第415話 一枚目の景色を目指して
来た道を戻るように長い道のりをまた進みなおし、元の王城内部に戻ってこれた。
だが今日はそれだけでもう日がすっかり暮れてしまう。
旅の支度は竜郎の《無限アイテムフィールド》の中になんでも詰まっているため、今日は王城に一泊させてもらい、その間にオーベロン側も準備を済ませ、明朝出発ということに決まった。
キラッキラの豪華絢爛な心休まらない部屋で一泊して、朝食を取るとそのまま人払いされた王城の王族専用の区画の中庭までやってきた。
そこには既にオーベロンが待機しており、近くには高級そうな大きなカバンを山のように積み重ねている。
さらに本人は顔どころか肌が一切見えないほどガチガチに、宝石のような重装備に身を包み、使えもしないであろう金ピカの剣と盾を左右の手に持っていた。
「さあ、行きましょう!! こちらは準備万端ですぞ!!」
「いや、万端ですぞと言われてもですね……」
「「ぴかぴっか! きゃっきゃっ!」」
「あの装備、全部魔法が込められてる?」
「ん、アイちゃんするどい」
「装飾も無駄に凝ってるし、いくらぐらいすんだろうな、あれ。俺はただでもいらねーが」
「あんな……の……ダンジョン……入ったら……すぐ……死ぬ……ね……」
「素人が着たところで──よね」
オーベロンの装備は重量軽減や運動補助、衝撃吸収、各種属性耐性など中途半端に良い効果が付与されており、老人である彼でも最低限動き回り、振り回せるものにはなっていた。
剣や盾には相手を麻痺させる、雷魔法の付与までされているようだ。
だが普通の人がそれらを身に着けたとしても、一般人目線での一流冒険者にも遠く及ばない。
優れた道具も結局、それを使いこなすだけの技量とセンスがなければ意味がないのだ。
かといって装飾を優先しているため、一流の冒険者たちが身につけているような実用性を重視した装備よりかなり脆い。
レベル10ダンジョンもカルディナ城がある区域も、どれだけあれらの装備で身を固めようと、入りこんでしまえば五分と保たず死ぬだろう。
一般人でそれである。ということはもう走るのも難しいオーベロンが着たところで、焼け石に水。竜郎たちからすれば誤差でしかない。
動きが少し早くなり、多少防御力が上がった点だけ見ればプラスといえばプラスと言えなくもないのだが、竜郎たちはなんとも言えない表情でオーベロンを見つめてしまう。
『けど私たちがいて、王様が攻撃されるような状況ってかなりまずい状況だよね』
『そうなんだよな。もしそれほどまでにやばい場所なら、とっくに等級神たちが警告してくれているだろうし。
こっちはガウェインが、王様に専属でついててくれるんだよな?』
『ああ、いいぜ。ただマスターたちの後ついていくだけより、することがあったほうが飽きねぇだろうしな。
ただ面白そうな敵が出てきたらヘスティア、代わってくれよ』
『ん、いいよ。戦いより甘いもののほうが好きだし』
『たつろーが周りを確認しながら私とジャンヌちゃん、ヘスティアちゃんで、この子たちとイェレナさんたち守りを意識って感じかな』
『イェレナさんの従魔の、ミロンとシードルも結構強いんだけどな。
どれくらいの脅威度か分からないから、そうしたほうがいいだろう』
『ヒヒーン(任せてー)』
当然ながらルナの護衛に割く意識は、竜郎たちにはほとんどない。
なぜなら今ここにいる彼女の体は本物ではなく、いくらでも作り出せる仮想の体だからだ。
ここにいるルナが死んでしまっても、いくらでも代えのきく体がすぐ用意できる。本体である妖精樹からすれば、葉っぱ一枚にも及ばない消費量で。
それでいて使い捨てし放題の体は、レベルで言えば500相当。そもそも仮想の体ですら殺せる存在や、死ぬような状況はそうはない。
竜郎たちのような一つしか命のない生身の肉体でいる存在と比べてしまうと、どうしてもそうなってしまうのは致し方ないことだろう。
と、護衛についてはそれで方針は固まっていた。
そして装備についてもオーべロンが着ていたいのなら、好きにすればいいとも思う。ただ剣は勝手に攻撃されても困るので、置いていってもらう。
またその大量の荷物も、正直言って邪魔でしかない。
竜郎の《無限アイテムフィールド》にいくらでも収納することもできるが、他人の物を大量にいれるのは抵抗もある。
かといってジャンヌの空駕籠も大きく広いとはいえ、その中に詰め込むというのも考えものだ。
