第44話 チキーモ実食
「この鳥すっごく美味しいんだよね! もう食べていい!? ニーナ、生でもいけるよ!」
「いやいや、生でいけるのでは知ってるがちょっと待ってくれ。せっかく生け捕りにしたんだから、次のチキーモ狩りの手伝いしてもらおう」
「手伝いって、具体的にどうやって? この子もテイムするとか?」
「ああ、できればツガイで確保して、魔卵を生みだしてほしいからな。
強い個体でもあるみたいだし、魅力ある異性としてアピールできるだろう。ってことで、おーい」
「ビェ…………?」
エリ子と違い畜産業のために欲しいのもあり、仲良くしてこの種に情が移っても嫌なので、今回は多少強引にテイム契約を持ちかけることにする。
竜郎は鳥もちを取り去り砂の鎖で絡めたまま、生魔法で意識をぼんやりさせて思考力を奪っていく。
次に呪と闇の混合魔法で水晶玉のようなものをつくると、それをチキーモの眼前に持っていきよく見せる。
見せられたチキーモはそれに目が釘付けになり、しだいに脳が覚醒していくが、そこにはもう自分の意志はなくなっていた。
竜郎が鎖を外し立つようにいうと、ロボットのようにシャキン──と砂の上に立ち上がった。
「ん。洗脳?」
「ああ、生魔法でよりかかりやすいような状態にしてから本気でやったから、しばらくはこっちの思い通りに動いてくれるはずだ」
「ビビェーーー!」
「……どうでもいいけど、すっごいだみ声の鳥だね」
完全に洗脳したところで、竜郎は素晴らしい主だと刷り込んでいき、あっというまに従順な従魔に早変わりだ。
「テイムしたはいいけど、それからどーするの? たつろー」
「調べたかぎりだと、このチキーモっていうのは自分の縄張りをもっていて、同種の同性が相手だと戦って守ろうとする性質があるみたいなんだ。
だから今回はこいつをけしかけていって、向かってくるようなら上手く地上に誘導して捕獲。
受け入れるようなら、その個体をこのチキーモのツガイとしてテイムするって感じかな」
解魔法で調べてみると、このチキーモはオスだった。
なのでメスはテイムし、オスは件のチキーモではないようなら試食用に絞めてみることに決まった。
愛衣やニーナは、まずはオスがくるのを祈りはじめた。
それから竜郎の《完全探索マップ機能》でチキーモ──正式名称チラーキアモで検索をかけると、ここにいる個体も含めて31件もヒットした。
なんだ意外にいるじゃないかと竜郎も思ったようだが、世界で31匹だと思うとかなり少ない方だろう。
デイユナル砂漠にはこのチキーモしかいない。他の個体は別の場所にほぼ一体で生息しているのが判明したので、エリ子には《強化改造牧場》の中の仮想牧場に入ってもらうことに。
最初は竜郎と一緒にいると美味しいものが食べられると思われているらしく、かなり渋っていたが、《強化改造牧場》内の牧場では竜郎の魔力を消費して好きなだけその魔物の食料が出てくるんだと理解すると、「早くそれを言ってよー」と言わんばかりに、いさんで入ってくれた。
「あの辺りだな。よし、行ってくれ」
「ビェーーー!」
クジ感覚で竜郎が適当に選んだチキーモの場所付近までやってきたら、さっそく予定通りさきほど捕まえたオスのチキーモを放っていく。
砂に綺麗な飛び込みで入り込んでいき、同種のいるであろう場所へと泳いでいく。
すると数分ほどで一羽のチキーモが地上に飛び出してきた。遅れて竜郎のテイムしたチキーモも飛び出してくる。
「ってことは、オスだー! ニーナちゃん! 確保ー!」
「──うん!」
竜郎が何かする前にニーナが全力でチキーモの真上まで飛んで行くと、その頭をむんずと掴むや否や、手首を捻ってゴキッ──と首の骨をへし折った。
そして折れた首をギュッと掴んで、そのまま竜郎たちの元へと戻っていく。
……その真後ろに立っていたテイム状態のチキーモは、その光景を見て恐怖に震えていた。
「ごっはん♪ ごっはん♪」
「自分が死んだことすら気が付いてなかったろうな……。とはいえ、ありがとうニーナ」
即興のご飯ソングを口ずさみながらやってきたニーナにお礼をいいながら、まずは復元魔法で首の骨を再生し、綺麗な状態にしてから一度《無限アイテムフィールド》に収納。
