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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第三章 カルラルブ大陸編
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第40話 鍵の行方

 ただ宝物庫に閉じ込める。そんな方法ではあるが、なんとか魔竜の脅威を退けることに成功したカルラルブ。

 しかしそこからは王家が竜に至るためにと暴走をはじめ、しばらく不安定な時代へと突入していく。


 そんなことになりながらも、魔竜騒ぎもあって余計に他国から侵攻されることもなく、最低限国としても機能していたこともあり、少しずつではあるが国力も増していき、大きな国へと成長していった。

 魔竜を閉じ込めた宝物庫の鍵となる宝石だけは、絶対に持ち出すことなく厳しく管理を続けながら……。




 魔竜騒ぎから長い長い月日が流れ、現代よりも数千年ほど前のこと。

 何代も入れ替わってきた王族は数も少なくボロボロの状態。

 けれど先祖代々からの悲願である竜へ至ることは諦めきれず、その当時の王も必死にあがいていた。


 だがもうこれ以上無茶なことをしたら、ほんとうに種が絶滅しかねない。

 やれそうなことは祖先たちがあらかたやりつくしてしまったこともあり、いい案も思い浮かばない。


 その日も何かいい方法はないものかと、王は王城にある宝物庫を漁っていた。

 ここには戦闘に向いたものは少ないが、それでも変わった魔道具や天装なんかが沢山あった。

 それらを上手く組み合わせて何かできないかと、模索しているのだ。


 そのようにしながらフラフラと奥まで入っていくと、ふと王家が秘蔵する宝物庫の中でも特に厳重に鍵がかけられた一角までやってきてしまう。


 当然その当時の王も、そこになにがあるかは理解していた。

 子供のころに聞かされた、王族とそれに近しいものしか知らない真実の歴史で、この国には強大な力を持った魔竜が封じられており、その封じた部屋を唯一開くことのできる鍵なのだと。



「だがもう何万年も前、はるか昔の話だ。おそらく、その竜もとうに死んでいるだろうな」



 けれど誰も開けようとしなかったのは、恐いから。

 どれだけの被害を被ったのか、それを伝えるために残された壁画や絵が何枚もある。

 それを見ただけでも、どれほど強大な竜だったかは分かろうというものだ。

 もし死んでいなかったら、もし自分のせいで世に出してしまったら。そんなことになったら、自分もこの国も本当に終わることになるだろうと。



「しかし死んでいるに決まってる。どれだけ前の話だと思っているんだ。

 いくら竜とはいえ、飲まず食わずでそれだけの月日を生きられるわけがない。

 生きていたとしても、まともに動けるわけがない。……そうだ、そんなわけはないんだ」



 封じられているという宝物庫は不思議な場所だと聞く。

 世に聞くダンジョンの宝物庫には時間の流れすらとまり、中の宝が永遠に色あせることなく保管されるようなところもあるらしいが、そこはそんな常軌を逸した場所ではないことは、当時の王が確かめている。

 なので外も、その宝物庫の中も、等しく同じ時が流れているのは間違いない。


 さらに宝物庫には金銀財宝の類や、珍しい魔道具なんかも保管されていたらしいが、飲食物の類は一切持ち運んでいない。

 そして外にも繋がっていないので、食料をとりに行くこともままならない。


 なのでどう考えても、死んでいるだろうという推測に行き着いてしまう。



「……死肉とはいえ、強大な力を持っていた竜を喰らえば私が、そうでなくともその血を継いだ我が子は竜に至れるのではないだろうか?

