第432話 黄金の遺跡
竜郎たちは砂嵐の位置を捕捉しながら、アリたちに気づかれぬよう距離を取って砂漠の中心地へ向かって進んでいく。
「この場所に適応できているのはアリたちだけなのかしら?」
「分かる範囲でもアリ以外、魔物どころか生き物や植物の気配すらないからな」
「そりゃ俺が魔物でも、わざわざこんなとこに住みたかないしな」
「ん、あのアリさん美味しくなさそうだし」
弱い魔物からすれば強制乾燥の力に抗えず、この砂漠に入ることすら許されない。
この砂漠の乾燥に抗えるほどの強い魔物からすれば、わざわざこんなところに住む必要がない。
鉱物や金属系のゴーレムなど、そもそも水分を必要としないモンスターなら入っただけで死ぬことはないだろうが、銅砂を踏めば呑み込まれて沈んでしまう。
こんな生きづらい場所、頼まれても住みたくはない。
「ヒヒーーンヒヒン?(じゃあなんでアリはここに住んでるだろ?)」
「あの……アリた……ちは……その……どちら……にも……当て……はまって……ない……気が……する……」
「アリさんたちだけが、ここに適応したってことなのかな?」
「適応したとも考えられるが……、むしろあのアリたちにとって都合がいいように作り替えられたような気がするんだよな」
「なるほど……意図的に作られた場所と考えると、色々と納得がいきますな」
本来なら砂漠化しないはずの土地にある砂漠。
自分たちだけが平気な強制乾燥地帯。
粒子が細かく底なし沼のようになっている砂地を、獲物を担いで平気で歩ける特殊な足の構造。
広い砂漠を群れで素早く移動するための魔法スキルまで持っている。
あまりにもこの砂漠は、あのアリにとって都合のいい空間だ。
となると砂漠が先にあったというよりは、アリが先にいて砂漠が後からできた──つまりアリたち自身がそうなるよう、ここを作り替えていったと考える方が竜郎には自然に思えた。
「だとするとこれだけの砂漠を作り出すほどでしょうし、とてつもない規模の巣になっていそうね」
「てか、もしもこの先にあるのがあのアリさんたちの巣だったら、私たちが見たがってる絵にあった光景ってもしかしなくて?」
「そういうことなんだろうな、たぶん」
既にネタは割れてしまったかもしれないが、それでも美しいものは色褪せない。
ここは他に敵もおらず、砂漠を横断でき砂嵐を追えるだけの実力さえあれば退屈な場所。
皆でワイワイ話していたら、あっという間に目的の場所まで辿り着いてしまった。
「これが『輝砂の嵐と黄金遺跡』っ。ああ、まさにあの絵のとおりの光景ですっ!!」
「ん、あっさり着いちゃった」
「あんまり達成感みてぇのはないが、確かに見ごたえのある景色ってのは認めるぜ」
「「きらきらっ!」」
「ほんと、派手な巣を作ったね。アリさんたちも──アリさんたちの巣でいいんだよね? たつろー」
「あ……ああ、間違いない。やっぱり思ったとおり、あのアリの巣だったな」
外界から守るように常に砂嵐で銅砂が巻きあげられ、それが太陽光に反射して眩いほどの小さな煌めきが視界一杯に広がっている。
そしてその中心には、まごうことなき黄金でできた遺跡のようなものが悠然と佇んでいた。
しばらくその風景を眺め楽しむと、未だ飽きずに釘付けになっている
その間に竜郎はこの辺りに埋まっているはずのモノリスを見つけ出し、そこに書かれている文言を読み込んでいく。
「おめでとう。もしもこれ以上の光景を望むなら、バレないよう忍び込んでみてもいいかもしれない。幸い動くものには敏感だが、視力自体はよくないようだ。楽しむといい──か」
「巣の……中……に……入れって……こと……?」
「ヒヒーーン、ヒヒン?(そうとしか思えない書き方だし、そうなんじゃない?)」
「んじゃあ、さっさと入っちまおうぜ。どうやっていく?」
「書いてある通りなら、だるまさんが転んだみたいな感じで行けばいいのかな?」
「だるまさんが転んだってなにかしら?」
「相手側が見てきたとき、動かないよう体を静止させる遊びの事だな」
「ああ、そういうこと」
オーベロンを正気に戻してから、竜郎たちは遺跡の中へと向かっていく。
鋭利なカミソリのように全身を切り刻んでくる銅砂の嵐をあっさり潜り抜け、道中のアリたちに気をつけながら、砂から出ている遺跡へと足を踏み入れていく。
『これバレたらどうなるのかな?』
『ん、アリさんたちがビックリして巣が壊れちゃうのかも』
『かなりの年月をかけて作ったんだろうし、それだけは避けたいな。
