第420話 謎のトワイライト
最後に5分だけこの景色を見納めさせてほしいと頼まれ、竜郎たちはオーベロンが瞬きすら惜しむように『白炎が咲き誇る静寂の湖底』を目に焼き付ける姿を見守った。
ジャンヌはそんな彼も映った写真も含め、最後に撮影していた。
『王様的にはこれが最初で最後の機会なんだろうしね。
5分くらいなら全然、待ってあげなきゃって気持ちになるよ』
『俺はこの場所を完全に記憶に焼き付けたから、転移でいつでもこられるしな。
今度ニーナたちも連れてきてあげよう』
『そうだね。これは人生で一回は見ておいた方がいいよ』
『そんときはたまに俺やジン、ノワールたちも一緒に連れて行ってくれよ。
あいつらと一緒に、ここで酒を飲みたくなっちまった』
『ああ、いいぞ』
実際は7分ほどだったが、それでも竜郎たちから声をかけることもなくオーベロンは自分でその景色を振り切った。
「いつか私が死んだら、その遺体はここに埋葬してほしいものです。
ですがこの景色に私ごときの肉体が、混じってはいけないとも思います。ははっ……私は何を言っているのやら」
「まだ一つ目です。そんなんじゃ体力がもちませんよ。次の絵の場所にも行くんですからね」
「ええ、ええ……本当にそうですね。まだ夢の中にいるようです。
昨晩はよく寝られませんでしたよ」
「座標はもう教えてもらってますし、行きは寝ててもらって構いませんよ」
「そうさせていただきます……」
帰りも上を蓋しているチョウの群れを刺激しないよう脱出すると、竜郎たちはジャンヌに乗れそうな場所まで一気に降りていき、そこからまた空駕籠での旅に戻っていった。
空駕籠の席に着くや否や、オーベロンは泥のように眠りはじめる。
鎧は自分が着ていたところで意味はないと悟ったようで、既に竜郎に預けて身に着けていない。
「ずっと興奮しっぱなしだったから、疲れてたんだろうね」
「ん、おじいちゃんなのに元気だった」
精神的には充実していそうだが、肉体的には限界が来ていたようだ。
少ない体力を限界まで使い切った彼は、体が睡眠を求め竜郎たちが大声を出しても起きそうにないほど熟睡している。
「体調は……問題なさそうだな。
せめて疲れが残らないよう、生魔法でとっておくか」
座席をゆっくり倒して寝やすい体勢をとらせると、竜郎は解魔法で体調確認をし健康に問題ないと分かると、そのまま生魔法でより深い眠りに落として疲れを取り除いていく。
これで起きた頃には短い睡眠時間でも、スッキリ爽快。疲労も残さず、次の場所も元気について来られるだろう。
「基本的に俺が担いでんだけどな」
「安心して進めるから助かってるよ。次も頼むな」
「ああ、俺もなんだかんだ楽しくなってきちまってるからな。
最後まで付き合うぜ、マスター」
疲労は回復させたとはいえ、もう少し睡眠時間を取ってあげようとジャンヌに飛ぶ速度を落としてもらい、竜郎たちは少しだけ声を抑えながら空駕籠の中で話に花を咲かせていく。
「私ずっと気になってるんだけどさ、トワイライトさんってほんと何者なんだろうね」
「やっぱり気になるわよね。私たちはトワイライトの道しるべがあったからスムーズに行けたのでしょうけど、あれを何の情報もなしに見つけるなんてあり得ないことよ」
「ん、少なくともただの人間でないことだけは確か」
「言われてみりゃそうか。俺らは道しるべもそうだが、あの辺りにあの景色があるってことが分かった上で行ってたわけだしよ」
「ヒヒーーーン、ヒン、ヒヒーーン(この広い世界の中で、あるかも分からない絶景をピンポイントで7つも見つけ出すってかなり凄いよね)」
空駕籠の中の会話も聞こえているため、ジャンヌもトワイライトが気になっていたということもあり話に入ってくる。
「ん、無茶な方法で探索したら、二度とあの景色が見られなくなるような場所だったのに」
「あの危険地帯を余裕で探索できる能力もあって、あのチョウたちの生体なんかも理解できる博識さ。
それでいて圧倒的芸術センスに、永久に色褪せない特殊なインクを作り出す開発力。
この世界にレオナルド・ダヴィンチが、チートをもって異世界転生でもしたのか?」
「あははっ、確かにそれくらい凄い人っぽいよね」
他の世界はどうか竜郎たちには分からないが、少なくとも別世界の人間が転生して──なんていうケースはこの世界にはない。
そのためそんな展開はないのだろうが、あまりにもなんでもできるイメージがトワイライトについてしまったため、そんな冗談も出てきてしまう。
「レーラさんみたいに研究熱心なクリアエルフだった……なんてことはないかしら?」
「ん、旅好きのクリアエルフだったとかもありえそう」
「だとしたら、ひょっとすっとまだ生きてんじゃねーか?」
普通の種族なら到底生き残れない年月が経っている古い時代の人物だが、クリアエルフなら話は変わってくる。
何故なら彼ら、彼女らは寿命がない特別な種族なのだから。
「確かに謎の多い人だし、ぱったりその痕跡が無くなってしまったから、その頃に死んだと言われているけれど……、実際にトワイライトの死を確認したなんて証拠は何も残ってないのよね。
まだ生きていると言われても、私は驚かないわ。
特に、あれだけの危険地帯を悠々と探索できたと分かった今となってわね」
「ヒヒーーーン、ヒヒーン、ヒヒーーーン(全部の絵の場所を巡り終ったら、おめでとーって出てきてくれたりしないかな)」
「つえーみてぇだし、会えんなら戦ってみてぇな。トワイライトとよ」
「それはさすがに、難しいんじゃないか?