 そうだ……そうに違いない! 我が一族に足りなかったのは、きっとそれなんだ!」



 その王は一人でそんな考えに至ると、王だけが解くことのできる何重もかけられた鍵を外していき、中の宝石を手に取った。


 そして一部には反対されながらも、大多数がもう死んでいるだろうと思っていたこともあり、次の日の夜にはもう王は信頼のおける部下だけを連れて、あの頃から王族の誰もが近づこうともしなかった、不思議な宝物庫があるとされる場所までやってきてしまう。


 念のため警戒はしつつも、王はその宝石を伝え聞いたとおりに壁に押し当てた。

 すると簡単にその宝物庫へ繋がる穴が開かれた。

 しばらく待ってもなんの物音も聞こえないので、その中に一番動きの速さに定評のある者が斥候として入っていく。


 残された王たちは、すぐに閉じられるように、逃げられるように構えたまま。

 もしこれで魔竜が生きていたら、なにかしらの反応があるだろう。


 だが何事もなく斥候に行かせた人間が戻ってきた。



「どうだった?」

「尻尾も前足も、まるで自分で食べたような跡がありましたが、私が近寄っても触れても身動き一つしません。

 それに生者の気配も感じませんでした。死んでいるように思われます」

「よし、よくやってくれた。その勇気に感謝を」

「はっ、ありがたきしあわせに存じます」

「では次。解析班、行ってくれ」

「はっ!」



 今度は別の、この国でも特に優秀な解魔法使い三名を、死んでいると思われる竜の元へと向かわせる。

 そして暫くしてから三名とも無事に帰ってきて、三名ともに死亡判定を下した。



「よしっ! やはり死んでいたっ! お前たちもよくやってくれた! その忠義、私は一生忘れない」



 勇気をだして竜の死を確認しに行ってくれた三人にも労いの言葉をかけたところで、いよいよ王も側近たちを連れて宝物庫の中へと入っていく。


 中は予想以上に広い場所だった。周囲を見渡せば滅茶苦茶に荒らされた跡があったが、目も眩むほどの金銀財宝の数々が無造作に散らばっていた。

 さすがの竜もこれは食わなかったかと少しおかしく思いながらも、斥候や解析班が見たという竜の死体がある最奥へと歩いていった。



「お……おぉ……。これが竜か……」

「生きていたら、さぞや脅威だったでしょうね」



 そこには前足が二本ともかじられ、尻尾も全てかじられ喪失していたが、まごうことなく竜が腹ばいになって倒れていた。

 既に死んでいると聞いていたが、その体は腐ることなく、まるでさっきまで生きていたようにすら思えるほど新鮮な状態だった。



「死してそれほど経ってはいないのかもしれないな」

「ええ、ですが竜の肉は何年も放置していても腐らないと聞きますし、こんなものなのでしょう。

 では陛下、いかがいたしますか」

「貴重な竜の素材だ。我が国を苦しめた怨敵とはいえ丁重に扱わなくてはな。

 まずはここにいる《アイテムボックス》持ちたちでも収まる大きさに切り分けて、持って帰るとしよう」



 ここに来た者で丸ごと一体を収納できる容量の《アイテムボックス》持ちはいないので、切り分けて特に貴重な部位だけをひとまず持って帰ることに。

 強い者こそが偉いの風潮があるこの国では、いくら便利だからといって貴重なSPを使って《アイテムボックス》を取得したり拡張するものは少ないのだ。

 王も御多分に漏れず、《アイテムボックス》は所持していなかった。


 さっそくとばかりによく切れる剣を取り出し、切れ込みを入れる当たりの鱗をはぎ取ろうと王自らも率先して動きはじめた──そのとき、ピクリと微かだが魔竜の死骸が動いたような気がした。


