第429話 海に住まう魔物たち
ゴールまで半分を過ぎたあたりでフクロウ亜竜たちもほとんど見えなくなり、別の魔物が見え隠れしだす。
中でも目を引いたのは、海の中で赤緑黄と様々な色で光で照らした宝石のような輝きを放つ魔魚の群。
荒波の隙間からチラチラと見えるだけだが、それが逆に星の瞬きのようで目を誘う。
「なんと美しい魚だろうか……」
「同じ種のはずなのに同じ色がない。面白いな」
「よく見ると地味な子もいたりして、それはそれで見てて飽きないね」
磨かれた宝石のような魔魚に目を奪われがちだが、未加工の鉱石のような輝きの鈍い魚もいた。
「み、見たいのに私には見えない……」
「私もこう荒れた波の中だと、そんなにハッキリは見えないわね。残念」
地味な宝石魚はオーベロンには一瞬の間にそれを確認するほどの動体視力はないが、ちゃんと見えていれば彼はむしろそちらの方が気に入りそうな趣深い見た目をしていた。
「ヒヒンヒヒンーーン(やってることはえげつないけどねー)」
「ん、結構狂暴」
「まるで蝗害だぜ」
大きさは成体でも30センチから50センチほどと、魔物と思えば小柄な部類。
しかし群れを成すことで、まるで大魚のように近付くもの全てを食い荒らす。
自分たちよりも大きな魔物でも、その小さくも荒々しいトゲのような歯で噛みついて肉を引きちぎる。
一噛み一噛みは小さくとも次から次へと噛みつき、あっという間に獲物を骨と化して次の標的目掛けて突き進む。
よく鍛え上げられた軍隊のように乱れなく、一つの生き物のように巨大な群れは回遊し続けていた。
その宝石のような鱗は物理的な攻撃だけでなく、魔法すら反発して中身を守る強固な物。それで鎧を作ることができれば、レベル10ダンジョンの攻略にも充分に役に立つほど。
一角の冒険者がパーティを組んであれを討伐しようとしても、相手をするのは厳しいだろう。
「けど……それを……食べる……のも……いる……みたい……」
「「でっか! でっか!」」
だがそれでも、その宝石魚たちは海の生態系の頂点ではない。
海のもっと深い場所から巨大なワニとシャチを混ぜたような魔物が大口を開け、宝石魚たちを呑み込んでいく。
荒波の隙間から見える迫力の光景に、楓と菖蒲も楽しそうだ。
「あんなに呑み込んじゃったけど、お腹の中から食べ返されちゃったりとかしないのかな?」
「しないから食べてるんじゃないか? 慣れてるようにも見えたし……」
竜郎が声を止めると、石を磨り潰すようなゴリゴリという音が水中から響いてくる。
「はて、この音はいったい何でしょうか?」
「咀嚼音……でしょうね。あんなのに呑まれたら、すぐ潰されちゃうわ」
「な、なんと……あれほど美しい魚を乱暴にするなんて」
「あの魔物からすりゃ、エサでしかねぇだろうし関係ないだろ」
「ん、見ててもお腹は膨れない」
「ヒヒーーン(2人とも身も蓋もないなぁ)」
そのまま竜郎たちは方角と距離を意識しながらも、宝石魚の群れとそれを食らう巨大魔物の捕食シーンを見ながら、絵の景色があると思われる場所まであと七割ほどといった海域まで辿り着く。
竜郎は巨大魔物の口の端から出てきた食べカスとでもいうべき宝石魚の残骸を回収し、ちゃっかり魔卵を生成できるようにしておいた。
「今回はどれくらいの距離なのか、ハッキリしているから気が楽だ」
「一個前の黄金の大樹は、いつまで続くのかも分かんなかったしね」
「波が少し邪魔だけど、いろんな見たこともない海の魔物の生態が見れて楽しいくらいだわ」
「精神的にも雲泥の差ですな。終わりが見えないだけでなく、精神の拷問のような場所でしたから……。
それに比べてここは美しい魚を見ることもできて、心が浄化されるようです」
「単純な爺さんだぜ、まったく」
「ん、ガウェインも単純な方」
「ヒヒッ──ヒヒーン(あははっ──だよね)」
などと雑談に花を咲かせていると、宝石魚の群れを食い散らかしていた巨大魔物が海中に背を出し、クジラのように潮を吹く。
その潮は日の光に反射して、薄く極彩色の輝きを放つ。
「虹……かと思ったけど違うね。なんだろ──って、もしかしなくても、お魚の残骸?」
「だろうな。息継ぎというより、歯に挟まったゴミを吐き出すのが目的なのかもしれない」
「ん、豪快な歯磨き」
輝いていたのは愛衣が言っていた通り、宝石魚の残骸。
宝石のような色とりどりの鱗の破片が歯石のように歯に溜まり過ぎないうちに、巨大魔物は海水を使って勢いよくうがいをするようにすすぎ、頭部後ろにある穴から放出した結果、虹をかけるような美しい極彩色の潮吹きになったというわけである。
「この世の中には、知らないだけでこんなにも美しいもので溢れていたのですな。
王城でただ朽ち果てていただけでは、一生見ることもなかったものが見られて私は幸せ者です」
