第416話 道標
竜郎の《無限アイテムフィールド》に、もったいない精神からなんとなく入れて、持っていても使い所のなさそうな魔物の死骸を、あちこちに放り投げる。
するとその音に反応してか、あちこちから10メートル近い大きな口が地面からせり出すように飛び出てきて、その死骸を食らっていく。
「今だ」
あちこちにばらまいた餌によって綺麗に進む道の先から、その魔物たちが意図した方へとどいていってくれる。
一度動くとその場で止まって消化に専念するのか、しばらくは動かなくなるため、竜郎の合図と同時に皆が一斉に走り出す。
強引に魔法で晴らした霧の隙間から見えた巨大な魔物の口を見て、全身震わせ動けなくなっているオーベロンはガウェインに担がれ、イェレナは自分の従魔のシードルに乗って駆けぬけ、ルナは彼女とその従魔を守るように殿を務めてくれた。
『呪魔法で認識阻害したほうが早いんだろうが、そこまで王様に見せたくはないしな』
『それを見たっていう認識ごと書き換えることもできるんだろうけど、やたらめったら人間相手に使ってたら、私たちの倫理観がおかしくなりそうだしね』
『ヒヒーン、ヒヒン、ヒヒヒヒーーン(トワイライトの絵ができるまでの軌跡をたどるって感じで、楽しんじゃえばいいと思うな)』
『じいさんには刺激が強すぎたみてーだけどな。石みてぇに動かなくなってんぞ』
『そもそも一国の王様だから、このレベルの魔物を間近で見たことなんてなかったんだろう。しかたないさ』
『ここで死んでもって覚悟はあっても、ここで死にたいわけじゃないだろうからね』
『ん、気絶してないだけいいほう』
今も固まって動けないオーベロンは、体は動けずともトワイライトがかつて通った場所に自分もいるのだと、あの芸術が完成するまでの道のりを辿っているのだと、本来であれば意識を失うほどの恐怖の中でも根性で目を開き、その全てを見届けようと必死だった。
それ故に手記を読み込んで覚えていたものを見たとき、恐怖を上回る興奮で体が勝手に動いていた。
「あれはっ」
「どうしたんだ? じいさん」
「もしかしたらトワイライトの手記に出てきた、〝ゴミ捨て場〟かもしれません」
「ゴミ捨て場か。言いえて妙ですね」
しばらく魔物を避けて濃霧の森を進んでいると、白い小山が視界の端に映る。
それは様々な生物の骨の山。霧に迷い込んだ獲物が捕食され、消化しきれなかった骨を吐き捨てるように、先程の魔物が途方もない年月をかけて積み重ね作り上げたゴミ捨て場だ。
よく見れば人骨と思われるものも多く、今のオーべロンと同じようにヒントを見つけ、ここに挑んだかもしれない人々の痕跡が複数確認することもできた。
「確かこのあたりに、トワイライトが残した道標があるはずです。
どこかに、それらしいものはありませんか?」
「ちょっと待ってくださいね。──────これかな。こっちです」
探査魔法で周囲の情報を詳細にかき集め、骨の山の一つの近くに明らかに人為的に作られたような物体を察知した。
また死骸をばらまきながら地中の魔物をどかして安全な道を作り、竜郎は皆をそちらに誘導していく。
その物体は誘導した先にあった骨の小山に埋もれてしまっていたため、できるだけ荒らさないよう魔法で綺麗にどけてみる。
「ここに使われているインクからしても、トワイライトの残したものと見て間違いないはずです」
「筆跡からみても、トワイライトのものと断定して間違いないと思われます」
骨の山の中から出てきたのは、大きな白い岩。それを四角く削って作った2メートル近い大きさのレリーフ。
石を削って立体的に彫り込まれていたのは、『白炎が咲き誇る静寂の湖底』に描かれていた白炎の花弁の花々だ。
その下の余白部分には左をまっすぐ指し示す矢印と、ヘスパー・トワイライトの直筆だと、トワイライトマニアのオーベロンが太鼓判を押すサインが書き記してあった。
竜郎の解魔法で軽く調べた限りでも、あの謎の物質のインクであるとみて間違いなさそうだ。
「しかし……トワイライトは画家として知られておりましたが、この彫刻も本人のものとなると大発見ですぞ。
