第426話 黄金樹と星闇の天蓋
そこはとても静かな場所だった。
空は黒く夜空のように広がっているが、妖しく揺れ燃えるように輝いて下を照らしている。
地面は黒曜石のような艶やかで漆黒の輝きを放ち、足で踏みしめるたびに波紋のような光が広がっていく。
そんな空の光が黒いガラス質な床に反射し淡く輝き、波紋が広がる光景も充分に美しかったが、それはあくまで添えものだと主張するように聳え立つは黄金の葉を連ねる荘厳な大樹。
「あれが黄金の大樹か……」
「絵の方も凄かったけど、やっぱり本物はもっと凄いね……」
「ほんとだな……」
少し前にこちらに来ていた魂と同じように、竜郎たちも吸い寄せられるようにその大樹へと向かっていく。
その大樹が美しいというのもあるが、無性に引き付けられるものがあった。
「ああ……本当に私はここにいるんだ…………あぁ……なんと……なんと…………」
ほとんどガウェインに担がれ、竜郎の重力と風魔法によって運ばれてきたオーベロンだったが、自分で行きたいと彼も己の足で大樹へと向かう。
楓や菖蒲も口をポカーンと開け黄金の大樹を見上げ、竜郎と愛衣に手を引かれ進んでいく。
「ヒッヒーーン(ギラッギラだね)」
「ん、でも不思議。全然下品な感じしない」
灰銀の木肌の隙間から黄金の光が零れだし、根元から見上げれば笠を開くように黄金の葉が大きく広がっている。
自然に枝から放れ落ちた黄金の葉が宙で揺れ、ゆっくりと床に落ち粒子となって消える光景は目を奪われる。
ともすれば黄金にまみれ下品にすら感じそうな光景だというのに、その葉を見つめているだけで心が浄化され、無性に拝みたくなるような神聖さすら覚えていた。
「そういや、ここにもトワイライトはなんか残してんだっけか?」
「らしいな。先に聞いておいてよかったよ」
「まぁ……この人から聞ける状況ではないわよね」
「おぉ……神よ……」
イェレナに指摘されたように、オーベロンは涙を流して大樹を拝みこちらの声など一切聞こえてはいない。
念のため怪しげな洗脳の類はないのか確かめてみるが、そういった痕跡もなく、竜郎は事前に聞かされていた情報を頼りに探査魔法を飛ばす。
「なんか探査魔法が使いづらいところだな。ジャミングがかかっているみたいだ」
「見つかりそう?」
「ああ、大よその場所を教えてもらっていたからな──────よし、見つけた」
特に危険はなさそうだが、念のためガウェインをオーベロンの護衛に残し、残りのメンバーでそちらに向かう。
床面を風魔法で吸い上げるように小さな竜巻を起こすと、その一部分だけが外れて持ちあがり、石板が埋め込まれるようにその下に設置されていた。
「おめでとう。鍵は全てを通過した証明章。なければ途中で退場だ。あるのなら手に持ち、魂が祈りを捧げるのを見届けよ。楽しむといい──か。
やっぱりここも、まだ絵の続きがありそうだ」
「ヒヒーン(なにが見られるんだろ)」
「ん、楽しみ」
皆で先の空間で手に入れた自分の鍵を取り出し、ガウェインたちがいるところまで戻っていく。
魂は未だにゆっくりと進んでいたが、竜郎は魔法の風で背を押して強制的に急がせた。
「わくわくするね」
「「あう!」」
魂が大樹の前に到着する。
鍵を吐き出すように取り出すと床に落ちた瞬間、泡となって空へと上がっていく。
「おっと」
近くにいた竜郎たちが手に持っていた鍵も、連鎖するように泡となって上昇しはじめる。
魂は幹にすり寄るようにくっつくと、空に浮かぶ光と光同士が葉脈で繋がり合うよう、黄金の線が空いっぱいに広がっていく。
天体ショーを見るように空を見上げて観察していると、脈打つように空の光が強く光ったり弱まったり明滅しはじめる。
魂はそれでも熱心に幹にすり寄り続け、だんだんと端から糸が解けるように消えだした。
「綺麗……。魂も……凄……く……喜んで……る……」
ルナが呟きながら空を見上げると、消えゆく魂を祝福するように黄金のオーロラが空にかかる。
上昇し続けていた竜郎たちの分の泡も含めて一つ一つ割れていき、そのたびに黄金の大樹の枝葉に牡丹のような朱色の花が咲いていく。
葉脈を伝い流星のように空の光が次々と流れ出し、ガラス質な黒い床面の光の波紋があちこちで発生し、心が洗われるような美しい鈴の音があちこちから木霊するよう響き渡る。
「なんだあれは……」
「まじかよ……。神様ご登場ってか……?」
魂が完全に消え去った頃、空にかかった黄金のオーロラをかき分けるように、大きな光の巨人が現われ空を見上げる。
その手には光玉が乗っており、光の巨人は割れ物を扱うように両手でしっかりと持っていた。
それを流れ続ける空の光の中へとそっと放り投げると、打ち上げ花火のように光玉は空に上がっていき、一番高いところに届くと爆発するように強い輝きを放って真昼のように竜郎たちのいる場所が照らされる。
光のシャワーが空から降り注ぎ、段々と光は収まっていく。
そして空には光が一つ新たに生まれ、大樹に咲いた朱色の花が散って花吹雪が舞い踊る。
竜郎たちは花びらの絨毯が敷かれるまでそれを見届けると、やがて夢だったかのように花びらも泡となって消えていき、空の葉脈のような光の線も消え、光の流れも止まり──全てが最初に来た時と同じ光景に戻っていた。
