第441話 圧倒的な作品
黄玉──トリノラの豪華絢爛な宝石部屋を後にし、残りの九星は二人だけ。
どんな部屋なんだろうと楽しみにしながら進んでいき、燃えるような赤色が見えてくる。
「灼熱の炎の中にいるようなこの躍動感……しかし熱さの中にも、氷のような不動の芯が通っているような……そんな印象を抱かせてくれる部屋ですな」
「むしろ涼しいくらいのはずなのに、ここにいるだけで汗が出てきそうだわ」
「あ……ほんとだ。涼しいんだここって。目から入ってくる光景が熱すぎて、言われなきゃ気づけないくらいだよ」
「どれだけ視覚の情報に頼っているかってのもあるかもしれないが、制作者の込めた想いと技術があってこそなんだろうな」
燃える炎のような深紅のルビーで作ったような宝石部屋。
彫刻による装飾は基本的にシンメトリーで、二つで一つを象徴しているようにも感じられる。
それでいて目に飛び込んでくる柄は、ただでさえ熱い色だというのに、見る者に身を焦がすほどの熱を錯覚させるものだった。
しかしオーベロンが言ったことを思い出し、じっくりと部屋の中に立って周囲を見渡し、その作品の奥深くまで見ようとすれば、背筋が凍るような冷たい芯が真っすぐ通っているような、そんな印象を抱かせてくる。
「明青のリュルレアだったか。あそことは真逆で、あっちを思い出して比べてもおもしれーな」
「ヒヒンヒヒーンヒヒヒヒーーン(冷たさの中に暖かさがある作品だったからね)」
「ん、こっちは炬燵で食べるアイスみたい」
「その……たとえ……は……ちょっと……分か……らない……かも……」
独特なヘスティアの例えはルナにも伝わらなかったようだが、本人はいいこと言ったと満足げだ。
そんな彼女の事はさておき、竜郎たちは部屋の中央にある深紅の宝石の彫像に視線を移していく。
「おー、なんか強そう」
「実際めちゃくちゃ強かったんだろうな」
双頭の灼紅竜。『双紅』の異名を持つ、真竜を除けばこの世界に二番目に生を宿した竜──エアルベル。
その威風堂々たる姿がそのまま映し出されたように、迫力満点な攻撃的なポーズで佇んでいる。
だがこの彫像を見ていると、あまり面白くない記憶も蘇ってくる。
(彫像に混ざった素材だけでも分かる。俺から見ても怪物だぞ、この竜は。
こんなに強く数多の功績を残してこの世を去った英雄の子孫に、傍系とはいえあんな醜態をさらす奴が生まれてくるなんて、ちょっと可哀そうだな)
分家筋だったかの子孫が竜郎たちの領地内に土足で踏み入り、後に処刑されたことを思い出してしまう。
だが竜郎が哀愁を抱いている間にも話は進んでいく。
「それはそうよ。セテプエンイフィゲニア様とニーリナ様を、最も影に日向に支え続けたとされる、とても思慮深い方だったと伝え聞いているわ。
かなり苦労していたという逸話も多く残っているそうだけど」
「あははっ、九星の人たちって癖が強そうだしね」
「逆に他の九星の人たちからすると、話を聞いてる限りだとニーリナさんは絶対的な姉!って感じで全員頭が上がらない感じだったみたいだし、エアルベルさんは長男として長女と弟妹に挟まれて大変だったのかもしれないなぁ」
などと竜郎が呟いていると、なんとなく彫像のエアルベルが頷くところを幻視したような気がした。
「実際に九星で最も人気で有名なニーリナ様の物語は沢山あるけれど、ニーリナ様が事を力づくで押し進めて、細かな後始末をエアルベル様がやって大変そう……という話もいくつかあったような…………気がするわね」
「ヒヒーーーンヒーン(でもそういう人がいないと纏まらないし)」
「ん、いてくれないと困るタイプ」
やはりこちらもオーベロンに確認してもらったが、手抜かりなく完璧な彫像だと太鼓判押してくれたところで、竜郎たちはここまできたら確実にあるであろう、最後の九星にして九星の頂点、ニーリナをモチーフにした部屋を目指しエアルベルの宝石部屋を後にした。
そして続いてやってきたのは、九星最後の一人をモチーフにした部屋。
「な……なぜこれほどの美を、この醜き現世に作り出せるのでしょうか…………」
「す……すごすぎるだろ……これ……」
「トワイライトさん……、ニーリナさんの事が好きだったのかな……なんか涙が出てきちゃった……」
無垢なダイヤのような輝きを放つ純白の宝石でできた部屋。
そこはまるで大聖堂かというほど、神聖な雰囲気に呑み込まれる。
荘厳で雄大にして猛々しくも優美。
怒ればその身は幾度も滅び、微笑めば何度でも蘇る。
その懐は受け入れた者にはどこまでも深く、拒絶する者には冷たく閉ざす。
まるでニーリナという女性そのものの魂がそこにあるかのように、竜郎たちは彼女の生き様を見せつけられているような気がした。
それほどまでにこの部屋は、気合の入れようが圧倒的過ぎた。
まるでこの部屋の制作者が、モチーフとなった女性に愛の告白をするような、全身全霊を尽くしても足りない、命すら削って作ったのではないかと思いたくなるほどの傑作だった。
「これ……が……感動……これが……感情……これが激情……ああ……何かを……理解……した……気がする……」
「なんだよこれはよ……。これはさすがに俺も、なんもいえねぇよ……」
感情の起伏が乏しいルナでさえ、その目に涙を浮かべこの部屋に魅入っていた。
泣いたところなど見たこともないガウェインも、自然とその瞳から涙が零れ落ちていく。
