第43話 チキーモ捕獲作戦
新たに仲間になった『エリ子(エリマキトカゲに似てる女の子だったからね! by愛衣)』を連れて、一行はデイユナル砂漠のさらに奥地までやってきた。
そこは一見、他の砂地と変わらないのだが──。
「ほーいっ」
「「あーうー!」」
愛衣が竜郎から受け取った魔物の死骸を前方に放り投げると、砂中から2メートル近い巨大魚がウジャウジャ飛び出し、あっというまにそれは骨も残さず消え、魚もいなくなってしまった。
まるで何も、そこにはいなかったかのように。
楓と菖蒲はそれが面白かったのか自分もやりたいと竜郎の袖を引っ張ってきたので、小さな肉片を渡してみた。
すると幼女の肩では考えられないほど綺麗に前に飛んで行き、砂地に落ちる。
巨大魚がまた現れ、我先にと小さな肉片を争ってまた砂の中へと消えていった。
そう、ここは大きな肉食魚の魔物の縄張りとなっているポイントで、何も知らずにこの地に踏み入れた存在をなんであろうと捕食してくる危険地帯。
だからこそ、この辺りは本当に静かではあるのだが、その砂の中にはおびただしい数の肉食魚が獲物が来るのを待っている。
しかも砂中を遊泳している一匹一匹が地味に強く、亜竜のエリ子でも無策で入り込めば、あっという間に殺されてしまうほど。
「ぎゃう~! おもしろーい!!」
「こらー、ニーナ。ちびっ子たちが真似しようとするから止めなさーい」
「はーい」
とはいえ竜郎たちからしたら、夜店で売っている金魚と大差ない。
ニーナは自分からそのポイントに飛び込むと、馬鹿の一つ覚えのように襲い掛かってくる大量の肉食魚の攻撃を受けて笑っていた。
魔法特化のステータスをもつ竜郎の皮膚すら噛み破れないであろう魚が、ニーナの鱗に敵うわけがないのだ。
ただその光景を見て目を輝かせている楓や菖蒲では、まだ危ないので、竜郎はニーナに戻るよう手招きした。
素直に戻ってきたニーナの頭を撫でながら、竜郎は改めてエリ子から情報をイメージで伝えてもらう。
伝わってきたイメージによると、ここで見たというチキーモは、あの肉食魚をよく食べにきているらしい。
狩りの方法としては、地上の獲物に食らいつき、夢中になっているところに忍び寄り、数匹かっさらっていくというもの。
そのときに少しだけ体を地上に出すことがあるらしい。
隙をついてとはいえ、この辺りで生きていられることを考えると、この大陸に住むチキーモの中では最強クラスかもしれない。
「よく来るってことは、この辺のどっかに住みついてるかもしんないね」
「だが少なくとも、この魚が現在回遊している付近にはいなさそうだな」
竜郎が地中探査で深い所まで探ってみたが反応はない。いくら住んでいるといっても、この魚の近くで眠ることもできないだろうし当然だろう。
「何匹か好物だっていうあの魚を使って、おびき寄せてみるのもいいかもしれないな」
「生け捕り? それとも死体でもいーの?」
「生け捕りだと暴れられて面倒だし、今回は死体を使おう」
竜郎はそう言うと足元の砂を土魔法で操作していき、闇魔法で性質を変化させた頑丈な砂でできた大きな投網を三つ作り上げた。
それらを愛衣、ニーナ、ヘスティアに渡していき、私たちにはないの?と寂しげな視線を向けられたので、ちびっ子二人には肉片を投げて魚を地表におびき寄せる役を与えてご機嫌を取っておいた。
「ん。これを投げればいいの?」
「ああ。その投網には土の精霊魔法もこめてあるから、砂に着地すると同時に沈んで上手く包み込めるようにしてある。だから大量に取れるはずだ」
「ぎゃう? そんなにいるの? パパ」
「そんなにはいらないだろうが、味も気になるしなにより──」
「エエッ! エー!」
「あー、エリ子ちゃんが食べたがってるのか。ほんとに食いしん坊な子だねぇ。ニーナちゃんはもういいの?」
「今は魚の気分じゃないからいいのー。それにチキーモを食べる時のために、お腹すかしときたいの!」
「なーる」
べつにこんな方法をしなくても直接飛び込んで、サケをとるヒグマよろしく狩りとってもいいのだが、こっちのほうが皆楽しめるかなという判断である。
何度か投網を投げる練習をし、もともと不器用な愛衣も器用のスキル効果でなんとか習得できたので、いざ実戦。
楓と菖蒲にサッカーボールほどの肉片を渡しフリースローのような投げ方で、なにもいないように見える砂地に向かって、バラバラの方向へいくつも放ってもらう。
肉片がボトリボトリと狙い通りの場所に落ちた瞬間、ぶわっと砂の中からおびただしい数の肉食魚が群がりはじめる。
そこへ愛衣、ニーナ、ヘスティアが竜郎製砂投網を投射。
三つの投網が三方向に向かって先が綺麗な円形に広がり、魚たちの群れの真上に落ちていく。