 慌ててもう一度、解析班に確認させると、やはり呼吸はしておらず、心臓も停止状態。血液も循環していないので、死んでいるのは間違いないはずだ


 死んでいるかどうか確認している時に触っていたので、おおかたその時の衝撃か何かで体のどこかの部位がずれただけだろうということになった。


 安心して作業を再開すべく、入り口まで急いで避難していた王も戻ってきた。

 そして鱗をはぎ取ろうと皆で必死になって刃を入れるが、ビクともしない。



「この竜はいったい何レベルの竜なんだ。死んでいるくせに鱗一枚はぎ取れないぞ」

「我々でも正確には分かりませんが、おそらく250~350の間かと思われます」

「にっ──250から350の竜だとっ!? 化物じゃないか……。

 ここまで誘導するだけとはいえ、私のご先祖様方はよくそんなことができたな……しかし、そこまでとなると解体は難しそうだ」



 肉を食らいたいと思っている王からすると、それでは困ってしまう。

 そこでここまで付いてきてくれた近衛の一人が、ならば口の中の肉ならどうかと提案してきた。

 なるほど確かに全身鱗に覆われて手が出せないが、さすがに口の中まではないはずだ。



「いざやるとなると恐いですね……」

「ははっ、なんなら私がやるか?」

「い、いえ、陛下にそんなことをさせられるものですか」



 死んでいると分かっていても顔の前に来るのは恐かったようだが、それでも王の冗談でその場の空気も明るくなった。

 二人が左右に一人ずつ立ち上あごに手をかけ持ち上げさせ、三人目が口の方へ近づいて口内の肉が切れるかどうか確かめようと中を覗き込む。


 ずらりと並ぶナイフのような歯、表面が乾燥した舌や歯茎。その生々しい光景に若干、表情がこわばるも、その男は剣を片手に右足を口の中に入れて自ら半身を入れた。


 ──その瞬間、突如魔竜の後ろ足が微かに動き出しかと思えば、そのまま前方に頭が少し動く。

 半身を口の中に入れていた男は、つんのめるように前のめりに喉の奥に向かって倒れこみ、それと同時に魔竜の口がバンッと音を立てて閉じ、男の右足だけが外にボトリ落ちた。

 口を持ち上げていた二人は手首より先がなくなったが、何が起きたのか理解できずその場で固まる。


 一瞬の静寂がおとずれるなか、魔竜の目が見開かれる。

 まるでガムをかむようにして、口の中の男を咀嚼する。



「陛下、お逃げ──」



 魔竜は油の切れたブリキ人形のような動きでありながらも、後ろ足を動かし、その身をヘビのようにくねらせ、声を発した男を丸のみにした。




 ここまで黙って聞いていた愛衣が、思わずそこで声をあげた。



「えっと、どゆこと? けっきょく魔竜は生きてたってこと?」

「そうらしい。おそらく死を偽装するスキルでも持っていたのだろう。

 もしくは、生き延びるためにあの場で覚えたのかもしれない」

「仮死状態みたいになれれば生きるために消費するエネルギーも最小で済むだろうし、たまに起きて自分の一部を食べていれば最低限生き延びることくらいはできたのかもしれないな」



