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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第二一章 皇妹殿下爆誕編
410/451

第409話 シャルォウ王の決断

 まずは無難に互いの自己紹介から。

 現シャルォウ国王の名は、オーベロン・イウ・シャルォウ。

 既に齢は百を超えているが、腕利きの生魔法使いが専属医師としてついているため、今も元気に現役の国王として頑張っている。

 見た目はかなり人種に近いが、遠い祖先に氷のイタチ系の獣人種の血が入っていて、顔はいわゆる狐顔で寒さにめっぽう強い種族だ。


 他国の戦争で祖国を追われ住む場所を無くしたご先祖がこの地を開拓し、国にまで広げていったという歴史を持つのが、ここシャルォウ王国。

 あとは知っての通りで、偶然にレーテシャローフロスティことスリンカという美しい魔物を見つけ、それを使った観光業が大ヒット。

 年四回のお祭りといってもいいお披露目会では、例年それを見るためだけに大勢の人がこの寒い以外に何もなかった小国に訪れ、大量の外貨を落としていってくれるようになった。

 おかげで小国ながら一躍富豪国家の仲間入りを果たした、というわけである。


 もちろん近隣国家に嫉妬もされたし、もっと大きな国にスリンカを寄こせと脅されたこともあったが、それもより大きな大国をお金の力でバックに着け事なきを得ている。

 お金といっても国家規模でいえばかなり良心的な額であり、その代わりとしてお披露目会のときには必ず最高の席を来ても来なくても用意することになっていて、大国は他の国家の重鎮たちとの外交の場としても利用していたりと、かなりいい関係を築けているようだ。


 さらに玉座の数段下で控えていたのは、壮年の第一王子フーガロン・リィウ・シャルォウ。次期国王とみなされているため、竜郎たちとの顔繋ぎもかねてここにいた。

 彼とも挨拶を交わし合い、軽く親交を深めていった。



『なんというか、この王家は美しければ物や風景である必要もないんだな』

『ねー。王様なんてガウェインくんに夢中だよ』

『視線がうっとうしいぜ……』

『ヒヒーーン……(こっちもなんかキモイんですけどー……)』

『ん、王子はジャンヌお姉ちゃんが気に入ったみたい』



 王家の美しい物狂いは留まることを知らず、その興味は人にも向いていた。

 オーベロンはうっとりとガウェインを見つめ、フーガロンは小サイ状態のジャンヌに似たような視線を向けている。

 といっても別に国王が男色家というわけでも、王子がケモナーというわけでもない。


 ガウェインはかなりの強面で、威圧感も半端ない。大抵の者が近付くことすら恐れ、遠巻きにしたがるような人間だ。

 だがその実、ちゃんと見れば彼の顔立ちは非常に整っている。野性的な魅力に高い身長、鍛え上げられた筋肉隆々の肉体。そこに芸術的価値を見出し、オーベロンはガウェインに夢中になっていた。

 そしてフーガロンの場合は、小さく愛らしいながらも気品に満ち溢れ、堂々とした力強さもあわせ持つジャンヌの姿に芸術的価値を見出している──というわけである。

 当の2人は面倒そうに渋い顔をしているのだが、その表情もまた王と王子にとっては良かったようで……感嘆の溜息を吐いていた。



『けどおかげで印象は、かなり良さそうだな』

『だね。このままの勢いで案外簡単に交渉出来ちゃうかも』



 ガウェインやジャンヌが特に王家2人の歓心を買っているが、竜郎と愛衣の周りは美形揃いだ。

 竜郎と愛衣とて確実に平均よりは上の顔だちをしていて、決して悪くない。

 美しいものが大好きなオーベロンたちは、醜い者が嫌いとまではいわないが、やはり周りにいる人間はどうせなら綺麗であればなおいいという考えをしているため、顔面偏差値が爆上がりした空間に居合わせることにすら幸せを感じていた。


