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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第三章 カルラルブ大陸編
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第41話 長年の疑問

 はじめは何を言っているのか理解できずにいたウィリトンだったが、ようやくその意味を理解し、頬を引き攣らせながら聞き返してきた。



「えーと……え? それはどういう意味で?

 まさか宝物庫の鍵を探したうえでワザワザ開けて、さらに魔竜を倒そうとでも? いや……まさかね」

「いや、そのまさかなんだが」

「先ほどの話は聞いていたのかな? 魔竜のレベルは最低でも200以上はあるんだよ?

 いくら世界最高ランクの冒険者と言えど過信しすぎじゃ……」



 自分の護衛たちを威圧するだけで動けなくさせたのは未だ記憶に新しいが、竜のレベル200とその他の種族のレベル200では天地ほどの差がある。

 もしや竜の素材に目がくらんで、無謀なことをしようとしているのではとウィリトンは思ったようだ。



「それに恐らくだけれど相手は下級竜でも中級竜でもない、上級竜だとも言われている。いくらなんでも、無茶だよ」



 同じ竜でも下級竜のレベル200と上級竜のレベル200でも、大きな差が出てくる中で、被害状況から見ても相手は上級竜と推測されていた。

 となれば、もはやまともに相手にできるのは神の子と呼ばれるクリアエルフたちや、真竜とその側近たちくらいだろう──というのが、誰もが持っている常識であった。


 だが、今の竜郎たちにその常識は当てはまらない。



「ぎゃう? ただの上級竜で、レベル200から350ぽっちの竜が、ニーナたちに勝てるわけないじゃん」

「ん。私一人でもよゆーなはず」



 今の竜郎たちなら一人で戦いに望んでも、よほど相手が不条理なスキルでも持っていない限り瞬殺できてしまうだろう。



「いや、え? ええ? 本気で言ってる?」



 だが、これまで何年もこの国の首脳陣の頭を悩ませてきた存在を、まるでそこいらの魔物より少し強い程度だとでもいうかのような扱いに、逆にこの子たちは頭がおかしいのではないかとすら思ってしまったようだ。

 少し心配そうな顔をして、ウィリトンがニーナやヘスティアに声をかけた。


 けれどこれまでずっと黙って考えこんでいた兄のアクハチャックは、違ったようだ。



「分かった。その条件、飲もう」

「はぁ!? 兄さん、どうかしてしまったのか!!」

「失礼なやつだな。どうもしていない。ただ俺はタツロウたちなら、できそうだと思ったから言っているだけだ」

「なんの根拠があって……」

「だってタツロウたちは、エーゲリア皇帝陛下と親しいんだろ?」

「エーゲリア陛下? どこの誰をさして言っているんだ?」



 エーゲリアと聞いて一人しか思い浮かばなかったが、竜郎はアクハチャックの前でそんな話をした覚えはないし、エーゲリアは既に退位し娘のイシュタルに帝位を譲っているので、厳密にはもう皇帝ではない。


 どういうことだと警戒しつつ、愛衣たちには余計な情報を与えないように念話で黙っていてもらうよう告げてから竜郎はそう問いかけた。

 するとアクハチャックは、とぼけなくてもいいと言わんばかりに、どうどうと口を開いた。



「真なる竜にして、竜大陸イルルヤンカ全土を統べるイフィゲニア帝国の女帝──に決まっているだろう」

「どうしてそう思ったのか、聞かせてもらっても?」

「この魔物博物館の中で、一級の職人が作ったカルラルブガラスの作品があっただろう?」

「あったな。素晴らしいできだった」

「──だが、本人には似ていないらしいな。そしてタツロウたちは、エーゲリア皇帝陛下をさん付けで呼ぶほどに親しく、そちらの小さな竜の御嬢さんは、お姉ちゃんと呼んでいた。

