、はい許そうでは甘すぎる。
それも世界のために、身を粉にして活動してくれている真竜である彼女をだ。
「私的には計画だけだったし、もう怒ってもないのだけれど、セリュウスたちの反対を押し切ってまで関係を改善したいとは私は思わないもの」
「改善してもしなくても、それほどエーゲリアさんたちに利益があるわけでもないですしね……」
「ただまあ、しっかりとした誠意が伝われば、少しずつわだかまりも解けていくかもしれないわ。
そこはあちらの頑張り次第かしらね」
「じゃあ、エーゲリアさんは、チャックさんが作ってくれた作品を受け取ってはくれるのかな?」
「ええ、アイちゃんたちが見て素晴らしいと感じたというのなら、もらうかどうかはさておき、ちゃんと見ることを約束するわ」
今はこれが最大限できるエーゲリアの譲歩なのだろう。
竜郎と愛衣はお礼を言って、それ以上は何も言わず、話題を変えるべく今度はイシュタルに話しかけた。
「イシュタル。そういえばお土産、買ってきたぞ」
「本当に買ってきてくれたのか? 嬉しいぞ、ありがとう」
冗談半分で言ったつもりだったイシュタルは、少し驚きながらも竜郎たちに笑顔で礼を言ってくれた。
そこで竜郎と愛衣は互いに頷きあって、一級職人が魂を込めた大きなガラス絵の作品を丁寧に手渡した。
なんだか思っていたより大きいぞ? と首を傾げながら、イシュタルは保管のために巻かれていた布をほどいていけば──一目で素晴らしいと誰もが感じるものが現れ、思わずのけぞってしまう。
「な、なんだこれは!? お土産の域をはるかに超えているだろっ!?」
てっきり小さなガラス細工でも買ってきてくれたものだとばかり思っていたのに、出てきたのは国宝級の作品だ。
イシュタルは大体の価値を思わず頭の中で計算し、とてもではないが貰えないと断って来た。
けれど竜郎たちもイシュタルのために選んできたのだと情に訴えかけ、さらにここにあるより皇帝がもっていたほうが、この作品も喜ぶはずだという竜郎の熱弁に根負けし、結局受け取ってくれることになった。
「ということで、これからもいろいろと融通してくれると嬉しいな」
「ああ、分かったよ。二人とも、お土産をありがとう」
「「どういたしまして──」」
イシュタルは自分の《アイテムボックス》に作品を大切にしまい、それからまた竜郎たちはチキーモの肉とともに、どんちゃん騒ぎで盛り上がっていくのであった。
これにて第三章『第三章 カルラルブ大陸編』は終了です。ここまでお読み頂きありがとうございます。
そして第四章、第54話は、少し時間を貰いまして5月3日(金)から再開予定です。