第443話 残されしモノ
その言葉を発した瞬間に、止まっていた光の滝や光の川、この大空洞を照らす光が上に向かってさかのぼるように一気に流れはじめる。
激流のような光の動きに、水しぶきが飛ぶように光の粒子が舞い散っていく。
「なにこれ、すごぉ…………」
「驚いたな……」
目を見張るような派手な光景に、固まったように竜郎たちの動きが止まる。
それに見入っている間に光は段々と滝の上に収束していき、大きな虹色の玉となって中に浮かび上がる。
念のため魔法で強固な障壁を展開しつつも、大人しく竜郎もその光景を見守っていると、その虹の玉はシャボン玉のように弾けて、光の粒子を大空洞全域に降りそそいだ。
「これは幻……っつーより映像か?」
「ん、大迫力」
その細かな虹色粒子一つ一つが、モニターのドットのように色を変え、立体的な映像を大空洞内に映し出す。
最初に出てきたのはプラチナ色の鱗を持つ真竜の姿。
「「あうあ!?」」
「セテプエンイフィゲニアさんの方だな、多分」
「ヒヒーーンヒヒン(ちっちゃいエーゲリアさんもいるしね)」
そのイフィゲニアの立体映像は大空を舞うように飛びあがる。
それに続いて可愛らしい小さな銀色の竜が空を飛んで追いかける姿が見えた。
「エーゲリア様の幼少期、なんて愛らしいのかしら」
「他……の……竜たち……も……でてき……た……」
「これまでの道中で見た竜の方々のようですな。しかしこの光景はなんと言えば良いのか……」
確かに珍しいし、歴史的な世界を守り抜いてくれた英雄竜たちの姿だ。
それだけで価値は充分にあるが、よく分かっていないオーベロンは少しその状況に置いていかれているようだ。
それでもその竜たち自身が全員、生物として美しいため、そちらの方面で芸術への欲望は満たされているようだった。
「うーんと、これはこれってもしかしてイフィゲニアさんの記録……というか、壮大なアルバムってこと?」
「まぁ、そんな感じだな。音のないドキュメンタリー映画のダイジェストみたいな感じもするが」
最初の一つからはじまり、あちこちで同時並行で別々のイフィゲニアに関係する映像が展開されていく。
強い魔物を蹴散らしているところ。間に合わず助けられなかった人々に涙を流すところ。九星たちやエーゲリアに囲まれ幸せそうに笑うところ。
皆が皆、神のように崇める存在であったが、ここに映されているイフィゲニアは神聖さももちろんあったが、それ以上に人間味を感じられる姿がいくつも見られた。
「この大空洞の特殊な鉱石に人為的な細工を施してって感じなのかもな……。
キーワードが〝永遠であれ〟だったのは多分──」
「こういうなんでもない時間を、一緒にいた時間を、イフィゲニアさんと永遠に過ごしたかったって意味が込められているのかもしれないね」
「だとしたらトワイライトの正体は……」
もう二度と会えなくなることが決まった主に向ける最後の贈り物。
主が確かにこの世界にいたのだと、主はこれほどまでに素晴らしい人だったんだと後世に永久に伝え続けるためのもの。
そんな想いがこの大空洞の黄昏を使った〝作品〟に、込められているのだと竜郎や愛衣にも伝わってくる。
そんな感情を持つ存在など、セテプエンイフィゲニアの身内以外に考えられない。
「ヒヒーーーンヒンヒヒヒーーン、ヒーーーンヒンヒヒヒヒーーン(エーゲリアさんって線も考えられるけど、これを作った人は九星の誰かなのは間違いなさそうだね)」
「それがトワイライトと同一人物とは限られねーけどな」
「ん、そっか。これまでの部屋はトワイライト。ここだけ九星の誰かとかもありえそう」
「王様……は……これ……を……見て……トワイライト……の作品……か……どうか……分からな……い……?」
「確かに全く無関係な私が見ても、心が切なくなるような大切な人を想っての幻なのだということは分かります。
ですがこれはそういった芸術とはまた趣が違いますからな……。
これをトワイライト氏が手がけたのかどうかは、私には分かりかねます」
「それはそうよね。当時の姿を写し取ったものなんだから、それを成した作家の色は見えてこないものね」
