第469話 リスタート
神々の戦いが終わった後も、獣神はその場に残っていた。
はしゃぐ亜獣人たちの声援を受けながら、彼らの前にやってくる。
獣神の手には、いつの間にか大きな水晶玉のような黒い玉があった。
《お前たちに頼みがある》
「ニャァアア! 何でも言ってくれ!」
「オッオゥッ! 神様のためなら命だってくれてやるわ!」
《いや、命はいい。だがお前たちに重い宿命を担わせてしまうことになる。それでもよいのか?》
「ワフッフッ。よくわかんねーけど、なんでも任せてくれ!」
よくは分かってほしいんだけど……と獣神の皮を被った少年は思うが、たとえ分かっていても彼らなら頷くのだろうと気にするのを止める。
《神というのは殺しても、また必ず復活する。
だから今のうちに邪神が復活せぬように、封印したい。
そのためにお前たちの魂を貸してほしいのだ。
それも一代ではなく、何代も何代も、子々孫々と永遠にそなたたちの血脈の魂を、封印の要として使おうと思っている。
本当に良いのか? 邪神の封印という、重い宿命を担うことになるのだぞ。
お前たちだけでなく、この先生まれてくるであろう、お前たちの同胞にもだ。
我はこれほど重大なことを、お前たちに任せるのは非常に忍びなく思っている。
けれど我は邪神の封印のためだけに力を使っていられない事情があるのだ》
「グガァア! 気にすんな!」
「キャウゥ~~ン! おれもできうお!」
「キュィ~~! あたちも! かみたまの、やくに、たちたいもん」
大人たちだけでなく、よく分かっていないであろう幼い子たちまでも迷わず神の役に立ちたいと心から獣神に向かって叫んでいた。
獣神は感極まったように体を震わせ、手に持っている黒い玉を掲げた。
《お前たちの忠義、しかと受け取った。
これは邪神の核である。これを割り、お前たちの魂に封じていく。
封じられた邪神の欠片は、お前たちが死ぬと次代の若者の魂に移る。子を作れば、その子にも欠片が流れていく。
だがお前たちのような強き魂が押さえつけていてくれるなら、邪神はもう二度と復活はしないだろう。よいな》
獣神が見渡すと、亜獣人たちは一斉に吠えながら頷いていた。
《では、これより封印の儀を取り行う! 忌まわしき邪神よ、永久の眠りにつくがいい! はぁあああああっ》
大地が揺れ亜獣人たちがどよめく中、獣神が掲げていた黒い玉が浮遊し地面と同じように震えだす。
次第に玉に亀裂が入っていき、地面の揺れが収まった瞬間、細かな破片に砕け散って全ての亜獣人たちの方へ隕石のように落ちて、彼らの中に吸い込まれていく。
亜獣人たちは、それが邪神の核だと思っているのに身じろぎもせず、むしろ来るなら来いと胸を張ってその欠片を受け入れていた。
全ての欠片が亜獣人たちに満遍なく吸収された後、獣神の手がまた赤く輝き、何の意味もない見せかけだけの巨大魔法陣が空いっぱいに展開された。
派手なパチパチと火花が散るようなエフェクトがまき散らされ、亜獣人たちはその光景に口をあんぐりと開けて見入っている。
《封────印っ!》
「「「「「おおおぉっ!」」」」」
最後に強く光り輝き、光の鎖が亜獣人たちの方へ吸い込まれ、巨大魔法陣は役目を終えたように消え去った。
とにかく派手さを追求した演出のおかげか、亜獣人たちはすっかり自分たちを使って邪神は完全に封印されたのだと印象付けられた。
獣神は疲れたような素振りを少し見せた後、丸めた背中を再び伸ばして亜獣人たちに向き直る。
《ふぅ、一つこれで懸念材料が消え去ったな。
皆の者、よくやった。思っていた通り、強く誇り高い亜じゅ──》
「「「「「あじゅ?」」」」」
《噛んでしまった。強く誇り高い獣人族であるお前たちならば、十分にあの邪神を封じることができると信じておったぞ》
「「「「「はい!」」」」」
《それになにも悪いことばかりではないぞ。お前たちのためになる、オマケもつけておいてやった》
「「「「「それはなんですかー!」」」」」
なんとも反応のいい亜獣人たちに苦笑してしまいそうになりながらも、獣神は得意げな顔をして新たな設定を彼らに布教していく。
《邪神の誘惑によって、力をえる術があっただろう。我はあれを〝システム〟と言っていた。
これまでは使えば使うほど、邪神の力となり、引き寄せるおぞましい誘惑の力であった。
しかし! 今はもう違う! これからは存分に、邪神が作り出した〝システム〟を使ってやるのだ!》
「グォ……? だ、大丈夫なんか? お、オラ、邪神に取り込まれたくないグォ……」
《我を信じよ! もう問題なくなった。むしろ使うことで、より封印を高めることができるのだ》
「──キキッ! もしや、我々の中に封印された邪神の力を使うことで、より消耗させて封印を強固なものにできる──ということでは?」
獣神が詳しく説明する前に、察しのいい猿の獣人がキリッとした表情で合ってますよね?と見つめてきた。
《うむ! その通りだ! さすがだな。お前は頭がいいな!》
「き、キキッ! それほどでも──ありますね!」
謙遜なんて言う言葉を知らない猿の獣人は、さすが俺とばかりに鼻を伸ばし、周りの獣人たちに拍手されていた。
その素直すぎる彼らのやりとりを見ていた、とある少女は「なんだかちょっと可愛く見えてきちゃったかも」と笑っていた。
《そ奴が言ったように、お前たちがシステムを使えば使うほど、邪神に力を使わせることができるようになっている。
積極的に使って、お前たち皆で邪神を弱らせてやるのだ!
