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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第二一章 皇妹殿下爆誕編

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第436話 王と最弱

 結局〝王〟らしきマンモス型のモンスターの群は見つけられたが、それに手を出さないほうがいい理由は分からないまま、竜郎たちは最終地点に無事辿り着く。

 そこは氷原の大陸の内側にドーナツの穴のように空いた場所に、分厚い氷が張っているような所で、今は完全に氷の海上に立っているといっていい状態だ。



「紅い月はでてないな。紅いどころか月すらまだ出てないが」

「やっぱり夜まで待てってことじゃない? 先にトワイライトさんの痕跡を見ておく?」

「そうするか」



 目的地にはついたはずだが、順調すぎてまだ夕方前。日が落ちるにはまだ時間がかかりそうだ。

 なので愛衣がいうように、先にトワイライトが設置していったモノリスを探し出すことを優先する。

 こちらは氷の下の更に海の底。比較的水深の浅い場所に設置してくれていたが、もはや見せる気はあるのかという所にあった。

 竜郎たちの場合は魔法でなんとでもできたので問題はなかったのだが。



「こんなに寒そうな場所でも住んでいる魔魚は元気そうね。どこで栄養を摂取しているのかしら」

「ん、私ならこんなところ耐えられない」



 そしてそんな分厚い氷の下にも、ちゃんと魔物は存在していた。

 言葉で簡単に言い表すなら提灯の先が無いチョウチンアンコウといった見た目の、少し不細工でやたらと歯がギザギザした魔魚が、気持ち悪いほど大量に生息していた。

 他にそのエサになるような生物も見当たらないのに数はかなり多く、それでいて痩せているようにも見えない。

 それどころか栄養に満たされ太っているようにすら見える。

 イェレナはこの氷の下のどこに、それだけの数を養えるだけの栄養があるのかと不思議に思い首を傾げていた。

 だが考えても答えは見つけられそうにないため、そのまま水圧も障壁で押しのけどんどん下へ行く竜郎たちを追いかけた。

 そうして海底に設置されていたモノリスの前まで全員でやってくると、文字を竜郎が声に出して読み上げていく。



「『その紅い満月は毎夜出る。今が夜なら空を見上げ、今がそれ以外ならのんびり待つといい。

 凄惨な光景に驚くかもしれないが、見続ければ特別な景色に出会えるかもしれないぞ。楽しむといい』──だってさ」

「凄惨な光景……ですか。恐いもの見たさと言いますか、少し楽しみになってきましたな」

「爺さんもいい感じに図太くなってきたじゃねぇか」

「いえ、ガウェイン様方が近くにいてくださらなければ、今でも震えているだけの老人ですよ」



 旅に出たての頃のオーベロンなら、たとえ竜郎たちが側にいても、その恐ろし気な文言に震えていただろうが、今は随分と落ち着いていた。

 竜郎たちの理不尽ともいえる絶対的な力を嫌というほど理解させられた結果だろう。


 そのまま上に戻って氷の上で待つ竜郎たち。

 ここまで来る間にそれなりの魔物と出くわしてきたが、ここは氷の下のアンコウ以外は魔物気配すらなく随分と平穏な場所だった。

 これなら隠れる必要もないと、のんびり食事をしながら時間を過ごし夕方に。