「はい。まさにそういうことですな」
さすがのオーベロンも、このドキュメンタリー映像を見て誰が手がけたのかまではさっぱり分からない様子。
竜郎もそれには、言われてみればそうだよなと納得してしまう。
『映画を見て監督が誰か分かることはたまにあるけど、あれもその人ならではな演出があったりとかだから、これだけだとさすがに分からないか』
『むしろカメラマンさんを当てろって言ってるのに近いのかも?』
『ヒヒーーン(それはさすがに無理だよね)』
『ん、でも相当な気持ちがないとここまでできない』
『それは俺みてーのでも、なんとなく分かる気がするな』
竜郎が解析しづらい中でも情報をかき集めて見たが、余程の執念でもなければこれほどの奇跡のような光景をここに残すことはできなかったはずだ。
「自然物とは少し違うが、古代の遺跡が見せた光景と思えばありがたい気もしてくるな」
「見た目からは想像もできないけれど、ここは何万年も前のものでしょうからね」
「あ……。終わる……の……かも……」
立体映像が映りはじめた頃は、映像を見せるために映画館のように暗くなっていたが、だんだんと日が登るように、どんなに永遠を願っても次の日は必ずやってくることを暗示しているかのように、どんどんと大空洞の天井が明るい空を映し出す。
それにつられて立体映像は少しずつ薄れていき、その光景の儚さを感じ竜郎たちも胸が痛くなってくる。
そして真昼のように明るくなったところで、映像は途切れ──。
「わぁっ」
「「うっうー!」」
映像を映していた虹の粒子はまた滝の上に収束していき、大きな光の玉となる。
そしてそれは球体から溶けだすように形を崩していき、激流となって虹光の粒子が滝を滑り、再び大空洞内を巡る光の川をなぞるように落ちていく。
まるでダムが決壊したかのように流れる、大迫力な光の流れに、この場の誰もが目を奪われた。
だがそれも次第に緩やかになっていき、最初に来たときと同じように完全に停止した。
天井もジワジワと茜色に染まっていき、もとの黄昏の空を映し出していた。
「これで終わりみたいだな……。陛下、満足いただけましたかね?」
「はい。道中の部屋も含め、最後に相応しい素晴らしい時間を過ごさせていただきました。
時がどれだけ重ねられようと残り続ける美。なんとも良いものを見せていただきましたよ。
これでもう私はいつ死んでも悔いはないでしょう。本当に、皆さま。この老人の我儘にお付き合いいただき、ありがとうございました」
オーベロンは涙を流しながら、叶うはずのなかった夢を叶えられたのだと笑顔を浮かべた。
その言葉通り、たとえ今この瞬間に死んだとしても、オーベロンは笑って死ねると確信できる笑みだった。
「なに言ってんだ。帰るまでが冒険だ。それまではちゃんと生きてろよ、爺さん」
「はい。そうですな。息子に自慢してやらねばなりませんから」
『なんかまたいつか、その息子さんがおじいちゃんになったら、同じツアーをさせてくれって依頼してきそうじゃない?』
『この親にしてこの子ありって感じの人だったしな。十分にあり得そうだ』
『ん、もう全部、どういうところかも分かってるし、次のツアーをやったとしても一部を除き楽そう』
『ヒヒーーンヒヒーーン、ヒヒンヒンヒヒーーン(あの元ダンジョンの所だけは、もうしばらくは行かなくていいかなって感じだけどね)』
『あれか。ショートカットしようもねーとこだったしな』
『それもまぁ、ポイントは分かってるから、初見の時より楽はできるだろうけどな』
これまで見てきた七つの景色を思い出し、竜郎たちも少し達成感ともう終わりなんだという寂寥感に浸りながら、最後にここ──黄昏に眠る光滝の大空洞を一望する。
「それじゃあ、俺たち側の目的を果たしにシャルォウ王国に戻ろう」
「だね!」
まだ名残惜しそうにするオーベロンも頷き返し、竜郎たちは最後の世界災凶絶景七選の一つを巡り終えたのだった。
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