 気持ちが浮ついている今こそ交渉のチャンスではないかと、竜郎は一気にここでもう用件を切り出すことにする。



「それでこちらに突然押しかけてきた用件の事なんですけど……」

「ああ、そのことですか。こちらも最初は驚きましたがね、よくよく考えればその理由もすぐに分かりました」

「え? そうなんですか?」

「それはもう。これしかない! とすぐに。

 ハサミ様たちの冒険者としての素晴らしいご活躍の数々も聞き及んではいますが、もう一つ素晴らしい事業展開をされていらっしゃる。

 食材に関してもかなり通じているという話も、私はしっかりと知っておりますぞ。

 是非喜んで、ハサミ様がたの美食家も垂涎の食材。お取り引きさせていただきたく、こちらからも──」

「ああいや……それを希望なされるのなら、そういう契約を結ぶのももちろんやぶさかではありません」

「なら是非に──」

「ですが今回僕らが来た目的は、別にあるんです」

「別……ですか?」



 エリュシオンのことも、美味しい魔物食材の卸業をしていることも、ちゃんとシャルォウ王国は把握していた。

 別に隠しているわけでもないため少し調べれば分かることで、さらに数にも限りがあるため卸業もある程度卸先を無制限に広げることなく選んでいるということも知っていた。

 そしてその選択されている卸先の中に加わるには、竜郎たちとのコネクションが必要だということも。

 なのでシャルォウ王家としても、なんとか接点を作って美味しい魔物食材を卸してもらえないだろうかと、何度か議題に上がったことはあったのだ。

 観光に一点集中して外貨を稼ぐ国なため、さらに美だけでなく食まで満足させられればもっと跳ねるのではないかと。


 幸い王都は観光客の中でもセレブ向けの場所。観光気分に浮かれ、レーテシャローフロスティの美しさに心奪われ、財布の紐もゆるゆるだ。

 多少その食材が高かろうと、余裕で元は取れると踏んでいた。

 後ろ盾になってくれている大国へ、竜郎たちの紹介までできればこちらの大陸内での立場もさらに上がるといいことづくめだ。


 そんな皮算用もなんの当てもないのに妄想していたタイミングで、ちょうどよく訪ねて来たのが竜郎たち。

 しかも別段この国や大陸に何があるというわけでもなく、少し頼みたいことがあってやってきたと緊急性も低い用向き。

 そこでシャルォウ王国の国王や重鎮たちは閃いた。


 これはもう、自国との取引を望んでいるに違いない。

 お金なら唸るほどある。竜郎たちが望む金額を出すことも難しくはないはずだ。

 優先的に卸してくれるなら、他より高くても出してみせよう。

 そこまでの流れを見越しての会話だったのだが、竜郎の反応からしてどうやら違うようだぞと対応を改める。

 これは予想していた、もう一つの方なのだろうと。



「ああ、ではレーテシャローフロスティの方ですかな?」

「そうです! そちらです!」

「はぁはぁ、そうでしたか。実はそちらもあり得るのではないかなとは、我々も考えてはいたのですよ」



 相手はいくらでもその武力で稼ぎようのある、世界最高ランクの冒険者たち。

 さらに世界でも指折りの大国カサピスティ内にあるエリュシオンの領主でもあり、そこはシャルォウ王国の収益すら超えるほどの利益を出しているのではないかとも配下の一人が口にしていたことを思い出す。

 ならば今更、お金稼ぎのために奔走するというのは不自然だ。

 富豪国家といえど、こんな辺鄙な国に、観光シーズンからも外れた時期に、代わりの交渉人や商人を送ってくるのでもなく、わざわざ竜郎たち自らが出向いて契約を取りに来るとは考えづらい。

 となると答えは一つ。レーテシャローフロスティだろう。

 オーベロンはすぐに、そちらの対応に切り替えることにした。



「お披露目会の時期に来ていただけるのが、一番美しい姿を見せられるのですが……仕方がないですな。

 他ならぬハサミ様方たってのお願いです。私も一肌脱ぎましょう。

 お披露目会前に観覧できるよう管理地区に部外者を入れるというのは、他の誰にもやったことはないのですが、今回は特別ですぞ?