《無限アイテムフィールド》の機能で複製し、コピーしたものを分解。綺麗に羽毛や内臓、血液などをとった肉にする。
砂で巨大な皿を作り、表面を焼いて殺菌。肉が傷まないように闇魔法で日光を遮り、氷と風魔法で周囲の温度を調節。それから綺麗な生肉を、さきほどの巨大皿の上に置いた。
テイムしたチキーモは今現在、《強化改造牧場》内に入ってもらっているので、同種が食われゆくさまを見ることはない。
「おー、でっかいねぇ。それだけに羽毛の跡かな。ブツブツががっつり見えて、ちょっとアレだけど……」
「まあ、そこはしょうがないだろ。しかし綺麗なピンク色だな。新鮮だし刺しでもいけるんじゃないか?」
「鳥刺しだね!」
竜郎は氷の極薄ナイフをつくり、鳥皮はあとで焼いて食べたいので綺麗に切って中の肉を露出させる。
そのまま胸肉のあたりをブロック状に大きく切りわけ、それぞれの体格にあった一口サイズに薄くカットしていく。
《無限アイテムフィールド》からテーブルとお皿を取り出し、それぞれの皿にのせていき、お好みで醤油、にんにく、しょうが、塩などをかけられるよう小皿でだしておく。
ララネストをはじめて食べたときのことを思いだし、期待で胸が躍りだす。
──と、そこでエリ子にも食べさせると言っていたのを思い出し、慌てて《強化改造牧場》から召喚してみると……。
「エ゛ェ゛ェ゛ェ゛~~~…………」
「お前なぁ……」
あらビックリ。お腹がパンパンに膨れ上がり、動けないほどに胃袋に食べ物を詰め込み苦しんでいるエリ子が現れた。
竜郎は額に手をあて、呆れたようにため息を吐いた。
さぞや仮想牧場で、たらふくご飯を食べたのだろう。
だがそれでも目の前の肉を見れば、絶対に食べるんだ……とばかりに、打ちのめされたボクサーのように体を震わせ立ち上がろうとした。
「おバカ。あとで食べさせてあげるから、今は戻ってなさい」
「エ゛ェ゛ェ゛ェ゛──────」
エリ子は強制送還された。
その食への根性は見上げたものだが、これ以上は体に悪いだろう。
今のは見なかったことにして、いよいよはじめてのチキーモの鳥刺しの時間となった。
「では──」
「「「「いただきます」」」」「「あうあぅあ!」」
生肉そのままの味を楽しむべく、まずは誰もなにもつけずに口に運んでいく。
「「「「「「────っ!?」」」」」」
ララネストのときもそうだったが、やはりこのクラスとなると言葉もでない。
臭みもなく脂っこくもなく、あっさりしているかと思えば鳥肉のもつ、うま味が舌の上にじわっ──と溶けだしてくる。
ぷりぷりとした食感もたまらず本能のままに咀嚼していくと、スッスッと簡単に噛みきれ、あっというまに口の中からいなくなってしまった。
「「「「「「はぁ…………」」」」」」
その味に浸りながら、思わず幸せの息がこぼれ出る。
二切れ目、三切れ目と口の中に放り込んでは、息がこぼれる。そんな動作を繰り返した。
「味は少しだけチキンに似てる気もするけど、味付けしなくてもこれだけ本来の美味しさがあると──たまんないね!!」
「肉本来の味は濃いんだが、まったくくどく感じないのも凄いな。どんどん食べられる」
「んまーい!」「「あう~~!」」
「ん。これは甘くなくても、認めざるを得ない。美味しすぎ……」
次は焼いてみることに。バーベキューセットを取り出し、地球で入手してきた炭に火をつけじっくり焼いていく。
今度は色々な部位の肉を切っていき、皮も網の上に乗せている状態だ。
だんだんと焼き目が付いていくほどに、強烈な美味しそうな香りが周囲を包み込んでいき、竜郎たちの口内の涎が止まらない。
威圧しているにもかかわらず、嗅ぎ付けた魔物が恐怖すら脱ぎ去り襲いかかって来るほどに。
「ギャウ! ジャマスルナッ!!」
「「「「「────」」」」
だがそうした輩は若干、野生に戻ってしまっているニーナが本気で怒り、塵も残さず拳で滅殺した。食の恨みは恐いのだ。
そうしてまだかまだかと待ち焦がれること数分、ようやく中まで火が通った。
竜郎がどうぞの「ど」の字を言った瞬間、皆が鶏肉の置かれた網に群がる。竜郎も慌てず自分の分のアツアツの焼き鳥を口に頬張った。
「「「「「「~~~~~~っ!!」」」」」」
先ほどよりも肉質は硬くなったが、焼いたことによって風味が増している。