そんなに都合よく答え合わせしてくれたり、気軽に模擬戦してくれるような剽軽な人なら、もっと世間に出て知られていただろ」
「だねぇ。なんか世捨て人みたいな印象が勝手についちゃってるし」
「そうね。こっちの世界の住民の認識も、そんな感じだもの」
名画だけを世に残し、その痕跡のほとんどが消え去った謎の画家──ヘスパー・トワイライト。
話せば話すほど、謎がますます深まるばかりだ。
「ん、でもそういうのも面白いかも」
「ヒヒンヒヒーーーン、ヒヒヒヒーーン(案外真実は大したことないってこともあり得るし、謎のままの方が面白いのかもね)」
「まぁ名画の風景に道しるべを置いて痕跡は残してくれているし、もっと他のところを巡っていけば、どんな人だったのか──そのヒントくらいは分かるかもしれないな」
「そう考えると、別の楽しみも増えてお得だね。
えっとそれじゃあ次は………………なんて絵のとこだっけ?」
「『黄金樹と星闇の天蓋』よ。ほら、唯一本物だった一枚を見せてもらったのを、覚えていない?」
「あーー! あれね。そう言ってもらえると分かりやすいよ。
あんなCGみたいに綺麗な風景が、実際に見られると思うとワクワクするね」
「あう!」
「う?」
菖蒲はなんとなくどの絵の場所に行くのか分かったのかテンションが上がり、そんな妹に楓は首をかしげている。
次の目的地は黄金の葉を茂らせる、荘厳な大樹があるとされている場所。
愛衣もその絵を思い出し、目を輝かせる。
「あの風景からして森っぽい場所だが、何にしろ歯ごたえのある場所だとこっちも嬉しいぜ」
「王様の護衛もあるんだから、歯ごたえなんてあっては困るわよ」
「できればオーベロン陛下には、五体満足で帰らせてあげたいしな。平和なのに越したことはない。ジャンヌ、そろそろか?」
「ヒヒン、ヒヒーーーン(うん。もうちょっとで着くよー)」
話している間に目的地上空に到着。
ジャンヌにゆっくり着陸してもらってから、竜郎は生魔法で体に負担がかからないよう深い眠りから徐々にオーベロンを覚醒させていく。
「ん……んぅ…………ここは…………?」
「着きましたよ。次の目的地に」
「次の…………──はっ、『黄金樹と星闇の天蓋』の場所ですね!」
「元気になったみてぇだな。いくぞ、じいさん。出発だ。また俺が運んでってやるよ」
「よろしくお願いします!」
「疲れはないですか?」
「え? あれ? そういえばまったくありませんな。
寝る前に滋養強壮のポーションを飲もうと思ってたのですが、飲めずに眠ってしまったというのに……。
まさかっ、私の芸術を愛する気持ちが肉体まで元気にしてくれたのでしょうか!?」
「あははっ、そうかもしれないね」
よく考えればそんなわけはないのだが、本人はその方が「芸術好きの証明」とでも思えたのか嬉しそうだ。
衝撃的な夢の光景に触れたことで、少年の心を取り戻したのかもしれないなと思いながら、突っ込むのも野暮だろうと竜郎たちはあえて何も言わなかった。
空駕籠から出ると、そこは予想通り森の中。
だが『白炎が咲き誇る静寂の湖底』のときの入り口の森と違い、ここは言葉にできない不気味な気配といえばいいのか。
悍ましい何かがいるような雰囲気はまるでない、ただの薄暗い森といった印象だ。
「ここで間違いないですよね?
聞いていた次の座標の場所が、ここなんですが」
「えーと……………………──はい。ここで間違いありません」
個人的に調査させていた者が書いた特徴や絵と何度も見比べて、オーベロンもここが『黄金樹と星闇の天蓋』に繋がる場所だと確信をもって頷いた。
「なんていうか、ここは普通の森にしかみえないね。
危なそうな魔物の気配もないしさ」
「ですが入っていった調査員の話によると、この奥に進んだ者は二度と帰ってこないという話らしいです」
「俺の探査魔法でも、おかしなところは見つかってないんですけどね。
妙だな……ガウェイン、陛下のこと頼んだぞ。
ちょっとよく分からない場所のようだ」
「ああ、こっちも気を抜かずに警戒しておくぜ」
何もないとしか思えないのに、何故か危険な場所。
どんな不可思議なことが起こっても対処できるよう、あらかじめ魔法で障壁を全員に作ってから、竜郎たち一行はその森へと足を踏み入れた。
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