第403話 ナエンの提案
改めてナエン・ヤウセムは、自分の名を名乗る。
大国の王族にすら知られている新進気鋭の商人は、例えば竜郎たちに近付きたかったなど、そういった下心なしにセオドアをスカウトしに来たという。
「私はこの町──エリュシオンで町長をしていらっしゃるリオン殿下より、この町の物珍しいものをもっと世に広める手伝いをしてほしいと頼まれていまして」
「物珍しい物……というと例えばどんなものを?」
「食材については既にある程度、実物も広まってきていますし、食べた人の感想やリアクションからでも、とてつもなく美味しい物。自分も食べてみたいと思わせるのに充分な物だという認識が持たれています。
そしてダンジョンも、他のダンジョンとの大きな違いはありますが、大抵の人は一度口頭で説明されればどんな違いがあるのか理解できますので、こちらも世界中に広まっています。
この2つは特に町側が動く必要もなく、勝手に町に訪れた人を介して広まってくれている状況です。
しかし──娯楽や変わった魔道具など、この町には説明されただけでは理解しづらい物が多く存在します。
リオン殿下におかれましては、上手くいくようなら最終的にロボットバトルの分野を、もっと世界に発信していきたいともおっしゃられておりました」
「「あー……」」
「ろぼっと……ばと?」
竜郎たちは地球産のボードゲームからはじまり、筐体はまだ完全に普及させてないがパンチングマシーンのような機械を模倣したり、リオンが気に入っている小さなロボットによるバトルができる魔道具など、この世界の住民からすると見慣れないものが多い。
他にも竜郎たちはこちらにないが、地球では当たり前に普及しているアイディア商品──便利グッズなども作って商品化しはじめている。
町の中にもじわじわと広がりはじめている段階だ。
『まぁ……実際に思いついた人たちには悪いけどな』
『うん。でもその分、儲かったら地球の慈善事業団体とかに寄付とかしておこ』
だがそれらはこちらの世界ではまだまだ未知の領域で、店に並んでいても「なんだこれ?」と思って見向きもされない。
店員が説明しても「それになんの意味が?」「自分でやればいいのではないか?」「そんなことをするのに、わざわざお金を払うの?」など、実際に使ってみなければその面白さや有用性が、いまいちこの世界の住民に伝わり切れていないのが現状だ。
『極端な言い方しちゃうと、原始人にスマホを持たせるみたいなものかな?』
『文化レベルはちぐはぐな部分はあるが、そこまで劣っているわけでもないんだがな。こっちの世界も。
ただ魔法のあるこっちの世界と、科学が普及した俺たちの世界じゃ、どうしても理解しきれないところはあるよな』
リオンとしては町のキャパシティは限界があるため、そういった商品を輸出して、さらに町の発展に繋げられないかとも考えていた。
偽物や形だけ取り繕っただけの紛い物が出てきそうではあるが、著作権のような概念は商会ギルドが持っている。なりより先行利益やオリジナルというブランドは、いつまでも残り続ける。
本場のものが見たいなら町へくればいい。だが町へ来れなくても、体験はできる。
エリュシオンへの憧れを世界中に広めて、死ぬまでに一度は行ってみたい町と世界中の人々が認識すれば、カサピスティ王国としても安泰だ。
『ハウル王も次の王のリオンも付き合いやすいし、この国が安泰な分には俺たちにとっても悪くない話だよな』
『だねぇ。これまで色んな国のお偉いさんたちとも関わってきたけど、ヤバい人はすっごくヤバかったからね……。
変な詮索も悪企みもしないリオンくんたちなら、こっちも快適だし』
とはいえ現状は食やダンジョンは何もしなくても勝手に上手くいっているが、もう一つの産業である娯楽や変わった魔道具などについての認知度は、その2つに比べてかなり低い。
それをもっとどうにかできないかと、リオンは商会ギルドや自分たちの伝手を通してやってみたが、やはり未知のものでは手が出しづらいのか反応はいまいちだ。
購入したとしても王子肝入りの事業ならと、使いもしないのにお金を出していたりと、既存の方法ではなかなか思ったような結果は出せなかった。
「そこで私に白羽の矢が立ったようです」
既存の概念に捕われず、独創的な方法を思いつく青年。
他の商人たちが様々な理由もあって目を向けていなかったところを上手く利用したり、独自の手法で販売ルートを築いたり、商会ギルドとしてもどこか他と違うなと思わせるのがナエンという商人だった。
「私もハサミ様方から生まれたという、見たこともないようなものの数々。
