第04話 異世界人の仲間たち
「レーラさん。イシュタル。ニーナ。認識阻害の魔道具を切ってくれ」
「了解よ」「ああ」「はーい」
3人ともほぼ同時に認識阻害の魔道具を切っていくと、美しい妙齢の女性エルフ──レーラ。
エルフのような見た目の人化した竜──イシュタル。
そしてイシュタルの胸に抱かれている、30センチ程まで小さくなっている竜──ニーナが両親たちの前に姿をあらわにした。
「こんにちは、皆さん。私はレーラ・トリストラと申します」
「私はイシュタルだ。タツロウとアイの両親たちよ、よろしく頼む」
「ニーナだよ! よろしくね!」
「「「「………………」」」」
エルフや人型をしているイシュタルは、事前にリアを見ていたので直ぐに受け入れられたが、イシュタルの人形か何かだと思った小さな竜が喋り始めた所で、また思考が停止してフリーズしてしまった。
「ニーナちゃん。おいでー」
「わ~い!」
愛衣が両手を伸ばして抱っこの体勢を取ると、ニーナは嬉しそうにパタパタと小さな翼を動かしてその胸に飛び込んでいった。
そして愛衣は、ぎゅ~っと抱きしめながら、よしよし……というより、ごしごしと滑らかな鱗を撫でまわす。
するとニーナは「ぎゃう~♪」と少しくすぐったそうにしながらも、愛衣の胸に体を擦り付けた。
「えっと……愛衣? あんたが可愛がってるのって…………そのぉ……ドラゴン?」
「そうだよ~。かわいいっしょ」
「え、ええ。そうね。確かに可愛いけど……え、ドラゴン?」
「やべぇ……。当たり前だが、ドラゴンなんて初めてみたぞ」
すっかりレーラたちの存在を忘れてしまい、ニーナに釘付け状態の両親たち。
竜郎や愛衣に至っては、ニーナが「ニーナって可愛いの?」と聞いてくるので「可愛いよ~」と親馬鹿全開で可愛がり始めて全然話が進まない。
それを見かねたリアが口を開いた。
「ドラゴンというなら、今は人間の姿をしてくれていますが、そちらにいるイシュタルさんもそうなんですよ」
「「「「え!?」」」」
「まあ、そうだな。ほら、このように──」
「「「「────っ!?」」」」
実際は12メートル級の竜なので大きさは調整してくれたが、右腕だけを竜のそれに変えて見せてくれた。
「さらにそちらに立っている綺麗な女性は、最初の人間種族にしてエルフの始祖種、クリアエルフと呼ばれる向こうでは信仰の対象にもなっている伝説的な種族なんです。
お若く見えますが、神格を失わない限りは寿命の無い種でもあるので、実際は数百万年も生きているそうですよ」
「正確な年齢はもう忘れてしまいましたが、だいたいそのくらいの年齢ですね」
「「「「────っ!?」」」」
本人も普通に認めてしまったので、冗談でもなさそうと理解し、今度はギョッとしてレーラに視線が集まった。
そこで竜郎は今度はイシュタルの追加説明をし始める。
「それを言ったらイシュタルも1000歳くらいで、さらに真竜っていう最初の竜種にして、でかい大陸丸々一つを支配する、向こうでは最大の勢力を誇るイフィゲニア帝国の皇帝をしているんだよな」
「まあ、そうだな。今は母上に任せているが、帰ったら皇帝という地位に戻る事になる」
「「「「………………」」」」
どうやら竜は竜でも竜の皇帝らしいと理解し、そんな人物にタメ口を聞いている息子や娘に開いた口が塞がらなかった。
そして直ぐに頭を下げた方がいいのだろうかと、小市民の心がざわめきだすが──それはイシュタルに止められた。
「公の場では私にも立場があるから、あまり気安く話しかけられると困ってしまうが、個人的な時間であるのなら普通に接して貰いたい。
それにタツロウやアイは、私にとってかけがえのない仲間であり、心からの友なんだ。
その両親たちというのなら、そうかしこまらないでほしい」
本人がそう言うならと、呼び捨ては流石に無理だったので、さんをつけて呼ぶことにしたようだ。
「他にも仲間達はいるんだが、この2人は特に俺達がこの世界に帰って来られるように尽力してくれたんだ。
だから父さん達にも仲良くしてほしい。
それにレーラさんは、こっちで暮らしてみたいと希望しているから、なおさらな」
「ええ、こちらの世界は知らないことばかりなので、色々と教えて下さると嬉しいです」
「娘や将来の息子がお世話になったようですし、どうか遠慮なく困った時は頼ってくださいね。レーラさん」
「うちもいつでも大歓迎──ってあれ? なあ、竜郎。
もしかしてレーラさんも、うちで暮らすのか?」
「え? あー、とりあえず今日はうちにでも泊まって貰って、のちのちには確か近所に借家があっただろ?