 ここまで言えば分かってもらえるか?」

「あのとき、周りには誰もいなかったはずなんだがな。どこで聞き耳を立てていた?」



 察するに、あのエーゲリアモドキのガラス細工を見ていた時に話していた内容だろうが、場所柄声を抑えていたし、その声が聞こえるほど近くには誰もいなかった。



「あそこにはわけあって、離れた相手の小さな声も拾い集める王家の魔道具を持たせた俺の使いを張り付かせていたんだ。

 そこで何か変わった反応をする者がいたら、その会話の内容を聞いて俺に教えるよういいつけてな」

「もしかして、あのとき話しかけてきたお爺さんか?」



 少しばかり世間話をした程度だが、わざわざ接触してきたお爺さんがいたことを思い出した。



「ああ、その爺さんだ。どこから来たのかだとか、その人物の情報も少し集めておいてくれとも言ってあったからな。

 さりげなくそこで知った情報を使っていたんだが、気付かなかったか?

 俺たちが最初からカルラルブ大陸語ではなく、イルファン大陸語で話しかけていたんだが」

「あ、そういえばそうかも。あんまりにも普通だったから気付かなかった」



 竜郎や愛衣からしたら、聞きなれた言語だっただけに意識すらしていなかった。

 さらに竜郎はむこうの違和感を探すのに必死で、そこまで気を向けていられなかった状態だったというのもあって、普通に聞き流してしまっていた。


 けれどよくよく考えてみれば、完全言語理解を取得しておらずこの大陸言語を話せないはずのニーナやヘスティアとも普通に会話ができていたことからも、こちらの情報が少なからず漏れていたということは明白だ。


