第463話 移住先は……
亜獣人たちを穏便な形で活かし続けられるよう、あと数年で死滅しようとしている亜空間の魔物を何とかすることが決まった。
「簡単で分かりやすいのでいくなら、無難にこの魔物たちの複製だろうな」
「マスターの所持するスキルを駆使すれば、造作もないでしょうからね」
「そのための素材には困らないでしょうからね」
そういってミネルヴァは周囲を見渡すように、視線を巡らせる。
これだけの空間を作るのに、数えきれないほどの同種の魔物が存在しているのだ。
その中から適当に見繕って素材とし、魔卵を生成。その魔卵を大量に複製すれば終了だ。
遺伝子的に同一個体の方が、より都合良いため、この方法は非常に理にかなっているといえよう。
「だがその手は、少し微妙かなとも思ってる」
「およ? なんで?」
「一番手っ取り早い方法やのになぁ」
愛衣と千子がそんな疑問を抱くのはもっともなことだが、竜郎はどうせやるなら完璧にしたいと考えたようだ。
「だって今のままだと、結局はまたいつか同じことが起きるわけだろ?」
「そこはマスターのお力で強引に解決することはできないのですか?」
「確かに。遺伝子の変異が起きないよう、事前に強化や改造する……くらいは主様ならできそうなものですが、無理なのでしょうか?」
「それは俺も考えて実は一個、そう改造した魔卵を作ってみたりもしたんだが……、こいつらの後継との入れ替わりの速度が速くて、難しいみたいなんだ。
俺でも完全に突然変異個体の発生を留めることはできない。
せいぜい、発生しづらくさせるのが関の山だな」
「じゃあさ、じゃあさ、入れ替わりの速度を遅くするのはどお?」
「寿命を伸ばせばええってことやね」
寿命を延ばす改造をすれば、次世代への入れ替わりの速度を遅くできる。
そうなれば、その分だけ次の若い世代を生み出す必要もなくなり、分裂の回数も減る。
分裂の回数が減れば、減っただけ突然変異個体が生まれる期間も伸びていく。
そんな風に改造した個体に、さらに突然変異が発生しづらくなるような改造を施せば、限りなく無限に近い時間を稼げるのではないかというのが愛衣の提案だった。
しかし竜郎は、それについても既に思いついており、できるかどうか試していた。
「それもなぁ。元の魔物が生物的に弱すぎて、寿命を延ばすのも難しいんだ」
群れれば亜空間を生み出せるという、人間の強者の中でもそうはいない特殊スキルを扱える凄い魔物なのだが、個ではそんなこともできない最弱クラスの魔物である。
脆弱な魔物は生を全うする前に殺されるというのもあるが、それ前提な生態になるため寿命も短い傾向がある。
この魔物もその類であり、生まれてすぐに自分のコピーを残しながら、亜空間の維持と生成を務めあげ、数日で死んでいくという儚き魔物だ。
いくら竜郎の強大な力で無茶な改造を施したとしても、そんな生きられても2~3日の寿命を持つ魔物を、1年や2年持たせられるようにするのは無理があった。
「なら合成はどうでしょうか?
マスターが所有する魔物の中から相性の良いものを選びだし、それと魔卵を合成させる。
そうすることで、より優れた個体を生み出すということはできるのではないですか?」
「強力な魔物もいっぱいおるしなぁ。それは、ええ案かもしれんわ。
同じ空間系のモヤ美ちゃんとか、相性よさそうやない?」
「さすがに魔王種の遺伝子が組み込めれば、寿命は数万倍に跳ね上がりそうですね」
この魔物だけでどうにかするのが無理ならば、別の魔物の遺伝子を混ぜて解決しよう。
そんな提案が今度は出てくるが、それに対しても竜郎は首を横に振った。
むろん、それとて竜郎が考えないわけはなかったのだ。
「俺だってそれは考えた。だがこの魔物は本当に癖が強いというか、変わってるというか、融通が利かないというか……はぁ」
「そんなに難しーの?」
「ああ、難しいというより無理だ。この魔物の成り立ち自体が、奇跡でできていると言ってもいいバランスで構築されている。
こんな魔物はじめて知ったよ。面白い珍しいから確保できて嬉しいが、今この時の状況としては嬉しくないな」
「そんななんだ……」
「ああ、ちょっとでも変わればこの特殊性は失われ、凡庸な魔物に成り下がる。
そりゃあ、ちょっとした突然変異でもおかしくなっていくわけだと痛感させられたよ」
この魔物は知れば知るほど、特殊な魔物だと思い知らされる。
群れようと個では最弱級なのだから、雑魚は雑魚だ。
それなのに空間魔法のスキルをここまで巧みに使いこなせている時点で、奇跡の産物と言っていい。
一億桁の数字が偶然ゾロ目になったくらいではないかと、竜郎は感覚的に思ってしまう。
そんな奇跡的なバランスで成り立っているからこそ、外部の遺伝子を入れることも許されない。
先の例からすると、突然変異個体は一億桁のゾロ目の中からいくつかズレる程度のもの。
しかし別の遺伝子を組み込んでしまうと、一気にそのバランスは崩壊。数字がずれるどころか、桁数まで狂ってしまうようなもの。
そうなってしまえば唯一にして、最大の特徴である空間を作り出し、そこに獲物を住まわせ糧とするという、亜獣人たちをここまで生かしてきたスキルは使えない。
「せめてこの魔物を混ぜることで、別の魔物に空間属性を生やせるようになるっていうんなら、面白かったんだがなぁ」
「あはは、そういうのも無いんだね……」
「ああ、無い。無さすぎてむしろ稀少で、レーラさんとか興味持ちそうだ」
竜郎の保有する全ての魔卵で調べてみても相性は最悪。この魔物と合成したところで、面白い結果は見えてこない。
今回の件に限っては必要なので拘っているが、たとえこの特殊な空間魔法スキルが失われても、違った化学反応が起きるのではと少し期待した竜郎もいた。