そこを借りて住んでもらえないかと考えてる」
「あー、あそこな。確かにうちから数百メートルしか離れてない所にあったあった。
でも資金はどうするんだ? もちろん、息子たちが世話になったって事だし、こっちが頑張って出すのもいいとは思うが……」
竜郎や愛衣の家は貧乏ではないが裕福でもない。家一軒を余分に借り続けるというのは、正直辛い。
「その点については大丈夫だ。こっちでも、お金に換金できそうなものを持って来たからな」
「へー凄いな。どんなものを持ってきたんだ?」
「こっちにある物で価値のある物って事だから、まずは金。プラチナもあるし銀や銅もある。
あとはダイヤにルビー、サファイア、エメラルドと、えーとこれは何だっけ?」
「タンザナイトですよ、兄さん」
「ああ、それそれ。ありがとうリア」
「「「「………………」」」」
竜郎がホイホイと金銀財宝を、無造作に八敷家のリビングのカーペットに置いていく。
それを見ていた両親たちは、本日何度目かとなる思考停止に陥った。
だがその中でも愛衣の母──美鈴がまず最初に復活する。
「その金のインゴットって、もしかしなくても純金?」
「そうですよ。リアが完璧に加工してくれたので、混じりっけなしの純金です」
「それって一つ何キロになるの?」
「一個あたり一キログラムになるように加工しました」
「純金で一キロって、いくらくらいになるんだっけか。正和さんは知ってますか?」
「さすがにうちにも縁がないから知らないなぁ。ちょっと待ってくださいね」
仁に聞かれた正和はさっとスマホを取り出すと、ネットで調べ始めた。
「…………仁さん。今ちらっとネットを見た限りだと、それ一つで五百万円くらいだそうですよ……」
「「「ごっ!?」」」
さらに金ほど高値ではないが稀少性は高いプラチナや、宝石として値が付きやすいダイヤも揃っている。
ここで竜郎が適当に転がしたものだけでも、余裕で億に届くだろう。
「ちなみに俺の取り分だけでも、ここに出した他にも沢山あります」
「「「「────っ!?」」」」」
「私の分もたつろーが持ってるから、後でお母さんたちにもあげるね」
もう我が子達が何を言っているのか半分以上耳に届かなくなった両親たちは、遠い目をしながら虚空を見つめ始めた。
そして正和がポツリと──。
「僕……会社辞めようかなぁ……」
「俺も今の仕事が嫌いなわけじゃないが、これを見ると働く気が…………なあ、美波」
「ええ、そうね……仁君。これだけあればレーラさんどころか、何人だってうちだけで養えそうなんだもの」
「流石に一般家庭から突然出てきたら怪しすぎるから、俺が呪魔法で方々に適正価格で買い取って貰ってくるよ。
あんまり一気にやりすぎると価値が下がりそうだから、少しずつになりそうだけど。
だから辞めたいっていうのなら、辞めてもいいよ。父さん母さん。
仕事のせいで中々デートも出来ないーって、二人とも言ってただろ?」
「まあなあ……。少し考えておく。さっきも言ったが、今の仕事も嫌いなわけじゃないからな」
