第425話 最後の扉
理由も分からないままに竜郎たちは思いつく限りの苦行ツアーを体験し続け、オーベロンもさすがに精神的に参りはじめていた。
本人に大丈夫かと聞いても、足を引っ張りたくないと思っているのか気丈に問題ないと言ってくれるが、無理をしているのは解魔法で調べなくても明白だ。
楓と菖蒲が彼に構うことで癒されているが、それでもあとどれくらい彼の精神がもってくれるかは少し妖しい。
『芸術を追い求める情熱も、さすがに限界が来たか』
『しかたないよ。私だってもうこんなとこ早く出たいもん』
『ヒヒーーン?(一回出てもいいんじゃない?)』
『この先どれだけ続くかも分からねぇしな』
『ん、おじいちゃんにはキツイかも』
竜郎が常に空間の管を維持し続けているので、いつでも外には出られる。
ここで一度外の空気でも吸って、心のリセットをしたほうがいいかもしれないと考えはじめる。
ただ竜郎は、トワイライトのメッセージが気になっていた。
『俺も一度帰った方が、体調的にもいいとは思っている。
空間の管は繋ぎっぱなしにしておけば、ここに簡単に戻っても来られるしな。
けど一本道。近道など考えず、きちんと進めばいずれ辿り着く──ってトワイライトが言っていたのが気になってる』
『もしかしてきちんとって、途中で裏技使って脱出もダメ……とか? 厳しすぎない?』
『でもまぁ、普通はマスターみてぇに出入り自由な場所でもねぇだろうしな』
『ヒヒーーン、ヒヒン(トワイライトなら普通に行けちゃいそうだしね)』
『ん、あんなとこに石板設置してる余裕あるなら、これくらい最後まで平気』
『だよな。でだ。ここで脱出して何もないなら問題ないんだが、もし駄目だったときのことを考えると……』
『これを最初からやり直すなんて、私もさすがにやだなぁ……』
『ヒヒーーン(私もー)』
『さすがのじいさんも心折れる……いや、逆に燃えちまうか?
それはそれで面倒そうだぜ……』
竜郎が調べても未だにここがどういった意味を持つのか、どんな力が働いてこんな事象が起きているのかさっぱり分かっていない。
もしもここが道順でのズルを絶対に許さない領域だった場合、一度出てしまうと横道にそれたとみなされ、これまでかけてきた時間が全て無駄になる恐れがある。
実際に味わっているわけではないが、視覚からだけでも精神を削られる場所だ。
オーベロンは年寄りで厳しいだろうし、竜郎たちとてまたやり直しは遠慮したい。
『ん、横道なんてどこにもなかったのに近道するなとか、きちんと進めばって書いてあったし、ホントに駄目なのかも』
『やっぱりこのまま突き進むしかないか……』
『ヒヒン(それしかないねー)』
『でも帰ろうと思えばいつでも帰れるんだし、ヤバそうならそのときは帰っちゃえばいいよね』
『だな。なんなら眠らせて運んだっていい。本人はたどり着くまでの道のりも、しっかり見届けたいみたいだが……背に腹は代えられない』
オーベロンのメンタルケアはちびっ子セラピーに頼り、そのまま進むことを決断した。
そうして竜郎たちはどこまで続くかもしれない苦行ツアーを続けていったのだが、意外と終わりは近かった。
細く滑りやすい氷の一本道。両サイドは底が見えない闇が広がり、落ちればただでは済まなさそう。
そんな道もクリアして地蔵の小石を拾い、次の扉をくぐるとこれまでとは趣の違う場所に辿り着く。
「美しい……」
「そうね。これまでがこれまでだったから、余計に綺麗に見える気がするわ」
そこは緑豊かな楽園のような空間。花々があちこちに咲き誇り、空からは燦燦と太陽の光が降り注ぐ。
穏やかな風に運ばれた清澄な空気は、竜郎たちの疲弊した心に行き渡り全てを洗い流してくれるかのようだ。
「でも……ここ……が……終わ……りじゃ……ない……よ……ね?」
「だろうな。綺麗な場所だとは思うが、このくらいの場所ならわざわざこんな苦労してまで来ようとはならないだろうし」
「魂……たち……も……なん……だか……幸せ……そ……う……」
「そうなんだ。じゃあさすがに、もう終わりなのかもしれないね」
ここの手前まで来ていた魂は、記憶や感情を無くしてもボロボロに見えていたが、確かにルナに言われて観察してみると、この地の魂たちはより強く光を放っているように思えてくる。
「まだ終わりではなく中継地点という可能性もあるが……陛下、どうします?
