第49話 うちの子は可愛い
アクハチャックたちとは別々に王都に入っていき、少し間をおいて魔物博物館の応接室で再度合流した。
「俺たちの話は後でいいから、まずはチャックたちの話を聞かせてくれ」
「恩人の話なんだ。俺らは後でいいんだぞ?」
先に売れる恩を売っておいてから話を切り出そうとする竜郎と、どんな相談事か分からないモヤモヤをさっさと解消したいアクハチャックが、互いにどうぞどうぞと譲り合うも結局はアクハチャックから話すことになった。
「あー……タツロウたちには話したんだが、カルラルブはイフィゲニア帝国に嫌われているだろ?」
「まあ、そうかな?」
イシュタルはどうとも思っていないし、エーゲリアも別に怒っていないだろうが、その側近たちが嫌っているのは間違いないだろう。
そういった意味で少々ぼかして答えた。
「それで、俺たちに仲を取り持ってほしいということか?
だがそれでどうにかなる話でもない気がするが」
竜郎たちの話ならセリュウスも聞くくらいはしてくれるだろうが、それでじゃあ許そうなどとなるなら、とっくに許してくれていたはずだ。
それに竜郎たちとしてもせっかく仲良くやっているのに、下手に相手の地雷を踏んで嫌われたくもない。
はっきり無理だとまでは言わなかったが、そんな気持ちから難しい顔をして無言の返答をすると、アクハチャックは当然だとばかりに頷いた。
「それは昔の話で俺たちは関係ないじゃないか──なんていうつもりはない。
俺たちにとってはそうでも、むこうは当事者がまだ生きているしな。
だから許してほしいとまでは言わない。けれど今の俺たちは、謝罪の気持ちを持っていることだけは知ってほしいんだ」
「具体的にはどんな? 手紙とかでも渡せばいいのか?」
「いや、タツロウたちには、俺にエーゲリア皇帝陛下のお姿をこと細かく教えてほしい。
それで俺はこの博物館に飾ってある出来損ないではない、本物のカルラルブガラスの作品を作るから、それを渡してほしいんだ」
「んー? それが謝罪になるの? チャックさん」
「分からない。だが、エーゲリア皇帝陛下ともなれば、作品にこめた思いをくみ取るくらいはできるだろう。
それなら下手に取り繕って文字を書くよりも、言葉を紡ぐよりも、ずっと真摯な気持ちを伝えられると思ったんだ」
「そういう考えかたもあるのか……。確かにエーゲリアさんなら、その作品に込められた思いくらい簡単に察せられそうではあるな」
それは長い時を生き経験を積んだセリュウスや、他の側近眷属たちとて同じだろう。
アンタレスだけはおそらく察してはくれないだろうが、エーゲリアが気にしていないことを気にするような性格でもないので、彼は問題ない。
「タツロウたちには、ただその作品をエーゲリア皇帝陛下に見せてくれるだけでいい。
たとえそれで俺の作品が壊されてしまっても、もう二度と我が国はそういうことにはならない、させないという思いだけ分かってもらえればいいんだ。
自己満足でしかないと言われてしまえば、そうなんだろうがな……」
「うーん。まあ、それくらいならいいのかな? どー思う? たつろー」
「そうだなぁ。今から考えるから、少し時間をくれ」
「ああ、わかった」
それくらいならいいとは思うものの、肖像権なんてものはないだろうが勝手にエーゲリアの姿形を伝えていいのか判断できない。
そこで竜郎は、とりあえず関係者に念話を飛ばして聞いてみることにした。
『イシュタル、今ちょっといいか? 忙しいなら後でもぜんぜんいいんだが』
『ん? タツロウか。長話は難しいが、少しくらいなら問題ないぞ。何かあったのか?』
『いや実はな──』
竜郎は今回のことのあらましをイシュタルに伝えていくと、そんなことになっていたのかと、現皇帝はカルラルブが関係を持とうと何年も右往左往していたことすら知らなかったようだ。
『なるほどな。まあ、母上の外見を教えるくらい問題ないだろ。
はるか昔は普通にあちこちに姿を見せていたし、本人も隠そうとはしていないからな。
それに姿を知られたところで、あの母上をどうにかできるものなどいるはずもない』
『じゃあ、教えちゃってもいいんだな?』