心の底から惹かれ、もっとより多くの人に知ってもらいとも思いました。
ですから是非にと、私からも殿下に全力を尽くすとお約束いたしました」
「それでヤウセムさんは何かを閃いて、その何かにセオドアを起用したいということでしょうか?」
「その通りでございます。色々と目的にあった人材はいないかと、私も探してはいたのですが、なかなか見つけられませんでした。
しかし今日、食の感謝祭という催し物で様々な人たちが出ると聞きつけ、その出場者たちの中にいるのではないかと見学していたのです。
そこでセオドアさん。あなたを見つけた」
「お、俺ぇ……? 確かにサラダ部門で入賞はできたが、3位だぞ? 他にもっと凄い奴がいただろ。いったい俺に何をさせる気なんだ」
セオドアも最初から最後まで感謝祭を見ていたが、入賞した誰よりも自分は平凡だった。
そんな男をあえて選んだ理由が、きな臭く感じられ疑惑の視線をナエンへ投げかける。
期日までに100万シスに届くほどのお金が貰えるのなら、セオドアは何でもやる覚悟はあった。
だがここまで尽力してくれた竜郎たちに顔向けできないような、怪しい仕事をしてまで生きたいとも思わない。
ここではっきりと、納得のいく答えを聞かせてもらいたかった。
「別に怪しい仕事ではありませんよ。ハサミ様方の知人というのは、先ほど知ったばかりではありますが、知ってしまったからには余計に変な仕事は持ってこれませんし。
私はただ、あなたに色んな国に行って、色んな場所で、その商品の魅力を伝えてもらいたいのです」
「魅力? ますます俺向きじゃなさそうだが……」
「そんなことはありません。実際に実物を使ってみて、どんな利点があるのか、どんな面白さがそこにあるのか。
あなたなら、より見て聞いてくれている人たちに伝えられると思うのです」
実際に身振り手振りで、ナエンはどういうことをしてほしいのか、より詳しく説明してくれた。
そこまで聞いて竜郎は、セオドアに何をさせたがっているのか全貌が掴めた。要するにあれである──。
「実演販売か」
「おや、この手法をご存じで?」
「やったことはないですけど、どこかで見た覚えがあるような気がします。
確かにその方法なら、よく分からない商品でも、お客さんに興味を持ってもらえるかもしれませんね」
「そうなのです! 商品を五感で感じられるような、一種の演目を民衆の前で見せるようなもの。
けれど舞台と違って、演者は観客たちもです。コミュニケーションをとってお客との距離も縮まりますし、直接的に魅力を伝えられます。
物珍しさから手に取ってくれる人も増えると思うのです。
しかし〝実演販売〟ですか……。私が先駆者になれなかったのは悔しいですが、その言葉を私も使わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「別に僕が考えたわけじゃないですし、構いませんよ」
「ありがとうございます! それで……セオドアさん、どうでしょうか? うちで働いてみませんか?
それともまだ何か、ご不明な点などがございましたか?」
「い、いや、さすがに俺も何となく何をするかは理解できた……と思う」
セオドアの理解力が上がっているというよりは、純粋にナエンの説明が上手かった。
実演販売というものは、似たようなことをしている所はあるかもしれないが、確立された商法としてこちらの世界にはまだ広まっていない。
ナエンはそれを一から考案し明確なビジョンまで既に持っているだけあって、そんな商法をまるで知らなかったセオドアにもイメージを掴ませた。
その長すぎず、短すぎない、絶妙な説明の仕方に、確かな実力を竜郎と愛衣も感じ取る。
『この人なら任せてもよさそうじゃない? ちょっとくらい失敗しても、上手く立ち回りそうだし』
『だよな。でもセオドアの方は、まだ腑に落ちない様子なのが気になるが……』
理解はできたが、納得はまだしていない。
決して断りたいわけではないが、これまでの反動で自己評価も地に落ちているため、なぜ自分が選ばれたのか。他に裏があるのではないかと、どうしても不安になってしまったのだ。
だが自分で考えてもろくな思考は浮かんでこず、もう馬鹿正直にその気持ちをぶつけることにした。
「なんで俺なのか。それがどうにも腑に落ちない。
話を聞けば聞くほど、もっと俺よりも上手くやれそうなやつだっていただろ」
「ほう。例えば、どなたでしょう? 私はあなたを諦めるつもりはありませんが、他にもやれそうな人がいるのなら是非聞かせていただきたい」
「あー……例えばか。そうだな……じゃあ、俺と同じサラダ部門に出て2位になってた、ルッセルとかはどうなんだ?
