第445話 ついに入手
厳重に壁に覆われ管理された区域。
ここは国の生命線にして宝の管理場所。さすがにお飾りの鎧ではなく、実用性を重視した武装をした兵士たちが、ネズミどころか虫一匹の侵入すら許さないと、何人も目を光らせて見回っていた。
「皆の者、ご苦労」
王の近衛よりも練度が高いのではないか──と思わせるほど、統率の取れた動きで入り口を守っていた兵士たちがオーベロンや竜郎たちに礼を取る。
『王よりいい護衛付けてんのかよ、ここの魔物らはよ』
『王は最悪死んでも国は存続できるが、これが死んだら国は存在できないっていうレベルの魔物たちだからな。そうもなるだろ』
『ここにいる子たちのおかげで、いっぱいお金が稼げてるわけだしね』
『ん、国全体が潤うほどだから必死にもなる』
『ヒヒーンヒン、ヒヒヒーーン?(お金がないと芸術品も収集できないから、必死になってるのかも?)』
『それもあるかもしれないが、オーベロン陛下はもうレーテシャロー……ああもう長いな。こっちが知ってる名前にしよう。
スリンカを愛してるっていうレベルで、大切にしてもいるみたいだしな』
『一匹ちょうだいって言っただけで大反対だったもんね』
『それでなんだかんだ、七つのあぶねーところを、行くことになったんだもんな。変な爺さんだったぜ』
竜郎たちが念話で話している間に厳重な鍵が、何重にも作られた扉が、次々に開いていく。
王城もそれなりだったし、その隠し通路から行く本物の宝物庫もかなりのセキュリティが敷かれていたが、やはりその面においてもここはガチガチに固められていた。
とても裕福な国でいられるのも、その扉の奥にいる金の生る木のおかげだ。
そこで稼いだ資金を湯水のように使い、物理的な堅牢さでいえば、今まで竜郎たちが出会ってきたどの王侯貴族よりも鉄壁の守りに覆われているといっていい。
レベル10ダンジョンに挑める冒険者であっても、この守りを簡単には抜けられないだろう。
その堅牢さに感心を通り越して呆れすら湧き上がってくるが、そんなものはシャルォウ王国の勝手なのでいちいち揶揄することなく黙って待つ。
「ではこちらへどうぞ」
「分かりました」
「楽し……み……」
「私もよ」
「「うっうー!」」
「あ、あの……何度も言うようですが、旬ではないということを念頭においてくださいね。
それにこちらは管理者が来るところであって、見学者が見る場所でもないのです」
ルナやイェレナ、そして楓と菖蒲はどんな景色が見られるのだろうとウキウキで、オーベロンは特に、ガッカリさせてしまったら申し訳ないなと冷や汗を流す。
なにせ世界災凶絶景七選を巡ってきて、目が肥えてしまっている。あれらと比べられるのは、やはり気まずいようだった。
『別に今の俺たちは観光が目的じゃないから、そこまで気にする必要もないのにな』
『あははっ、でも楓ちゃんと菖蒲ちゃんは、純粋に楽しみにしてるみたいだから困っちゃっても仕方ないよ』
何重もの防護扉が開いたことでできた、薄暗く長いトンネルをゾロゾロと歩いていき、抜けた先には、一面に不思議な光景が広がっていた。
「わあっ、なにあれ!」
「あの氷みたいなのがスリンカ……じゃなくて、レーテシャローフロスティですよね?」
「はい、その通りです。知っておられたのですか?」
「いえ、情報だけ小耳に挟んでいたので」
「なるほど。しかし……最もいい時期に来てほしかったですなぁ」
「これでも十分に綺麗だけれどね」
「ん、これもなかなか」
「でもこれ……以上……綺麗に……なるっていう……なら……気になる……かも……」
寒さにも負けずに青々とした草が広がる大地に、大量のスリンカが生えている。
成熟すると成木のように大きくなる植物の魔物で、根元は普通の植物らしき緑の茎をしているのに、上に行くほどに氷のような半透明の植物になっていき、近くのスリンカの蔦と絡み合って、上に氷で作ったような蔦の絨毯を作り上げ、一面に広げていた。
氷のような部分は、太陽の光でキラキラと宝石のように輝いて、なんとも幻想的な風景を作り出していた。
「そうでしょうとも! そのときには是非また、我が国へいらしてくださいませ」
「………………」
ルナが聞いていいかどうか確かめるように、竜郎の方に視線を向けてきたため、うんと頷き返した。
そのときはまた、皆で見に来ようと思えるくらいには、旬でないとあれだけ言われたこの風景も美しかった。
『ヒヒーーンヒヒンヒヒン、ヒヒヒーーーン(確かに世界災凶絶景七選と比べると見劣りしちゃうけど、これはこれでいいね)』
『まぁ風情がある気はしないでもねーな』
とはいえジャンヌが言うように、世界災凶絶景七選を見てきた後では、そこまでの感動はない。
それにこれは近くで見るよりも、離れたところから一望するほうが確かに綺麗なのだろうなとも、竜郎たちは思った。