この先どうなるか分からないが、もう両家が生活に困る事だけはないだろう。
とりあえずこんな所に広げておいてもしょうがないので、竜郎の《無限アイテムフィールド》の中に収納し直すと、今度は竜郎が生み出した魔力体生物──カルディナたちの紹介だ。
「それじゃあ、最後のメンバーも呼んで行こうか」
そう言いながら竜郎は体の形を持たない天照と月読が入るコア──魔力頭脳が搭載された小型ライフル杖とスライムの様な魔道具を《無限アイテムフィールド》から取り出した。
その行動にクエスチョンマークを浮かべている両親たちの前で、竜郎は自分の身の内に眠る彼女たちを呼び出した。
すると竜郎の胸元からまだら模様の球体が6つ飛び出していき、その内2つは杖とスライムのコアに吸い込まれる様にして入っていく。
そして他の4つは、それぞれ自分たちの形へと変化した。
カルディナは、全長40センチある灰銀色の鷲へ。
ジャンヌは、白く黄金の角を生やした小さなサイへ。
奈々は、背中に小ぶりな悪魔の翼を生やした、日本人形を思わせるような小さな少女へ。
アテナはトラの女性獣人の姿へと。
そして天照が入った小型ライフル杖は彼女のスキル《竜念動》で浮かび上がり、月読が入ったスライム型魔道具はその身をプルンと震わせながら、それぞれ姉たちの横に並んだ。
流石にもう耐性が出来てきたのか、竜郎と愛衣の両親もさして驚くことなく、ソファーに座ったまま受け入れていた。
「この子たちは、俺の魔力から──正確には竜力と神力も混ざっているんだが、とにかく俺のエネルギーから創られた魔力体生物という存在です。
なので俺の娘のような子達であり、初期の頃から俺と愛衣を支えてきてくれた仲間でもあります。
それではご紹介を──まずは向かって一番左にいる、鳥の様な姿をした子は長女のカルディナ」
「ピィューー」
「その横にいる小さな白いサイは次女のジャンヌ」
「ヒヒーーン」
「ジャンヌの横にいる小さな女の子は三女の奈々」
「よろしくですの」
「奈々の横にいる琥珀色に白のメッシュが入った髪で、獣っぽい耳が生えた子は四女のアテナ」
「どもっす~」
「そして銃みたいな形をした杖のコアに入っているのが五女の天照。
スライムみたいな魔道具のコアに入っているのが六女の月読だ」
「「────」」
天照と月読は自分の入っているコアをピカピカと光らせた。
「竜郎が創ったってのが凄く気になるけど、娘みたいって事はこの子達はうちに住むの?」
「そのつもりでいる」
「皆、リアちゃんと同じくらい良い子なんだよ、美波さん」
「そうなのね。えっと、一番上のお姉ちゃんはカルディナちゃん?」
「ピュィ」
カルディナはコクリと美波の言葉に頷き返した。
「この子達は全員、言葉が分かるのかい?」
「ええ、俺達と変わらないだけの知性があります。
だから何を言っているかもしっかりと理解できてますよ、正和さん」
「確かに皆、賢そうだ。ジャンヌちゃん、ちょっと頭を撫でてみてもいいかい?