 段々と日が落ちていき、あたりが闇に包まれていく。



「まぁ、普通の月なわけないよな」

「ヒヒーーン、ヒヒン?(綺麗っていうか、ちょっと不気味?)」



 自然に登る月とは違い、夜の帳が降りていくほど赤い染みのようにジワジワと丸い月の輪郭が浮かんでくる。

 それはだんだんと色濃くなっていき、血のような紅色になって光を帯び、完全に絵の通りの月になった。

 だがそれは美しさもあるが、どこかおどろおどろしい寒気を覚えさせる不気味さがあった。

 完全に月が出ると、やがて淡く光をまとっていた月から赤黒い光が氷面に向かって照射されていく。



「おお、これはあの絵に至るまでの光景ということですなっ! なんと素晴らしいっ!!」

「はしゃぐと滑って転んで逝っちまうぞ」



 赤黒い光が当たった氷面には氷の結晶模様が輝きを帯びて浮かび上がり、万華鏡のように煌めきを回転させながら妖艶な美を一面に映し出す。

 そこまで至る過程までその目にしたことで、オーベロンは大興奮で鼻息を荒く叫び、ガウェインに落ち着けと肩を押さえられていた。


 一方で竜郎もその光景に見惚れながらも、解魔法でその現象を解明していき、その先の答えにたどり着いて頭が冷える。



「なるほど……そういうことか。だから凄惨って書いてあったのか」

「んん? たつろーは何か分かったの?」

「まぁ解魔法で色々と先を知っちゃった感じだな。

 愛衣たちはそのまま見ていたほうが楽しめる……うん、まぁ過程はどうあれその先は楽しめると思うぞ」

「なんだか気になる言い回しね」

「まぁ見てれば俺の言いたいこともすぐ分かるよ。それに────噂をすればだ。

 王様たちがやってきた。やっぱりあいつらが王だったんだな。

 ほら皆、邪魔にならないよう隅っこの方に移動しよう」

「ヒヒン?(王様?)」



 竜郎が後方に視線を向けると、皆を氷上の舞台の袖に誘導していく。

 するとドシンドシンと大型の魔物の足音が、ゆっくりとこちらに近付いてくるのが聞こえてくる。



「ん、なんかいっぱい来た」

「なに……しに……き……たんだ……ろ……?」



 王だろうと思っていたマンモスの魔物こそが、やはりトワイライトの言っていた〝王〟であると竜郎は確信する。

 そして空を見上げ紅い月に魅入られたかのように、これまで道中で見てきたマンモスの小さな群があちこちで合流して大群となり、竜郎たちのいる氷の上に真っすぐ向かってくるのも目視で確認できた。



「なぁ、マスター。俺らは隠れなくてもいいのか?」

「ああ、今は俺たちに興味ないだろうからな。あの月に夢中で」



 通り道に立たないようにしただけで、竜郎たちはマンモスたちからすれば丸見えの位置に立っている。

 ここまで来る道中のマンモスたちであれば、この一帯の生態ピラミッドの頂点にいることを自覚しているかのような振舞いで、別種には苛烈に戦いを挑んでいく攻撃的な性格をしていた。

 けれど今は竜郎がいうように、こちらに気づいても完全に無視して氷の真ん中付近にどんどん集まり、じっと空を見上げて立ち止まって列をなす。



「はじまるぞ」

「ん、なんか下が騒がしい?」



 ヘスティアのいう下とはもちろん今立っている、あれだけの大型魔物が密集してもビクともしないほど分厚い氷の下の海のこと。

 トワイライトのモノリスを確認するために、海底に降りたときに見た提灯の先をもぎ取ったようなチョウチンアンコウ型の魔物たちが、一斉に深海から氷に向かって突撃していく。