 まあ、それでも隠れて行動していたわけでもないので、どこからかイルファン大陸から来たという情報を入手したのだろうとたいして気にしなかっただろうが。


 ちなみに弟のウィリトンは、兄に言われてイルファン大陸語で話していただけなので、他の情報は知らなかった。

 もしエーゲリアに繋がるような人物だと知っていれば、マピヤを装う演技も散漫になってしまうだろうからと。



「それでどうなんだ? 別に細かい詮索をする気はないが、エーゲリア皇帝陛下に所縁のある人物たちだというのなら、その言には真実味が帯びてくる。

 そのほうが俺たちもタツロウを信じて、魔竜討伐を応援できるというものなのだがどうだろうか?」



 アクハチャックは、エーゲリアをお姉ちゃんと呼んでいたニーナを彼女の親族、またはそれに限りなく近しい竜族の貴族ではないかと考えた。

 そんなやんごとない竜を連れパパ、ママと呼ばれている竜郎や愛衣も、実はそちらの系譜の人間なのではないだろうかとも推測していた。


 もしそうであるのなら、ウィリトンの護衛をいともたやすく屈服させたのにも頷けるし、件の魔竜を雑魚あつかいしても不思議ではない。



「あー……まあ、親しい間柄とだけは言っておこうか」



 竜郎は別に了承を得ずとも勝手にやってしまうこともできるのだが、できればここで王族に恩を売っておきたいという気持ちも有り正直に答えた。


 それにウィリトンは、そんな人物を騙すようなことをしてしまったのかと体を震わせるが、その兄の方は別の反応を見せた。



「──っやっぱりか! だというなら、あのことも知っているか!?」

「は? なんのことだ?」

「それはもちろん、イフィゲニア帝国と我が国についてだ」

「なんだかまだ俺たちの知らない何かがあるようだな」

「知らないというか、我々が聞きたいんだ。だから知っているのならぜひ教えてほしい」

「教えるかどうかはともかくとして、その内容を教えてくれないか? 現段階では意味が分からない」



 竜郎の言葉にはっとし落ち着きを取り戻したアクハチャックは、なにを竜郎たちに聞きたいのか話しはじめた。



「どうやら我が国は、彼の帝国に嫌われているようなんだが、その理由がわからないんだ」

「彼の帝国っていうと、イフィゲニア帝国のことでいいんだよね?」

「ああ、その通りだ」



 その件について心当たりはあるが、念のためもう少し詳しいことを聞いていく。

 するとどうやら、ここ数百年間、完全に竜に至ることをやめたカルラルブの王家は、何度かイフィゲニア帝国と接触を図ろうとしていたらしい。


 それはいざ魔竜が出てきてしまったとき、竜に至れなかった自分たちでは守ることはもう無理だ。

 ならば魔竜でも対処できそうな国と手を組むことが出来れば、いざという時に力を貸してくれるのではないだろうか──という考えから。


 しかしもともと他国と交流のある帝国ではないことは知っていたが、思っていた以上にこちらに対して対応が冷たかった。

 だが賢竜という存在がエーゲリアの名をもつ島に住むようになり、少しだけ門戸が他国に開かれるようになった。



『ねーたつろー。賢竜って確かエーゲリアさんの別名じゃないけど、そんな感じの呼称だったよね?』

『なんというか、イシュタルに帝位が譲られたことも知らないし、エーゲリア島に住んでいるのがエーゲリアさんで、そこで賢竜って呼ばれている人がエーゲリアさんだってことも知らないし、本当に閉鎖的な国だったんだな、イフィゲニア帝国っていうのは』

『私たち的には、ぜんぜんそんな感じしないけどね』



 そこで改めてカルラルブ国は、エーゲリア島に住むという賢竜にエーゲリアへの橋渡しをしてもらおうと、まずはその島と交流をしようということになった。

 エーゲリア島はそこまで多くはないが他国とも貿易しているし、珍しいその国固有の何かがあれば、高確率で通商が許可されていた。


 ならばカルラルブガラスというこの国にしかない工芸品があるので、まず間違いなく許可が下りるだろうとタカをくくっていた──のだが、申請はあっけなく却下された。


 何故だとエーゲリア島へ唯一船を出すことを許可されているヒングソー島というところで、各国とエーゲリア島の間を取り持っている組織に何度も話を聞きに行ったのが、理由は一切不明なまま。



『それってさあ、どー考えてもエーゲリアさんモグモグ計画のせいだよね?

 でもあのエーゲリアさんが、そんな昔のことをいつまでも怒ったりするかなぁ』

『おそらくだがセリュウスさんとか、海を取り仕切っているレーレイファさんとかが止めているんじゃないか?