その分だけお前たちも強くなれる、まさに一石二鳥とはこのことよ! ふはははっ》
「いっせきにちょーってなんだ?」
「さぁ?」
「なんか良いことなんだろ」
「んだんだ」
《………………コホン。というわけで、分かったな。これからはシステムを好きなだけ使うといい。
そしてそれを使ったからと言って、今後は誰かが誰かを罰するなんてことはないようにするのだぞ。分かったか?》
「「「「「はーい」」」」」
《うむ、よい返事だ》
なんだか幼稚園の先生になった気分だ、と心の中で獣神の皮をかぶった少年は思うが、おくびにも外には出さない。
まだ最後の大仕事が残っているからだ。
《最後に、お前たちに伝えておかなければならないことがある》
「なにかしら」
「きっとご褒美だべや」
「美味しいもんだと嬉しいなぁ」
《ある意味では褒美ではあるかもしれないな。これより我は世界創造を行う──》
「「「「「?」」」」」
「なんだって!?」という反応がくることを予想していた獣神は、肩透かしを食ったような気分になるが、一呼吸おいて続きを口にしていく。
《世界を創り変えるのだ。この手狭な世界ではなく、ちゃんとした世界に。
邪魔をしてくる邪神もいなくなった。もう壊される心配もない。
これならば、お前たちだけのお前たちによる、本物の世界を創り出すことができると思ってな》
「こ、ここはなくなっちまうってことか……?」
ここまでずっと変わらない生活をしてきただけあり、亜獣人たちは変化を嫌うようだ。
一瞬にして不安な心が広がっていくも、獣神はそんな彼らを一喝する。
《愚か者! 恐れるでない! 我が子らよ! 野生の心忘れるな! 人生はいつだって冒険なのだ!
むしろ変化を楽しめるくらいの心を持たなくてどうする! それでもお前らは誇り高き獣人か!!》
「そ、そうだよな……。俺たちは強い! どこでだってやっていけるぜ!」
「ヒヒーーン。お、俺は最初から、びびびびっ──ビビってなかったけどな!」
「チュチチチッ。あんたが一番ビビってたじゃないの!」
「なんだとー!」
変化を嫌う一方で、素直で単純。流されやすい一面も持っている。
彼らの神として言いくるめただけで、手のひらを返したように綺麗に新世界を受け入れだした。
《お前たちも受け入れてくれたようだな。これで安心して、神としての本分を全うできる。
ではいくぞ────はぁあああっ!》
邪神の封印の時よりも、さらに強く大地が揺れ動く。
獣神は空に向かって両手を万歳するように上げ、その手の平の先に、虹色に輝く美しい魔法陣が展開される。
封印の時のような荒々しさはなく、どこか亜獣人たちを包み込むような、優しい光の粒子が降り注ぐ。
実際にリラックス効果が呪魔法で込められているのだが、亜獣人たちはなにも気づかず、その光景に見入っていた。
「せ、世界が壊れてく……」
「だ、大丈夫かよ……」
「大丈夫に決まってんだろ! 神様を信じな! 情けないねぇ!」
小さな閉じた世界が、端の方からパラパラと砂を崩すように消えていくのが見えた。
これまで自分たちが暮らしてきた、世界の終わりがはじまったことを彼らは嫌でも理解する。
それでもリラックス効果のある光の粒子のおかげで、そこまで恐怖に駆られている様子もなかった。
せいぜい臆病な種が、周りに馬鹿にされるくらいだ。
《案ずるな。この不完全だった壊れた世界は消え、新たな広く美しい完成された、お前たちのための世界が待っているぞ! ふぬぅううう!》
亜獣人たちへのフォローを入れつつ、気合を入れてる風の演技を交えて、さらに魔法陣を強く輝かせる。
世界の崩壊が加速していき、ついに亜獣人たちの足もとまで崩れ去った。
落ちる──誰もがそう思い身をすくめたが、彼らは何もない黒い空間の中で立っていた。
何をしていいか分からず、彼らは所在なく身を寄せ合い、黒い空間の中で輝く神と魔法陣をただただ見つめる。
《いくぞ! 世界────────創──造!!》
「「「「「!?」」」」」
白飛びするように、視界が眩い光で埋め尽くされる。
思わず亜獣人たちの誰もが目を閉じ、身をかがめる。
その間に少年は、世界を上手く切り替えて、彼らのために作っておいた疑似世界へと全員を立たせた。
《目を開くがよい。そこに──お前たちの世界が広がっておるぞ》
「「「「「…………………………………………お、おおおおおおっ」」」」」
どこまでも広がる世界。世界に端はなく、見たこともない景色が彼らの視界に飛び込んできた。
《この世界でより大きく繁栄を遂げるのだ!
我が子らよ、我は空の上からお前たちをいつでも見守っておるからな!
さらばだーーー! ふははははっ》
最後は獣神もノリノリになって口上を述べると、亜獣人たちに「ありがとー!神様ー!」「また来てくださいねー!」と送り出されながら、天へと上り消えていった。
神が消えてからも亜獣人たちはしばらくそちらを見つめていたが、一人、また一人と新しい世界へ視線を落としていく。
「ここからはじめよう」
「おうよ! 神様に笑われねぇように頑張ろうぜ! お前ら!! そうだろぉ!!」
「「「「「そうとも!!」」」」」
彼らは少しの不安と胸いっぱいの希望を抱え、新しい未来を見据えて歩きだしたのだった。
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