 その代わりといってはなんですが……是非、我が国にも美味しい食材を卸していただけると幸いです。もちろんお代も、ちゃんとお支払いいたします」



 途中まではかなりいい予想をしてくれてはいたのだが、素材をくれというところにまではオーベロンたちも思い至れなかった。

 せいぜいお披露目会で特別な席を用意してほしい──だとか、観光シーズンでは混雑が予想されるため、ゆっくり見られないかもしれないと特別にシーズン外の今見せて欲しいという、少々我が儘なお願いをするつもりだろうと、そちらへ考えが飛んでしまっていた。


 その認識の齟齬に竜郎もすぐ気が付き口が重くなるが、このままではただスリンカを見学して帰ることになってしまう。



『もう面倒くせーしよ。正確な場所も分かるんだし、それでもいいんじゃねーか?

 代わりに食材を安く売ってやれば、マスターたちの罪悪感も薄れんだろ』

『それはそうなんだが、あくまでそういう力技は最初に言っていた通り最終手段にしておこう』

『まだ交渉の余地が無くなったってわけでもないんだしね』



 ガウェインはもう場所だけ確かめて、こっそり頂いてしまおうという作戦を推してきたが、さすがにまだ早いと竜郎と愛衣は却下し、彼には王の熱視線を受け続けてもらう。

 そしてしなければならない状況に至らないよう最善を尽くすべく、竜郎は望む方向へ軌道修正していく。



「あーその……、そういうのとも少し違ってですね」

「ええ? そうなると…………困りましたな、私には思い浮かびません。

 ははは……これでは格好が付きませんな。降参です。何をお望みか、おっしゃってください」

「では端的に、レーテシャローフロスティことスリンカという魔物の素材を一体分、僕らに譲って欲しいんです」

「…………………………………………はい? い、今なんとおっしゃいましたかな?

 私ももう老い先短いですし、耳が遠くなってきていましてな……」

「ですから、レーテシャローフロスティを生死は問いませんので、綺麗な形で一つ譲っていただきたいのです」



 二度目は大きな声でハッキリと伝えると、さすがに聞き間違いだと強引に解釈することもできず、ここではじめてオーベロンの表情が曇った。

 それは他のこの部屋にいる、竜郎たち以外の王子なども同様に。



「えぇ……………………と…………生死は問わないということは、たとえ生きていたとしても殺したり……?」

「まぁ……言いづらいですが、そういうことになりますかね」



 まるでこの世の終わりを告げられたかのように、オーベロンは絶望的な表情を浮かべ──。



「む……」

「む?」

「ムリムリムリムリムリムリムリ!! 無理ですぞ! それはさすがに無理ですぞ!」

「そこをなんとか……」

「あああ、あの子たちを傷つけるなど、できるはずもないでしょう!

 あんな美しい存在たちを、ここここ殺す!? 何故! 酷すぎる!!

 あれはまさに神がお創りになられた至宝ですぞ!?

 それを大切に育てるでもなく、殺してしまうと!? 酷い、酷すぎますぞ!!

 いいいっいくらハサミ様のお願いとはいえ、そんなこと到底受け入れられませぬ!!」

『まじか……』

『綺麗な物だったら、魔者でもその命まで大切にしちゃうタイプだったみたいだね……』

『ん、やっぱり面倒くさいことになった』

『ヒヒーーン(強硬手段に出ちゃうー?)』

『マスターなら呪魔法で、ここにいる全員操ることだってできるからな。

 その記憶もなくしちまえば、世は事もなしだぜ? やっちまってもいいんだろ』

『いや、まだだ。この人だって国王なんだから、国の利益が大切なはず』



 それでも竜郎は、まだ諦めない。

 今はなんの意味もなく、オーベロンたちが大切にしているレーテシャローフロスティを殺す奴らと思われているに過ぎない。

 それを何に活用するのか。それで何が得られるのか。それでどんな利益がシャルォウ王国にあるのか。

 ちゃんと説明すれば、分かってくれると信じ口を開く。



「どうしても新しい美味しい食材を手に入れるために、レーテシャローフロスティの素材が必要なんです!

