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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第三章 カルラルブ大陸編
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第52話 カルラルブ王へのお願い

「はあっ!」



 はじまりの合図とともに気合の声をあげるパルラトンの両拳に、可視化された気力でできた黒い竜の太い牙が生えてきた。

 それは武術系スキルのなかでも、とくに気難しく気まぐれ屋と言われる体術を司る神である白竜、黒竜の双子竜の内一体の牙を模した気獣技。

 簡単に出したところをみるに、体術神の片割れ──黒竜にしっかりと認められるほどの使い手のようだ。


 その黒牙の生えた拳を構え、重心を低くまるで滑るように床を移動し竜郎の目の前に一瞬でやってくる。



「ぬんっ!!」



 様子見などという気配は一切なく、最初から全力で右の拳を振り抜いてくる。

 並大抵の物なら拳の打撃部分に生えた槍のように尖った黒牙に顔面から後頭部までを貫かれているところであるが、いかんせんレベル差がありすぎる。


 魔法特化の竜郎のほうがステータス上の速力が高いため、その拳も十分に反応でき、左横に一歩移動してその振り抜いた後の右腕を掴み取ろうと考えた。


 しかし、相手はそれを見越していたようだ。



「させんっ!!」



 拳の打撃面についていた黒牙が甲に移動し、横にずれて最小限の動きで右ストレートをかわそうとすれば、顔面を──それも恐らく目を引っかかれる位置となる。



「おっと」



 竜郎は少し驚きながらも、しゃがんで避けようと思ったが、相手の左足による黒牙のついたローキックが迫ってきていたのでそれではよけきれない。


 しょうがないので予定よりも数歩大きく左横に移動して一旦距離を離そうとするも、右拳についていた黒牙はさらに移動し右ひじに。

 床を蹴るように距離を取ろうとする竜郎の心臓めがけて、横っ飛びで黒牙がついたひじで素早く突いてきた。


 今の竜郎ならばあたっても皮膚を貫かれることはないだろうが、有効打は確定してしまう。

 彼はできるだけ引き付けてから、相手の反応速度を上回る速さで背中に回り込む。

 そしてそのまま足払いで転ばせてしまおうとしたのだが──。



「はあああっ!!」

「──っ」



 相手はこれまで幾度となく実戦を経験してきた猛者。

 どこに竜郎が行ったかは反応できなかったし、避けられたことすらまだ認識していなかったというのに、本能的に全身からハリネズミのように黒牙を生やして攻防一体の技で竜郎の攻撃の手を止めさせた。


 その一瞬の停止を見逃さず竜郎の位置を認識すると、背中側に極太の黒牙を一本生やして背中で体当たりをしてくる。

 さらに両ひじから長い黒牙を生やし、後ろ向きでクワガタのハサミのようにして竜郎の両サイドの進路を塞ぐという芸当まで同時にしてみせた。


 魔法を使ってしまえばこんなもの簡単に退けられるが、それでは計画通りに進まない。

 1秒にも満たない間に竜郎は上下左右あらゆる方向にフェイントを数度かけてみるが、その全てに引っかからず、彼が本来抜けたい方向を器用に塞いでくる。



(経験の差ってやつなのか?)



 おそらく竜郎がどのように抜け出したいと思っているのか、これまでの経験から予測し、あてずっぽうで動かしているだけなのだろうが、それでもきっちり当ててしまうのは称賛に値する。



(本当なら華麗に避けるつもりだったんだけどな──)



 愛衣ならばやれるだろうが魔法使いの自分ではできないと悟り、彼はここで避けるという考えを止めた。


 既にもう背中の黒牙との距離は5センチもない。

 その状況で竜郎は魔力──ではなく、気力を操り適当に体に循環させ体全体を満たしていく。

 普通の武術系統の使い手のような身体強化は魔法使いの竜郎では使えないが、多少は武術系の攻撃に耐性ができるし、わずかだが動きの切れもよくなる。

 ただ魔法が使いにくくなるので普段はやらないのだが。


 これなら魔法ではなく、ただ耐久力に頼ったというわけでもないだろう。

 竜郎は気力を纏った手で自分に当たろうとしていた牙に掌底を放つ。

 彼の纏った気力量のほうが圧倒的に相手の気獣技の黒牙よりも多かったせいで、手の平が当たると簡単に崩壊していき、そのまま背中を手加減しながらも強く打ち付けた。



「がはっ──」



 パルラトンは海老ぞりになってすっ飛んで行き、そのままうつ伏せに地面に落ちた。



「まだまだっ──」

「いいえ、これでもう終わりです」



 そんな状態でもすぐに立ち上がって来ることは想定済みだったので、竜郎は軽く威圧しながら、寝そべるパルラトンの横でいつでも殴れるように、素人なりのそれっぽい構えを取った。



