第448話 残りの疑問
ヘスパー・トワイライトが九星の一人であると分かり、スッキリできた竜郎たちだったが、それならばともう一つの謎も解き明かしたくなってくる。
「他にも気になることがあるんですけど、聞いてもいいですか?」
「ええ、いいわ。タツロウくんたちになら、たいがいのことは答えてあげられると思うわよ」
「なら聞かせてほしいんですけど、トワイライトの謎のインクは知ってますか?」
「謎? ええ、グエシスが絵に使っていた塗料のことは、知っているわよ。それがどうかしたのかしら」
「いや、トワイライトのインクは未知の物質でできた、とんでも塗料だって有名らしいので。
なにせ数千年野ざらしにして風雨にさらしても、色褪せることも劣化することもなく、描かれたときのままの姿を残し続けられるって話ですし」
絵画──それも昔の物と聞けば脆いイメージがあるが、トワイライトの絵だけは別だった。
その特殊なインクは逆に絵を傷つけようとしても、汚そうとしても、一切を受け付けない。
竜郎もエーゲリアも知らないことだが、いっそこの絵を盾にして使えば最強なんじゃなかろうか──なんて考えた人物も、歴史上に存在したほどだ。
それはあり得ない強度を誇り、まるでそこだけ時が止まっているかのような、絵としても有名だった。
そんなインクに興味を持ち、竜郎もオーベロンに見せてもらった本物の絵を解魔法で調べてみたが、それでも分からなかったほどだ。
さすがに全力でやってはなかったとはいえ、竜郎の魔法を弾くなど尋常の物ではない。
「ふふふっ。言われてみれば、一般の人たちから見れば奇妙に思えるわよね。
私からすれば、そこまで言うほどでもなかったのだけど」
「私からすれば……ってことは、やっぱり?」
「あら、その様子だと既に察しはついているようね」
「え? たつろーはもう何か分かっちゃったの?」
「まぁ、最後のピースだった、トワイライトの正体が九星のグエシスさんだったってことで、だいたいな」
「うーん……あ、もしかして、九星ぱわ~!による魔法とかスキルとかで、普通の絵の具も凄い耐久性になりました! とか?」
「その可能性も、考えはした。だって九星だしな。それくらいはできても不思議じゃない。
けどもっとシンプルで分かりやすく、超強力な塗料を作る素材が身近にあるだろ」
「ヒヒーーン(そういうことね)」
「ん、分かったかも」
「あー、そういうことかよ。んじゃあ、その耐久性も納得だな」
「むしろ九星様なら、それが一番手っ取り早いわよね」
「納得……の……頑丈さ……」
「んん? ん~~~………………あっ、そういうこと!?」
「「あう?」」
楓、菖蒲は何を話しているんだろうと首をかしげているが、愛衣も答えに行き着いたところで、竜郎は予想していた答えを口にする。
「九星の皆さんのウロコが原材料……で合ってますか?」
「ふふっ、ええ、正解よ。正確には私の鱗も使っていたと思うけど。
恐れ多いなんて言われてしまったけど、私がどうせなら私のも一緒に使ってと頼んだの」
「エーゲリアさんのウロコまで……、そりゃあ余計に頑丈になるわけだ」
「やった! 私も合ってた」
「やったね、ママ!」
「うん、ちょ~スッキリしたよ」
九星はそれぞれ白、赤、黄、黒、青、灰、紫、橙、緑と、ウロコの色が多彩だ。
そこにエーゲリアの白金色が加われば、合計で十色。色を作るには十分な種類だろう。
「今思えばシャルォウ王国の城で見た、本物のトワイライトの作品を見たときの、楓の反応もヒントだったんだなって」
「え? どんな反応してたっけ」
「あんまり芸術に興味がないはずなのに、本物のトワイライトの作品にだけは見入ってたはずだ。
さすがの本物だってことで、そりゃあ似たようにそこまで芸術に興味の無かった俺たちも目を奪われはした。
だから楓もそうなんだろうな──くらいに、あのときは思っていた。
けれど芸術というより、その絵という物体そのものに、興味を持っていたように思えてきたんだ。
菖蒲なら分かるが、俺よりもよっぽど熱心に楓も見ていたからな。
もしかしたらニーナやアルムフェイルさんの気配を、あの絵から感じてたのかもなって思ったんだ。合ってるか?」
「う!」
竜郎がそうだったのか楓に確かめてみると、ピンと手を伸ばして元気に返事をしてくれた。
「ん、そうだったみたい」
「適当に返事してるようにしか、俺には見えねぇけどな……」
「ヒヒーーン、ヒヒーーンヒヒンヒヒンヒヒーー(でもなんとなくは、私たちの会話も分かってるみたいだけどね)」
「でも竜王種なら、そういう気配にも敏感なのはあると思うわ。
特にその子たちにとって、ニーリナの気配は、大好きなお姉ちゃんである、ニーナちゃんの気配に感じるでしょうしね」
「えへへ、二人ともそんなにニーナのこと好きなの?」
「「あう! にーねーちゃ! すき!」」
「お姉ちゃんも大好きだよ!」
「「きゃっきゃっ!」」
ニーナがぎゅっと抱きしめると、楓と菖蒲も嬉しそうにはしゃいでいた。
そんなほっこりする光景に癒されながら、竜郎は絵の扱いについて聞いてみることにした。
「けどエーゲリアさん。エーゲリアさん自身はそこまで芸術に傾倒しているというわけじゃないにしても、結構あっさりと絵を他の人にあげたりとかしてるんですね。
思い出の絵って感じではないんですか?」
