第437話 最後の地へ
氷原を飛び立った竜郎たちは、一度空の上で停止して次の目的地について話していく。
「ついに後一個だけになったね。なんか寂しいなぁ」
「世界中まわってきたが、なんだかんだあっという間だった気もするな」
「この速度で回れる人なんてそうそういないんだから、あっという間で合っていると思うわよ……」
ついにこの世界災凶絶景七選巡りも、終わりが見えてきた。
残りはあと一か所──『黄昏に眠る光滝の大空洞』だけ。
ただこの地に行くとなったとき、何故かオーベロンは座標を言うのを躊躇っていた。
「どうしたんだよ、爺さん。なんでもいいから早く座標を言えよ。いつまで経っても行けねぇだろうが」
「それが……ここは少し、いえ、かなり特殊でして……その……」
「特殊というと? 俺たちなら大概の事は、なんとかできると思うのですが。それでも難しいと?」
「実はここだけ、なんの調査も、入り口付近を探ることすらできなかったので、どういうところかも分かっていません」
「入り口……に……近づく……こと……も……できない……場所……?」
「ん、なんか凄そうな気配がしてきた」
「そうですね。凄い場所です。ある意味では、この世で最も恐れられている場所と言っていいでしょう。
さすがにそこには、私の配下も向かうことはできませんでした」
「ああもう爺さんよぉ、まわりくどいったらないぜ。さっさとどこか言いやがれ。後は俺らが何とでもしてやるからよ」
「わ、分かりました。ですが無理なら無理と言ってください。
あなた方でも無理だというのなら、私も素直に諦められます。
これまでの六つの景色だけでも私の人生の最後を飾る思い出として、これ以上ない経験でしたから」
「分かりました。俺たちも無駄に危険を侵す気はないので、そのときはハッキリ無理だといいますよ。
それでどこなんですか、最後の絵の場所というのは」
「…………お、驚かないでくださいね。
じ、実は最後の『黄昏に眠る光滝の大空洞』は……………………あの、竜大陸にあるのです!」
「へー、それで竜大陸のどこにあるの?」
「あ、あれ?」
さぞ驚かれるだろうと思っていたオーベロンに返ってきた竜郎たちの反応は、なんとも薄い物だった。
愛衣の気の抜けた返事が妙に空駕籠の中で響き渡る。
「ふ、ふぅ……。どうやら上手く伝えられなかったようですな。
あの竜大陸です。あの竜大陸なんですぞ! 世界の頂点たる竜たちだけの国がある、あの竜大陸です!」
「「うう~?」」
なんでこのおじいちゃん一人で騒いでるの? とばかりに、楓と菖蒲は首を傾げていた。
それくらい竜郎たちとオーベロンの空気はまるで違った。
「じゃあジャンヌ、竜大陸の方に向かってくれ」
「ヒヒーーン(はーい)」
「それで座標はどのあたりですか?」
「えっと、あの……竜大陸は勝手に入って良い場所ではなくてですね……。
かの大陸の竜たちを怒らせるのは、世界的にもかなりまずことになりかねないので……。
いくら世界最高ランクの冒険者といえど、かの竜たちをないがしろにすればただでは……そのぉ、分かっていただけますか?」
「ええ、分かってますよ。まぁそこは何とでもなるんで、気にしなくていいです。
それが目的地に行くための障害にはなりえませんし、竜たちに怒られることもありませんよ」
「えー……っと、えぇ?」
オーベロンは意味が分からず口をポカンと開いているが、竜郎たちからすれば竜大陸のトップたちとは親戚のような関係だ。
現女帝のイシュタルとは共に熾烈な戦いを潜り抜けた戦友であり、今でもフラリとご飯をカルディナ城に食べにくるような間柄だ。
そのイシュタルすら押しのけて、高い影響力を持つ世界最強の先帝エーゲリアは、竜郎たちの家で卵孵化も兼ねたバカンス中。
竜郎の娘といってもいいニーナにお世話されて、今もにっこにこで楽しんでいる。
さらに竜王たちとも顔なじみで、最終的に竜郎の子である竜王種たちが婿、もしくは嫁入りするかもしれない関係性で仲も悪くないし、多少の無理なら笑顔で聞いてもらえたりもする。
そんな竜郎たちを誰が大陸に入るなと止めるというのか。
下手をすれば邪魔をしたものが左遷されたり、牢獄にぶち込まれる心配をしたほうがいいくらいだ。
イェレナも精霊郷は初代真竜にして初代皇帝セテプエンイフィゲニアが作った場所であり、竜大陸とも親交のある妖精だ。
とくに竜大陸に入ることが難しいという認識はもっていなかった。
『イシュタルちゃーん、ちょっと竜大陸に入りたいんだけど入っていい~?』
『ん? ああ、好きに入るといい。ちなみに何しに来るんだ?』
『えっと、観光? なんか凄い景色が見られる場所があるんだって!』
『そうなのか。では私の方も母上の件も含め落ち着いたら、我が子と姪と一緒に連れて行ってくれ』
『いいよ。他にも凄いところ一杯見つけたら、今度一緒に行こうね!』
『ああ、楽しみにしているよ』
オーベロンが本当に大丈夫なのかとオロオロしている間に、愛衣が念話で許可をさくっと取った。
『だって。許可取れたよ』
『皇帝陛下の許可以上に取る必要のあるものはないよな。ありがとう、愛衣』
『どういたしまして』
勝手に入ったところで事後報告でも怒られなかっただろうが、こうしてイシュタルからもお許しがもらえたのだから、もはや何の憂いもない。
