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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第三章 カルラルブ大陸編
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第47話 かつて向けていた目

 遅れて入ってきたアクハチャックたちを確認すると、竜郎は自分でこじ開けた入り口を閉じてみた。

 すると綺麗に入り口が消えた──のだが、すぐに勝手に開いてしまった。



「この方法でも、中に鍵があると正規の方法で開いてしまうわけか。

 ニーナ。ちょっと外に出て、ちゃんと機能するか確かめてみてくれ」

「はーい。やってみるね、パパ」



 ニーナが鍵を持ったまま一度外に出ると開いていた入口は綺麗に閉じ、再び鍵を押し当てればまた開いて彼女が戻ってきた。



「機能に支障はでてないみたいだな。鍵はそのままニーナがもっていてくれ」

「はーい」



 純粋な個の戦闘能力だけでいえば、この中ではニーナが一番高い。

 あらゆる局面において、一番負傷する可能性の低い彼女に持たせたほうが安心だろう。



「それじゃあ、ここからは気を引き締めていこう。

 まずヘスティアは、楓と菖蒲の守護を最優先で頼む」

「ん。ちびたちのことは任せて。ボーちゃんもいるし」

「────」



 アクハチャックが入り口付近でもたついている間に、竜郎が《強化改造牧場》からボーちゃんことカラドボルグを召喚していた。


 カラドボルグは正三角形の20面を持つ正二十面体コアをもつゴーレム系の魔王種で、竜郎の眷属となった魔物。

 ヘスティアの相棒として戦っていたこともあり彼女との相性はよく、楓と菖蒲の追加のボディーガードとしては最適だろう。

 今はコアを剥き出しにしたまま、楓と菖蒲の上に浮かんでくれている。

 楓と菖蒲は、不思議そうにそのコアを見つめて小さな腕を伸ばし遊んでいた。



「エンターは最後尾で攻撃がチャックたちのほうにいかないよう守護したり、万が一俺たちを抜いて外に出ようとしたとき押し返してくれ」

「任せたまえ、マスター。ただ欲を言えば最前線で、新たに得た力も試してみたかったのだがな」

「素材が台無しになったらリアに怒られるから、今回は諦めてくれ」

「はははっ、心得た! 私もまだ、あのスキルの加減ができないからな」



 エンターは気にした様子もなく、豪快に笑って快く受け入れてくれた。



「あと千子と亜子は俺が魔竜の治療する隙を作ったり、治療している間、できるだけ足止めしてくれ」

「はい」「分かったわぁ」



 この二人ならば魔竜の傷も少なく相手ができるだろう。

 ──と、そこまでどこからともなく現れたカラドボルグを見つめながら、黙って話を聞いていたアクハチャックが声をあげる。



「ちょっとまて! 魔竜の治療とはどういうことだ!?」

「どういうことだと言われても、俺たちが欲しいのは素材なんだよ。

 生きている内に再生させておけば、よけいな損失もなく完全な状態で手に入るじゃないか。

 だから生きている間に、ぱぱっと治しておくほうがお得だろ?」

「は、はぁ……?」



 せっかく負傷してくれているだろう魔竜を、わざわざ治療して万全の状態にするなどアクハチャックたちからしたら考えられないことだった。

 本当に心から意味が分からないといった様子で、ウィリトンや護衛ふくめ混乱しはじめた。



「はははっ、大丈夫だぞ! 君たちは、このエンターが守ってやるのだからな! 安心したまえ!」



 私が守ってやると言っているのだから、おびえる必要などないと、さわやかスマイルにサムズアップでアクハチャックたちに応えると、なぜか護衛の天族の女性──ヘルカが頬を染めて目を背けた。



『ありゃりゃ? ヘルカさん、もしかして今のエンター君スマイルで……?』

『かもしれないな。いやぁ、うちの子はモテるなぁ』



 エンターも比較的容姿のいい者が多い天魔族のなかでも、美形と言っていいほど爽やかな美青年だ。

 それでいて魔竜を前にこれだけのことを豪語できる、胆力と実力を兼ね備えている。


 この不安な状況下で、それだけ高スペックな同種系統の男性に微笑みかけられ安心感を得てしまうと、仕事中とはいえ心が少しばかり浮ついてしまってもしょうがないことだろう。