これはぜひ持ち帰って、我が国で厳重に保護しなければ──」
「いや、これはここにあってこそでしょう。やめておいた方がいいと、僕は思いますけどね」
オーベロンが目を輝かせ文化財保護の名目──といった感じで回収をお願いしてきたが、竜郎はすぐに突っぱねた。
確かに画家として名を馳せたトワイライトの未発見の彫刻作品というだけでも、価値は相当なものであることは竜郎にだって想像できる。
芸術作品としてもオーベロンや菖蒲が見惚れるほど出来が良く、トワイライトの作品でなくとも目の肥えた者たちであれば、その素晴らしさを称賛するであろう名作だ。
こんな誰も来れないような場所で、これからもずっと骨の山に埋まっているだけなど、芸術を愛する者たちから言わせれば人類の損失とすら感じる所業だろう。
だが竜郎からすると、芸術だからといって何でもかんでも持って行くのはどうかと思ってしまう。
「何故ですか!?」
「だって明らかにトワイライトは、ここに来た人に向けてこれを残しているじゃないですか。
これを動かすということは、この作者の意思を捻じ曲げることになると思ってしまうんですよ」
「……それもそうよね。シャルォウ王家に任せるかどうかはともかくとして、私も移動させるべきと思ってしまったわ。
けれどこのレリーフはここにあってこそ意味をなすと思って、トワイライトが作ったものなんでしょうしね。
ここにあってこそ完成する作品と言えなくはないわ」
「我々に向けてではなく、彼の想い人に向けてのものだったのではないでしょうか?
内容は本当に要領を得ないメモ書きのようなものなかりのものとはいえ、手記からは大切な誰かを連れていきたいと読み取れる文章もありましたので。
となるともう、その誰かは存在しないと思って良いでしょう。
トワイライト自身、何万年も前の人物なのですから。
ならば用はなくしたと判断して、丁重に持ちかえって保護するのも問題ないかと思うのですが」
「よく……分からない……けど、そんな……大切な……人なら……本人が……直接……連れて来る……んじゃない……かな?」
「ん、わざわざこんな誰が見ても分かるような道標を用意する必要もない」
「いえ、その考えはいささか早計かと──」
「──待って下さい。オーベロン陛下。あなたがここに来た目的は、レリーフの保護じゃないですよね。
僕らはここであの道標の意図について、ここで考察をするつもりはありません。
もしどうしても動かしたいというのであれば、あとで生き残ってご自分で回収しに来てください。
今は我々の考えに従ってもらいます」
冷たい言い方になってしまったが、トワイライトの作品をここに残していった理由の解釈など、竜郎にとってはどうでもよかった。
ただ自分としては、ここにあるのが正解だと感じたから動かしたくないと思っただけ。
だから別の考えを押し通したいのなら、竜郎たちが心から納得のできる説得をするか、さもなくば自分の力で勝手にやってくれと言う他ない。
「まぁ持っていくのも私たちだよりって感じだし、流石にね。
そこは私たちの考えを尊重してほしいかなって」
「そ、それは………………おっしゃるとおりです。また悪い癖が出てしまったようです。
あまりにもトントン拍子にここまでこれてしまったが故に、本来であればここでのんびり話していることすら、ありえないことだったことを失念しておりました」
竜郎たちのおかげで、あまりにも危なげなくここまでこれてしまったせいでオーベロンの感覚も麻痺していた。
望めば簡単に来られる場所くらいに思ってしまっていた。
ただでさえ我儘を言っているのに、大きな荷物を増やすような頼み事をよくもできたものだと、オーベロンは顔から火が出そうなほど自分を恥じた。
「分かってくれればいいんです。もうすぐこの霧も抜けられますから、さっさとこの道標に従って進みましょう」
「そうですな……」
最後にオーベロンはせめてこの目に焼き付けようと、そのレリーフを舐め回すように視線を動かすと、断ち切るようにその場から動き出した。
