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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第二一章 皇妹殿下爆誕編
422/451

第421話 ナニもない森

 森の中に入っても、特に何があるわけでもなかった。

 一つ前に行った湖の場所のように、平穏そのもの。

 自然豊かで襲い掛かってくるような魔物は1匹もおらず、薄暗いが空気も澄んでいて陰鬱としたものもない。

 ただあまりにも何もなく、平和すぎるせいでガウェインなどは警戒は怠ってないものの、どこか退屈そうでもあった。



「まるで聖域のような場所ね」

「聖域?」



 イェレナがふと漏らした言葉に、愛衣が反応する。

 独り言への返事に一瞬きょとんとしながらも、イェレナはふと出た言葉の意味を他の人にも伝わる言葉に頭の中で変換しながら口にしていく。



「うーん……そうねぇ、なんというかこの森、あまりにも綺麗すぎるとでも言えばいいのかしら。

 逆に不自然に思えるくらいに、あまりにも清浄すぎるのよね」

「清浄……か」



 竜郎もこの森に入ってからずっとモヤモヤしたものがあったが、イェレナのその言葉で何に対してそんな想いを抱いていたのか何となく分かってきた。

 解魔法も使って、そのモヤモヤの意味を明確にしていく。



『清浄っていうイェレナさんの意味が分かる気がするな。

 ここはあらゆる邪念がない。負の気配がない。魔物もいるが、その魔物たちすら悪意どころか感情が抜けているようにすら思える。

 清浄といえば清浄なんだが、精確には正も負もない──何もない森というのが正解かもしれない。

 世界力もあるにはあるが、かなり薄いし大気中の魔力量も少なすぎる。

 こんなところはじめてだ。なんだここ』

『俺にはよく分からねぇが、作り物感がして気持ち悪りぃ気はするな』

『ん、あのチョウチョたちが作ってた箱庭の方が、よっぽど自然だった』

『ヒヒーーン(へんなところだねー)』



 最初は皆、普通の森としか思えなかったが、先に進めば進むほど普通を演出しているような気持ち悪さを覚えてくる。



「ひぇっ────………………あれ? 何もしてこない……?」

「何かしてきたところで、何もさせねぇからいちいち驚くなよ、じいさん」

「す、すいません……ですが、この魔物はいったい…………」

「さあな。散歩でもしてんじゃねぇか?」

「ん、そうは見えない」



 歩いているとオーベロンの近くの茂みから、キリンの体から首を根元から取ってイノシシの頭を乗せたような姿をした魔物が1体歩み出てきた。

 竜郎はもちろんガウェインも気が付いていたが、観察もかねてあえて無視してみれば、こちらを襲ってくる様子もなく、恐がっている様子もなく、ロボットのようにダラダラと無感情な動作で横切っていくだけ。

 このままオーベロンに剣を渡して斬りかからせても、簡単に当てられるほどこちらへの警戒心もまったくない。



「きも……ちが…………わる……い…………。あんな……の……魔物……じゃ……ない…………」

「凄く痩せているのに、食欲もなさそうなのが少し不気味ね……」



 普段自分が運営しているダンジョンで見ている魔物たちは、全力で生きている。

 そんな姿を見続けてきたルナにとって今、目の前を歩いている魔物を同じ魔物だとは思えなかった。

 それどころかなまじ姿かたちが魔物なせいで、彼女が生まれてはじめてといっていいほどの嫌悪感が込み上げてきていた。

 もとより幽霊の見た目なので顔色は悪かったが、さらに悪くなっているように見えなくもない。


 そしてその魔物はイェレナが指摘した通り、肋骨あばらぼねがくっきり浮かび上がるほど肉が付いておらず、今にも餓死しそうなほど痩せ細っていた。

 そこまで痩せた魔物というだけなら、実はそれほど珍しくもない。

 先に尋ねた絵画の場所へ向かう道中にも、ちらほらと狩りに失敗し続け餓死寸前の魔物──というのはいたのだ。

 けれど魔物なので餓死寸前だろうと、死ぬそのときまで最低限戦うことはできる。

 そしてそういう魔物は相手が格上だろうが、明日また生きるための食料を求めて死に物狂いでエサを求めて獲物に飛びついてくるのが普通の反応だ。

 だというのにこの魔物は、そんな生きるための本能すら忘れてしまったかのように、格下のオーベロンにすら食おうという感情を向けることなく、別の茂みの中へと静かに去っていった。



「なんだろ。カタツムリとかカマキリとかさ、寄生虫が付いてて最後は宿主を殺して子孫を増やす? とか、そーゆーの聞いたことあるけどそんな感じかな?