 竜郎はそんなことを思い親バカ全開で鼻を高くしながらも、いよいよ気を引き締めていく。



「エンターも言ったが安心してくれ。ここからは、俺たちも油断する気はないからな」

「「「「────!?」」」」



 竜郎たちの空気感がその言葉でがらりと変わり、それぞれの《アイテムボックス》などから自分の装備品を取り出し身につけていく。


 竜郎は大きなライフル杖と魔力を通すと硬質化するコート。


 愛衣は軽装鎧を身にまとい、軍荼利明王ぐんだりみょうおうと名付けた巨大弓を腰につけ、そこから出てきたロボットアームのような複数の腕にカチカチ君というハンマー、幻想花という扇、ガブソンという斧などなど持たせ、自分の手にも極彩色を放つ宝石のような大剣、フォークのような三つ又の槍を左右の手に持って武装した。


 ニーナは元の大きさに戻りプラチナ色の爪がついたグローブをはめ、千子は血を固めて作ったような杭を手にする。


 ヘスティアは楓と菖蒲を自分の左右真横につけ、ロンゴミニアドと名付けた巨槍を片手で軽く持つ。

 その相棒のカラドボルグは、コアから触手のように鋭角な三角形を連ねた触手のような刃を出す。


 エンターは周囲に目のような黒い模様が描かれた光の盾を8つ展開し、その手には黄金の六角棍。


 亜子は6本の闇の剣を展開し、黒く禍々しい気を放つ宝石が杖頭に嵌った、身の丈ほどもある杖を手にした。


 さきほどまでどこかフワフワしていた雰囲気はどこにもなく、さりとてひりつくほどの緊張感もなく、常態でありながら一切の隙がない竜郎たちに、思わずアクハチャックたちも息をのんで黙り込んだ。



「進むぞ。例の魔竜も、もう目を覚ましているようだしな」



 ──え? とアクハチャックたちが言葉を漏らす前に、竜郎たちは歩を進めはじめる。

 ニーナが先陣を切り、その後ろには千子と亜子が続き、竜郎たちもその後についていく。

 進むにつれて何か地の底で響くような低い唸り声と、竜独特の威圧感が届いてくる。


 実はここの魔竜。竜郎たちがこの宝物庫に入ってきた瞬間に、一気に意識が覚醒していた。

 それは本能が危険だと察知し、《極擬態死》と呼ばれる全スキルを凍結する代わりに、ほとんど消耗なく生命を繋いでいけるスキルが強制終了したせいだ。


 一気に全身に血が巡っていき、凝り固まった体をほぐすように動かし戦闘に備えはじめる。


 けれど竜の威圧も威嚇であろう唸り声も、涼やかに流しながら無遠慮に踏み入っていく。



「ゥゥゥゥゥ……」



 そこにいたのは聞いていた通り前足がなく尻尾もない5メートルほどで、全身に棘のように尖った分厚い漆黒の鱗を身にまとった大蜥蜴。

 背中の立派な竜翼4枚をピンと張り、顎を地面につけて後ろ足2本をしっかりと床につけ、いつでも飛びかかれるような体勢だ。


 けれどそんな気丈な態度とは裏腹に、竜郎たちが近づくにつれてその体は細かく震えはじめていた。

 その身を包むのは、言い知れぬ恐怖感。

 


「あら可愛らしい魔竜さんだこと。おびえているのかしら?」

「──ヴァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



 嗜虐心をくすぐられ、綺麗な口元を三日月形に歪めて笑う亜子が魔竜に近づくと、それだけで魔竜の本能が危険信号をあげる。


 大きな口をガパッと開き、痩せ細った今の魔竜からしたら貴重な食料になるはずなのに、それすら度外視して灼熱の竜の息吹きを放って抹消しにかかってきた。

 ──けれど。



「あらあら、せっかちさんねぇ。もっと可愛らしい姿を私に見せて」

「ゥゥ……」



 亜子が目の前に展開した巨大な黒球に全てかき消され、何事もなかったように背筋が凍るような不気味な笑みを向けられてしまい、魔竜は翼をはためかせて宝物庫の天井に向かって飛んで逃げようとした。