『ああ、かまわん。それで母上やセリュウスなんかに、なにか言われたら私のことを出してくれてかまわない』
『そうか。ありがとう、イシュタル』
『お安い御用だ』
考え込むように目をつぶっていた竜郎は、イシュタルとの念話を切って顔をあげる。
本人ではないが、娘からの了承は得られた。これなら、どうどうと教えてもいいだろう。
「分かった。エーゲリアさんの姿を教えるのを了承しよう」
「本当か!」
「ああ。だが一つ聞きたいんだが、アクハチャックはどんなガラス細工を作るつもりなんだ?」
「どんなか……。まず本人の姿をちゃんとイメージできるようになったら、それに相応しい背景や飾りなんかを作っていく感じになると思う」
「たとえば、この博物館にあるような感じか?」
「まあ、そうなるだろうな」
こんな質問をしたのには、竜郎の中で考えがあったから。
というのも、この博物館内にあるようなエーゲリア像を作って見せた場合、できがよければセリュウスはエーゲリアの姿を模したガラス像を無碍に扱うことなどできないだろう。
けれどエーゲリア自身が、自分の姿を模した像を置いて悦に入るようなタイプでもないので、貰ってくれたとしても最上級の喜びは引き出せないはずだ。
なにせ彼女は世界最大の勢力を誇る帝国の女帝だったのだ。
美しいもの、豪華絢爛なもの、珍しいものなど、ありとあらゆる美術品など散々目にしてきたことだろう。
そうなると、別の角度から彼女の心を打つ必要がある。
「俺が考えるに、それだと足りないモノがある」
「そ、そうなのか? ……それで、その足りないモノっていうのはいったい」
竜種特有のなにかがあるのかと、アクハチャックは息をのんで次の竜郎の言葉を待つ。
「それは……」
「…………それは?」
「この子だ!」
「ぎゃう?」
竜郎の頭の上で寝転がっていたニーナの脇に手を入れると、彼女をアクハチャックに付きつけるように見せつけた。
ニーナは話を全く聞いておらず、突然竜郎に持ち上げられ首を傾げていたが、とりあえず右手を可愛らしく振ってアクハチャックたちにアピールしてくれた。
「えっと……その子がどうかしたのか?」
「エーゲリアさんのガラス像を作るなら、この子も一緒に入れておけば好感度ダダ上がりだぞ」
「は、はぁ……」
これは本気で言っているのか、はたまたただの親馬鹿なのか、アクハチャックはどう返事をしたものかと曖昧な言葉が口からこぼれる。
しかしそんな彼に竜郎は、分かってないなぁとわざとらしく大きなため息を吐いた。
「チャックはこの子をみて可愛いとは思わないのか?」
「思わないかと言われてもなぁ……。たしかに今の見た目は可愛らしいが……」
遠目だったとはいえ自分たちを確殺しうる魔竜の鱗を、ただ殴って弾いていた姿を知っているアクハチャックたちからすれば、とてもじゃないが可愛いと形容しづらかった。
「そうだ。うちの子は可愛いんだ」
「ぎゃう~♪ 照れる~~♪」
「ふふっ、照れてるニーナちゃんも可愛いねぇ」
「ぎゃう~♪」
竜郎に脇を抱えられて持ち上げられたままニーナは小さな両手で顔を覆い、くねくねと嬉しそうに体を動かし、愛衣はそんな彼女の頭を優しく撫でた。
だがその光景を見てしまうと、余計に親馬鹿じゃないの? と言いたくなってしまうところである。
その雰囲気を察して、竜郎は頭の上にニーナを戻して真面目な顔をとった。
「──っと、まあ今のはちょっと脱線してしまったが、エーゲリアさんの像とニーナの像を一緒に作るのは本気でありだと思っている。
あまり詳しくは言わないが、エーゲリアさんにとってこの子は大切な存在なんだ」
「そ、そうだったのか。だがそうなら、その子だけの像というほうが喜ばれるだろうか?」
「それもダメだ。今回の件に関しては、どちらもかかせないはずだ」
エーゲリア像だけでは、エーゲリアの心を真芯でとらえることは難しい。
しかしだからといってニーナ像だけだと、今度は一番怒っているセリュウスたちの心を打つのが難しい。
となればエーゲリアも喜び、セリュウスたちも喜べるセットで作るのが最良の選択となるはずだ。
『ねーたつろー。それならイシュタルちゃんも、いたほうがよくない?
べったりはしてないけど、エーゲリアさんイシュタルちゃんのことも大好きでしょ?
