第435話 王はどれだ
輝く宝石の繭中で一晩過ごし、じっくりとジャンヌが撮影してくれた後、竜郎たちは次の目的地へと旅立っていく。
「残りはいよいよあと二つか。そう考えるとかなりいいペースで周れてるな」
「だねぇ。いろんな綺麗なところとか見れて結構楽しいし、あと10個くらいあってもよかったのに」
「私は10と言わず、100でも200でも構いませんぞ!」
「そこまであると逆にありがたみがなくなりそうだぜ……」
ジャンヌの空駕籠の中でのんびりと空の旅を楽しんでいると、段々と窓の外の景色に雪が混ざりはじめる。
次の『紅月の氷原』のモデルとなった場所があるという地点は、一年中氷に覆われた氷原地帯。
一年中氷のある場所というだけならそれなりにあるが、そこはこの世界の中でも1、2を争う寒さを誇る場所であり、寒さに強い種族ですら滅多に寄り付かない死地とも呼ばれている。
ジャンヌが翼を動かすたびにどんどん外の寒さは増していくのを、竜郎は解魔法で感じ取っていた。
「まぁ、ここは快適なんだけどな」
「ん、暖房の聞いた場所で食べるアイスは最高」
「「あうう!」」
だが外がどれだけ寒くなろうとジャンヌには関係なく、その彼女が背負う空駕籠もリアお手製の巨大魔道具のようなものなので冷暖房設備も完璧。
外がどれだけ氷点下を下回ろうと、空駕籠の中でオーベロンが凍え死ぬことはない。
空駕籠の中でぬくぬくとヘスティや楓、菖蒲がアイスを食べて上機嫌にしていた。
『ジャンヌ、ごめんな。一人だけ働かせちゃって』
『ヒヒーーン。ヒヒンヒヒーン、ヒヒヒヒーーン。(全然いいよー。空飛ぶの嫌いじゃないし、久しぶりに一杯飛べて楽しいし)』
『ありがとな』
全部終わったらジャンヌに何かご褒美を上げないといけないなと竜郎が考えている間に、ようやく目的地座標の上空までやってこれた。
空駕籠の扉を開ける前に竜郎が念入りに魔法で障壁を張り、内部を暖かい空気で満たして老体にも優しい空間を作ってから外に出ていく。
「寒さがなければ綺麗な所ね」
「静か……で……落ち……着く……」
外は雪もほぼ降っておらず、景色を見るには最高のロケーションだ。
竜郎の探査魔法は魔物の反応を検知しているが、とりあえず見える範囲にはおらず、一面の銀世界に立っている。
冷凍庫すら可愛く思えるほど極寒の地でも、魔法によって皆が観光気分で周囲を見渡している間に、竜郎はモノリスと周辺の魔物の情報を探っていく。
「モノリスはあの辺か」
分厚い雪が時の流れで積もって圧縮されていき、下で氷の層となった場所にモノリスが埋まっているのを発見。
竜郎は水と氷魔法を駆使して、強引にそこまでの道をこじ開けるよう氷の階段を作り、安全を確認してから皆で確認していった。
「うーんと、読む感じだとまた海のときと似たようなあれかな?」
「決まったルートを進めってやつか」
刻んであった言葉は、『決められた道を進むことを推奨する。魔物は手を出されたら反撃するくらいなら問題ない。だが〝王〟にはできるだけ手を出さないほうがいい』というものだった。
さらに海のときと同様に、その文言の下にここ先のルート図が描かれていた。
チェックポイントのようにモノリスが設置してあるから、その順番を辿り進むことをトワイライトは推奨してきていた。
「でも推奨ってことは、最悪外れてもいいってことかな?」
「その方が目的の景色が見やすいってことではありそうだが、どうなんだろうな。あと気になるのは……」
「王って何のことを指しているのかしら?」
「もしかして魔王種の事じゃねーか? 野生の魔王種、会ってみてぇな!」
「ま、魔王種ですと!? そ、そんなものが出てきたら大丈夫なわけが………………はて、なんだか大丈夫そうな気がしますな」
「ん、こっちの王様はだいぶ分かってきた」
「とはいえ高レベルの魔王種とかなら、油断していい相手じゃないんだろうけどな。
特殊な魔王種固有のスキルとか持っているだろうし」
「ヒヒーーーン(油断は禁物だね)」
もしかしたらその種の頂点──魔王種の魔物がいるかもしれない。
だが本当にやばい個体がいるのなら、神々から警告なりなんなりくるだろう。
それにそこまで強い存在がこの辺りにいるというのなら、さすがに竜郎たちも気づきそうなもの。
またトワイライトの時代からいるのなら真竜やその側近の誰か、もしくはクリアエルフたちがさっさと討伐に乗り出しているはずだ。
いたとしても魔王に至っていない魔王種が精々。もしくは魔王化したけれど、極端に弱く脅威度の低い特殊な魔物。
それくらいならオーベロンもこのまま同行させても問題ないだろうと、竜郎たちはトワイライトのガイドに従って動き出す。
モノリスの設置してあった場所から、さらに北東に向かって氷原を進んでいく。
最初から皆を数センチ宙に浮かせ、風魔法で滑るよう魔物はできるだけさけて前に素早く進み続ける。
「魔物……は……基本……的に……無視……?」
「積極的に戦うのはあんまり良くないみたいだしな。しつこいようなら追い払うくらいでいいだろう」
「準備運動にもなりゃしねぇだろうし、戦ったら逆にストレス溜まりそうだしちょうどいいな」
魔物の平均的な強さは、カルディナ城周辺の地帯よりも少し低め。
それでもこの極寒の寒さに耐えながら、そのレベルの魔物と戦うとなれば、一般的な冒険者にとってはそれ以上の地獄かもしれない。