  たつろー。今の魔物に変なのついてなかった?」

「いや、俺もその可能性があるかと調べてみたが、本当になにもなかった。

 それに脳も臓器も肉体にも、これといっておかしなところはなかったし、飢餓状態という異常以外は体も正常。何かが入っているという気配すらなかったな」

「そっかぁ……。じゃあ余計に、なんであんなんなっちゃってたんだろ」

「ん、元からあんな魔物だったのかも?」

「ヒヒーーン。ヒヒヒーーンヒヒン(そんな魔物いるかなぁ。生物として成り立たない気がするけど)」



 竜郎は全員を包んでいる魔法障壁をさらに強め、空間魔法も使って次元も逸らし、何モノも通さない鉄壁の守りに切り替えておいた。

 そうして歩いていると別の魔物も先の魔物と同じように、無気力にただ横切って行ったり、近くを素通りしていったりと、あの魔物の種族が特別だったなんてことはないと証明された。


 この森にいる魔物は全員もれなく、ただただ無感情に人形のように生きるだけ。

 だが観察していて気付いたのは、喜怒哀楽という感情が抜け落ちているだけで、ただひがな一日ずっと歩き回っているわけでもない。



「あの顔で木の実……ってことは草食? に、似合わないね……」

「あの歯を見れば分かると思うけど、どうみても雑食ですらない純肉食よ。アイちゃん」

「ん、無理やり食べてるようにしかみえない」

「え? ああ、確かに。あんなギザギザの歯しか生えてないのが、草食なわけないよね。

 あれじゃあ草とか木の実とか、噛み潰したり磨り潰したりできないし」

「そういうことね。でもだからこそ、変なのだけど……」



 寝ている魔物もいれば、食べている魔物もいる。

 ただどんな魔物も一律食べているのは、決まって大きなドングリやクルミのような木の実だけ。

 クマのような雑食でも、ライオンのような肉食であっても、食いではなさそうだが狩りやすさでいえば手頃なオーベロンの肉など興味を示さず、栄養が少なそうな木の実だけしか食べていない。

 触れ合い動物園の動物くらいの気軽さで、近くに座って食事風景を観察しても、まるで竜郎たちが透明人間にでもなったのかと思ってしまうほど、なんの反応も見せてこない。



「わっ!」

「………………ゴリッ…………ボリボリ…………ガリッ…………ボリ……」

「うーん、私の声も聞こえてないみたい」

「「わっ! わっ! きゃっきゃっ」」

「みたいだな」



 耳の近くで愛衣が大声を出しても、まったく微動だにせず木の実を見つけては、尖ったナイフのような歯で頑張って噛み潰し、僅かな栄養を接種しようとしているだけ。

 楓と菖蒲も面白がって愛衣の真似をして声を出すが、やはり魔物は木の実にしか意識が向いていない。


 さらにまだ奇妙な所が一つ。



「ざっと探査魔法で調べてもみたが、決まった種が定着してない気がするな」

「そうね。こんなに自然豊かな森なら、当たり前にあるはずの生態系が全くと言っていいほど出来上がってないもの」

「言われてみりゃ、ちらほらいる魔物の全部が違う種類な気がすんな」

「そ、そうでしたかな? あまり見ておもろい物でもないので、気にもしてませんでした……」

「ん、おじいちゃん。綺麗なもの以外、全然興味なさそう」

「さすがに必要なことはなんであろうと注意深く見ますが、私が魔物を見たところで……ですからね」

「ま、俺からしても下手にキョロキョロされるよりかはいいわな」



 ひとえに魔物といっても、こんなに条件のいい緑豊かな森ならば、そこで繁殖し増えて定着した特定の同一種族が根付いているもの。

 日本で森で考えても、カブトムシを見つければ、その森にそれ一匹だけがいるわけがなく、他にも同じカブトムシの種がどこかにいるのが普通だ。

 だがここは単一種族だけがポツポツと森の中で個別に生きているだけで、特性の種族がこの森で暮らしているという様子が全く見受けられない。

 そもそもの魔物の数が異様に少ないというのもあるが、どんな種も竜郎たちと同じようにフラリと外部から入り込んだだけ。ここではどんな魔物も生息し続けることができない──と考えるほうが納得できる状況だ。



