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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第三章 カルラルブ大陸編
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第50話 交渉開始

「まずこれは今すぐというわけではないんだが、いずれ王都内に研究所が欲しいんだ。

 そのための敷地と許可なんかがいるなら、その許可をもらいたい」

「研究所? いったいなんの研究を、この国でするつもりなんだい?」



 予想だにしていなかった言葉と、最高ランクの冒険者たちがどんな研究を自国でしようというのか気になったウィリトンが好奇心に目を光らせた。

 その一方でアクハチャックは、まだ知り合って間もないというのに、さんざん異次元の行動をされてきたことを思い出し、顔が引きつりそうになるのを必死で我慢した。



「実は近い将来、珍しい香辛料を手に入れる予定なんだ。

 それとこの国で採れる多種多様な香辛料とを組み合わせて、オリジナル調味料を調合しようと思ってる」

「香辛料の研究所ということか」

「端的に言ってしまえばそうなるな。ところでチャックたちは、アーロンという男性が営んでいる肉料理屋を知っているか?」

「アーロン? どこかで聞いた気が…………。ウィリトン、知ってるか?」

「ああ、知ってるよ。あのドルガを独自のレシピで調合した香辛料で、美味しく調理したことで一気に有名店にのしあがったところだよね? タツロウさん」



 どうやらアーロンの知名度は、王族にすら届くほどのものだったようだ。竜郎は話が早いと喜んだ。



「そう、そのアーロンさんだ。実はその人に協力してもらう約束をしているから、彼の店の近くに建てることができるとありがたい」

「アーロンの店の近くに香辛料の研究所だな。許可は直ぐに取れるだろうし、場所もできるだけ希望にそえるところを探してみよう。

 にしても珍しいスパイスか。タツロウたちでも珍しいとなると、そうとう貴重なものになるんだろうな。どんなスパイスなのか聞いてもいいか?」

「どんなと言われても、まだ手に入れてないから何とも言えないが、その味はチキーモにも匹敵するほど美味しいらしい」

「チキーモに匹敵するだと!? いったいどんな香辛料なんだ……」



 チキーモ自体を食べたことはないが、この国に住んでいれば嫌でもその美味しさについては伝え聞いているし、実際に食べたという愛衣の食レポを聞く限りでも、王族のアクハチャックたちも食べたことがないほど美味なのは間違いないだろう。


 そんなチキーモと同等の香辛料ともなれば、この国どころか、この世界中全ての香辛料の頂点に立つ存在と言っても過言ではなかろう。



「そんな凄いものをうちの国で研究してくれるなら、ありがたい話じゃないか。

 兄さん。頑張って場所を確保しよう」

「そう──、そうだなウィリトン」



 この国で研究ともなれば、当然口にする機会は他の国の者たちよりも多いはずだ。

 さらにそんな香辛料を使ったオリジナル調味料の発祥の地がこの国ともなれば、また新しい箔も付いてくれることだろう。


 これなら容易く王である祖父を説得できる内容だと胸をなでおろした──のも束の間、次の竜郎たちの要求で一気にそれは吹き飛んでしまう。



「それで次のお願いなんだが、デイユナル砂漠ってあるだろ? チャックたちも修行とか行ったことがあるっていう」

「あるな。というか、そこを教えたのは俺たちなわけだが」

「そう、その教えてくれたデイユナル砂漠なんだが、いろいろと面白そうな魔物がいたし、まだまだ発見されていないレアな魔物なんかもいそうなんだよ。だからさ──」

「…………………………だ、だから?」

「デイユナル砂漠の奥地でいいから、俺たちにちょうだい♪」

「ちょうだいて……そんなことを急に言われてもだな」

「チャックたちも奥のほうは行かないんだろ? なら別にいいんじゃないのか?」

「行かないのはその通りなんだが、体面上は行けない。なんだよ、あそこは」

「んん? どゆこと? チャックさん」

「あそこは元々、王族が強くなり横断することを夢見ていた、一種の最強へと至るための聖地だったんだ。

 今はそんなことを夢見ているのはほとんどいないが、爺様は未だに夢見ているし、自分が行けずともきっといつか、子孫たちがやってくれるだろうと考えている」



 どうやらデイユナル砂漠は、王族にとっては神聖視される特別な修行地と化しているようだ。

 なら竜郎たちが勝手に入ってもよかったのかというところであるが、自ら挑もうとする挑戦者がでることは望むところであり、存分にそこで腕を磨けという思想でもあるようなので、入るだけなら誰の許可もいらないんだとか。



「うーん……。そうなってくるとダメっぽいなぁ」

「入る分には問題ないみたいだし、それで我慢するしかないかもね、たつろー」



 竜郎と愛衣も無理やり奪い取る気はさらさらなかったので、それならば仕方がないと諦めムードが漂い始める中、目の前に座る王族兄弟はなにやら考え込むようにして腕を組んだ。