「ぐっ、そのようだな……」



 ようやくそこで闘志が収まったのか、満足そうな顔でごろりとうつ伏せから仰向けになって竜郎を見上げた。

 そんな彼に竜郎が手を差し出すと、パルラトンは破顔してガシッとその手をとり引っ張り起こされた。



「まさか、まともにスキルを使わせることすらできないとは恐れ入った。

 ところでよかったらでいいのだが、いったいタツロウ殿はなんの武術系統の使い手なのか教えてはもらえないものか。

 なにやら一見不格好に見える不思議な構えを取っていたが、見当もつかない」

「あー、爺様。不格好な構えに見えたんじゃなくて、実際に不格好なだけだったと思うぞ」



 遠目で見守っていたアクハチャックが、言いづらそうな顔をして話に加わってきた。



「なにを言っているアクハチャック。あれほどの力を持っているのだから、あの不思議な構えにもなにか意味があってのことに違いないだろうに」

「いや、なにを言ってるもなにも、爺様は勘違いしている──というか、させられている。

 そもそもタツロウは魔法使いであって、本来爺様と戦ったときのような近接戦をするようなタイプじゃない。

 だからさっきの構えだって、見よう見まねでやっていただけだろうさ」

「儂の気獣技をただの気力で押し潰すほどの気力持ちだぞ? それが魔法使いなど冗談だろう。なあ、タツロウ殿」

「いいえ。チャックが言っているのは本当ですよ」

「──むっ!?」



 竜郎はそこではじめてパルラトンに魔法を見せた。

 それは右手の平を上に向け、その上に小さな白く光り輝く炎の玉を浮かべただけのもの。


 けれどそこにはパルラトンたちからすれば途方もないほどのエネルギーが込められていることは、体中に走る鳥肌が示してくれた。

 先ほどの竜郎のなんちゃって近接戦が、子供だましに思えてくるほどに。



「で、では儂は魔法使いに、儂の土俵である近接戦で、魔法すら使わせることなく大敗したということ……なの……か?」



 よほどショックだったのかパルラトンは腰が抜けたように、ぺたんと床に座り込んで項垂れた。


 竜郎がやりすぎたかと近くにいたアクハチャックに視線を向けると、彼は慰めるべく祖父の肩に手を置こうとした──そのとき、パルラトンの体がプルプルと震えはじめた。



「くっ──くくくっ──」

「爺様?」

「はーっはっはっは! 本当に世界は広いなぁ! アクハチャックよ!!

 多少強くなったからと、儂はうぬぼれていたぞ!」

「は、はあ?」

「魔法使いがここまで強くなれるのだから、儂にだってできるかもしれんだろう!

 ちなみにタツロウ殿は、近接戦ではあそこにいるメンバーの中では何番目くらいになるのだろうか?」

「えーと……たぶんあの中だと、ちびたちを除けば下から2番目くらいですね」



 愛衣やニーナ、ヘスティアと近接戦で戦えば瞬殺されるだろうし、レベル差があるといってもエンターは近接が得意分野であり、千子だって近接戦もこなせるので無理だ。

 それでいくとレベル差もあって、純粋な魔法職でもある亜子ならば勝てそうではある。



「なんと! これはまた面白いな!! 是非、儂と試合を──」

「待てって爺様!」



 吸い寄せられるように愛衣たちの方へ行こうとするパルラトンを、アクハチャックが止め、最後に王妃が説得してくれたことでようやく彼は元の玉座に座り直してくれた。



「すまない。タツロウ殿。つい我を忘れてしまった。許してほしい」

「いいえ、大丈夫です。では先ほどの約束は守ってくださいますか?」

「ああ、儂の出来る限りの力で、孫たちを庇護しよう。独断専行は褒められたことではないが、なんと言っても最高の結果は出してくれたわけだからな」



 これでアクハチャックとウィリトンは、それほど悪いようにはならないだろう。

 兄弟二人も少し安心したような表情で、竜郎たちの方へ無言でありがとうと小さく頭を下げてくれた。


 ──と、なんだかいい雰囲気となったところであるが、本題はここからである。

 竜郎はあらためて、今回ここに来ることになった本題を切り出すことにした。



「パルラトン王陛下。もともと我々が来たのは、二人の状況をよくする目的もあったのですが、それ以外にもお願いがあってまいりました。

 その件について、今ここで発言してもよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわない。……ところでタツロウ殿。儂のことは呼び捨てにしてくれてかまわないぞ?

