第406話 北の大地へ
エーゲリアがイシュタルの妹を生み出すために、カルディナ城への滞在がはじまった。
そんな自称弱体化状態のエーゲリアはといえば、昨晩は美味しいフローラお手製の夕ご飯を元気にもりもり腹いっぱい平らげ、「やっぱり弱体化なんてしてないんじゃ……」と竜郎に疑惑を持たれながらも、彼女自身はニーナと一緒にいられて終始ご機嫌だった。
『まぁ不機嫌になるよりずっといいけどな』
『大変なことをしてるといえば、してるわけだからね。うん、たぶんだけど』
今日も今日とて朝食をいただき、ニーナも「お姉ちゃん、お姉ちゃん」とつきっきりでお世話を焼いてあげていた。
というのも、エーゲリアが卵核をつくったため体調が悪い──といったことをいい、根が純粋なニーナはすっかり大病人くらいの気持ちになっているようだ。
とはいえニーナもあの何でもできるお姉ちゃんが弱っていて、それを助けてあげられる自分が嬉しいというのもあるようで、本人も楽しそうにしていた。
なのでしばらくは、ニーナはパパやママよりもお姉ちゃんと一緒にいることを選んだようだ。
「というわけで今回はニーナが来ないわけだが……、逆にこっちは来るよな」
「ん、果物ときいたら私。どんなデザートが生まれるか楽しみ」
「果物と言ったら、甘かったり甘味に繋がってくるからね。そりゃあヘスティアちゃんは、真っ先に手を挙げるよね」
何も言わなくても出発の時間には、しれっとヘスティアがカルディナ城前に待機していた。
「ジャンヌも今日はよろしくな」
「「じゃんねーた!」」
「ヒヒーーン」
ジャンヌも久しぶりに遠くまで飛んでみたいと、今回の果物の美味しい魔物復活の旅に同行が決まった。
「果物は酒にも関係しているからな。どんな酒になりそうか、俺直々にチェックしておきてぇ」
「でもガウェイン君って、甘いお酒よりなんかウィスキー? とかスピッツ? みたいな強そうなのの方が好きじゃなかったっけ?」
「すぴっつ? あぁ、スピリッツのことか。確かに辛い酒が好みだがよ、地球であちこち行って酒や飲み方を勉強して、甘ったるい酒の美味い飲み方ってのも覚えたんだ。
酒ってのは、ほんとに奥がふけぇぜ」
「ん……。甘くても変な味するから、お酒嫌い」
「おこちゃまだねぇ。ヘスティアは。その分、俺が飲めるから構わねーけどな」
さらにまだいる。
「よろしく……管理者さん……」
「ああ、外の世界を楽しんでくれ」
「お邪魔かもしれないけれど、私も同行させてもらうわね」
「邪魔じゃないよ。イェレナさんも、もちろんルナちゃんもね」
ダンジョンの管理もしてくれている妖精樹の化身『ルナ』の仮想体と、こちらの領地内にある妖精樹の研究と調査をするため、竜郎たちの領地内に住んでいる妖精郷の住民──イェレナ・シュルヤニエミと、その従魔の緑の大蛇『ミロン』と大鹿の『シードル』も一緒だ。
イェレナがついてくるのは、妖精樹の化身であるルナがいくから、その観察と休暇もかねて──ということらしい。
珍しい同行者に楓と菖蒲も楽しそうにし、ミロンとシードルの頭を撫でて笑っていた。
2体の従魔は幼子にしか見えないが、自分を一瞬で消し飛ばされる存在だと気付いているため、半分白目になっていたのだが……じきになれるだろうと竜郎はスルーした。
かなりの大所帯になってしまったが、ジャンヌが連れて行ってくれるので問題はない。
今回向かう先はカルディナ城のあるイルファン大陸より、北にある寒さ厳しい大陸。
その中では比較的温暖だと言われている地域付近に、竜郎が今回求めている魔物が生息していると判明した。
まだ行ったことのない場所なため、転移では行けずジャンヌに背負ってもらった空駕籠へ全員が乗り、優雅に飛んでいく。
「あっというまに行っちゃうのもいいけど、こういう空の旅もたまにはいいね」
「そうだな。楓や菖蒲も楽しそうだ」
空駕籠の窓から見える外の景色を眺めながら、ちびっ子二人はヘスティアと一緒になってお菓子をもぐもぐ口に頬張り楽しそう。
ジャンヌにも途中で差し入れをあげたりなど、本当にゆったりとした時間を過ごしながら、目的の大陸に着陸した。
「もうすぐイルファン大陸じゃ夏が来るっていうのに、ここは寒いのね。みんなは平気なの?」
「私は……問題ない……」
「この程度の寒さでどうにかなる俺じゃねーよ」
「「あう!」」
「ほんとに丈夫な子たちねぇ」
「魔法で暖かくするか? イェレナさん」
「ううん、そのくらいは自分でできるから大丈夫。この子たちもね」
寒さに弱そうなイェレナの従魔2体も、空駕籠から降りてすぐは体を震わせていたが、しばらくすると自力で対応して見せた。
他は当然ながら寒いとは感じられるが、それで動きが鈍るような面子でもなく、竜郎たちはそのまま小サイ状態になったジャンヌに改めてお礼を言い、薄く積もった雪を踏みしめ近くの町を目指した。
「意外……っていったら失礼かもだけど、結構しっかりとした町だね」
「田舎方だからか、人も少ないし正直スカスカな街並みだけどな」
「ん。これはこの町特有の甘味もあるかもしれない」
「ほんとにオメーは、そればっかだな」