 あの二人は特に許してくれそうにない気がする』

『あー……たしかに。その二人だと、エーゲリアさんを食べようとした国とはかかわりたくないって思うだろうね』



 さすがにここまでくれば、カルラルブの王族もなんとなく理解した。自分たちは嫌われているのだと。

 そしてけっきょく理由も分からず竜大陸と最低限の交流もできないまま、申請だけは出し続けるという状態で現代まで至ってしまう。


 だがこの男、アクハチャックはまったく諦めていなかった。

 こちらから呼びかけても応じてくれないのなら、あちらから来たくなるようにすればいいのだ。

 そんな思いを胸に秘め、子供のころからいろいろと考えて行動してきたが、どれも成功しなかった。


 しかしアクハチャックは悩みぬき試行錯誤する中で、思ってもみなかった才能が開花する。

 それはカルラルブガラスの職人としての才能。


 この国でも特に有名なものだけに自分でも作ってみて、どんなものなのか知るところから入ろうと、たまたま手を出しただけだった。

 けれど少し手を出しただけで、どこをどうすればどうなるのか本能的に理解できてしまった。


 自分自身もガラス作りに魅力を感じるようになり、みるみるうちに技術は向上。わずか数年で新技法の開発と一級職人の称号を手にしてしまった。



「えーと……ってことは、もしかしなくてもチャックが『輝竜』の二つ名をもつシドル──ってことでいいのか?」

「ああ、そうだ。一級の作品を見せたところで振り向いてもらえなかった。

 だから俺は新しいなにかを、今までになかった技法を作れないかと思ってやってたら、いつの間にかそんなことになってたってわけだ。

 ただ親父は気にしないが現王、俺たちの爺さんは王族に必要なのはいざという時に戦える力であるって昔ながらの考え方の人でな。

 カルラルブガラスなんて作っている暇があるなら、もっと強くなる努力をしろと辞めさせられるのが落ちだ」

「それで、いっさいの情報を隠していたのか」

「ああ、作品を売るのだってマピヤの家なら簡単だし、隠すのはそれほど難しくなかったからな」



 カルラルブガラスの重要性は理解しているが、現王は興味がないのでそのあたりは全て部下や息子たちに丸投げしているというのも、隠し通せている理由の一つだろう。

 だが魅力ある作品を輸出し、他国経由で興味を持ってもらうだけでは足りないと考え、別の方法も模索していた。


 そしてチャックは新技法を使い、あらゆる情報を集めてイメージしたエーゲリアをモデルに作品を作り上げ、諸外国でも有名になりつつある魔物博物館に展示した。

 それを見てエーゲリアを知るもの──竜大陸と関わりのある人間がいれば、かならず何らかの反応を示すだろう。

 そこでその人物と接触すれば打開策になるかもしれないと、アクハチャックはあの作品を常に見張らせていたのだ。



「それで俺たちは、まんまとそれに引っかかったと」

「だがそれもあったからこそ、俺もタツロウたちに魔竜の件を教えてしまおうという気になったんだ。

 ──ってことで、これでこちらの秘密は終わりだ。

 さっきの俺の質問の答えを知っているのなら教えてほしい。

 もし細かい内容が話せないというのなら、話せるところだけでも構わないから頼むっ」



 聞くところによれば、カルラルブガラスという強カードを持っているのに、一切エーゲリア島と通商できていない現状に、いくつかの国から不信感を抱かれているらしい。

 とくに竜大陸の次に敵に回せば厄介だと言われている天魔が主体となって構成されている、竜神教の信者からなる宗教国家ゼラフィムはかなり怪しがっているようだ。


 彼らの信奉する竜神とは亡き初代真竜イフィゲニアのこと。

 なのでイフィゲニア帝国は信奉する神が興した国という位置づけだけに、そこに嫌われていると分かれば、どんな態度を取ってくるか分かったものではない。


 そんな経緯もあってか、魔竜の件がなくても解決したい問題でもあったのだ。


 竜郎はどうするか考える。そして別に話したところでエーゲリアやイシュタルがどうにかなるわけでもないので、その真実を伝えることにした。



「俺たちには一つ心当たりあるし、それを話すのも問題ないと思う。

 だがけっこう衝撃的な内容だから、心して聞いてくれ」

「分かった……聞かせてくれ」



 アクハチャックはもちろん、ウィリトンも緊張した面持ちで姿勢を正した。



「まあ端的に言ってしまうと、チャックたちの祖先が少なくとも千年以上前に一度、イフィゲニア帝国に侵攻してエーゲリアさんを食べて、竜に至ろうという計画があったらしい」

「「────」」



 アクハチャックは絶句し、ウィリトンは白目をむいていた。

 黙って立っている護衛たちや執事も顔面蒼白だった。



「まあ実際にその計画は遂行前に取り消されたから未遂に終わったんだが、帝国側はばっちり知っていたんだってさ」

「それは……本当の話なんだよな?」

「もちろん。こんなタチの悪い冗談は言わない」

「なんて……なんて愚かな……」



 過去の王家に怒っているような、呆れているような、そんなどちらともつかない声を漏らしながら、アクハチャックは両の拳を強く握りしめた。

 だが次の瞬間、キッ──となにかを決意したかのような表情で、竜郎へとまっすぐ視線を向けてきた。



「話してくれて本当にありがとう。これで長年の疑問が解けた」

「それはよかった。んで脱線してしまったから話を戻すが、俺たちは魔竜を討伐しに行ってもいいのか?」

「エーゲリア陛下と親密な者たちというのなら、その実力を疑うべくもない。全面的に協力しよう。

 だがもしそれがすべて片付いたのなら相談したいことがあるんだが、いいか?」

「竜の素材を渡せって以外なら、多少相談に乗るくらいならいいぞ」

「そうか。助かる」



 竜郎自身もこの国に拠点を立てておきたいので、いろいろと融通してもらうためにも最大限恩を売っておいても損はないだろう。


 そうして王族からも了承を得ることもできたので、この国と事を荒立てることなく、いよいよ鍵が埋めこまれているであろうチキーモ探しに乗り出すことになるのであった。

次回、第42話は3月31日(日)更新です。

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