そうしてひとしきり見学させてもらってから、一本一本に愛情を込めて話しかけ、撫でているオーベロンに視線を向ける。
あまりにも大切そうにしているため、とても言い出しにくい雰囲気ではあるが、心を鬼にして竜郎は口を開いた。
「あの……ではお約束通り、一体いただきたいと思います。
どれならいいですか? 一番弱ってしまっている個体だったり、成長が悪い個体などで構わないのですが」
「質は問わないということですな」
「はい。一体分の素材が、どうしても僕らには必要なので」
「父上、よろしいですね?」
「……もちろんだ。あそこまで我が儘を言っておいて、今更なしにできるわけがない。
それに今はお前が王なのだ。いちいち私に判断を仰がずともよい。お前が決めていいのだ」
フーガロンはまだ王子気分が抜けきっていなかったが、オーベロンにそう言われてハッとした表情となる。
今は自分が王なのだと真に受け止め、自分も大切に育ててきたレーテシャローフロスティの群れの中で、一番綺麗に育つ見込みのない個体はどれかを思い浮かべる。
王族自らが管理しているだけあって、フーガロンにも個体ごとの微妙な違いが分かっていた。
一体一体を頭の中で思い浮かべていき、あの個体だと思い至る。
「こちらです。ついてきてください」
「はい」
迷いなく歩いていく方向に、オーベロンもあの個体だなと察しがつく。
生い茂るレーテシャローフロスティで、森のようになっている土地をしばらく歩いていき、その一体の前で立ち止まるとフーガロンはそれを手で指し示した。
「こちらのレーテシャローフロスティを、ハサミ様方に進呈いたします。ご随意にどうぞ」
「ありがとうございます」
確かに言われてみれば、他のレーテシャローフロスティよりも細く艶もない。
根元の緑の部分も鮮やかさに欠け、上の半透明の部分も他より濁っているように見えた。
だが竜郎からすれば、素材さえ手に入ればどの個体でもどうとでもできる。
なので死んだことにすら気が付かずに殺せるように、他の個体を傷つけないように、風魔法を込めた手のひらをそちらに向けた。
オーベロンもフーガロンも見ていられないと視線を逸らす。
『ぱぱっとやっちゃお!』
『ああ、すぐに終わらせる』
風の刃を茎に飛ばして、木のように大きな植物魔物を一撃で切り殺す。
狙い通りフーガロンが指定した一体だけを仕留めると、倒れる前に《無限アイテムフィールド》に収納。
こうすることで、上で絡み合っていた蔦も勝手にすり抜けて収納される。
さらに根っこの方もきちんと回収して、当初の約束通りレーテシャローフロスティの素材一体分、手に入れることができた。
『ん、これで新しい果物が食べられる。わくわく、わくわく』
『ヒヒーンヒヒーン、ヒンヒンヒヒーーーン?(この植物の見た目じゃ分からないけど、どんな果物なんだろ?)』
『それは創ってからのお楽しみだな』
『ほかの素材はすぐに集まるんだよな? マスター』
『もちろん。これさえ手に入れば、あとはそこらへんで簡単に手に入れられる素材だけだから、帰りに少し寄り道するだけで全部揃うぞ』
『やったー! いやぁ、けど今回は色々と濃い旅路だったね』
『ん、でもちょっと面白かった』
『ヒヒーーン!(私もー!)』
『そうだな。ちゃんと俺たちの思い出にもなったし、良い場所も知れた。オーベロンさんには感謝だな』
少し寂しそうに一体分の隙間が空いた、剥き出しの緑が覆っていない地面を見ている二人だったが、すぐに気を取り直してまた竜郎たちを出口まで送って行ってくれた。
帰りもまた防護扉のトンネルを通り抜け、レーテシャローフロスティの保護施設から全員が出たところで、また大きな扉が閉まっていく。
「では僕らは、そろそろこのあたりでお暇させていただこうかと」
「もう行ってしまわれるのですか? お疲れでしょうし、我が国でゆっくりしていってもらっても構わないのですが……」
「そうしたいのは山々ですが、まだやり残したことがありますので」
「我々はいつでも、あなた方を歓迎いたします。気が向いたときには訪ねてくださいませ」
「はい。是非そうさせてもらいます。あと、新しい果物の魔物を今回の素材で見つけ出すことができましたら、そちらにお送りしますね」
「それは楽しみですな……。では、また会えることを願っております。ガウェイン殿も、ご迷惑をおかけいたしました」
「ふん、気にすんな。なかなか楽しかったぜ、爺さん。また来たときは、うまい酒でも用意して一緒に飲もうや」
「ははっ、それは良いですな! 是非」
最後は和やかに王たちと別れを済ませ、竜郎たちは帰りに残りの素材を集めながら、カルディナ城へと帰還した。
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