『まぁろくに旅に行けるような立場でもなかっただろうし、あれもいるんじゃないか、これもいるんじゃないかって不安になっちゃうよね』
『はじめての大冒険になるわけだしな』
オーベロンがはしゃいでしまう気持ちも分かると、理解はできるがさすがに無理なので、そのことを竜郎は伝えることにする。
「装備はそのまま着けていても構いませんが、他の荷物は置いていきましょうか」
「え!? しかしどれも必要になってくると思うのですが……」
「僕らは、これから危険な場所に行きます。
そんなところへあれこれ荷物を持っていっても、出している余裕はないでしょう。旅行じゃないんですから」
「ああっ、それはそうですな……。失念しておりました。申し訳ない。
長年の夢が叶うかもしれないと、年甲斐もなく舞い上がってしまっていたようです」
「いえ、お気持は分かりますから大丈夫ですよ。
食料もこちらで十分な量を保有していますし、魔法で体や衣服を常に清潔に保つことも可能です。
なので心配せずに、ここに置いていってください。いいですか?」
「はい。もとよりこちらが懇願している立場。言う通りにいたします」
揉めるような人柄でもないため、あっさり了承してくれた。
なのでジャンヌには《真体化》で竜の姿になってもらい、その背中に空駕籠を背負ってもらう。
そのときにオーベロンは驚きの声を上げていたが、軽くスルーして竜郎たちはさっさと駕籠の中に彼を乗せていく。
そこでもその内装や設備に感動していたが、座席に座ってシートベルトを着け、大人しくしていてもらう。
「ここから行く場所は僕らもはじめてで、かなり危険な場所だと聞いています。
もちろん僕らも自分たちの命と同様に、陛下のことも守りはしますが何が起きるか分かりません。
最悪その命だって、その地で失われてしまうこともあるかもしれません。
それでも本当に行くということで、いいんですね?」
「ええ、この残り少ない命。ここで使い果たしてしまっても構いません。
ですので私よりも、ハサミ様方ご自身の安全を優先して動いてもらって構いません。それで私が死のうともです。
その旨はしっかりと書面にも残し、私が死んでもつつがなく王位が息子に引き継がれるようにも既にしてきました。
それだけの覚悟をもって、私はここにいるのです。どうか私を連れて行ってください」
「分かりました。ならもう僕たちも何も言いません。
では最初の目的地の、正確な位置情報を教えてもらえますか?」
「分かりました。最初の地点でもある『白炎が咲き誇る静寂の湖底』は──」
シャルォウ王家が極秘に保有していた、ヘスパー・トワイライトの手記。
そこから割り出された座標をオーベロンから聞き出すと、認識阻害で見えなくしたジャンヌはその地へ向かって飛び立った。
「ここが報告にあった、『白炎が咲き誇る静寂の湖底』に繋がる入口で間違いありません」
一度配下に調べさせた際に調査資料として作らせた、ヘスパー・トワイライトがその地へ踏み入るために最初に通過したとされる地点の絵と何度も見比べながら、オーベロンはここだと太鼓判を押す。
「ここでいいのはいいがよ、妙な霧で先が何も見えねーな」
「ん、変な霧」
「綺麗に境界線が引かれているみたいに、霧がここで止まっているものね」
「なにか……の……力が……働いてる……。罠……だと……思っていい……かも……?」
鬱蒼とした苔むした木々が生えた樹海。まるで入ってくださいと言わんばかりに、その一角にだけ開けた場所があった。
だがその先には1メートル先も見えないような濃霧が立ち込め、入ってきた者たちの視界を完全に奪っている。
だがその霧は森の入口からこぼれることなく、綺麗に森の中だけでとどまっていた。まるでそこに、透明な壁でもあるかのように。
「この辺り一帯を調べてみたが、どうやら地中に潜っている大型の魔物が発生させてるみたいだな」
「霧なんて発生させて、何がしたいのかな?」
「言うなれば落とし穴だろうな。視界を奪って森の中をウロウロしている生き物を、下から大きな口でパクっといくんだろう。
そんなのがあちこちにウジャウジャいる」
「そんな魔物がいるとは……。ここは確かに霧の中に入れば、いつの間にか誰もいなくなっていた──なんていう話もあるようですからね。
そんな魔物が原因だったとは……。その中を安全に進むことは可能ですか?」