 そしてそれさえあれば、また新しい美味しい食材がこの世に出回ることにもなるんです!

 我々はそれを手にいれるために、シャルォウ王家が多大なる貢献をしてくれたと各国に伝えていくと約束しましょう!

 あなたたちのおかげで、この食材は手に入ったのだと」

「私たちのおかげで……ですと?」

「我々の食材の噂は聞き及んでいると思います。

 その超常の美食の一つを見つけるのに貢献したとなれば、他国の歴史にもシャルォウ王家やオーベロン国王の名前が刻まれることだってありえるかもしれません。それだけの素晴らしい食材なんですよ」

「そ、そんなに……?」

「もちろんです。それにもしこの国が不当な理由で攻められたり、何か強大な魔物に襲われれば僕らが必ず助けに来ると約束しましょう」

「あなた方が……我が国のために……?」

「はい。さすがにそれを笠に着て、他の国にやりたい放題するようなら考えを改めさせていただきますが、今のような国であり続けるなら二言はありません」

「あ、ああ……少し考えさせてください……」

「はい。ご一考いただけると、こちらも助かります」



 さすがにこうなってくると、美しいものを愛する一個人ではなく、国の繁栄を第一に考えなければならない国王として、揺るがされるものがあった。

 この竜郎の言い方から察するに、ここでレーテシャローフロスティを渡せばかなり恩義を感じてくれそうだ。

 世界最高ランクの冒険者に恩が売れるということは、今いい関係を築けている後ろ盾の大国よりも価値がある。

 なにせ竜郎と愛衣は、魔神と武神の御使いである──という噂もちゃんと知っていた。

 噂というよりも、もはや本人たちが公言していないだけで真実だと思っていいと世界中が思い込んでいる。

 そんな神の中でも上位の存在から目を掛けられている2人が、シャルォウ王家に感謝し、いざというときは後ろ盾になってくれるという。

 やっかみから成金国家と馬鹿にしてくる国や、大国が口を出すほどでもない些細な嫌がらせをしてきたりなんていう屈辱は何度も味わってきたが、そういう面倒な国々も態度を改めざるを得なくなるに間違いない。


 オーベロンの代では、国王として別段優れたことはしていない。その生涯を現状維持に費やしただけ。

 だがもし竜郎たちに協力すれば、あり得ないほど美味しいとされる食材を見つけるために貢献したことになる。

 となればレーテシャローフロスティでの観光業を思いついた国王と、同格の扱いを死後受けられるかもしれない。

 彼も人の子。そういう功名心も、少なからず抱いていたのだ。

 死が近いと悟っているからこそ、余計に何か大きなことを残したいと。


 そんな俗な欲望までも、竜郎は見事に揺さぶってみせた。

 10分以上の熟考の元、ようやく決心がついたのかオーベロンは顔を上げる。

 その顔は威厳に満ち溢れており、今まで見た中で一番王としての風格を纏っていた。



「決断しました」

『あの反応からして、上手くいったみたいだな』

『ふぅ、これで一安心かも』



 黙ってそれを見守り続けていた竜郎たちも、ようやくかと安堵する。そして──王はこう口にした。



「お断りさせていただきます」



 ──と。



『『なんでぇ!?』』

次も木曜日更新予定です!

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― 新着の感想 ―
だが断るっ!!
だか断るの使い手だったとはなぁ。
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