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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第二十章 食への感謝祭編
403/451

第402話 諦め──

 最初の印象は最悪で、アーロンへの義理だけで動いていた。

 自業自得な部分ばかりで、最悪どうなってもいい。それくらいの気持ちでいた。

 けれど人が変わってからは以前とのギャップもあり、竜郎たちも憐憫れんびんの念を抱いて肩入れしすぎてしまった。

 そのせいで二人とも思った以上に情がわいてショックも大きく、楓と菖蒲も大丈夫?といった様子で抱き着いてきて慰めてくれる。


 そんな二人の優しさに「ありがとう」と抱きしめ返し、その小さな温もりを感じていると、次第に竜郎と愛衣も少し気持ちが和らぎ冷静な気持ちが戻ってきた。



「あれは……」



 出場してくれた選手たちのために用意された観覧スペースは、竜郎たちのいる貴賓席からもよく見える。

 出場選手のほとんどは、自分の出番が終わるとあそこにいって残りの部門を見て楽しんでいた。

 そこへセオドアが、2位を競い合った役者の美青年ルッセルと仲良さげに入ってくるのが視界に映りこむ。

 本人はもう覚悟も決まり割り切れているのか、竜郎たち以上に自然体でいるように感じられた。

 竜郎たちが見ていることに気づくと、視線が合う。気まずそうに苦笑すると、セオドアはゆっくりと頭を下げて、ルッセルと隣同士の席に座った。



「最後まで見たい……ってことなんだろうな」

「じゃあ私たちも、最後までこの感謝祭を見よっか……」

「そうだな。セオドアが大健闘した大会なんだから、俺たちも最後まで見届けよう」



 それに途中で帰ってしまうと、スタッフの中には何か気に入らないところでもあったのかと、自分たちの不手際を杞憂する者も出てきてしまう。

 形ばかりの領主ではあるが、ここにいることはほぼ会場中の皆が確認しているのだから、途中退場はよくない印象を大会に与えかねないと、そのまま表面上は平静を装って食の感謝祭が終わるまで座り続けた。



『やっぱり全体を通してレベル高かったね』

『あれだとサラダ部門以外でも、どのみち1位は無理そうだったな』



 正直残りのデザートと飲み物の部門は、心ここにあらずといった様子でよく覚えていない。

 だがデザートや飲み物も、他の部門と肩を並べるほど美味しそうだったことと、その2種の部門であっても2位になるのすら難しそうなほど、参加者たち全員凄かったということは理解できた。



『一攫千金で一気に逆転を狙おうっていうのは、見通しが甘かったとしか言いようがないな』

『他に方法が見つからなかったんだから、しょうがないよ』



 感謝祭中はずっと何かを食べていた楓と菖蒲は、お腹が満たされおねむの時間。

 竜郎は菖蒲を、愛衣は楓を抱っこした状態で寝かしつけ、全てのプログラムも終わったためセオドアと落ちあうことに。

 まだ会場は余韻に浸るように賑わっているので、竜郎たちの権限で近くの空いている参加者たちの控室として使っていた場所を借り、比較的静かな場所で今後について話し合っていく。



「それでどうするんだ? ここから一か八か、全力で働いてみる…………つもりはないみたいだな」

「俺は馬鹿だが、もう無理だってのは分かるさ。

 慌ただしいまま死んでいくより、このまま穏やかに最後は過ごして死んでいきたい」

「それでいいんだね? 本当に」

「ああ、それでいい。最後に俺のどうしようもない人生でも、一花咲かせられたんだ。もう笑って死ねる。悔いはない」

「そうか……」



 強がりでも何でもなく、本心からそうセオドアは言い切った。そこに嘘偽りも、ハッタリもない。

 死にたいと思っているわけではないが、精一杯足掻いた結果がこれならと、心から彼は人生に区切りをつけることを納得したのだ。


 まだ足掻きたいというのならできる範囲で協力するつもりだったが、そこまで決意が固いのなら竜郎たちにも、できることはもはや何もない。

 2人が自分の言葉に納得してくれたところで、セオドアはまた頭を下げた。



「もう何度目になるか分からないが、何度だって言わせてくれ。本当にありがとう。こんな俺のために、ここまでしてくれて。

 そして……すまなかった。ここまでしてくれたってのに、期待に応えることができなくて。

 俺なりに色々考えてやったつもりだったが、これが精一杯だった。本当にすまない」

「謝る必要はない。最後まで面倒を見るといったのは、俺たちの方だしな。気にしないでくれ」

「それでもだ。どうか俺が死んでも気にしないで欲しい。すぐに忘れて構わない。それだけが今の気がかりなんだ」

「分かった。気にしないし、すぐに忘れる。それでいいな?」

「ああ、それでいい。それがいい」



 竜郎はハッタリが得意ではないし、彼は意外と情が深く自分とのことを簡単に割り切れるほど大人でもない。

 それが先の竜郎の言葉からは透けてみえてしまったが、セオドアは悪いと思いながらも、最後に少しでも自分の死を悲しんでくれる人がいるのだと思うと、なんだか救われた気がした。