「ええ、襲われても僕らならいくらでも対処できるくらいですから。
それに地中にいようと居場所も分かりますからね。この魔物の群生地を抜けるのは難しくないかと」
「殲滅したりとかはしねーのか? やって欲しいなら、俺がぱぱっとやっちまうぜ?」
本来なら一流の冒険者でも複数体を相手取るには危険な魔物が大量にいるという状況。
けれど竜郎たち基準でなら、五分もあれば一人で殲滅するのも難しくはない。
安全だけを考慮するなら、ガウェインのその提案も決して悪くはない手ではあった。
だが竜郎は首を横に振って、それをあえてやめさせる。
「いや、やめておこう。あまり生態系をイタズラに壊すと、巡り巡って別の問題が起きて誰かに迷惑をかける羽目になるかもしれない」
「おぉ……、さすが世界最高位の冒険者。強大な力を持っていても、それをただ振るえばいいというわけではない。必要なときにだけ、それを振るうということですね。
力を得ることで暴力的になってしまう者も少なくないというのに……、本当に立派ですな。
冒険者ギルドが世界最高の冒険者だと認定するのも、確かに頷けるというものです」
「そんな褒められることでもないですよ。
僕らだって色々と失敗して学ぶことも多いんですから」
記憶に新しいのは自分たちの領地の海域から、竜郎たちから逃れるために本来の生息域から出ていき、他の海域に流れ着いた魔物が大惨事を引き起こしていた可能性がある──という事件もあった。
巨大なネットで強力な魔物たちが流出しないように仕切って対策もし、それからも経過を観察しながらできるだけよりよい方法を模索し続けている最中だ。
それからは竜郎たちも、できるだけ環境とそこに住まう存在についても考えるようになったというだけ。
あまり褒められても困ると竜郎はオーベロンに言うが、彼は謙遜だと思ったのか余計に感心してしまった。
「それにですよ。オーベロン陛下。あの絵に描かれた光景は、他の安全な地で見られるなんてことはないんですよね?」
「ええ、そのはずです。あのような不可思議で美しい光景が安全に見られるのなら、既に我がシャルォウ王国のように観光地として栄えているでしょうから」
「ですよね。だとすると、その光景がどういう理屈で成り立っているのかも分からない状況です。
もしかするとその地中の魔物がいるということも含めた、この森全体の特有な生態系によって見られる自然現象という可能性も十分に考えられます。
なのに殲滅するような真似をして、ずっと維持され続けてきたこの樹海のバランスが崩れてしまえば──」
「トワイライトが見た景色が、この世界から消えてしまうかもしれない……ということですか?」
オーベロンは自分のワガママを発端に、世界から素晴らしい芸術級の光景が消えてしまうかもしれないと想像し、顔を青くして体を震わせる。
実際に竜郎も何故その光景ができたのか、今もあるのかもまだ分かっていないが、自然が作り出した奇跡的なバランスで成り立っているということも十分にありえることだ。
せっかくそれほど美しい場所があるのなら、いつか愛衣との子供が生まれたとき、孫やひ孫が生まれたとき、その景色を見せてあげたい。
ならそれができるだけ失われないようにと、竜郎もできるだけ自分たちの力で環境を捻じ曲げないようにしたほうがいいのではないかと、昨日からずっと考えていた。
「ええ、なのでできるだけ、この旅の道中では力づくで壊して道を作るようなことはしない方向で行こうと考えています。
そのせいで回り道をしたり、危険なことが起きたりするかもしれませんが、それでもいいですか?」
「それでお願いします! 誰も見られないような場所にある景色だとしても、この世界からあれほどの光景が失われるくらいなら、私はここでその魔物に食われてしまったほうがマシです!!」
「陛下なら、そう言ってくれると信じていました。
では行きましょうか。ガウェイン、陛下のことは頼んだぞ」
「ああ、任せろ。こっちに来な。俺が守ってやるからよ」
「はい。よろしくお願いします」
竜郎が並大抵の風では動きもしない魔力の霧を、強引に魔法で押しやりドーム状の空間を作り出し最低限の視界を確保する。
ガウェインにオーベロンを担いでもらい、竜郎たちは最初の一枚──『白炎が咲き誇る静寂の湖底』の地を見つけるべく、魔物が地中にひしめく樹海へと一歩ずつ慎重に進みはじめた。
次も木曜日更新予定です!