こめた土の精霊魔法にお願いしていた通り、網が魚を包み込むようにして砂中に沈んでいく。
「よっこいせー!」「ぎゃう!」「ん」
「頑張れー」「「あうあー!」」
竜郎とちびたちの声援を耳にしながら、愛衣、ニーナ、ヘスティアが網を引っ張り上げていく。
ズゾゾ──ズゾゾゾ──と鈍い音を立てながら、捕えられた魚ごと引き上げられていった。
その網にも反応して何匹か食らいつき外側にも魚が群がっているので、見た目は
棘の生えた球体のようになっていた。
「それじゃあ、絞めるぞー──ほいっとな」
竜郎の雷魔法による電撃で全ての肉食魚の心臓を止め、解魔法で全匹死亡していることを確認してから投網を広げてみれば、それはもうウジャウジャと大漁だった。
もし漁師だったら有頂天になっていたところであるが、そうでなくとも一気にこれだけ引き上げると気持ちがいい。
愛衣やニーナは喜び、ヘスティアもちょっと嬉しそうに翼がパタついていた。
「「ぅうー!」」
「なんだ? 楓、菖蒲」
楓と菖蒲が竜郎のズボンを引っ張りながら、愛衣が引っ張った投網の方を指差している。
皆がそちらに視線を向けながら、よく見てみるとなんだか変わったものがそこにいた。
「なんか他のと色も形も、ちょっと違うね」
「ん。それに二回りくらい大きい」
「レア魚かもしれないな」
相変わらず引きのいい愛衣に笑ってしまいながらも、竜郎はその魚魔物がなんなのかスキル《魔物大事典》で調べてみる。
「あれは周りにいる種と別の魚魔物との間に生まれた、いわゆる交雑種ってやつみたいだな」
「トラとライオンの子供の、お魚バージョンみたいな感じかな?」
魔物なんかの場合、その魔卵は雌雄どちらか強いほうの種が生まれるのだが、同等程度の間ではこのように混ざり合って違う種になることがあるのだ。
「どっちにしろ稀少性は高いみたいだし、こいつは取っておこう」
レア魚はそれだけのようだったので、残りはエリ子にあげる分、自分で保有する分、チキーモ狩りに使う分と分けておいた。
エリ子がガツガツと魚を食べはじめた所で、いよいよチキーモ狩りに挑戦だ。
餌用の死んだ肉食魚を数十匹用意し、その一つ一つに仕掛けをほどこしていく。
《無限アイテムフィールド》の機能を使い、内臓を全て取り出し外身だけとなった魚の体内に、魔法で極限まで硬質化させた細く長い砂の鎖をいれていく。
そして一匹に対し、二つずつ土の精霊魔法を付与していく。
一つは砂を操り死んだ魚が回遊しているように砂中を泳ぎ回らせる用。
もう一つはナニかが食いついてきたら、体内に入れた砂の鎖を操作し捕獲。
最後に捕獲できたら、二つの精霊魔法で協力して地上に引きずり出す──というお願いをしておいた。
あとは竜郎が捕らえるなり、殺すなりすれば完全捕獲という流れである。
「パパのその精霊魔法って便利だね」
「まあ、呪魔法である程度決まった手順を魔法に行わせるなんてことはできるが、面倒な上にここまで汎用性は高くないからな」
さっそく、その死んだ魚たちを方々に散らしていく。
本物のように優雅な砂泳とまではいかないが、魔物相手ならこれでいいだろうというくらいには様になった動きで、ナニかが食らいつくのを今か今かと待ち受ける。
竜郎自身は解魔法による探査を広範囲に巡らせ、どこから出てきても対応できるように備えた。
数分後、さっそく竜郎の探査魔法に反応が。
そちらに向かって闇で水の性質変化をし強力な粘着性を持った鳥もち状にしたそれに、さらに生魔法で睡眠促進効果も混ぜたものを、射魔法で発射させる。
探査で正確な位置は掴めていたので狙い通りヒット。
さて回収に──と思ったところで、それとほぼ同時に、あちこちで探査に反応が現れる。
竜郎は慌てず無心になって、反応のあった方角に睡眠鳥もち弾を発射していき、捕らえていった。
「えーとさぁ………………なにこのキモいの」
「いやぁ……俺に言われてもなぁ」
まだ数匹餌用の死魚が回遊中で反応もないので先ほど捕まえた魔物を一か所に集めてみたわけなのだが……、結果としてそれらはほぼ全て同じ魔物だった。
見た目は全長50センチくらいの毛糸玉──に見えなくもないが、ひも状の直径5センチほどの太さの触手が団子状になっただけの黒褐色の塊。
中には丸い内臓や脳が詰まった器官があり、そこをどうにかしない限りは永遠に触手が再生し続けるようだ。
とりあえず見た目がアレだったのでテイムする気にもなれず絞めてしまったわけだが、生きているときはウゴウゴうごめきかなり気味が悪かった。
「けどパパ、ママ。エリ子ちゃんが、すっごく反応してるよ?」
「ん。実は美味しい?」
「えぇー……、ただ食いしん坊なだけじゃないの? きっと何でも食べちゃうんだよ、エリ子ちゃんは」