町を入るときにはやる気のない門番に入りたいというと、竜郎たちの統一感のないメンバー構成に首を傾げながらも、身分証すらみるのがめんどくさいとばかりにあっさり通れてしまった。
ただイェレナに関しては従魔もいるためそうもいかず、ちゃんとした身分証を見せ、その従魔たちもいうことを聞くことを証明してから、少し遅れて入ることができた。
甘味甘味うるさい妹に呆れるガウェインに苦笑しながら、竜郎は周囲を見回す。
その少し後ろにいたルナも興味深そうに、きょろきょろとあちこちを見回していた。
「綺麗な……町……。私の管理してる……ダンジョンと……違う……」
「あっちは恐怖というか、お化け屋敷みたいなイメージで作ったからなぁ」
それほどにこの町は、デザイン性に優れた美しい所だった。
雪を溶かして蒸発させる特殊な加工がされたレンガ造りの建物が主流で、それぞれが暖色系のカラフルな色でセンス良く立ち並んでいる。
几帳面なほどに滑らかに舗装されたレンガの道も、床暖房のように暖かく、町全体が屋外でも町の外よりはずっと暖かい。
だが町の大きさに対して人口は少なく、見える範囲でも商店が少し賑わっているくらいで、その他の場所はほとんど人を見かけない。
誰の気配も感じられない無人の建物もあちこちにあり、少し奇妙だとも感じたのだが、暇そうに散歩をしていたお婆さんに話しかけたことで納得する。
「あら珍しい。この時期に外の人が来るなんて」
「この時期じゃないと、外から人がもっと来るんですか?」
「あれま、レーテシャローフロスティのお披露目を知らんのかい?」
「れーてしゃ……えっと、なんて?」
「あら~、ほんとに知らないの。じゃあなんでこの国に来たの? 他に何にもないでしょうに」
「僕らは冒険者でして、とある魔物を探しにここまで来たんです」
「あーそうなの。この辺にわざわざ来てまで探すような魔者なんて、いないと思うけどねぇ」
「この町に住んで長そうですが、スリンカと呼ばれる魔物について聞いたことは?」
「す……りんかぁ…………? はてねぇ。坊ちゃんがいうように、ワシは生まれも育ちもこの町だけど、聞いたこともないよ。
冒険者ギルドがあっちの角を曲がった先にあるから、魔物の事ってんならそっちに聞いたらどうだい?」
「そのほうがいいかもしれませんね。それじゃあ、もう一つ質問してもいいですか?」
「いいよ。若い人は、なかなか年寄りと話してなんてくれないからね。何でも聞いておくれよ」
「では先ほどのレーテシャローなんちゃらというのは、なんなんですか?」
「レーテシャローフロスティのお披露目会。この国の王様の宝物を年に四回、少しの間だけ誰でも見れるようにしてくれるのさ。
それを見に他所の国や大陸から来る人も多くてね。この町はその人たちの最初の受け皿として、お披露目会近くの日になると宿屋やら観光業で賑わうのさ。
逆にそれが終われば御覧の通り、静かな町になるってわけさね」
「あー、それで無人の建物が多いんですね」
「そうだね。人が来たら泊まれるよう鍵を開けるが、それ以外は簡単な手入れくらいしかしないからね」
街並みが綺麗なのは、観光に来た人の目を楽しませるため。
だが観光のシーズンは限られた期間だけのようで、それが過ぎれば町の人たちは暇になる。
逆に言えば年四回の観光業で、この町の経済が回っているような状況なのだとか。
「でもさ、おばあちゃん。お宝をそんなに簡単に見せちゃっていいの? 盗まれたりとかしない?」
「あはははっ、面白いことを言うねぇ、お嬢ちゃん。
王様の宝物っていうのは、景色の事だよ。盗めるもんなら盗んでみなっての」
「あーそういう感じのお宝なんだ。でも景色だったら、いつでも見せてくれてもいいんじゃない?
その方が年中人だってきて、急に人がどかーってくることもないし、そっちの方がよくない?」
「その景色は王族が適切に管理してるからこそ、美しい光景を見せてくれるのさ。
いつも人に見られるよう開放してたら、管理もままならないよ。
常に美しい状態を保つために、何もないこの国に外のお金を持ってこさせるために、王様たちは一生懸命、国民のためにやってくれてるのさ」
「そんなに繊細な景色なんだね」
「そうさ。けど本当に綺麗なんだよ。お嬢ちゃんたちも、今度はお披露目会のときに来てみるといい。
ワシはこの年になっても、飽きずに毎回みてしまうくらい感動するよ」
「そうなんだ! 分かった、次は絶対にお披露目会の時に来てみるね、おばあちゃん」
「ああ、そうするといい」
竜郎が欲しかった情報は得られなかったが、別の耳寄りな情報を手に入れられた。
今度は是非、その感動する景色とやらを見に来ようと頭の中のメモ帳にお披露目会のことを書き込み、教えてくれたお婆さんにはお礼と言って最高級の飴玉を渡す。
甘いものが好きなのか口元をほころばせ、すぐにそれを口へ放り込んだ。
「なんじゃこの飴は!? 天国にいるようじゃわい…………」
「それじゃあ、僕らはこれで。色々とお話、ありがとうございました」
「ほぇー……」
あまりの美味しさに感動して聞こえていないお婆さんをそっとしたまま、竜郎たちはこの町の冒険者ギルドへと足を向けることにした。
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