 竜郎は何が起きるかなんとなく察せたため、事前に一言言っておいた方がいいかとも思ったが、ライブ感が薄れてしまいそうなのであえて黙っていることにした。



「「あうっ!?」」

「う、うわぁ……」

「なか……なか……悲惨……」

「こいつは確かに少しばかりエグイな」

「な、ななな……なにが……起きて…………」



 紅い月に魅入られずっと空を見上げ動かない〝王〟たちの足元から、アンコウたちが紅月から照射された光の力を使って氷をすり抜け、マンモスたちの体の一部を齧っていく。

 齧ったらすぐに氷をまたすり抜け海に戻り、次の同胞に譲るように後ろに回る。

 規則正しく大量のアンコウたちは氷の下で列をなし、順番に氷を飛び出し一口ずつやすりで削るようにマンモスたちの肉を噛み千切って腹を満たす。

 マンモスたちはそれでも月の魔力に魅入られ、眠っているかのように動かないまま、氷面に血がばら撒かれ真っ赤な色に一面染まっていく。

 寒さ的にすぐ凍ってもおかしくないのに、血は未だに湯気を上げている。


 この辺りの生体の頂点にいたはずの王たちは、あまりにも一方的で、あまりにもむごい方法で、まるでその身をアンコウたちに捧げているかのようにも見えた。

 中にはもう肉をがれ骨が見えてしまっている個体までいて、それでもじっと立っている姿はホラーといっても過言ではない。

 あの妖艶な紅の美に見惚れていたオーベロンも、これには目を覚ましてガウェインの腕に震えながらしがみついていた。


 満足いくまで肉を食い散らかすと、アンコウたちはもうお腹いっぱいだとばかりに興味を失い氷の下に戻っていく。

 するとそれを見こしたかのように、凍ることもなく血が流れ続ける傷口から肉が盛り上がって再生していく。



「あのアンコウたちの唾液に、そういう効果があるみたいなんだ。

 だが御覧の通り治ればいいっていう雑な治療だから、マンモスたちの体には傷跡が残る」

「あー……、あの傷ってそのせいでついてたやつなんだ」



 あのマンモスに傷をつけられるようなモンスターいなかったのに、やたらと体中傷だらけだったことを愛衣たちは思い出す。

 やがて紅月からの赤黒い光の照射が終わり、マンモスたちはまた夢遊病のようにゆっくり歩きだして、氷の大地から去っていった。

 後に残ったのは、大量に撒かれ充満した血とその匂いだけ。



「さあ、ここからだ。はじまるぞ」

「え? わっ」



 氷の大地に撒かれた血が蒸発するように霧となって空に登っていく。

 その霧は氷も混ざって月光に照らされ、薄く輝きながら紅月に吸い込まれていく。

 血が吸い込まれるほどに紅の月は蒼みを帯びていく。



「綺麗ね……」

「あの凄惨な光景が洗われるようです……」



 蒼月は血を吸うたびに光り輝き、蒼き光で氷を照らす。

 そちらも氷の結晶模様が浮かび上がり、万華鏡のように光が回り煌びやかな景色が目の前で繰り広げられる。

 紅月のときは妖艶な美を感じたが、蒼月は清廉な美を見る者に感じさせた。

 そして極大まで輝きが増大したところで、蒼い月がひび割れる。



「あ、割れちゃう……」



 どこか寂しさを覚える儚い終わりが訪れる。

 蒼い月がゆっくりと割れて壊れていき、その破片が氷の大地へ落ちて水底へ吸い込まれていく。



「ん、星みたい……」



 吸い込まれた光は氷の下の海に暮らすアンコウたちの頭の触手の先──提灯に宿り、分厚い氷すら貫通してその光が少しだけ氷の大地に零れ見えていた。

 その光景はまるで星空のようで、竜郎たちはアンコウたちが全部深い水底に潜っていき、完全に光が消えるまでその場で立ち尽くし見守った。


 全て元の氷原に戻ると、ガウェインが思い出したかのように口火を切る。



「結局ありゃ、どういうことだったんだ?」

「簡単に言ってしまうと、あの紅い月はマンモスの血を利用した、〝王〟にだけしか効かない魅了の魔法といったところか。

 それを空に浮かべておびき出し、氷の鎧も解除させて、肉質も柔らかくして、満足いくまで捕食する。

 捕食が終わったら付着させた唾液で傷を治して、次の魅了に使う分の血を回収。

 後は頭の上の触手みたいな先にアンコウ皆で保存した力と血を宿して、海底でひと眠り──ってのが、この光景が生まれたいきさつであり、この氷原の魔物たちの生き方ってわけだな」

「あの……アンコ……ウ……たちが……あの……景色……を……作り上……げ……てたん……だね……」

「ヒヒンヒヒーーンヒヒンヒヒーーン(アンコウはそんなに強くない魔物だったのにね)」

「あれだけ群れることで、あんなに大掛かりなことができるようになったんだろうな」



 あのアンコウは通常の魔物よりは少し強いが、この辺りの魔物からすれば最弱だった。



「王に牙剥く最弱か。なかなか根性あるじゃねぇか」

「最も弱い魔物が生きる術として選んだ標的が、この地の最強っていうのは、なんだか因果な感じがして面白いわね」



 また新たな謎現象を解き明かし、竜郎たちは満足しながらその地から去っていった。

次も木曜日更新予定です!

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― 新着の感想 ―
アンコウ鍋にしてみないの? 新しい魔物は取り敢えず牧場送りかと思ったけど
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