「まだまだ絵の光景も全部おいきれてないんだから、感動するのは先にしたほうがいいよ」
「ですな…………む、あれは?」
「前に見た亜竜ですね。少し深く潜ります」
この辺りでは見なくなっていたフクロウのような鳥で、竜の翼を持つ亜竜。
目がいいため、また頭をつつきに来られると近くにいる巨大魔物や宝石魚にバレてしまうと、水中に少し深く潜って隠れる。
だがすぐに、その亜竜の様子がおかしいことに竜郎は気が付いた。
「なんだ? 他の個体は近くにいないし反応が鈍い、動きも……キノコ?」
「キノコ? なに言ってるのたつろー」
「よく見てくれ。体のあちこちに、小さいキノコが生えてるだろ」
「え? あ、ほんとだ」
「あのゴミみてぇなやつか」
「ん、食べるには小さすぎ」
「ヒヒーーンヒヒーンヒヒン(どっちにしろ美味しそうじゃないけどね)」
「よく見えますな……」
竜郎は解析魔法でいち早く気が付いたが、亜竜の体のあちこちに小さなキノコがポツポツと生えていた。
そしてそのキノコからその小ささに反して、多くの胞子が空からまき散らされていることにも気が付いた。
「ただキノコが生えているというよりは、寄生されてるって感じなのか。
小さいくせに大喰らいみたいで、養分を随分と吸われてる。
視力もかなり落ちてるな。これなら見つかることもないはずだ」
「養分にされてあちこちに胞子をばらまく手伝いまでさせられるなんて、亜竜なのにちょっと残念な感じだね」
「残念というより、亜竜に寄生できるキノコに恐怖を覚えてしまうわ……」
「弱肉……強食……亜竜も……隙を見せれ……ば……ああ……なる……」
「気付いた頃には菌根を張られてるんだろうな。
まぁ俺の結界は通れないから、大丈夫だろうがこのままの深度で進もうか」
わざわざ亜竜を寄生先に選ぶ気合の入ったキノコの胞子が舞う海上に、気分的にも顔を出したくなかった竜郎たちは、そのまま少し深く潜った状態で残り一割の所まで辿り着く。
そこにあったのは、なんとも地味なサンゴ礁。
「サンゴっていうには、ちょっと華がないね。人気はあるみたいだけど」
「あいつら、あんなの食って何がしたいんだ? 実はうめぇのか?」
「「あう!」」
「こらこら、食べようとするんじゃない」
色は多彩なくせに妙に暗い色彩ばかりのサンゴ礁に群がるのは、これまでの海路で何度も見てきたおなじみの宝石魚。
止まれば死ぬのかと言いたくなるほど終始獲物を求め泳ぎ続けていたというのに、そのサンゴ礁の中で宝石魚の群れは泳ぎを止めて、まるで商品を物色するように頭部を忙しなく動かし、気に入ったサンゴを慎重に齧っていた。
その謎の行動に興味を持った竜郎は、さっそくどういうことか解析魔法を飛ばし、その理由が判明する。
「あの地味なサンゴが、あの綺麗な鱗を作ってるみたいだな。ちなみに味はしないから、食べても美味しくないからな」
「そ、そうなのですか!?」「「あぅ……」」
「えぇ……全然そんなふうには見えないけど。あんな地味なサンゴから、あんなキラッキラッな鱗ができるかなぁ」
「成分だけ取り込んで、鱗に反映させてるってことでしょうね。
もしかして食べたサンゴの色なんかで、鱗の色も変わってくるのかしら?」
「そうみたいだ。あそこで泳ぎを止めてサンゴをキョロキョロ品定めしてるのは、自分の鱗をどう飾り立てるのか考えているのかもしれない」
「ん、魔物のわりにお洒落さん」
綺麗な鱗になるほど、異性の同種にモテるのがこの宝石魚たち。
オスもメスも自分好みの鱗を見にまとい、こんなに素敵な鱗は見たことがあるか! とアピールして、自分の遺伝子を残そうと必死になっている。
宝石魚は大人になると本能的に自分の好む色合いの鱗にするには、どの色のサンゴをどれでだけ接種すればいいのか見抜き、セルフプロデュースして自分を磨く。
地味な色をしている固体は、まだサンゴの成分が反映されていない若い個体。
もしくはサンゴ成分を定期的に摂取しなければ輝きが失われてしまうため、それができなくなった老いた個体。
若い個体は地味なので今は繁殖相手も見つからず異性から見向きもされないが、ここで自分の好きな色になるよう慎重にサンゴの成分を取り込んでいくことで、より美しく着飾られ好みの合う異性が見つかり繁殖できるようになっていく。
老いた個体は繁殖も終えているため、その努力は止めて食欲だけに走っている。
(このサンゴ…………なるほど、だんだん絵の光景の正体が掴めてきたな)
サンゴを調べた竜郎は、段々とこの先に待っているであろう光景の絡繰りが見えてきていた。
だがそれを皆に説明するのは、ひとしきり感動し終わった後の方がいい。
さきに絡繰りを知る前に、皆には純粋にその美しさを味わってほしいと竜郎は皆を連れて黙ってサンゴ礁の海域も抜け、ついにお目当ての場所まで辿り着いた。
次も木曜日更新予定です!