第442話 いざゴールへ
エーゲリアの部屋を通り抜け、そのまま先へ進んでいくと、そこにあったのは巨大な竜の門。
大型のドラゴンでも通れるよう設計されているのか、その門からすれば竜郎たちなど豆粒サイズでしかないだろう。
「これはまたなんとも素晴らしい……」
縁部分にはこれまで見てきた九星たちの姿が掘りこまれ、中央にはおそらく幼かった頃のエーゲリアと、それを抱きかかえ慈母の笑みを浮かべるセテプエンイフィゲニアの姿が彫りこまれている。
それもまたオーベロンが感嘆するほどの傑作だ。
そしてその竜の門の手前側にある壁にひっそりと、これまでのようにトワイライトの文字が刻まれているのを発見する。
「ってことは、この先がゴールってことかな?」
「みたいだな。なになに……」
竜郎が刻まれた文字を読み上げていく。
全ての部屋を静かに通り過ぎたのなら、この先に進む資格がある。
扉に軽く触れれば開かれるだろう。
ただしこの先も無用な手出しは厳禁だ。暴れたりすればその命はない。
お行儀よく黄昏を楽しんだのなら、光の滝つぼに向かってこう叫ぶといい。
永遠であれ──と。
楽しむといい。
「永遠であれ──か。覚えておこう。じゃあ陛下、せっかくですし扉に触って開けてもらえますか?」
「私でよろしいのでしょうか?」
「ああ、俺たちはいいから、ちゃっちゃっとやっちまえって」
「「あう!」」
「ん、この子たちもこういってる」
「では僭越ながら……」
特に妖しい機構もなかったため、楓と菖蒲も空気を読んでオーベロンに竜の門を開ける役割を譲る。
『王様はもう二度と来れないだろうし、ここは譲ってあげなきゃ可哀そうだよね』
『ヒヒーーン(私たちはいつでもこれるしね)』
オーベロンもこの機を逃せば一生もうないチャンスだと理解し、素手で触るのがはばかられるほど美しい門にそっと触れた。
すると淡く門が輝き出し、ゆっくりと開いていく。
「ああ……ついに私は、全てをこの目に治めることができたのですね……」
その先に広がっていたのは地下の大空洞。
だが竜郎たちは、まるで外に出てしまったと錯覚するような空があった。
上を見上げれば黄昏時のオレンジ色の空が広がり、雲が流れ哀愁を誘うように風が肌を撫でつける。
まるで外にいるかのような、自然の匂いまでしてくる始末。
道中を考えればかなり深くまで潜ってきているはずだが、これまでの全てはまやかしだったのかと思いたくなる光景だ。
「綺麗……」
「これまでのも凄かったが、やっぱりここの景色の方も絶景だな」
その黄昏の大空洞の向こう側には、光の滝と呼ぶにふさわしい場所があり、その滝の底には湖のように光が広がり、そこからさらに光の川が地面を通っていく。
あまりにも美しいその光景は、ともすれば妖しさも感じさせる黄昏とマッチして、なんとも幻想的な風景を見せてくれていた。
「光の滝つぼってのは、あそこで間違いなさそうだ」
「あそこに向かってキーワードを叫べばいいんだよね?」
「そういうことだな。けど今はとりあえず、この景色を楽しもう」
「とても広いから観光しがいがあるわね」
「不思議……な……場所……」
「ん、これはどういう現象でこうなったんだろ?」
「この洞窟が特殊な鉱石で覆われているからっていう説明しかできないな。それも100%天然の。
できたのはかなり昔だろうな。混沌の時代にできあがり、長い年月で貯えた光を封じるように閉じ込め、永遠に輝き続ける場所……とでもいえばいいか。
場所的に解魔法が阻害されているような感じもあってか、詳細な情報が集められそうにない。
だから……まぁ、純粋にそういうものだと受け取って楽しんだ方がいいかもな。ここは」
「ちげぇねぇ。おい、爺さん、フラフラすんな。迷子になるぞ」
「まさに奇跡のような場所ですな……」
既にこの場所に魅了され、オーベロンはガウェインの声が届いていないようだった。