あいつは俺なんかとは比較にならないくらい、見てくれだっていい。
見てくれがいいってことは、客の受けもいいはずだ。
それに演技での伝え方だって、俺みたいなハッタリ野郎と違ってちゃんと見せ方を知ってた。
そりゃ……やってくれるかどうかは分かんねぇけど」
「ルッセルさんですか……。確かに彼も、素晴らしい才能をお持ちのようではありました。
ですが彼が今現在どこにも属していない無頼の役者だったとしても、その件でお声がけすることはなかったでしょう。
それでも私は、あなたを、セオドアさんを選びます」
「な、なんでそこまで俺を……? 何だか逆に恐くなってきたんだが……」
彼の熱いまなざしが、何か別の性癖によるものではないかと、セオドアは妙な心配事が浮かび顔を引きつらせる。
だが竜郎はなんとなく、その意味が分かったような気がした。
「ルッセルさんは、逆に特別すぎるからダメ……ということですか?」
「おお、さすがハサミ様。ご理解していただけて嬉しいです」
「特別すぎるからダメって、どういうことだよ」
「それはですね。彼が商品を使っていても、彼だから使えているのではないか。彼は特別だから簡単に使っているだけで、自分が使ってもそこまで楽しめたり、使いこなせたりしないかもしれない。
そうお客様方に、思わせてしまう可能性があるんですよ」
「あー、そういうことね」
「んん?」
愛衣も完全に理解できたが、セオドアはまだどういうことだと首をかしげていた。
「セオドアさん。いいですか。ルッセルさんが、一枚の絵を持って町中で立っていたとします。
彼ほどの美青年が持っている絵。さぞ、いい物だろうと思ってしまいませんか?」
「そりゃ、まぁそうだろうな」
「では逆に、セオドアさんが持っていたら? ルッセルさんほど、価値のある絵だと町の人は思ってくれるでしょうか?」
「思ってくれないだろうな。下手すりゃ、その辺で拾ってきたとか思われるかもしれない。
だがよ。商品なら、より価値のあるものだと思ってもらったほうがよくないか?」
「それはそうなのですが、私の考える実演販売は誰にでも手に届くものだと認識してもらうことが重要なのです。
その点、あなたは素晴らしい。失礼ながらセオドアさんは、どこからどうみても特別には見えない。どこにでもいそうな、平凡な人にしか見えません」
前までの、自分は特別なんだと勘違いしていた痛いセオドアなら、こんなことを言われ様なものなら腹を立てて殴りかかっていた、もしくは出て行ってしまっていただろうが、今の彼はまったくその通りだと現実を受け止めていた。
その下手な煽りにも聞こえかねない失礼な言葉にも、怒りの『い』の字も感じさせない態度に、ますますナエンはセオドアを気に入ってしまう。
色んな場所に行くとなると、色んな人の前ですることになる。
中には嫌な客もいるだろうし、客ですらないチンピラに絡まれることもあるかもしれない。
それでも円滑にことを進めさせるには、この程度で腹を立てるような小さな人間には務まらない。
「そんなあなただからこそ、見ている人たちも、あの人が楽しめているなら、あの人が使いこなせているなら、自分だってできるんじゃないか。
そう未知のものに特別な先入観を抱かせず、より身近に感じてくれると思うのです。
特別な誰かではなく、近くにいる隣人という親近感を抱かせるような──そんな人材がいいのです。
ですが、ただの何もない人ではいけません。ちゃんと魅力的に見せられる、伝えられる人でなくてはいけない。
その特別な才能を、私は壇上に立つあなたから感じたのです」
「才能……? あ、あんなのただのハッタリだぞ」
「ハッタリで何が悪いのです? 我々は嘘をついて売るわけではありません。
多少誇張することもあるでしょうが、それは商人なら誰でもやっていることです。
いいものをよりいいものだと思わせるハッタリなら、最高じゃないですか」
どこにでもいそうなおじさん……もしくはおじいさんなのに、謎の説得力がある言葉に立ち振る舞い。まさにセオドアそのものだ。
聞けば聞くほど、竜郎や愛衣にはセオドアの天職のように思えてくる。
『結局行きつくところが商人っていうのは、なんとも皮肉な話ではあるが……』
『そんなの何でもいいじゃん。それで生きられるならさ』
『違いない』
親の跡を継いで商人になるという道を捨てたセオドアが、結局は似たような道に戻っていく。
それこそ、もはや運命としか思えない神の悪戯のようだ。
セオドアもようやく、ナエンがなぜ自分を選んでくれたのか納得できた。
そして起伏の薄い感情の中でも、この世界でここまで自分を認めてくれたことを、嬉しく思う心が湧いてくる。
セオドアの顔に自然と笑みが浮かび、一緒にやろうと差し伸べてくるナエンの手を取った。
「こんな俺でいいのなら、やってみたい。よろしく頼む」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
また何とも気持ちがいい笑顔を、ナエンは浮かべた。
(なんかあの笑い方、見覚えがある気がするんだよな。愛衣にちょっと似てるというか…………あ)
竜郎の脳裏に自分の部族のため、自ら谷底に落ちて英雄となった男の顔が浮かんでくる。
(他人の空似ってやつなんだろうけど、あいつにちょっと似てる気がするな)
どこか懐かしさを感じさせるナエンに、やはり彼なら問題ないだろうと、セオドアが納得したことに口を挟むことなく、彼ら2人が雇用契約を結ぶのを静かに見守った。
次も木曜日更新予定です!