ここで一旦休みますか? 無理はしない方がいいですし」
「倒れられたらこっちが迷惑だ。どうするよ、じいさん」
「「あう?」」
大丈夫──と言おうとしたが、子供たちの無垢な瞳に嘘はつけず「では少しだけ……」と休憩を挟んだ。
30分ほど心安らかに森林浴をするくらいの気分で休憩し軽食を挟むと、竜郎たちはまた魂の背を風で押しながら進みはじめる。
ここを行けと言わんばかりに草木が生えていない地面にそって、魂に従い左右に曲がりながら進んでいく。
するととてつもなく巨大な、木の模様が描かれた美しい金色に光り輝く門が、いきなり進行方向に現れた。
「なんと素晴らしい……我が国に持ち帰って、王城の門にしてほしいくらいです……」
「えぇ……あんなおっきい門が欲しいの? 開け閉め大変そう」
「いやそんなことより、あの門に描かれてる木はトワイライトの絵にあった木じゃないか?」
「ええそうね。『黄金樹と星闇の天蓋』の黄金樹で間違いないはずよ」
肝心のオーベロンは巨大な門の神々しさに見惚れて、こちらの話は聞こえていない。
その代わりに7枚の絵画のことも知っていた、イェレナが断言してくれた。
「ん、あれ見て。終わりで間違いなさそう」
「ヒヒーーン(集めた石をここで出してるね)」
魂がその巨大門の前にたどり着くと、その前に竜郎の5倍ほどの高さをした黄金の天秤が現れる。
中央は奈良の大仏のような像が目を閉じて座っており、左右の手に皿を持っているようなデザインだ。
最初から左に大きく傾いているのだが、左右どちらの皿には何も乗っていない。
「あの天秤……誰が考えたものなのだ……?
素晴らしい……見事な装飾だ。帰ったら職人に頼んで作ってもらわねば……」
天秤も芸術作品の域に達した見た目をしており、オーベロンは記憶に焼き付けながらスケッチを取りはじめる。
それに夢中になっている間に、撮影担当のジャンヌはカメラで撮影してちゃんと映像記録としても残してあげていた。
『ヒヒンヒヒーーン(あとで写真渡したら喜んでくれそう)』
『ふふっ、そうだね。これが終わったら、お土産で渡してあげようね』
『ヒヒン(うん!)』
そしてその下がった左側の皿の上に魂が乗ると、ゆっくりと上昇し右の皿が下降しはじめる。
右の皿が一番下まで落ち切ると、さきほどと左右のバランスが逆になった。
そこで魂はこれまで集めてきた小石を、一つ一つ吐き出すように左の皿の上に捨てていく。
全て皿の上に出し終わると、魂は左の皿の上から右の皿の上に移動。
すると左上がりだった天秤が下がっていき、やがて完全な水平状態になる。
「うわっ、目が開いた!? ちょっとコワッ」
「確かに心霊現象っぽくはあるな……」
天秤が水平状態になると、中央の仏の目が開き強く瞳が輝きだす。
その目から涙を流すように黄金の鍵が出てきて落下していき、地面に当たる直前で浮遊する。
魂が天秤から降りると、天秤は消えた。
そして宙に浮いている鍵の場所まで行って吸い込むと、巨大門に向かって進みだす。
「ん、門が開いてく」
「向こう側は見えませんが……あの向こう側にトワイライトが見た光景が……」
開いた巨大門の先は黄金の光で何も見えない。
鍵を吸い込んだ魂は、その光の向こう側へと消えていく。
「手順は難しくないし、同じようにやってみるとしよう」
「あう!」
「菖蒲が最初にやりたいのか? じゃあいいよ。やってごらん」
「うっうー!」
菖蒲が積極的に手を上げて、やらせてとせがんできたので一番手は彼女に譲る。
しかし何があってもいいように、竜郎はずっと近くで見守りながらで。
菖蒲が近付くと先と同じように天秤が現われ、彼女は左に飛び乗る。持っていた石を左の皿に乗せてから、右皿へジャンプ。
並行になると鍵が目から落ちてきて、無事にゲット。嬉しそうに小さな手に持って、黄金の鍵を見せてくれた。
「ちゃんとできて偉かったね~」
「あう~♪」
そんな菖蒲を抱きしめて褒めてから、続いて竜郎がやり楓、愛衣──と順番に1人ずつ同じことを繰り返し、全員分の黄金の鍵を手に入れ終わる。
「それじゃあ、いきましょうか。心の準備はいいですか?」
「ええ! もちろんですとも!! 早くいきましょう!! 皆さん!!」
力強く頷くオーベロンと共に、竜郎たちはその開かれた黄金の巨大な門を潜り抜け────その先で目指していた光景にようやく辿り着いた。
次も木曜日更新予定です!