『ヒヒーン、ヒヒン、ヒン?(写真は撮っておいたから、あとで印刷してあげてもいいかも?)』
『それがいいかもな』
『たく。面倒くさいじいさんだぜ』
オーベロンが騒いでいる間に、ジャンヌが自分が持ってきていたスマホでちゃっかり撮影していた。
それをお土産に後で渡せばいいやと話しながら、魔物の死骸で地面下の魔物を誘導しながら、矢印の方へと進んでいく。
段々と傾斜がついてきた道を歩き続けると、いよいよ濃霧が晴れ奇妙な森が終わりを告げる。
代わりに視界に飛び込んできたのは、人が歩くことなどまったく考慮されていない、大自然そのままの険しい山道。
「これはまた大変そうな道ではありますが、ここは濃霧の森よりは安全そうで安心しました」
「何を言っているのかしら、この王様は。こっちのほうがもっと危険じゃないの。
うちの子たちを見て、こんなに警戒しているっていうのに」
呑気なことをいうオーベロンに呆れたように、イェレナは自分の従魔であるミロンとシードルを指さした。
2体は先程も警戒心がむき出しではあったが、それでも地中の魔物に自分たちだけでも遅れをとるとは感じてしなかった。
だがここは自分たちだけでは、イェレナを守り切れる自信がないと、全身の鱗や毛を逆立たせ、息をするのも苦しそうだ。
「私にはただの険しい山にしか見えないのですが……。
ハサミ様方でも厳しいところなのですか?」
「厳しくはないですし、ここでも陛下を守ったうえで登っていくのは可能だとは思います。
ですがさっきの魔物よりもずっと強いのがあちこちにいるので、くれぐれも勝手な行動をしないようにお願いします」
「ほら、王様。例えばあの──へんっ!」
竜郎たちの言葉を疑ってはいないが、それでも何が危険なのかピンときていないオーベロンのために、愛衣が比較的分かりやすく、ここから見やすい場所に隠れていた魔物に向かって、自分のアイテムボックスに入っていた魔物の死骸を放り投げた。
するとただの山肌から突き出した木の枝のように見えていたそれが、急に動き出してその死骸をキャッチ。
擬態を解いて出てきたナナフシとカマキリを混ぜたような昆虫型魔物が、その頭部を押し付けるようにして死骸を貪り食いはじめ、オーベロンは驚きながら尻餅をつく。
動いたことでようやく存在をしることができ、彼にもその魔物のヤバさが伝わったようだ。
先程の地中の魔物で、そのレベルの魔物が放つ異様な圧迫感のような気配には慣れてきていたオーベロンでも、それ以上に本能が警報をあげるほどの存在なのだと。
「てなわけだ。あれくらいの魔物があちこちに隠れってから、俺から離れようとしたり、パニック起こして暴れたりすんじゃねーぞ? 分かったな」
「わ、分かりました」
『ん、強さ的には私たちのお家まわりの魔物くらい? でも数が多そう』
『ヒヒーーン、ヒヒン、ヒヒヒヒーーン、ヒン。(この山を行くなら初見のレベル10ダンジョンでも、危なげなく探索できるくらいの実力がないと無理っぽいかも)』
『楓ちゃんや菖蒲ちゃんでも、倒せるレベルではあるけどね』
『とはいえ何も出来ない一般人がいるから、警戒は怠らないように。行こうか』
『飛んでくってーのは、やっぱ無しなんだよな?』
『またこの山のどっかに、道標があるらしいからね。でしょ、たつろー』
『ああ、そういうことだ。空を飛ぶと周りの魔物からしても目立つだろうし、生態系を壊さないよう慎重に、ズルせず地道に進んでいこう』
岩に化けた魔物、蟻地獄のような罠を仕掛けている昆虫魔物、ただの木々や草花に化けた食人植物などなど、種類も豊富で密度は竜郎たちの所有する領土よりも上と危険度も高め。
オーベロンとイェレナたちだけで行かせようものなら、確実に死ぬといっていい完全な魔境が広がっていた。
それほどの強さを持つ魔物たちだというのに、隠れるのも異様に上手いため、オーベロンを無傷で連れて行くために、先程よりも竜郎たちも一段階警戒心を上げ、その魔境へと足を踏み入れていった。
次も木曜日更新予定です!