 この国が抱える最大の懸念事項でもあった魔竜を封じた鍵を見つけるどころか、その根本を取り除いてくれた恩は、もはや返しきれぬほど大きい。

 その上、竜大陸との仲を嫌いから好き──とまではいわずとも、無関心か普通くらいにまで持って行けたら御の字だと考える今、さらに彼らの協力は必要不可欠だ。


 それだけのことをしてもらうというのに恩を受けた国の王族が、ただ研究所を用意するなんていう小さな願いだけを叶えたとあっては、申し訳なさ過ぎる。


 ならばできるだけのことを竜郎たちにするのが、自分たちの責務だろうと兄弟たちは頭を悩ませているのだ。

 そして──。



「全部は無理だと思うが、一部割譲というのであれば可能かもしれない」

「ほんとか? なんなら使われてない、なんの変哲もない砂漠地帯とかでも別にいいんだが」



 チキーモの放牧などのためにも、拠点となる砂漠地帯には広い土地が欲しかったので、さりげなく別の要求をしてみるが、兄弟たちの目は本気だった。



「ただそのためには、どうしてもお爺様に会ってもらう必要があるね。

 そこで直に今回の件を話して、どれだけのことをタツロウさんたちがしてくれたのか、どれだけの実力者の集まりなのか分かってもらえれば、頷いてくれる可能性も高いと思うんだ」

「あの爺様なら、タツロウたちのことを気に入ってくれるだろうしな」

「チャックさんたちのおじいちゃんってことは、今の王様なんだよね?

 そんなに簡単に私たちが会いに行けるものなの?」

「新しい最高ランクの冒険者が訪ねてきたってだけで喜んであってくれるだろうが、今ならあらゆる事情をすっ飛ばして俺らは面会できるだろうさ」



 アクハチャックはにやりと笑いながら、布でくるんだ宝物庫の鍵をだしてみせてきた。



「たしかに最重要案件だろうし、解決したっていう報告ならすぐにでも会いにいけるんだろうが……大丈夫なのか?」



 竜郎たちを連れていくことで揉めるのではないか。

 一緒に行けたとしても、勝手に竜郎たちに国家機密を話したアクハチャックたちがどういう扱いになるのか。

 そこを超えて会えたとしても、また魔竜の討伐証明やら何やらと、竜郎たちにとって面倒なことをさせられるのではないか。

 などなど、もろもろ想定される面倒事になりかねないことを想像しての竜郎の大丈夫かに、アクハチャックは「たぶん」と答えた。



「たぶんか……」

「だが爺様に会うところまで強行してしまえば、なんとかなると踏んでいる。

 もし何かあっても俺たちが全力で面倒事を引き受ける。

 だから一緒に行ってみてくれないか? そのほうが逆にいろいろとすっ飛ばして、竜郎たちの希望を叶えられるとも思うんだが」



 アクハチャックたちを見るに、本当に面倒事があったのなら引き受けてくれるという言葉に嘘はなさそうだ。

 それに王ではない王族というだけのアクハチャックたちが動くよりも、やはり王と直接交渉した方が早いことも確かだろう。


 そこで竜郎はこの場にいる仲間たちに念話を送り、みんなの意見を募ってみることにした。

 結果はおおむね、行ってもいいんじゃないかという意見だった。


 なにより竜郎たちがいかなければ、アクハチャックたちが余計に窮地に陥るかもしれない。

 それはこちらにとっても、あまりよくないことだろう。



「分かった。行くよ。それでいつ行けばいいんだ?」

「そうだな。少し遅くなったが昼食をとり英気を養ってから、というのはどうだろう?」

「ぎゃう? ごはん? 食べるー!」

「ふふっ、そのほうがいいみたいだね」



 竜郎の頭の上で暇そうに寝転がっていたニーナが、昼食の一言で体を起こし元気になる。

 朝から出発して夕日がさしかかる前には帰ってきてしまったとはいえ、昼時は過ぎてしまっていた。

 だというのに、お昼に食事はとっていなかったのだ。




 それから用意してくれた昼食を食べ、お腹を満たし適度に余裕もできたところで、カルラルブの城近くのとある邸宅前で待ち合わせることを決め、再度別れた。

 アクハチャックたちは、隠し通路を使ってマピヤ一族から王族の兄弟に戻らなければ王城には行けないからだ。


 魔物博物館を出た竜郎たちは、観光や探索では行かなかった城があると言われた方角に向かって進んでいく。

 やがて高級住宅街ともいうべき、豪華な砂造りの建築物が並ぶ辺りにやってきた。城はこの住宅街を抜けた先にある。


 一度だけ治安警備をしているであろう兵たちに質問されるが、身分を明かし王城に呼ばれていると言えばあっさりと信用し、むしろ目的の場所まで案内してくれた。


 案内されたのは一際豪華な邸宅で、そこはアクハチャックに与えられた別宅だった。

 するとそこには既に先回りしていたアクハチャックとウィリトンが待っていて、また合流した。

 護衛の二人はマピヤに偽装した時の護衛なので、ここでお留守番だ。


 護衛も連れず竜郎たちとともに徒歩でアクハチャックとウィリトンは歩いていくと、ようやく大きな城門までたどり着いた。壁が高く下からでは中にある城が見えない。



「では行こう」

「ああ」



 アクハチャックたちを先頭に、城門を守る兵士たちに声をかけていくと、緊急の要件ですぐに王との面会がしたいと伝え一人に先触れを頼み走らせ、自分たちはゆっくりと入っていく。