ただ一つ違うのは、出口だと思われる黄金の扉が大樹のずっと後ろに現れていた。
「これであの魂は報われたのかしら」
「少なくと……も……悲……しくは……なかっ……たと……思う……」
「えっと、お星さまになれるってことなのかな? ここまでこれた魂たちって」
「魂は完全にここで消滅して、ただの純粋なエネルギーに分解されていたから、あの空の光はある意味では死者をカウントとする記号的な意味合いにも感じたが……そっちの方が考え方的にはいいかもしれないな」
「ヒヒンヒーーン、ヒヒン?(じゃああの光の数だけ、ここで死んでるってこと?)」
「ここまで来てる連中も合わせりゃ、もっとだろ」
「なんだかそう聞いてしまうと、ゾッとしてしまう光景にも思えてくるわね。こんなに幻想的なのに……」
空で今も輝き竜郎たちを照らす光の数は、ここで死んでいった者たちの数。
見上げたそこに映し出される光に込められた意味を知り、竜郎たちは何とも言えない気持ちがこみ上げてくるが────何も聞こえていないオーベロンだけはただただ幸せそうに涙を流し、目に焼き付いた先の光景を脳内で何度も反芻していた。
「まぁ……豪華な墓だとでも思えばまだ救いもあるだろ」
「あはは……身も蓋もない言い方だけど、まだそっちの方がいいかも」
「ん、でもそもそもここって、なんだったの?」
「何だったのと言われてもな。なんなんだろうなぁ。俺が知りたいくらいだよ」
「ヒヒーーン?(ダディでも分からないの?)」
「どれだけ解魔法で調べても、ここはそういう所だっていうことくらいしか結局分らなかったな」
「ここは分からずじまいか。それはそれでモヤモヤするぜ」
あまりにも謎なことが多かったが、一つ前の『白炎が咲き誇る静寂の湖底』と違いどういう理屈で、どういった経緯でこのような場所ができあがったのかは竜郎でも究明できず、まったく説明できないお手上げ状態。
もうここはそういうところでしたと納得するかないと諦めていると、ルナが一人黙ったまま大樹に手を当て目を閉じていることに気が付いた。
「ルナ? どうしたんだ」
「ちょっと……気に……なって……」
それだけいうとルナはまた黙りこくって、今度は大樹を抱きしめるように寄りかかり出す。
「あぁここまで生きられたこと……神に感謝します……」
オーベロンは今もまだ陶酔しきって動きそうにないため、まだ時間はある。
竜郎たちはしばらくルナがしたいようにさせ静かに見守っていると、5分くらいして彼女は大樹から離れこちらへ振り返った。
「分かっ……た……」
「分かったって何が分かったの?」
「ここが……なん……で……できた……のか……」
「ヒヒーーン!(気になるー!)」
「いや、気になるのもそうなんだが、なんでルナに……いや、もしかしてここはダンジョンに関係があったりするのか?」
妖精樹と妖精郷の関係と似たようなものかとも思ったが、それにしても超常的過ぎた。
セテプエンイフィゲニアが妖精たちのために創造した妖精郷とて、この世界のあり方にそって形成されている。
ならばもっと上の、何でもありなもの──ダンジョンに竜郎の思考がいきついた。
ルナは妖精樹の化身ではあるが、竜郎たちのダンジョンの運営を任されて繋がっている。
彼女が竜郎が知りえない、ダンジョンの事について気付いたとして不思議ではない。
ルナは竜郎の質問に、コクリと頷いた。
「せい……か……い……。ここは……最初……ダンジョ……ン……だった……場所……」
「やっぱりそっち関係か。ならこのハチャメチャな空間も納得できる」
「でもだったってことは、もうここはダンジョンではないということよね? なら今は何なのかしら?」
「ダンジョンにしたって、ちょっと変すぎだもんね。私も気になる、ルナちゃん教えて」
「ダンジョン……の個が……人々……の……願い……を……祈り……を……独自に……解釈しよう……として……こんな風にな……っちゃった……みたい……。
人の想い……に……感化……され過ぎちゃった……ん……だと思……う。
それ……に……まだ……ダンジョン……のあり方……も……、今より……ずっと……あやふやな……時代……だった……みたいだから……、変質も……しやすかった……みた……い……」
「人の想いに感化され過ぎた? 聞いてもわけ分かんねぇな」
ガウェインは頭を乱暴に掻きながら、じれったそうに眉を潜める。
その一方で竜郎は、自分なりに彼女の言葉から答えを模索していく。
「人の想い……か。ってことは、ここはそもそも昔の誰かが考えた世界にそっているってことなのか?」
「根本……に……ある……のは……1人の……男の……人から……はじまった……。
けど……どんどん……色んな人……の考えが……混ざって……こんなことに……なった……の……。それ……は──」
ルナはいつものようにたどたどしい話し方ではあったが、できるだけ自分が知ったこの空間の成り立ちを、竜郎たちに説明しはじめた。
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