第423話 魂の進む方へ
ずっと拝んだままの死体に囲まれた状態で、竜郎たちはひたすら真っすぐ進み続ける。
楓と菖蒲はずっと同じ光景に飽きてしまったのか、竜郎と愛衣におぶさって眠ってしまった。
「んん? たつろー。あれなにかな」
「なにか浮いてるな……なんだろう」
そうして3時間ほど駆け足で進んでいると、何やら白い火の玉のようなものが亀よりも遅い速度でのんびり進んでいるのを発見する。
警戒しながら竜郎は解魔法を飛ばすと、すぐにその正体が判明した。
「これは……モンスターの魂だ。それも普通の探査魔法に引っかからないくらい、純真無垢すぎる魂だ」
モンスターの魂というのであれば、もっと荒々しい感情が入り混じっていてもおかしくないというのに、まるで空気のように透き通った純粋な魂。
あまりにも空間に溶け込みすぎていて、竜郎が展開していた探査魔法ですらただの空気と見なしていたほどに、エネルギーというものを感じさせない。
「なんでそんなもんが、こんな所で浮遊してんだ?」
「ん、ここで死んだモンスターのやつ?」
「それ以外にあり得そうな魂の持ち主はいないわよね」
洗浄して記憶を無くして自ら命を断った後、死して抜け出した魂。
この世界において死んだ魂は世界に流れる力に磨り潰され、分解されて世界に混ざり溶け還るのが基本。
だがここは死後に肉体から出た魂へ、外部からの干渉が一切されない場所。世界力の流れが、ここにはないのだ。
だからそのまま、綺麗な状態で形を保ち残り続けることもできていた。
『なんというか、完全に俺たちが普段いる場所とは隔離された場所って感じだな』
『うーん、なんのためにこんなところができたんだろ。神様たちも放置してるってことは意味がありそうな気がするけど』
『ヒヒーーン、ヒヒンヒヒッヒーン(あるいは特に意味はないけど、害はないから放置してるって可能性もありそー)』
そしてそんななんの感情も持っていない無垢な魂は、何かの意志をもって拝む死体たちの道を竜郎たちと同じように進み続けていた。それが自然の摂理だといいたげに。
「この魂? についていけば、目的地にたどり着けたりするのでしょうか?」
「かもしれませんね、ちょっとついていってみますか」
「これ……に……ついて……く……の……? 何日……かか……る……かな……。私……はいい……けど……」
「さすがにこんなとこに何日も居たくはねぇぞ、俺は」
「私もやだな。こんなとこにずっといたら、頭おかしくなっちゃいそうだし」
「ん、同感。死体じゃなくて甘いお菓子だったら何日でもいられたのに」
「だよなぁ」
秒速2~3ミリ程度の速度で動いているため、どこまでいくかも分からない道のりを共にするには遠慮したい遅さだ。
距離によっては数か月や数年かかる可能性すらある。
竜郎は遠くまで探査魔法を伸ばし、他にもっと先を行く魂はないのか探ってみた。
「お、あった。魂たちを頼りに進んでいけば良さそうだな。
とりあえず分かる範囲で、一番前にいる魂の所まで行ってみよう」
「ヒヒーーン(それがいいね)」
最初に見つけた魂についていくという選択肢はすぐに切り捨て、竜郎たちは走って分かる範囲で一番前にいた魂に追いついた。
「やっぱり……遅いですな」
「もっと早く飛べねぇのかよ、こいつらはよ。トロトロ進みやがって……」
「なんかこう、もっと速く進んでもらう方法とかってないのかな?」
「これにただ付いていくっていうのは、さすがに現実的じゃないしな。もっと速く──か。うーん……」
こんなところで呑気に数か月、下手したら年単位で過ごしてしまえば、その間にエーゲリアの子供も生まれ、彼女は国元へ帰ってしまう。
今の目的はトワイライトが描いた絵画の実際の風景を見に行くというものになっているが、さもそもの発端となったのはエーゲリアの第二子出産のお祝いに、新しい美味しい魔物食材をプレゼントしてあげようというものだったはず。
そんなに待たせてしまったら、なんのお祝いか分からなくなってしまう。
(それでもエーゲリアさんなら、いつもらっても喜びそうだけどな)
竜郎は真剣に魂の速度を上げる方法を考えた結果、至極単純な方法を試してみることにした。
「この魂には悪いが、他にも魂はあるし試させてもらおうか」
「記憶がない時点で、もう生前の存在はとっくに消えたも同然でしょうしね」
竜郎が手を貸すことで、この地のルールを外れてこの魂に問題が生じる可能性も考えた。
けれど他にも、代わりは後ろにいくつか見つけている。
なら一つくらいなら……と、元の魂の持ち主には悪いが、竜郎は試しに風魔法で背中を押すように魂を押し流そうとしてみた。
だがただ魔法で起こした風が通り抜けていくだけで、魂は変わらずノロノロ進み続けるだけ。