 竜郎たちはアクハチャックが連れだというと、あっさりと入れてくれた。それだけ二人が信頼されているのだろう。


 城門を潜り見えたのは、城というよりも武骨な要塞といったほうが近い飾り気はないが守りに堅そうな巨大建築物。

 さらにその近くには大きな湖も見え、その湖は城壁でぐるりと囲われながらも、格子窓のような水門から町中を通る水路に水を流していた。



『ダンジョンが死んでできた湖だろうな』

『あれがかぁ。綺麗な湖だけど、壁に覆われてるから趣きはないね』



 なんてことを話しながら城の中へと入っていけば、やはり内装も飾り気が少なく、今まで見てきたどの城よりも質素だった。

 唯一ある飾り気も、申し訳程度に描かれた壁の模様くらいだろう。


 だがその武骨さ故に、よりいっそうこの城が堅牢なものに思えた。


 大きいだけで装飾もなにもない扉の前までやってきた。

 アクハチャックが一番前、そのすぐ斜め後ろにウィリトン。

 そのまた後ろに、適当に竜郎たちがわらわらと並んで待つこと数分。

 王の準備ができたのか、内側から重そうな大きな扉が開かれていく。


 完全に開ききってから、絨毯もない硬い床をこつこつと足音を立てて進んでいく。


 その先には飾り気のない大人二人が余裕をもって座れそうな、大きな刺々しい装飾のされた椅子に座る亜竜の爬虫人の老人。

 その左斜めには老人が座る椅子よりも一回り小さく、これまた刺々しい装飾の椅子に座る爬虫人の老婆がいた。


 他にも何人かいるが、事前にアクハチャックが最重要事項であり、人払いをするように言ってあったので、本当に必要最低限の人数だけだった。


 老人は白髪に長いひげを生やし、その顔には年齢相応の皺が刻まれているが、眼光は鋭く、体も歴戦の戦士と言った筋骨隆々なもので若々しい。

 また老婆のほうも白髪でおだやかに笑い顔の皺をさらに深くしているが、女性にしては体格がよく、こちらも今すぐにでも戦えそうなほど筋肉質な体型をしていた。



『けっこうもういい年に見えるのに、普通にチャックさんたちより強そうに見えるね』

『老人のほうはレベルで言うと150は超えてる。老婆のほうもレベル100は超えてるみたいだ』

『おー、さすが強さを求める王様だあね』



 竜郎と愛衣が軽口をたたきあっていると、やがてアクハチャックたちが立ち止まったのでこちらも足を止める。


 すると老人が竜郎たちの方を見て誰だろうという顔をしながらも、まずはアクハチャックへと話しかけた。



「それでアクハチャック。なにやら儂に緊急で知らせたいことがあるということだが?」

「ああ、それも最重要の案件だ。今ここで話してもいいか?」



 アクハチャックがウィリトンを連れ最重要と言ったことで、なんの話か王にも分かったようだ。

 周りを改めて見渡し、竜郎たち以外聞かれてもいい人間しかいないことを確かめてから、アクハチャックへ改めて視線を戻した。



「それは、そこの者たちも何か関係があるのか?」

「大ありだ。そして既にここにいる者たちには、例の件を全て伝えてある」

「……ほう。それはお前が、お前の裁量で話していい話ではなかったはずだが?」



 老人の眼光はさらに鋭くなり、アクハチャックやウィリトン、そして竜郎たちまで威圧してくる。

 けれど孫たちは腹に力をいれて耐えているというのに、竜郎たちは楓や菖蒲ですら平気で立っているのを見て獰猛な笑みを浮かべた。



「アクハチャックよりも強いのか。その者たちは」

「強いなんてもんじゃない。俺やウィリトンごときじゃ、比べることすらできない」

「──それほどか! 素晴らしい。そこの少年たちよ、いったい何者なのか、この老骨に教えてくれないか?」



 アクハチャックから視線を外し、鋭い眼光はそのままだが、どこか子供のような無邪気さを宿した瞳に、最大級の敬意の籠った声色で、一番前に立っていた竜郎にむかってカルラルブの王──パルラトン・オダヒンガム・カルラルブが話しかけてきたのであった。

次回、第51話は4月21日(日)更新です。

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