 竜郎の発言は憶測でしかないが、王族側もだいたい同じ考えに至っているらしい。

 だからこそ、まだ生きていると、なかば確信を持って言うことができたのだろう。


 そうして再び、王の話がはじまった。




 なぜ。死んでいたはずだ。そんな疑問がよぎる前に、王だけは逃がすべく他の人間が動きはじめる。

 王も自分の責任だと残ろうとするが──。



「陛下が入り口をしめてくださらなければ、これが外に出てしまうのですよ!!」

「──くっ」



 宝石を持っているのは王自身。今更べつの者に渡している余裕などない。

 その一言をきっかけに王は宝物庫の外へと走り出し、まだ生き残っているその他全員で魔竜の注意をひきつける。


 幸い前足と尻尾がないことに加え、体の動きがまだ本調子ではないのか、一つ一つの動作が緩慢で、いっぺんにやられてしまうことはなかった。

 だが、それでもやはり向こうは竜。それだけのハンデを背負いながらも、王が宝物庫の入り口にさしかかるころには残っていた全員が殺されていた。


 魔竜は逃がすものかと背を向けて走る王に向かって炎の息吹きを放つ。

 王は背中に熱を感じながらも、命からがら宝物庫から飛び出し、それと同時に宝物庫に繋がる通路が再び閉ざされた。


 先ほどまでの喧騒が嘘かのように、しんと物音一つ聞こえない洞窟の中で、王は自分の愚かさを悔いた。

 そして中に残された者たちに精一杯の謝罪を口にし、ようやく帰路に立つ。


 行きは十数人ほどの共がいたが、今は一人で砂漠を歩きはじめる。

 もう二度とあそこは開けないように、自分の愚かさとともに、今ここであったことを伝えなくては──。

 そんなことを考えながら急いで王都がある方へと進んでいると、突如、三メートル級のトカゲの魔物が砂中から飛び出してきた。


 先ほどの魔竜と比べれば赤子のようなものだったが、姿が少し似ていたせいで動揺し反応がわずかに遅れ、いつもなら余裕で躱せるはずの爪の斬撃を直にくらってしまう。


 その一撃は王にとって致命的な威力はなく、胸元が少し切れてしまった程度だ。

 しかし運が悪いことに、ちょうど切り裂かれた場所にある内ポケットに宝物庫の鍵となる宝石をしまっていた。


 爪に引っかけられるようにして、鍵は遥か彼方へと服の破片と一緒に空を飛んで行き、砂漠のどこかに落ちてしまう。

 急いで取りに行こうとその方角へ足を向けるが、反対側で待ち伏せしていた同型のトカゲの魔物が三体も現れてしまう。


 王はそんな場合ではないのにと焦りながらも、なんとか四体のトカゲを倒し終ると、すぐさま砂漠を這いつくばって鍵を探す。

 けれどどこを見渡しても、その鍵はもう見当たらなかったという。



「それからその王は自分だけでは無理だと、兵をだして大捜索を開始したんだが……そうなると、やはり民衆はなにをしているのか気になったんだろうな。

 砂漠のどこかに財宝が埋まっていて、それを王家は内緒で探しているんだ──なんていう馬鹿な噂が蔓延しそうになり、急きょ捜索は打ち切りになった」

「しかも、夜中に出たっていうのにその宝物庫のほうに行くところを見ていた国民がいたらしく、あの砂漠の中にある洞窟が怪しいんじゃないか──なんて嬉しくない尾ひれまで付いてね」

「うわー、もうその王様、やることなすこと全部裏目に出ちゃってるね」

「だが探さないわけにもいかないだろ? そのあと、どうした──って、そこでマピヤがでてきたってわけか」

「察しがいいな。その通りだ」



 他国で出戻ってきた資産家の貿易商マピヤ一家。

 マピヤ一家は魔物が大好きで、この大陸固有の魔物が特にお気に入り。

 だから大勢の人を雇って、魔物探索をしに日夜人を砂漠に送っているんだ。


 そんな仮想の一家を一から作り上げ国に浸透させることで、魔物探しと銘打って鍵探しを続行していたというわけである。



「ぎゃう? チキーモはどこででてくるの?」

「それは俺たちもよく分からん」



 今から千年ほど前に、突然宝石らしきものをクチバシに付けたチキーモが目撃された。

 王家はすぐにその情報を掴み、マピヤの名を使って大々的に探索した。

 そしてマピヤに扮した王家の一人が目撃し、その特徴を照らし合わせ、大きさ、色、形から、ほぼ目当ての宝石に違いない──となり現在に至る。



「ちょうど魔物好きで通していたこともあって、それほど勘ぐられることなくその魔物に賞金をかけることができたのは、よかったことだな」

「チキーモのくだりは謎のままってことか」

「ああ、いきなり降ってわいたように出てきたんだからな。こっちが理由を聞きたいくらいだ──で? タツロウたちはこの話を聞いてどうする?

 協力してくれるのなら、最大限王家から報酬を出すこともできるが」



 そこで竜郎は思わずにやけそうになる顔をなんとかこらえ、真面目ぶった表情で口を開いた。

 もちろん、にやけそうになったのは、報酬の方にではない。



「宝物庫の鍵を最終的にそちらに渡すのは了承しよう。だが、一つ条件がある」

「……聞こう」



 世界最高ランクの冒険者が提示する条件。それはいったいどれほどの物だろうかと、アクハチャックやウィリトン、そしてその護衛たちまでもが生唾を飲んだ。


 だが次に竜郎が発した言葉に、アクハチャックたちは間抜け面をさらすことになるのであった。



「その魔竜──俺にちょうだい♪」

「「……………………はぁ!?」」

次回、第41話は3月29日(金)更新です。

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