これまで通り慎重に進んでいこう』
『ヒヒン(おっけー)』
黄金の遺跡の中に入ると、綺麗な黄金の壁に支えられたトンネルのような坂道が続いていた。
そこにアリたちは迷いなく入っていき、竜郎たちもその跡を尾行するようついていく。
たまに視線を感じるのか振り返ってくるため、竜郎たちはそのたびに動きを止め、無事にやり過ごしていった。
そして坂道を下った先に、トワイライトのいう『これ以上の光景』が広がっていた。
「こっ、このようなものが世界に存在したとは……」
「ヒヒーーン……(想像以上に凄いかも……)」
「インディジョーンズにでもなった気分だな……」
「うん、まさにお宝発見って感じ……」
地下に広がっていたのは、地上で少し見えていた遺跡とは比べ物にならない規模の黄金都市。
アリたちの魔法が込められた球体が街灯のようにあちこち設置され、暗いはずの地下に明かりを灯し、その光が黄金の都市をより輝かせていた。
人間が作るものと違って細かな装飾こそないが、シンプルだからこそ余計な情報も入らずその黄金都市のインパクトに圧倒されてしまう。
「アリたちの群れが一丸となって魔法を使って、この都市を媒介に強制乾燥を引き起こしているみたいだな」
「あの乾燥もやっぱりコイツらの仕業かよ」
「銅砂もだな。あれもこいつらが外から捕まえてきた死骸で、食べない部分──つまりゴミを銅砂に変えて外の砂漠に撒いてるようだ」
「やっぱりこの砂漠全部、このアリさんたちがやったことだったんだね。凄いや」
数は多いとはいえ、たった一種の魔物によって環境ごと変えられた場所。
一体一体は竜郎たちにとって大したことはないが、そこまでできるのかと感心させられる。
「これ……は……どこ……まで……広がって……る……のかな……?」
「どうせ来たのだし、このまま進めるところまで進んでみましょうよ」
「わ、私もこの都市をもっと見ていきたいです!」
「そうか……。陛下もそう言うなら、先に行きましょうか」
「アリさんの巣かなって聞いたときもそうだったけど、なんか微妙な反応してるね? どうしたの? たつろー」
「いや、どうせ来たんだしそれを知るのもいいだろう。行こう」
「「あう?」」
なにか含みのある竜郎の様子に楓や菖蒲も不思議そうにしていたが、どうせ最奥に行けば分かること。
竜郎は余計なことをそれ以上言わず、探査魔法で迷わないよう皆を最奥までナビゲートしていく。
そして最奥まで来たとき、アリたちがしている行動を見て、竜郎がどうしてああいう反応を見せていたのか全員納得した。
これにはガウェインも、なんと言っていいのか分からず口ごもる。
「お、おう……。そ、そういうことか……」
「なんかちょっと、お外に出たくなってきたかも……」
「まさに知らぬが仏ってやつだな。でもどうせ来たんだ。皆も俺と同じように、全部知ってくれ」
最奥ではさらに黄金都市を広げようと、アリたちが地下へ向かって増築作業に勤しんでいた。
そこまではまったく問題ないのだが、この都市を構築している黄金はどこから持ち込まれていたのかが問題だった。
「そう、ここは世界一美しいゲロと糞の塊なんだ……」
「口に出さないでっ!」
「夢が壊れるから止めてちょうだい……」
「ヒヒーーン……(知りたくなかったよ……)」
アリが糞をして、そこに口から出した吐しゃ物のようなものを混ぜることで、黄金のセメントのようなものができあがる。
それを塗って乾かすことで、この黄金都市はできあがっていった。
竜郎は事前に解魔法でそれが分かってしまい、皆に伝えるべきか悩みながらも口にはしなかった。
もしも遺跡がどこまで続いているのか見たいなどと誰かが言い出さなければ、ずっと心の内にしまって、一人でその微妙な感情を抱えたまま次に行くつもりだったのだ。
だがここまで来たからには、皆に全てを暴露した。
「いえ、しかし……これも自然の営みというもの……。
美しきものに貴賤はございません。それがなにでできていようと、私はこの全てを愛することができます」
「そ、そうか。良かったな、爺さん」
どこか悟りを開いたような目で、オーベロンはその黄金の壁を愛おしそうに撫でていた。
だがそれが何かを知ってしまった竜郎たちは、美しいと思う気持ちはあれど、最後までその境地に達することはなかった。
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