「……そんな気もするが、意外とグルメな子のような気もするんだよな。
なんか魚よりも、あれが食べたいって感情が伝わってくるし」
「じゃあ、たつろーはアレ。食べるの?」
「う~~~~~~ん……とりあえず、毒とか寄生虫みたいなのはないみたいだし、エリ子の反応を見てから決めよう」
はやく食べさせてという感情がもの凄く伝わってくるので、許可を出すと触手部分を麺でも噛みきるように千切って嚥下していく。
そこから伝わってくる感情は、美味しいというものだけ。
ララネストのときほどではないが、先ほどの魚を食べている時よりもずっとそれは大きいものだった。
竜郎はなんだか嫌な予感、ある意味ではいい予感がし、この魔物について調べてみることに。
「マジか……。なんかこいつ、準美味しい魔物シリーズに入ってるんだが……」
「えぇっ!? じゃあ、白牛くらい美味しいってことなの!? なんでこんな見た目にしたの!?」
「いわゆる珍味的な要素を出したかったとか?」
「いらないよ! そんな要素いらないよ!!」
そうこう話しているうちに、エリ子は二体目を中の内臓などが入っている器官も含め平らげてしまっていた。すぐに三体目にロックオンし、かぶりつく。
見た目的には気持ち悪いが、こうも気持ちのいい食べっぷりをみせられ、なおかつ美味しい魔物シリーズほどではないにしろ、美味な魔物だと言われてしまうと試してみないわけにはいかない。
竜郎は意を決して一本の触手の先端20センチほどのところで、光と火魔法によるレーザーで焼き切り手に持った。
まずは香りを確かめてみる。愛衣も恐る恐る竜郎に顔をくっ付け、鼻を近づけた。
「なんか焼き切った断面から、美味しそうな匂いがする……」
「いきなり生で食べるのもなんだし、とりあえず焼いてみるか」
なんだか食べられそうな気がしてきたので、バーベキュー用の串に刺して、何本か炙って焼いてみることに。
するとなんとも食欲をくすぐる、どこかで嗅いだことのあるような良い匂いが周囲に広がっていく。
魔物も集まってきそうだったので、適度に周囲を威圧しておく。
焼いたものは食べたことがないのか、エリ子も興味津々だ。
よく焼けたところで全員に配り、いざ実食。
食感はカマボコをかなり硬くしたような感じで、常人ではかなり歯に力を入れないと噛みきれないほど弾力がある。
ステータス補正なんかもあるので竜郎たちは容易く噛みきり咀嚼してみると、噛めば噛むほど濃厚なうま味が染み出してくる。
「これっ、すっごく美味しい魚の干物みたいな味だね!!」
「それだ! ちょっと生でもいってみるか」
ここまでくると竜郎にはもうこの気味の悪い見た目をした魔物も、食材にしか見えなくなっていた。
もう一本は斬属性を乗せた氷のナイフで切り取り、今度は生で食べてみる。
先ほどより柔らかくも弾力のある歯ごたえを楽しみながら咀嚼していく。
「焼いたものとは風味が違うが、魚のうま味を凝縮したカマボコみたいな味だな。これもいいじゃないか──って、ん?」
皆が夢中になって食べている間に、すっかり忘れていた残りの餌がかなり遠くで何かを捕らえたようだ。
竜郎は口の中の物を飲み込むと、そちらの方角に向かって鳥もち弾を射出した。
この新しい食材の素材は多めに確保しておこうと、エリ子には食べた分も含め5体だけ渡し、残りは《無限アイテムフィールド》に収納しておいた。
それから急いで現場に駆けつけると、そこには全長3メートル以上の巨鳥が捕らえられていた。
全身薄いオレンジ色の短い羽毛で覆われている。
大きく凶悪な顔つきの頭部についた、顔の半分以上あるクチバシは先端が鋭く尖り、肉をついばむのに向いていそうなフォルムをしている。
また、その口内には鋭い牙がずらりと並んでいた。
体は、しいて言うのならダチョウだろうか。
しかし首はあんなに細くはなく、がっしりとしたもの。足は像のように太く、その足先には前に四本、後ろに一本ある指。
その指と指の間には水かきのような厚い膜が付いていて、先端には何でもきり裂けそうな鉤爪が付いていた。
かと思えば、ペンギンに似たツルリとした飛ぶことはできそうにないが、泳ぐのに便利そうなヒレのような大きな翼が左右に一枚ずつ生えていた。
その鳥は、鳥もち弾に付与された生魔法による眠気に抗っているようだが、もう半分眠ってしまっている状態で非常に大人しい。
「ぎゃう! 鳥さんだ! パパ! もしかしてアレがそお?」
「ああっ! そうだ。間違いない!」
特徴は《魔物大事典》でも調べたし、アクハチャックたちにも聞いている。
エリ子の脳内イメージでは頭の部分だけだったが、あんなようなものだった。
「二つ目の美味しい魔物シリーズ──チキーモだ!!」
次回、第44話は4月5日(金)更新です。