口に頬張った瞬間に焼いた肉の香りが口内に広がり、それだけもう幸せな気分になってしまう。
だがうっとりしている間にも、勝手に口は動いていく。
じゅわっと肉汁が舌の上にしたたり落ち、噛むほどに脳天を貫くほどの美味しさを、これでもかと食べたものに与えてくる。
さきほどの刺しをじわじわタイプとするのなら、焼きは即効タイプ。一瞬で最高点を口内で叩きだす。
ちびっ子たちも、大人たちに負けじと頬を一杯に膨らませ、ふぅふぅいいながら一生懸命食べていた。
あっというまに巨大な3メートルちかくあった、チキーモの肉塊が消えてしまった。
大部分はニーナだが、楓と菖蒲も体格に似あわず相当食べていたようだ。
「やっばいね、コレ! ヤバイヤバイッ!!」
「鳥皮とか首、手羽の肉は胸肉と比べてコッテリしてるが、それでもいくらでも食べられそうだ」
「おいしー! ねーパパ、ママ。もう、ここの大陸にあるお肉全部取っちゃおうよ!!」
「ん。やるなら手伝う」「「あぅ!!」」
このままだとこの大陸からチキーモの姿が消えてしまうと思った竜郎は、これからうちでたくさん増やすから──と、ニーナたちをなだめた。
せっかくのこの大陸の天然固有種を、自分たちの手で根絶やしにするのはさすがに申し訳ない。
ようやく理性を取り戻したところで、またチキーモ探索のはじまりだ。
《完全探索マップ機能》に表示される中から竜郎がランダムで選び確保していくが、半分以上調べてもまだ件の幸せのチキーモを引き当てられない。
もともとツガイだったカップルチキーモを2組、フリーのメスを3体、ツガイだったのに竜郎がテイムした個体に乗り換えてしまったメスが1体。食肉用に絞めたチキーモが雌雄合わせて4体。
これで元々テイムしていたものも合わせれば合計13体、この大陸からチキーモを連れ去ることになる。
それ以上はさすがにまずいだろうと、カップルチキーモは優先的に、他のフリーのチキーモも宝石がついた個体ではないので、12体を超えてからはリリースした。
「当たらねぇ。31分の1なら、10回以内で引き当てる人だっているだろうに……ってことで、今度は愛衣先生。お願いします」
「うむ、まかされたぞよ────────ここだぁ!」
竜郎が可視化したマップ状に表示されたマークの一つを愛衣が指差した。
そこはアクハチャックたちから聞いていた、例の宝物庫に繋がる洞窟がある場所からかなり離れている。大陸全体で見ると、港のない南西の隅っこあたり。
そこはないなと思って、あえて竜郎が避けていた場所でもある。
だが今回は愛衣が選んだ場所だ。彼女が言うのならそうなのかもしれないと、彼女馬鹿な竜郎はすぐさま頷きそこへと皆で向かった。
到着すると、今まで通り最初にテイムした個体に砂の中深くに潜っているチキーモをおびき出してもらう。
どんどん地表に向かって逃げている個体の反応が、竜郎の地中探査にも伝わってくる。
愛衣が目を皿のようにして、その方角に《遠見》スキルで視線を向け続ける。そして──。
「おっ! たつろーたいちょー! クチバシに宝石がついているように見えるであります!」
「まじで一発で引き当てるのか! さすが愛衣だな!」
「ふふん。こういうのは得意だかんね」
元いた住み家から追い出され、慌てて地表に飛び出したチキーモのクチバシには、青い宝石のような物体が確かにめり込んでいた。
「パパ。どうする?」
「あれは生け捕りにしよう。いろいろと調べてみたいからな」
竜郎が前に出ると、この辺り一帯の砂から大量の鎖を生やし、チキーモがその上を通るたびに絡みつかせて動きを奪っていく。
最終的には鎖でぐるぐる巻きにされ、砂の上に転がった。
「ふぅ、なんとか今日中に捕まえられたな」
「もう直ぐ日も落ちそうだったからね」
ふと周囲に視線を向ければ、太陽が沈んでいくのがよく分かる。
「とりあえず、こいつを一度リアに見せてみよう。俺たちじゃ分からないことでも、あの子ならすぐに判明するはずだ」
「それが一番手っ取り早いし、面倒事はさっさと片付けたいからね。そうしよっか」
日が暮れて急激に周囲が暗くなっていく。
竜郎たちはそれを目にしながら、リアのいるカルディナ城へと件のチキーモを連れ、いったん戻ることにしたのであった。
次回、第45話は4月7日(日)更新です。