「え? まぁそうねぇ。確かに私にとっては想い入れもある作品ではあるわ。
けれどあの時の思い出は全部、ちゃんと私の胸の中にあるし、実際にその景色を皆で見て回った記憶だって今でも鮮明に思い出せるわ。
それにまた見たくなったら、絵ではなく、その場所に行けば済む話なのよ。
だから冒険の地図を渡すみたいな感じで、興味があったら探してみてねって、ちょっと流出させてみたの。
それにグエシスも、あの景色をもっと色んな人に実際にその目で確かめてほしいと思っていたでしょうしね」
「あはは……、普通に人には無理じゃないかな」
「最低でも……上級の竜……くらい……じゃない……と……、全部は……無理……そう……」
「上級でも並みのもんじゃ、全部は到底不可能な難易度じゃねーか?」
「それにただ強いだけでも、全部はとんでもなく時間がかかりそうよね……。私は到底自力で行ける気もしないし、行く気もないけれど」
「イェレナさんもまた行きたくなったら、俺に声をかけてくれたら、空いたときに連れていくよ」
「そうね。是非そうさせてもらうわ。きっとまた見たいと思うこともあるでしょうし」
「すっごく綺麗な場所だったもんね! 今度また、イシュタルちゃんも誘っていきたいな」
グエシスが見つけ、連れて行ってくれた景色を、遠い時の果てに生きる子らがトワイライトの残したヒントを頼りに見つけていった。
そのことを思うと、エーゲリアもなんだか胸が温かくなるものを感じた。
彼らが生きた証も、ちゃんと今に繋がっているのだなと。
「アイちゃん。それは私も誘ってくれないの?」
「エーゲリアさんも行きたいの? うん! ぜんぜんいーよ!! 一緒に行こ!」
「いや、でもイシュタルもエーゲリアさんもって、新しい子が二人も生まれるって状況で可能な話なのか?」
「無理なら、また行ける日まで待てばいいんだよ。だってあの景色は、ずっとあそこにあるんだから」
「それもそうか」
九星もイフィゲニアも生きていた時代から、ずっとそこにあり続けた、あの素晴らしい景色の数々。
別に今日明日に行く必要もなく、なにより竜郎たちには無限ともいえる時間がある。
また皆で行ける日を、のんびりと待つのもいいかと、愛衣の言葉に竜郎は感心させられた。
「ところで……タツロウくん?」
「…………なんですか? エーゲリアさん」
話に区切りがついたのを悟ると、エーゲリアがキラキラとした瞳で竜郎を見つめてきた。
だがその口元から垂れそうになっている涎を見れば、何が言いたいのかなど一目瞭然だった。
(世界最強の帝国の、前女帝だった人のはずなんだけどなぁ……。
これじゃあ威厳も何もあったものじゃないな。
ああでも、ニーナにデレデレなところでもう、そういうのはないか。
特にここは、身分とか関係のない場所でもあるわけだしな)
「なんだか失礼なことを考えてない?」
「いいえ、何も」
「それならいいんだけど。それで……もう手に入れたのかしら?」
「といいますと?」
「もう、とぼけては駄目よ。今回の旅も、新しい美味しい魔物食材のためだったんでしょう?」
「あ! そうだ! パパ、美味しいものは見つかった!?」
「やっぱりそのことか。見つかりましたよ。
でもそれは、その子が生まれたときのお祝いとして贈らせてもらおうかと思ってたんですけど……」
「あらあら、大丈夫よ。もうここに卵はあるのだから、生まれたようなものよ!」
「えぇ……」
ここで何を言っても自分如きでは、途方もない歳月を生きてきた真なる竜を論破することなどできないだろうと、竜郎は肩を落とす。
本当であればラッピングもして、ちゃんとした贈り物としたかったのだが、今のエーゲリアはどう見ても色気よりも食い気、花より団子。
『本人がこういってるんだし、もうここで渡しちゃいなよ』
『ん、本人が嬉しいならそれが一番の贈り物』
『ヒヒーーンヒヒーーン(ヘスティアったら良いこと言うね)』
『まぁ一理あるわな。俺もうめぇ酒があるんなら、すぐにでも呑みてぇしな』
『そりゃあそうか。俺だって、エーゲリアさんに喜んでほしくて、これを贈り物にって選んだんだしな』
形式にこだわって無駄に引っ張るものでもないかと、竜郎は手に入れたばかりのノースリンネの実を取り出した。
「まだ数がないから、一個だけですよ?」
「ええ、もちろん! もっと沢山できたら、また買いに来るわ!!」
それを食い入るように見つめるエーゲリアの隣では、ニーナも物欲しそうに口に指を当てていた。
(ニーナも食べたい。でもあれはお姉ちゃんの。だから我慢しなきゃ、でも食べたいっ。
って思ってるんだろうなぁ。本当にニーナはいい子だ)
いい子のニーナには竜郎だってどんどん甘くなる。
そうでなくても、ここでニーナにあげないのは可哀想だと思った。
竜郎はもう一つノースリンネを取り出すと、そちらはニーナに渡す。
「いいの!?」
「いいよ。ニーナもエーゲリアさんと一緒にお食べ」
「うん! パパ大好き!!」
その後のリアクションは、竜郎たちと似たようなものだった。
まずその皮の砂糖の塊のような、上品なのに脳にガツンと来る濃厚な甘さに目を丸くする。
そして中の実の部分を口にすれば、どちらもとろけそうな幸せな表情で、ノースリンネを欠片一つ残さず、すべて平らげていった。
「「おいし~~~~~~~~~~~♪」」
次も木曜日更新予定です!