強力な魔王種の魔卵も複数種確保しているため、それらに特殊スキルが生えてきたりしたら、凄いことになったりしないかと、別の視点での期待もあったのだ。
しかしどれもが、かけ合わせる前の魔物でいいじゃん──となってしまう。
どんな魔物と合成しようと、この魔物の長所は失われ、合成先の魔物の能力や戦闘力を劣化させるという、なんともいえない成果しか得られない。
「その唯一の長所は面白いんだけどな。というわけで、強化も改造も合成も、こいつには使えない。
厳密には強化して改造もして、寿命と遺伝子変異率を下げることはできるが、それもたかが知れているレベルでしかないって感じだな」
「そこまでいってしまうと、もはやこの魔物に拘るのも馬鹿馬鹿しくなりますね」
ミネルヴァはその特殊性に関心すら抱きながら、判明したことをタブレットに纏めていた。
貴重な資料が作れそうだと、この状況の中、心なしか目が少し輝いているようにも竜郎には見えた。
「せやなぁ。もう、この魔物を流用することは諦めて、別の代替となる魔物を用意したほうが早いんとちゃう?」
「あんまりこの人たちの環境は変えたくないんだが、その方がよさそうではあるよな」
「となると、どのような魔物を──となるわけですが、マスターには候補はありますか?」
「今のところは、モヤ美の魔卵を改造するのが早いかなとも思ってるが、あれはあれでまた少し違う気もするんだよな。
皆は何か、これだっていう意見はないか?」
「うーん……。本当ならもうお外に出してあげたいところだけど、それは亜獣人さんたちも、外の世界の人たちにとっても不幸な未来しか見えないから、このまま永久封印しておくって感じなんだよね?」
「そうだな」
暇そうにしている幼竜たちに、おやつを用意して、竜郎たちもそれをつまみながらあれこれとどんな魔物を用意すればいいか提案していく。
だがそもそも自然や生態系を再現できる、箱庭的な広い空間を生み出すという能力が特殊で、なおかつ永久にそこに止めておけるような魔物となると難しかった。
あれならどうだ、それならいいのではないか、幼竜たちをあやしながら、五人は顔を突き合わせて考えていく。
しかし《魔物大事典》なども駆使して調べてみても、なかなか条件合いそうな、いい塩梅の魔物は浮かんでこず……時間だけが無為に過ぎていく。
おやつだけでお腹が膨れてきた頃、竜郎たちは溜息を吐いて話を一度中断させる。
「やっぱり魔物に全てを管理させて、永久的に封じ込めて、亜獣人たちの楽園とする──なんていうのは難しいな」
「だね~。………………あれ?」
「どうしたんだ? 愛衣」
苦笑しながら同意していた愛衣が、不意に頭の隅に何かが引っ掛かったように首を傾げる。
必死にその引っ掛かりを手繰り寄せ、彼女の中で言語化していく。
「うーんと……魔物に任せるのはだめ? っていうか微妙なら…………ああ、そっか。あれなんて良いんじゃない?」
「あれってなんやの?」
「魔物がダメなら、たつろーが直接やっちゃえばいいんじゃないって思ったの。
つまり──もういっそのこと、《強化改造牧場・改》の中に住んでもらえばいいんじゃない? どーかな?」
「あー…………」
「あれ? もしかして微妙だった?」
愛衣からすると名案だと思ったのだが、竜郎の反応は微妙なもの……というよりも、そこに行きついてしまったか──というものだった。
「いや、微妙じゃない。むしろどうしても案が出てこないなら、それにしようと思ってたんだ」
「なんだ。たつろーも思いついてたんだ。じゃあなんで言わなかったの?」
「いやだってさぁ、こういうと失礼かもしれないが……正直、あんまり俺の空間に入れたくないというか……、さすがに人間たちをその中で永住させるのは抵抗があるというか……」
そこで滞在するだけなら何とも思わないし、領域自体はまだまだ余っている。
亜獣人たちのために、この亜空間よりも広い広大な自然を作り出して住まわせることも可能だ。
竜郎たちが使っている領域と、完全に内部で切り離して別世界のようにすることだってできる。
また竜郎は定命の呪縛から解き放たれた超人だ。いつまでも生きていられるため、その間はずっとその空間を維持することができる。
ある意味では、この世界で最も安定し長く在り続ける亜空間と言ってもいいだろう。
しかし亜獣人自体にそこまでいい印象がないというのもあるが、単純に人間の一種族が生きて死んでいく場所に──というのは、あまり気が乗らなかった。
自分の領域内で他人が生活を営み、生まれて子孫を残し死んでいく。なんとも形容しづらいが、竜郎の感覚的に、感情的に何となく嫌だなと思ってしまう。
アーサーやミネルヴァも、愛衣より先にその案は思いついていたが、竜郎のその微妙な心情を眷属の繋がりから察してしまい、ここまで提案してこなかったくらいに。
「けどまぁ、そうも言ってられないか。
ここでずっと答えが出るまで話し合ってても、らちが明かない。俺も腹をくくるか」
「なんか、ごめんね。たつろー。私も何かできたら良かったんだけど」
「気にしなくていいぞ。なんとなく、やだなーってくらいの感情だからな。半年もすれば、俺自身忘れてそうだし」
「そのうち、何か妙案が浮かぶかもしれませんからね。
そのときにまたマスターの領域からは、立ち退いてもらえばいいだけですし、とりあえずはそれでいくのもよろしいかと」
「だな。ってわけで、この魔物の流用は諦めて、そっち方面で考えていくとしようか」
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