 あれほどの高みへ至った人間に陛下だとか、かしこまった話し方をされるとムズムズしてしまう」

「さすがに呼び捨ては抵抗が……じゃあ、さん付けでも?」

「アクハチャックのように、愛称で呼んでくれてもいいくらいなんだがなぁ。ではそれでお願いしよう」

「なら僕らのことは呼び捨てにしてください、パルラトンさん。殿なんてつけて呼ばれるのはなれませんので」

「強者に敬意をもって殿をつけるのはいいと思うんだがなぁ……。分かった、そのようにしよう。

 それでは、ゴホンッ……タツロウ。お願いというのを聞かせてくれ」

「ありがとうございます。実は──」



 そこで竜郎は香辛料の研究所の建設場所の確保のことや、自分たちの拠点をこの大陸のどこかに建てたいこと、そしてそれはデイユナル砂漠なんかだと嬉しいという話をしていった。


 研究所のあたりと、カルラルブの大陸に拠点を建てたいというところまでは、パルラトンも嬉々として頷いてくれていたのだが、デイユナル砂漠というところで眉根に皺を寄せた。



「あそこはなぁ。儂らの夢でもあるし。うーん……」

「えっと、どうしてもというわけではないので、いやならどこか余っているなんの変哲もない砂漠地帯とかでもいいんですが……」

「しかしなぁ。今回の件の褒賞が魔竜の素材というのはおかしい。

 本来そんな約束事などしなくとも、素材は討伐者のものと決まっている。だから魔竜の素材というのは褒賞にはなりえない。

 我が国の恥部であり、最大の重しでもあった一件を解決してもらったというのに、たかだか研究所の設立場所の確保や、いらない使われていない価値のない土地を与えることが、恩に報いているとは思えない。

 ならば現状達成困難で行くこともできない土地を、渡さないというのもな……うーむ………………」



 研究所の設立とてカルラルブの利益にもなりそうな話なので、なおさらだ。



「ならチャックたちが言っているように、一部割譲でいいのではないの? 陛下」

「それだとけち臭い感じがするしなぁ」



 王妃の言葉にも心ここにあらずで散々悩み、竜郎たちとあれやこれやと意見を交え、最終的に海側の約半分もの土地を割譲してくれることになった。

 ただし横断の夢は捨てきれなかったので、真ん中の中心地だけはドーナツの穴のような形で国の所有地のままとなった。


 そこに建物や壁は築けないが入る分には自由なので、竜郎たちもそれで文句はない。

 むしろ半分も貰えると思っていなかったので、ほんとうにいいのかと及び腰になっていたくらいだ。


 そして話は拠点を建てて何をするかの話に移っていき──。



「チキーモの放牧? それはいったいなんのことなのだ?」

「ああ、そのことは話してませんでしたね。実はチキーモを大量に養鳥して世界中に売りに出そうという計画をしてまして──」

「そんなことができるのか!?」

「ええ、必要なものは手に入れましたし、あと必要なのは時間だけなので、実現は可能だと考えています」

「……それは儂が生きている間にできるようになるだろうか?」

「数年以内には数も十分に揃うと思います。えーと、そんなに食べたいというのであれば、少し試食しますか?」

「頼む!!」「お願いっ」「いいのかっ!?」「ほんとに!?」



 パルラトンどころか、王妃やアクハチャック、ウィリトン、そして他のこの場に残っていた面々たちも、前のめりで竜郎のほうへ視線を向けてきた。



「えーと、まあ、多少は余裕がありますしね。えーと……どこで食べますか?」

「ここで構わない!!」

「えー……」



 そうしてカルラルブはじまって以来の、王の謁見室での焼き鳥試食会が急きょ開かれることとになった。

 もともとこの国でチキーモの美味しさは噂だけであったが、広く語られていたこともあり、全員がとんでもなく美味しいだろうと心構えをしてから口にした。

 だというのに、その全員が想像以上の味に悶絶し、チキーモという魔物の肉に魅了されていく。


 そしてその結果、竜郎たちはデイユナル砂漠の約半分と、さらにそこから海に伸びる広大な、なにもない砂漠地帯までチキーモの放牧用にと譲り受けることとなるのであった。

次回、第53話は4月26日(金)更新です。

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