とはいえガウェインをはじめ竜郎たちにとっては、この環境も魔物たちも取るに足らない存在でしかない。
「でも王? っていうのは、早めに見つけておきたくない?」
「できるだけとは書いてあったみたいだけど、手を出さないに越したことはないわよね」
「ヒヒーーーン、ヒヒヒヒーーーーーン?(王っていうくらいだし、すぐ分かる見た目してるのかな?)」
「ん、気付けるようになってるはず」
「あえて固有名詞を出さないってことは、誰が見てもこいつが王だなって分かるような何かだとは俺も思ってる」
「これまでのトワイライトの文章からも、明らかに分かりづらいようなものはありませんでしたからな。私も同感です」
「王か。大層な名前で呼ばれてるくせに雑魚だったら承知しねぇぞ」
「いや、雑魚でも手を出すなよ? 何が起きるのか、影響するのかさっぱり分かっていないんだから」
「わーってるて。さすがに俺もそれくらい自重できるさ」
そのあたりは信頼しているため、竜郎もそれ以上は何も言わずに進んでいく。
「よっと──魔物が増えてきたな」
「王ってのはどれだろ? 早く見たいなぁ」
氷の彫刻のような2メートル級の犬科か猫科かも判別しづらい見た目の四足獣が、竜郎たちに数十匹の群れを成して突っ込んでくる。
だが竜郎の風の障壁で押し流されて宙を舞い、遠く離れた反対側まで吹き飛ばされてそっと降ろされる。
「「きゃっきゃっ! わんわんぴょんぴょん!」」
「にゃんにゃんかもよ?」
「「あう? にゃんにゃーん!」」
次々頭上を飛んでいく姿は楓と菖蒲に大うけだったが、当の魔物たちは何が起こったのか分からず、きょとんとした表情で動きを止める。
その間に竜郎たちは無視して、とっとと先を急ぐ。
他にも雪だるまのようなスノーゴーレム、氷のような突起を生やしたラプトル、骨だけの巨大鳥、白い毛に覆われた巨人、氷の角のウシなどなど、生態系も多様で魔物園の参考にもなると、ここも見ていてなかなか面白い。
「けどどいつもこいつも〝王〟って風格はねぇな」
「ん、似たり寄ったり」
「あのウシなどは立派でしたが、違いましたか。私には見分けがつきませんな」
だがそれだけ魔物を見ても、トワイライトのいう王らしき存在は見当たらない。
もしや魔物ですらないのかと思いはじめ、道のりの半分も過ぎたあたりで──それをみつけた。
竜郎たちは進むのを一度止め、氷山の物陰に皆で隠れてそちらをこっそりうかがっていく。
「ねぇ、たつろー。あいつじゃない?」
「ああ、確かに王って感じだ」
「確かに、この辺りの生態ピラミッドの頂点にいるような魔物のようね」
一言で言い表すなら、それはマンモス。
だが当然ながら普通のマンモスではない。
目玉は顔の中心に大きなものが一つで、やたらと殺意が高そうな鋼の牙──というよりもはや槍が六本口元から伸びている。
頭には立派な角が生えており、それはまるで王冠のように見えなくもない。
体中に氷の鎧をまとった体高8メートル近い、この辺りでもひと際大きな魔物。
「「「「「「パオオオオーーーーーン!!」」」」」」
「ん、まさに無双」
「あれなら王って認めてやってもいいな。群れてるのは気に食わねぇが」
そのマンモスは一体でも他の魔物に囲まれても負けないだけの、この辺りでは絶対的強者といえるだけの力を持った魔物だった。
だというのに念には念を入れてと言わんばかりに、6匹ほどの群れで行動している。
一番小さな個体はおそらく子供のようだが、それでも体高4メートル弱。
立派な体格の氷角ウシを、その子供が牙で突き刺して持ち上げオモチャにしていた。
まるで重戦車と自転車のぶつかり合いを見ているかのようだと竜郎が感じてしまうほど、そのマンモスたちはこの氷原地帯の〝王〟だった。
これまで見つけられなかった王を見つけられて、一同すっきりした表情をしている。
あれでなければ、何が王なのかと。
「あれ……に……手を……出さ……なければ……いい……の……?」
「ヒヒーーーン?(たぶんそうじゃない?)」
「手を出さないほうがいいって書いてあった理由は未だに不明だが、今のところあれ以外に王らしき魔物もいないしな」
「私からすれば、どう考えても手を出したら駄目な魔物なんですがね」
竜郎たちからすれば、戦闘力5の魔物の中に6が混ざっていたくらいの感覚でしかない。
トワイライトが何者なのかは知らないが、竜郎たちのような普通を優に超えた超人なのは間違いない。
そんな似た感覚を持つ存在が、あれを王というならおそらく強さ的な意味ではないのだろうと察することができた。
「ん、でも意外と傷だらけ?」
「ヒヒーーン(ほんとだねー)」
「氷の鎧でよく見えなかったが、確かにあちこち……とくに足回りの傷跡が酷いな」
「あのマンモスさんに攻撃できるのが他にもいるってことだよね? もしかしてそっちが王だったり?」
「もうわっかんねぇな」
よく見るとマンモスたちは漏れなく体中に傷を負っていて、とくに足回りは酷かった。
それでも再生力も強いのか、その傷も塞がり元気に歩いているのだが、そこだけ少し気になった。
「だがあれくらいしか王といえるのはいないし、とりあえずこのままこっそり進んでいこう」
「それがいいね」
トワイライトの指示に嘘も悪意もこれまで無かったため、竜郎たちは今回もその言葉を信じて、なるべく王(仮)たちにバレないよう少し速度を落としながら慎重にゴールを目指して進んでいった。
次も木曜日更新予定です!