普通じゃサイなんて触れないしね」
「ヒヒーーン」
正和の方にぽてぽてと短い足を交互に動かし歩いていくと、「撫でていーよー」と言うようにジャンヌはその足元でちょこんと座りこんだ。
「かわいいわねー。私もさわっていい?」
「ヒヒーーン!」
「それにしても、馬みたいな鳴き声を上げるんだな、この子は。
サイってこんな鳴き声だったか?」
「さあ? 私に聞かれても……。ねぇ? カルディナちゃーん」
「ピュィーー」
カルディナはいつの間にか美波の膝の上に乗って甘えていた。
「うぅ……おねーさま達だけずるいですの」
「まあ、カル姉たちは可愛がりやすそうな外見してるっすからね~。ってことで、あたしも混ざってくるっす~」
そう言うや否や、女性の獣人の姿をしていたアテナが、猫のように小さな琥珀色に白のトラ縞の入った子トラに変化して竜郎と愛衣の両親に突撃していく。
「ガゥ~~」
さすがに女性の姿から子トラになった事で、またまた両親たちが驚く中でも、彼女はマイペースにカルディナの横、美波の膝の上に居座った。
「あー、この子達はさっきも言ったように魔力で出来ているから、普通の人間よりも形に囚われていないんです。
だからカルディナ、ジャンヌ、アテナは、それぞれ《幼体化》、《成体化》、《真体化》、《神体化》の4つの基本ベースの形に簡単に変化できて、奈々は《成体化》、《真体化》、《神体化》の3つの基本ベースの形になれます。
ただ《真体化》と《神体化》はそれなりに存在するためのエネルギーを消費するので、普段は《幼体化》か《成体化》で暮らしています」
「今の皆の姿はどの形態にあたるの? 竜郎君」
「カルディナは《成体化》。ジャンヌは《幼体化》。奈々は《成体化》。アテナはさっきの女性の姿の時は《成体化》で、今の子トラだと《幼体化》になります。
カルディナ、《幼体化》になってみてくれ」
「ピューー──────ピピッ」
「あら、雛鳥になったわね。ちっちゃくて可愛い」
「ピピー♪」
美波の膝の上で灰銀色の小さな鷲の雛の姿になって、嬉しそうに頭を撫でて貰っていた。
それを寂しそうに見ていた奈々だったが、美鈴がおいで~と手を伸ばしてくれたので「ですの~」とその胸に飛び込んでいった。
「それじゃあ、ジャンヌちゃんは《成体化》するとどうなるんだ?」
「6メートルサイズの純白で黄金の角を持つサイになる」
「おー。それは見てみたい気もするが、ここだとまずいですよね。正和さん」
「そうですね。ちょっとそのサイズは……困るかな」
天照や月読も両親たちに受け入れられたようで、体は無いので撫でることはできないが、色々とコミュニケーションを取り始めていた。
「それにしても、今後はリアにカルディナちゃんたちも──ってなると、随分うちも大所帯になるわね。
お金の方は何とかなりそうだけど、食材を買いに行くだけでも大変そう」
「──今、何とおっしゃりましたか? 母さんや」
「なに? その口調。だから、家族が増えるのは良いけど、買い物が大変そうねって」
「そこだよ、母さん」
「どこよ、息子さん」
「俺がこっちで魔法が使えている時点で何となく分かっているだろうが、実は今現在、魔法を使えば異世界と俺達のいる世界同士を自由に行き来できるようになっている」
「まあ、そうなるわな。こっちに帰って来るのに使ったのは魔法だった。
そんでもって、こっちでも普通に竜郎は使えてるんだから、帰ることが出来るなら行く事も出来るって訳だ」
「ああ、そうだ。だから今後、俺と愛衣はあっちに行ったり、こっちに行ったりするつもりでいる」
「でも向こうは危ないんでしょ? なんでそこまで愛衣達は行こうとするの?」
魔物と竜郎が言ったのが未だに美鈴の頭の中から離れていない様だ。
そんな危険な所に、娘とその恋人を送り出すと言うのは心配でならなかった。
「確かにお母さんの言うとおり、普通の人だと危ないこともあるかもだけど、私とたつろーはちょっと向こうでも異常なレベルで強くなっちゃったから、そのへんは安心して。
それにね。実は向こうにはとっても魅力的なものがあるんだよ。多少のリスクがあってもね」
「魅力……? さっきの金銀財宝のことかい? でもそれならもう十分じゃないか」
「違うよ、お父さん。あっちの世界にはとんでもなく美味しい魔物がいるんだよ!」
「「「「……おいしい?」」」」
竜郎と愛衣の両親は揃って怪訝な顔になる。
そこには「たかが食べ物にリスクを負ってまで?」「なんだ食い物かよ」──そんなような事を考えているのが、はっきりと見て取れた。
それに竜郎と愛衣はため息を吐く。分かっちゃあいないな──と。
「今思ったこと事全部、今からひっくり返してみせましょう」
「ふふん。ただ食い意地が張ってるだけじゃないって証明してあげるよ!」
そう言って二人は異世界で手に入れた美味しい食材たちを、竜郎が氷魔法で作った即席の机の上に並べ始めたのであった。
ようやく物語の主題部分に触れられそうなので、出来そうなら明日も更新する予定です。