「でもちゃんと暮らしてる……そこが不気味なんだよな」

「えーとつまり、定着していないのにここから出ても行かないってことは……全滅してる?」

「ヒヒーーン(皆ここで死んでるんだろうねー)」

「ただそうだったと仮定した場合、またおかしなことが出てくる」

「ん、何がおかしいの?」

「死体がない。骨もない。腐って土に還ったような痕跡がどこにもない。

 魔物同士で争った形跡どころか、あんな今にも餓死しそうな魔物が徘徊しているような森なのに、不自然なほど綺麗なんだ」

「あぁ……私が聖域みたいと感じたのは、そのせいかもしれないわ。

 死体が出れば、そこからは大なり小なり不浄な気は漏れるものだもの。魔物ならとくにね。

 けどここには、そんな「死」を感じさせる負の気配がまるでない。

 私の故郷の森だって、自然の営みの中で生まれた負の気配はあちこちにあるというのに」



 オーベロンの手前いちおうぼかしているが、イェレナの故郷というのはもちろん妖精郷のこと。

 外部からの侵入を一切拒んだ、妖精たちの楽園。そんな場所でも、人は死ぬし魔物同士で争ったときや、捕食されたとき。ちょっとした悲しみという感情からも現れるような、微量な負の気だって目に見えないだけで当たり前のように存在している。


 だがこの森には、それすらもない。ナニモノも怒ることも悲しむこともなく、ただただ生きているだけで、どこにも「死」がない。

 チョウが作った箱庭は、ちゃんと生物たちが環境と一緒になって循環していたが、ここにはそれすらない。

 こんな場所が自然にあるわけがないのだ。

 自然の営みそのものを否定するような、なにか大きな力が働いているようにしか竜郎には思えなかった。



『けどたつろーの方にも、神様たちからはとくに何もないんだよね?』

『ああ、警告とかもないから、俺たちなら特に問題ないと考える程度の危険やナニかしかないと思ってはいいんだろうが……』

『ん、みすてりー』

『まぁ、気色悪いわな。これまで通り俺は警戒しとくぜ』

『ヒヒー、ヒヒーン(私も頑張って、ちびちゃんたち見てるね)』



 神が警戒するような何かはなさそう。

 けれど今のところ、こちらの手が及ぶような事象という気もしない。

 そのアンバランスさに不安を覚えながらも、竜郎たちは何が起きても、何が現れてもいいように、より警戒を強めてゆっくり進んでいった。


 すると突然、さざ波が肌を撫でて抜けていくような、なんとも柔らかな反発が断続的に竜郎たちに向けられはじめる。

 だがそれに気付いたのは、竜郎だけ。

 竜郎が張っている結界に、その謎の波動のようなものが当たったから気付けたのだ。

 他のメンバーは結界があるため、そんな波動があることすら気付けていない。

 その結界は都合よく呪魔法で捻じ曲げ、仲間たちの感覚や攻撃は阻害しないように作っているため、本来なんらかの力が近くで発生すれば、愛衣たちであれば気付いているはずなのに──である。



「止まって──」



 竜郎が解魔法でもっとちゃんと探ろうと、一旦皆には「止まってくれ」と声を掛けようとしたのだが……、まるでシーンが切り替わったかのように景色が変わる。



「きもっ!」

「な……に……これ…………?」

「ヒィィッ!?」

「これは……いったいどういうことなのかしらね」

「「あーう……」」

「また妙なところに来ちまったぜ……」

「ん、ますますミステリーな状況」

「ヒヒーン……(はぁ……)」



 そこはただただどこまでも広がる、空も地面も右も左も真っ白な空間。

 そこには竜郎たち以外にも、おそらく人だと思える人たちと魔物が大量にいた。


 人間は男も女も種族も歳も関係なく裸。全員がもれなく骨と皮だけのように痩せ細り、「あー」だの「うー」だの意味がないような声を微かに発しながら、両手を額の前に組んで何度も立膝の体勢でお辞儀しながら祈っていた。


 魔物たちも全員ここまでの道中で見たどの魔物よりもさらに痩せこけており、人間たち同様に骨と皮といった状態。

 そんな多種多様な統一性のない魔物たちが前脚などをすり合わせるようにして伏せ、白い地面に頭で永延にノックし続けるように頭部を動かし、まるで何かに祈っているかのよう。



「なんなんだ……これは」



 あまりにも異質。あまりにも意味不明。

 美しい景色とはほど遠く、ただただ不気味な人や魔物が一緒になって祈り続けるという空間に、竜郎も第一声はそんな言葉しか出てこなかった。

次も木曜日更新予定です!

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