溜息を吐きながらガウェインは、こいつは見てるからそっちは好きにしてろと肩をすくめる。
ではお言葉に甘えてと、他の面々は静かにその光景を眺めながらゆっくりと光の滝つぼに向かって観光を楽しんでいく。
ジャンヌも撮影班として張り切って、この素晴らしい最後となる七つ目の景色を記録していった。
「ヒヒーーン(ばっちり撮れたよー)」
「ありがとう、ジャンヌ」
竜郎がジャンヌの頭を撫でる。
撮影も終わり観光も済ませたところで、そろそろトワイライトが教えてくれた言葉を光の滝つぼに向かって叫んでみたい。
『ガウェイン、そろそろ陛下を連れてきてくれ』
『あいよ』
未だに子供のように無邪気な顔でこの景色を眺め続けているオーベロンをガウェインが抱え上げ、強制連行。全員が滝つぼに集合した。
「わくわく。何が起こるんだろ」
「これもせっかくだし……と言いたいところですが、何が起こるか分からないのでこっちで言わせてもらっても?」
「は、はいっ。私はこれから起きるであろう現象に集中したいと思いますので」
ガウェインにもしものときは頼んだと視線で伝えると、彼も竜郎へ頷き返す。
本当ならもう二度と来れないであろうオーベロンに譲ってやりたかったが、この先が読めないため彼に任せるのははばかられた。
「魔力とか竜力が大量に必要で、言い放った瞬間に吸い取られるとかだったりしても恐いしな」
「ん、ここまで来られる時点でそれなりと思われてても不思議じゃない」
「あれだけの九星の像を見せられて、平然と奥まで進んでこられるような竜はそういないでしょうしね」
「竜……じゃなく……ても……ここにいる……こと……を認め……られた……存在……だし……」
「そういうことだな」
そもそも竜であっても、ここに来るにはハードルが高い。
確かに道中は安全そのものだ。
見張りもおらず入り口に気づければ、竜大陸の住民なら入りたい放題。
静かに暴れず傷つけずに歩いていくだけで、ここまでこられる。
だがあれほどの九星を示す彫像が建つ部屋だ。
この大陸に住まう竜であれば、すぐにここが帝国にとっても神聖な場所だと判断し、いてはいけない場所だと本能的に察して勝手に出ていく。
そんな場所にずかずかと踏み入れるのは、余程の馬鹿か余程身分が高く、ここを知っている存在だろう。
竜大陸で身分の高い竜はほぼ上級竜。
なのでここに来ることができる竜は、それなりの実力者だろうとトワイライトなら考えるはずだ。
そして竜でなかった場合でも、イフィゲニア帝国本土に入ることが許されるような存在は、クリアエルフや妖精たちのような特殊な種族ばかり。
その中でこんなところまで来るような者は、クリアエルフくらいしかいないといっていい。
妖精たちも、九星への敬意は高いのだから、竜郎たちのようなガイドいなければ引き返す。
だからこそそれを前提に、気軽に叫べとその文字が刻まれていた可能性もゼロではない。
「槍山のときも、平気で簡単だろ?とか煽りみたいな文が刻まれてたしね。ないってことはなさそう」
「だよなぁ。ってことで全員警戒は怠らないこと。トワイライトのことだから、危険なことは起きないとは思うが一応な」
実際にあったことはないが、悪い人物ではないだろう──とは竜郎も察せられた。
エーゲリアや九星たちが、ここまで協力的な時点で悪人というのはありえない。
せいぜいあっととしても、ちょっとした悪戯くらいだろう。
ただ上位者にとって悪戯でも、オーベロンにとっては死に繋がることは十分にあり得る。
彼はこの世界全体でも見ても、戦闘や耐久面で見れば最底辺といってもいいほどか弱い存在なのだから。
なにがあってもオーベロンを死なせないよう皆で彼の周りで守りを固め、竜郎は竜門の前で刻まれていた言葉を、光り輝く幻想的な光の滝つぼに向かって口にした。
「永遠であれ──!」
──と。
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