「ん、すり抜けてる?」
「ヒヒン、ヒヒーーン?(もっと魔力を濃くした方がいいかも?)」
「魔力を濃く……か。こんな感じか? おっ」
「速くなったわね。タツロウくんたちくらい魔力がないと、できない芸当のようだけど」
「この魂を押すだけで、大量の魔力が必要になるみたいだしな」
もはや風よりも魔力の割合の方が多い。魔力を風っぽい性質にして、魂を押しているといったほうがいいくらいだった。
「我々の結界も張っているとのことですが……魔力の方はそれでも、もつものなのですか?」
「ええ、回復するほうが多いですから。問題ないですよ」
魔力量が多ければ多いほど、自然に回復する量も増えていく。
それでいくと竜郎の魔力量は馬鹿げているため、これくらいで尽きることはまずないといっていい。
すぐに魂を押す感覚にも慣れ、自分の魔力の風で包み込むようにして保護することで、純な剥き出しの魂を壊すことなく時速100キロ以上の速度で進ませられるようになった。
重力魔法で皆を浮かべ、自分たちもその風で運び一気に突き進む。
何か魂の方で反応があれば、その速度でも一瞬で気付けるように、止まれるように。自分たちに危険が迫っても、対処できるように注意しながら。
「「あーう!」」
新しい遊びかと寝ていた楓と菖蒲も飛び起きて、竜郎と愛衣の背中ではしゃいでいた。
「何かあるのか?」
「「う?」」
魂がこれまでとは違う挙動を見せたので上手く重力と風で調整し、オーベロンに負担がないように停止すると、風で押すのを止め魂を観察していく。
しばらく見守っていると魂が床の方にゆっくり落ちていき、その先で小石の入った皿を持つ地蔵のような石像が現れた。
やはりこれも竜郎にはまったく感知できず、そうなるのが世界の仕組みといわんばかりだ。
魂は石像が持つ皿の上に乗ると、1つ小石を吸い込んだ。
すると石造の後ろに扉が現れ自動で開き、魂はそちらに向かってまた進みはじめる。
「どうやらこの小石が、この次に進むための鍵みたいだな。
みんな、地蔵が消える前に1人1つずつ持ってくれ。
それが次に進むための資格でもあるみたいだから」
竜郎の解析魔法でも、それがどういう理屈なのかは分からなかったが、それが何を意味した物かという表層的な情報は理解できた。
なので皆にも、地蔵の皿から小石を1つずつ手に取ってもらう。
見た目は路傍の石ころといっていいほど、なんの変哲もない小石。
だがそれは普通の小石ではありえないほど、竜郎でも全て解析できない何かでできていた。
竜郎たちが全員拾い終わるのを見計らったかのように、地蔵は消えて誰にも見えなくなった。
「別に記憶の洗浄をされていなくても、私たちも普通にここにくれば小石を手に入れることができたのかしら?」
「できた……とは思う。けど消えた地蔵がここにあるっていうことは、分からずに通り過ぎていたんじゃないかとも思ってる。
あの魂たちは、まっすぐこの地蔵のところに行くように意志が植え付けられていたから分かった──っていう感じだろうからな」
「ってことは、あの魂についてきたのは正解だったってことだな。
んで? もう俺たちは先に進んでもいいのか?」
「ちょっと待ってくれ────よし。ここにも一応、管を通しておいた。これで迷子になっても、またここに戻ってこられるはずだ。行こう」
「次はもう少し普通のところだったらいいなぁ」
「はやく……綺麗……な……とこ……ろ……行き……たい……な……」
「「あう!」」
この光景もいい加減飽きた。楓と菖蒲も早く次に行きたそうに竜郎と愛衣の背中をとんとん叩いてきたので、竜郎たちはそのまま次の場所へ通じているであろう、先の見えない扉をくぐった。
「うーん、普通じゃないね!」
「ん、また変なとこだ」
そうしてやってきた次なる場所は、まるで灼熱地獄。
まっすぐ伸びている道は同じだが、その通路以外の全ての場所が熱く煮えたぎるようなマグマで溢れ、そこから常に炎が吹きあがっていた。
普通の人間がこんなところに来ようものなら、その熱波だけで焼かれて死んでしまうほど凄まじい場所だった。
幸いそんな熱波も竜郎の張った障壁を貫通できない。
内部も魔法で調整してるため、ここがどれだけ熱かろうと外の影響を受けずオーベロンも汗一つかいてはいない。
この先に目的の地があるのか、はたまたまた違う場所があるのか。それすら分かっていないが、とりあえずここは安全に進んでいくことはできそうだ。
「サウナにしてはやり過ぎだな」
周りを見渡した竜郎からは、思わずそんな冗談が出てしまうほど荒唐無稽な空間。
竜郎は他に気のきいた感想が思いつかず、ただ乾いた笑いだけが漏れた。
次も木曜日更新予定です!