それは幼い楓たちも同様に。
「「あう……あ…………」」
無駄に感想を述べることすら陳腐に聞こえると、誰もがその圧倒的な芸術にしばしの間心奪われた。
「なんというか、歩くのすら申し訳なくなってくるな」
「うん。ちょっと浮いて移動したほうがいいかも」
そんな過剰までに汚してはいけないと思うほどの部屋を移動し、中央にあるニーリナの彫像にたどり着く。
「綺麗だな……。ニーナも連れてきてあげたかった」
「うん、また今度連れてきてあげよ。きっと喜ぶから」
「九星をまとめ上げた偉大なる御方……白天──ニーリナ様。なんと美しい姿なのかしら……あぁ、本当にこの旅についてきてよかったわ……」
ニーリナの彫像はそれはもう、素人ですら赤面するほど愛情たっぷりに作りこまれていた。
オーベロンなど人間とは思えない奇声を上げて、今にも気絶しそうなほどその彫像に惚れ込んでいる。
決してこれまでの彫像が凄くないというわけではないのだ。
とにかく制作者の拘りと愛情。モチーフへ込められた想いが違った。
「ん、イェレナちゃんはトリノラさんのファンだったんじゃないの?」
「ニーリナ様はニーリナ様で別に決まってるじゃない! この方の物語を何度幼少期に読んだことか。トリノラ様が女性に人気だとすれば、ニーリナ様は老若男女問わず愛される人気と言えば分かるかしら」
「あーね。ジブ〇とプ〇キュアみたいな違いかな」
「そのたとえはどうかと思うが……まぁ、言わんとすることはなんとなく分かるけど」
ニーリナの彫像もたっぷりと眺め終ると、竜郎たちはいよいよ次へと進んでいく。
「九星が終わったということは、いよいよ次が本命の景色が待っていると思っていいかもな」
「もう今のが本命だって言われても、俺は納得しちまったけどな。あれより凄いもんが本当にこの先にあんのかねぇ」
「あれ、また次も部屋のようだけど……これはっ」
九星全員分の部屋が終わったのだから、もう残すはメインの目的地のみ。
そう思っていたのだが、まだこの先にも続きがあった。
白金色に輝く真珠のような光沢をもつ宝石部屋がそこにはあった。
「あ……そんな……まさか……。先ほどの作品を超えることなど……あ、ああああありえ、あえりない。でもここに……確かにあるのか……」
「まじかよ……」
「ヒヒーーン……」
なんならニーリナの部屋が最高潮で、景色もそれほど感動できないかもしれないと油断しながら進んだ先にあったのは、その者への祈りが込められた聖堂というよりは神殿。
祈る場所ではなく、神をまつる場所といったものを感じさせられる。
部屋の広さもこれまでの比ではなく、装飾もまた微に入り細に入り見事に彫りこまれ、ニーリナへの想いすら超越する気持ちが込められているように感じた。
そしてその部屋のモチーフになっていたのは……。
「エーゲリアさん……だな。この力は」
「うん。一瞬イフィゲニアさんかと思ったけど、これは絶対にエーゲリアさんだよ」
九星の更に上となればもう残り二人しかいない。
だがここで祀られているのはたった一人。
その一人であるエーゲリアという存在を表現するためだけに、これだけの広大な神殿とも言える場所を作り上げたのだと、竜郎ですら気づけるほどの表現力。
その命を全て捧げて作ったのではないかと見る者に錯覚させるものだった。
『やっぱエーゲリアさんは知ってるよな。そりゃ』
『うん。戻ったらトワイライトさんのこと、ちゃんと聞いてみたいね』
また竜郎たち全員の目に涙が浮かぶ。
そこに込められた感情を受け取り、勝手に溢れだしてくるのだ。
「ここ……も……すごい……。私の……中に……新しい……もの……がいっぱい……生まれてる……気がする……」
彫像もこれまでの物の二倍近くある。
そしてこの彫像にもしっかりと、エーゲリアの素材が使われている。
『これはちょっと、戦うのはしんどいぞ……。絶対に起動させないようにしないと。
陛下のこと、ちゃんと見ておいてくれよ。ガウェイン』
『わーってるよ。さすがに俺もこれが動き出すと思うと背筋が寒くなるぜ。だからこそ戦ってみてーとも思うんだがな』
エーゲリアの像の前で膝をついて涙を流し、祈り続けるオーベロンが暴走して何かしないよう、ガウェインはしっかりと見守り続ける。
ニーリナやエアルベルの彫像はもはや別格レベルの力を秘めていたかと思いきや、現代最強の存在の素材から作られたエーゲリアの彫像はさらにその上にいた。
間違っても戦いたくないゴーレムだ。
「ん、ちょっと恐い。でもそんなの忘れるくらい、ここは綺麗……」
「「あう……」」
普通ならそんなゴーレムが近くにいたら集中できないはずなのに、その部屋はそんなことすら忘れさせる魅力に溢れていた。
(芸術ってのはこんなにも凄いものだったんだな。こんな物を生み出せる人が出てくる可能性があるなら、資金援助の額ももっと上げていいかもしれない。
幅を広げて芸術に触れたくても触れられなかった子にもチャンスがあるような、奨学金みたいな制度を作ってみてもいいかもな)
お金が有り余っていたから芸術家の卵たちのパトロンになっていたという側面が強かったが、ここにきて竜郎のそんな考えも変えさせてしまうほどの圧倒的な作品に見送られながら、一行はエーゲリアの部屋も後にしたのだった。
次も木曜日更新予定です!