 けれど2メートルも浮かび上がる前に、体が何かに引っ張られ床に叩きつけられてしまう。



「ヴァアアッ!?」

「お願いやさかい、もうしばらくそこにおってや」



 なにに引っ張られたんだと自分の体をみれば、いつの間にか床一面に描かれた血の紋様から、同じく血でできた植物ようなものが生えて、その蔦が絡まっていることに気がついた。


 それは千子のスキル《羅刹血紋》。

 この周囲は彼女の血の紋の領域となり、その中でなら血を消費し好きな形の魔物や物質を生みだせる。

 今回はそれで植物の魔物を血で何体か創造し魔竜の足元に出現させ、天井へ逃げるのを阻止したというわけだ。



「ちょい味見させてもらうな?」



 魔竜は意味が分からず暴れる中、千子は目を真っ赤に光らせながら右手の平を天井に向ける。

 するとそこに血でできたおちょこが現れ、じわじわと湧き出すように血で満たされていく。


 自分が創造した血の植物の蔦からさらに細い棘を伸ばし、魔竜の血を採取。採取した血を紋様を通して運んだのだ。


 千子はその血をコクリと飲み干し、花が咲いたように可愛らしい笑みを浮かべた。



「あんたの血ぃ……なかなかうまいやん。もっと飲んでもええ?」

「──ヴァッ!?」 



 千子が魔竜を見る目は、かつて魔竜自身が人間たちに向けていたものだった。

 それはまるで、ただの食料を見るような目──。


 全身のありとあらゆる器官が逃げろと警告してくる。魔竜は余力を残している場合じゃないと、全身全霊でスキルを使用。

 失った両腕の根元から漆黒の鎧のような腕が生えだし、それを滅茶苦茶に振るった。


 血で創造した植物たちは、その攻撃によってバラバラになり拘束が外れてしまう。

 好機とばかりに魔竜は天井に向かって全力で逃げ出した。



「あらあら、チコちゃん。逃げられちゃったわよ?」

「ちょい血を、ケチりすぎたかいなぁ? ええ勉強になったわ」



 道中で倒してきた弱い魔物たちの血を溜めこみ、それを自分の血に混ぜて嵩増しして創造した植物魔物だったせいで、魔竜の攻撃に耐えきれなかったようだ。


 魔竜はようやく距離をとれたことに安堵し、反撃だと体をアルマジロのように丸めだす。

 かと思えば空中で高速回転しはじめ、その身にまとった棘のような鱗がそこらじゅうにマシンガンの弾丸が如くまき散らされる。


 その攻撃は、鱗1枚でアクハチャックを容易く穿ち殺す威力を秘めていた。

 アクハチャックたちも慌てて防御しようとするが、当たればその防御すら紙のように貫いて殺されていただろう。



「はははっ! 私の出番のようだな!」



 だがエンターが遠くで見守っているアクハチャックたちに届きうる鱗だけを、器用に周囲に浮かべた光の盾と六角棍で弾いていく。


 また楓と菖蒲のいる場所に降り注ぐ鱗はといえば──。



「「あうー!」」

「ん。あんま動いちゃダメ」

「────」



 雨のように降り注ぐ鱗に興奮して叫ぶ楓と菖蒲が、傍から離れないよう右腕だけで二人を抱きかかえ、もう片方の手で大槍ロンゴミニアドをグルグル振り回し大雑把に叩き落としていく。


 その相棒であるカラドボルグはコアからでている刃の触手で、万が一にでも楓たちに当たらないよう広範囲にわたって細切れになるまで1枚1枚丁寧に切り裂いてみせた。


 愛衣は鎧から出てくる黒い気力を操作し半球状の盾を展開し、竜郎は盾と水と闇の三属性でゼリー状の障壁を作り上げ、その障壁にめり込んで止まった鱗を片っ端から《無限アイテムフィールド》に収納して喜んでいた。