それにイシュタルちゃんの眷属のミーティアさんも、イシュタルちゃんの凄いガラスの像があれば、ちょっとは軟化するかもしれないし』
『たしかに……。ニーナへの愛情表現が大きすぎて忘れてたな。
それに現在の皇帝はイシュタルで、次点のいわゆる宰相位みたいなのがミーティアさんだろうし、そっちの機嫌も取れるなら取っておいたほうがいいか。なら、本人に許可を──』
『それならもう私がしといたよ! できたら私も見たーいって言ってた』
『おっ、さすが愛衣。それじゃあ、そっちも提案しておくか』
突然黙り込んだ竜郎にどうしたんだろうと不思議そうにしているアクハチャックに、今の提案もしてみることに。
「それともう一人、エーゲリアさんにとって特別な意味を持つ竜がいるから、その竜も加えれば、まず題材に関しては完璧だと思う」
「もう一人か……。そちらの姿形も教えてもらえるんだよな?」
「ああ、大丈夫だ」
「分かった。タツロウが言うのなら、そうなんだろう」
ということで竜郎はリアに念話を送ってエーゲリア、ニーナ、イシュタルの全体像がよくわかる絵を、彼女が持つ魔道具で数枚ずつ出力してもらい、それを竜郎の《アイテムボックス》経由で送ってもらった。
それらの絵姿をすぐに渡され、まるで最初から分かっていて用意していたように勘違いしたアクハチャックたちは、さらに竜郎たちの認識をあげることになるのだが、当の本人たちは気が付いていなかった。
「俺たちの話はこれくらいだな。それじゃあ今度は、タツロウたちの話を頼む。
あれだけのことをしてくれたのだから、俺たちの国としてもできるだけ応えたいと思う…………が、できる範囲での要求にしてもらえると正直助かる」
「そんなに無茶な要求をするつもりはないから安心してくれ。
まず一つ目は要求というよりも提案に近いかもしれないんだが、減ってしまったチキーモを増やしてほしいのなら増やせるんだ。
だからやってほしいなら、やってもいいがどうする?」
「増やす……? えっと、どうやって増やすんだい? タツロウさん」
「俺たちはチキーモを繁殖させて、安定したチキーモ肉の生産をしようと考えている。
その過程で余剰分のチキーモがでたら、この大陸に減らした分だけ繁殖が可能なチキーモを放流すればいいんじゃないかってな」
「チキーモの生産? 養鳥でもはじめるっていうのか?
というか、チキーモを乱獲したというのは、繁殖のためにほぼ全て生け捕りにしたということだったのか?」
「そうだ。味を確かめるために何体か絞めたが、繁殖用に数体の雌雄の捕獲に成功した。
ツガイの仲も悪くなさそうだし、近いうちに卵を産んでくれるはずだ。
そしたらあとは産めよ増やせよで数を増やして、最終的にはお金さえ出せば世界中の人が買えるようになればいいと考えている」
本来チキーモは人前にほとんど姿を現さないうえに、逃げ足も速く戦えばそれなりに強い。なので討伐や捕獲は難易度は高いとされている。
さらに竜郎たちはそこから大量のチキーモを育て、養鳥するとあたりまえのように言っていた。
これがそこいらの者なら与太話として切り捨てるところだろうが、実際に魔竜を一蹴してしまったところを見てしまうと説得力は抜群だ。
逆にそれだけのことができて、チキーモの養鳥ができないというほうがおかしいとすら思えてしまう。
どうやってそれを成すかなどはさっぱりわからないが、竜郎たちならやってみせると素直に受け入れることができた。
そして受け入れられてしまうと、欲がでてくる。
「チキーモの肉は非常に美味しいと聞く。もしも供給できるようになったら、是非とも王家に売ってほしいっ! この通りだ!!」
「僕からもお願いしたい!」
王族ともあろう兄弟が食欲に負けて頭を下げた。
護衛たちも止めたいとは思うが、愛衣の語ったチキーモの味を思い浮かべ、ぜひ食べたいという欲求が前に出てきて止められなかった。
「この国だけじゃないが、できるだけ多くの人に食べてみてほしいと思っているからな。
王家にだけ売るというのはできないが、融通するくらいならできると思う」
「それは助かるっ!」「ありがとう!」
兄弟どころか、護衛たちもおこぼれに預かれるだろうと表情が輝いていた。
「とまあ、それはそれでいいとして、どうなんだ?
この大陸にいるチキーモは増やしたほうがいいのか?」
「あ、ああ、そういうえばそういう話だったな。正直、全滅させたわけでもないようだし、魔物は動物と違って寿命も長い。
そこまで気にする必要はないとも思うが……ウィリトンはどう思う?」
「たしかにその状況なら絶滅するほどではないと思う……。
マピヤの一族になりきるために魔物の知識は多いほうだけど、チキーモはそれほど研究された種でもないからそれ以上のことはなんともいえないけれど。
ただ絶滅しそうな人間にとって有益となりうる種を残そうと、人の手で無理やり数を増やそうとしたら、増えすぎてしまったり、そのせいで別の魔物が全滅したり──なんて、余計に酷くなったという事例も文献で見たことがあるし、自然のままひとまず静観しておけばいいんじゃないかな」
「まあ魔物と俺たち人間は本来、殺す殺されるの関係だ。チキーモだからと言って、それでいなくなったのならそいうもんだったと諦めるさ。
それにもうチキーモがいなくなった場所には、既に別の魔物が住みついているだろうしな」
「ならこの件はとりあえず放っておけばいいのか?」
「いちおう爺様にもいっておくが、そちらも同じようなことを言うだろうさ」
竜郎としても自分たちが放流した魔物が、いつか誰かを殺害してしまったなんて話を聞いたら嫌な気分になっていただろう。
それでいいのならと頷き、竜郎はいよいよ今後の活動のための必要になるであろう、いくつかのお願いを口にしていくのであった。
次回、第50話は4月19日(金)更新です。