竜郎たちはオーベロンに最後の場所の座標を聞き出し、堂々と世界災凶絶景七選──最後の一枚の光景を目指し、竜大陸へと飛んで行った。
「ま、まさか自分が竜大陸に足を踏み入れる日が来ようとは……。長生きはするものですね……」
「そうはいっても案外普通でしょ?」
「で、ですな……」
降り立ったのは密林のジャングルのような、人の手が全く入っていない自然豊かな場所。
他種族は基本お断りで竜大陸などとも呼ばれているが、だからといってどこもかしこも珍しいものがあるわけもなし、オーベロンは拍子抜けしながら周囲を見渡していた。
とはいえエーゲリア島などでもなく、本土の奥深い場所に足を踏み入れるなど大国の王であってもできることではない。
大国どころか小国の王のオーベロンでは、本来は来られなかった場所というのは間違いないのだ。
そのことも分かっているからこそ、どこかフワフワとした心持ちで、彼は落ちつかない様子をみせていた。
「ん、時間が経てば慣れる」
「だろうな。じゃあモノリスを────あった。あそこだ」
軽く探査魔法をかけると、すぐに目印と指針になるトワイライトのモノリスを発見できた。
苔や蔦に覆われ完全に読めなくなっていたが、魔法で綺麗にして文字を読めるようにする。
そこには以下の文章が刻まれていた。
ここより北東に進めば目的地に通ずる穴がある。そこを進んでいけばいい。
むしろ他のどの場所よりも安全かもしれない。そこへ純粋に見学に行きたいとだけ思っているのなら止めはしない。
だがそこにあるものを持ち去ろう、壊そうとするのなら、その身はこの世から消え去ることだろう。努々忘れることなきように。
冒涜には死が相応しい──。
「ヒヒヒーーンヒン(物騒なこと書いてあるねー)」
「別に俺たちは見学に来ただけだから、特に問題はないとは思うがな。壊すつもりなんて毛頭ないわけだし。
ただ何か起こっても困る。不用意にその入り口になっている穴から先にあるものは、触れないようにした方がいいのかもしれない」
「なんかこれまでのより、トワイライトさんがピリピリしてる感じもするしね。
何もしなきゃ安全とも書いてあるけど、そこを守って目をピカピカ光らせてる何かヤバいのがいるのかも?」
「ん、面白そうとか言って戦っちゃダメだよ?」
「こっち見んじゃねーっての。戦わねぇよ。面白そうだとは思ったけどな。
爺さんも物珍しい綺麗なもん見つけても、勝手にフラフラ触りに行ったりすんじゃねーぞ」
「は、はい。気をつけます」
ここまで明確にトワイライトが〝死〟と明記してきたのははじめてだ。
他のどの絵の場所よりも危険な何かがあるのかもしれない。
けれど忠告に従えば、これまでも大丈夫だった。問題なく目的地に辿り着けたという実績もある。
念には念を入れて油断せず障壁で目一杯全員を守りはするが、トワイライトを信じて竜郎たちはまず、絵の光景に続く穴があるであろうモノリスから、北東に向かって真っすぐ進んでいった。
「道中の魔物も別に、そこまで強いということはないようね。
これならうちの子たちでも十分に対応可能だわ」
「ヒヒヒーーーン(むしろちょっと退屈なくらいだね)」
「まぁ何もないに越したことはないさ」
「だねぇ。たつろーの魔法のおかげで蒸し暑くもないし快適快適♪」
魔物の強さという意味では竜郎たちがわざわざ何かしないでも、イェレナの従魔ミロンとシードルが余裕をもって狩れる程度。
密林の木々や草、沼や川など自然を上手く使って隠れるのが得意なんだろうな──という印象は受けたが、それを加味しても大したことはない。
レベル10ダンジョンに挑むようなベテラン冒険者でもなく、中堅冒険者でも探索するくらいはできるだろう。
「ここはこの場所自体が危険というよりは、竜大陸に入ること自体への難易度というか、そういうところで災凶絶景七選に選ばれたってことなのかもな」
「ん、変な事しなきゃ安全とも書いてあったからそうなのかも」
「でも逆にそれも簡単にトワイライトさんは回避して、竜大陸に来れる人だったってことだよね。ほんとに何者だったのって感じ」
「ははは……、ハサミ様方も同じようなものなのですけどね」
「俺たちについては今更だろ。お、あれがその穴ってやつじゃねーか?」
のんびり世間話をしながら進んでいると、すぐに大空洞に繋がる入り口らしき穴を見つけた。
入り口の穴は植物が伸びて隠れてしまっているが、中までは侵食されていない。
「結界が張ってあるな。明らかに人為的なものだ」
「じゃ……あ……入れ……ない……って……こと……?」
「いや、多分入り口が塞がらないよう雨風とか、土砂が入らないようにしているだけだ。人間は普通に入れるぞ。
にしても相当に昔に張られた結界だろうな、これは」
「ヒンヒヒヒーンヒヒーン(それなのにまだ残ってるって凄いね)」
「でもそんなのがあるってことは、ますますそれっぽいよね。入ってみよーよ」
「そうね。こんなジャングルの中にいても、得られるものはないのだし」
「ん、突入」
念のため周囲を探査魔法でくまなく調べてみたが、他に似たような穴は一つも発見できなかった。
それをちゃんと確かめてから、竜郎たちは『黄昏に眠る光滝の大空洞』に繋がっていると思われる洞窟へと、足を踏み入れていった。
次も木曜日更新予定です!