 ニーナはシャドーボクシングのように両腕を細かく動かし、何枚鱗を落とせるかで遊んでいた。



「ヴゥゥゥッ!」



 いっさい敵が減った気配がしないので、我慢できずに魔竜は次の行動に移っていく。

 高速回転から超高速回転にスピードアップ。棘のような鱗はそのまま飛ばし続け、漆黒の大きな刃がにょきにょきと体中から生えはじめる。


 なにをする気だろうと竜郎たちが見守っていると、その状態で魔竜は勢いよく千子に向かって突撃していった。


 けれど当の千子はといえば、こてんと首をのんきに傾げてつっ立ったまま。

 アクハチャックたちが危ないと思わず叫びそうになったところで、彼女はポツリとこう言った。



「ボール遊び? 趣味ちゃうけど、やったるわぁ」



 体から刃を生やし、ボールのように丸まった魔竜が突っ込んでくる中で、ぴょんと少しジャンプをし、タイミングを見計らって即興で作った血の足鎧を纏った右足で回し蹴り。



「ヴッ!?」



 容易く黒い刃はへし折れ、本当にボールになったかのように宝物庫の最奥に向かって飛んで行く。

 ドカンと爆音を立てながら、魔竜は壁に激突しめり込んだ。


 それでも魔竜はまだまだ元気で、じたばたしながら壁から出てきて、漆黒の爪の斬撃をこちらに放とうとスキルで作られた義手を振りかぶる──が。



「もうそろそろ、大人しくしてもらえるかしら。──────恐怖なさい」

「────ッ────────ッ」



 亜子がスキル《感情玩弄》を発動。

 対象である魔竜の感情を意のままに操り、その心を恐怖で染め上げる。


 魔竜は体中がガタガタと震え漆黒の義手も消え、真面まともに立つこともできずに床に這いつくばった。 



「あなたはその姿がいっちばん、可愛いわぁ」

「────ッ」



 言っている意味は分からずとも、三日月形に笑う亜子の目に宿る感情は知っていた。

 その目もかつて、自分が人間たちに向けていたものだから。

 それはまるで、いたずらに壊して遊ぶ玩具を見るような目──。


 まさか自分がその立場に立つことになるとは微塵も思っていなかった魔竜は、ただただ絶望して今の自分の運命を呪った。



『今なら簡単にいけそうだな。それじゃあ、手っ取り早く治療するとしよう』

『私はたつろーの護衛でついてくねー』

『気をつけてねーパパ、ママー』



 竜郎と愛衣は念話でここにいる人間の仲間たちに伝えていき、ニーナの可愛らしいエールに微笑みながら、素材となったときの状態をよくするべく、こっそりと認識阻害を発動させて魔竜へと近づいていくのであった。






 一方、その頃。アクハチャックたちはと言えば──。



「あの無様に震えて這いつくばっているのが、かつて我が国を破滅に導こうとした魔竜だというのか?」

「あ、ありえない……。タツロウさんたちどころか、実質2人しか戦闘に出ていないじゃないか……。それとも実は弱かったとでも?」

「それはないですよ、ウィリトン様。現にさっきの鱗は1枚でも俺たちじゃあ、どうにもできないままに死をもたらす一撃でしたからね」



 よく鍛えられた肉体をもつ爬虫人男性イガーショが、そう言いながら周囲にめり込んでいる鱗に視線を巡らせた。

 天族のヘルカも、それに大きく頷いた。



「イガーショの言うとおりです。ですので両殿下。どうか後生ですから、あの方々とは絶対に敵対しないよう立ち回ってください。

 あそこで戦っているチコさん、アコさん、どちらか一人だけでも、カルラルブは滅亡します」

「わかっている……。というより、いやでも分からされたぞヘルカ。

 竜大陸の者かどうかは不明なままだが、そうじゃなかったとしても、あの勢力にはなにがあっても迷惑をかけないよう爺様に言っておく」



 ──そんなことを密かに話し合っていたのである。

次回、第48話は4月14日(日)更新です。

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