 だが場はすっかり湿ったものとなってしまい、空気を入れ変えるように愛衣が無理にテンションを上げていく。



「そうだ。じゃあ最後の日には、何か美味しい物を食べようよ。

 最後くらいは豪華な食事ってのもいいんじゃない?」

「それもそうだな。セオドア、何が食べたい? どんなものでも用意するからさ」



 2人が明るくしてくれようとしているのに、自分がそこでまた暗くするわけにはいかない。

 セオドアも起伏の少なくなった感情を、無理やり奮い立たせ笑みを浮かべる。もう最初に出会った頃のような、空気の読めない馬鹿な男ではないのだ。



「いいな。そういうことなら、最後の日にはお言葉に甘えさせてもらおうか。

 だったら……そうだ。今日の感謝祭で、俺が食べた五種のサラダがいい」

「え? それでいいの? 他の部門の料理とかでもいいんだよ?」

「いや、最後に食べるなら、絶対に今日食べたサラダがいい」



 セオドアにとっては、運命を絶たれた日でもあるが、人生で一番輝けた日でもある。

 皆の前で拍手を送られた壇上からの光景を、今もはっきりと思い出せるほど鮮明に心に焼き付いている。

 感情が乏しくなってしまったこの体でも、そのときばかりは胸が熱くなるような喜びを確かに感じていた。

 せめて最後のときくらいは、あの喜びを胸に抱いて死ぬことを許してほしい。そう思ったからこその、リクエストだった。


 竜郎も迷いのない答えに、きっとそうなんだろうと察してそれ以上は聞くのを止めた。



「じゃあ決まりだな。なんだったら盛大にパーティでもやるか?

 自慢じゃないが、俺たちはかなり稼いでるからな」

「なんだよ、それは俺への嫌みか?」

「ははっ、そうかもな」

「くくっ、なんてひでぇ野郎だ」



 気にするなと言ったのだから、竜郎は気にしてないぞとばかりに、いつもの自分なら言えないことを言う。

 セオドアもそのことが分かっているからこそ、そんな嫌みにも聞こえる言葉が心地よかった。



「なんだかなぁ」



 何が面白いのか分からないが、自然と笑いがこみ上げてきて笑い合う男2人に、愛衣は肩をすくめた。

 本当にこれで終わり。もう後は期限に追われることもなく、自由に最後の時を迎えればいい。

 そう3人は、セオドアと関わってからはじまったこれまでの全ての結末を、心の底から受け入れた。



「いつまでもここにいちゃ迷惑だろうし、そろそろ出るか。

 宿はそのまま、最後の日まで泊まっていたところに帰ればいい。宿代も食事代も俺たちが奢る。それくらいはさせてくれ」

「……何から何まで、すまない」

「そういうときは、ありがとう。でいいんだよ?」

「……ありがとうっ」



 後ろを向いて一粒の涙を流すセオドアを見ないように、借りていた控室の席を立ち、今日はもう解散だと愛衣が扉を開ける。

 するとちょうどそこには、ノックする寸前の状態で固まる男性が立っていた。



「ん? 誰? スッタフの人かな? ごめんね、もう帰るから」

「いえ、私はスタッフではございません。

 お初にお目にかかります。アイ・ヤシキ様。

 私はカサピスティの王都で商いを営んでおります、ナエン・ヤウセムと申します」

「どうしたんだ、愛衣」

「いやなんか、ドア開けたら知らない人が立ってたんだけど……」



 ナエン・ヤウセムという青年は、身なりを頭の先からつま先までぴっしりと整え、実に優雅な動きで愛衣に礼を取った。顔だちもそれなりに整っている。

 その動きは洗練されており、商人というのが本当なのであれば、普段から身分の高い相手に商売をしていることがうかがえる。


 愛衣と場所を入れ替わり竜郎が前に出ていくと、また似たような挨拶をされそうになったため、「そういうのはいいですから、なんの用かを教えてください」と話を強引に進めさせる。


 今は正直、よく知りもしない商人と商売の話をする気分ではない。

 できればさっさと終わらせて帰りたいと隠しもせずに、態度で示す。


 だがそれを感じ取ってもナエンは人好きするような、どこか好奇心旺盛な雰囲気も感じる満面の笑顔で受け止め、「そういうことであれば、すぐに本題に入らせていただきますね」と、一歩も引かずに口を開こうとするが──居づらそうに後ろにいたセオドアが手を挙げ、先に言葉を切り出した。



「あー……俺は邪魔だろうし、ここで帰るよ。悪いな」

「ああ、いえ。待ってください。私の話の本題は、あなたが関わっているのです。

 ここにいてくれなければ困りますよ、セオドアさん」

「は? 俺が? それまたどういう……」

「はい。ではハサミ様もヤシキ様もお忙しいようですし、単刀直入に申します。

 セオドアさん。明日から私と一緒に働きませんか?

 もちろん今なさっている仕事とは比べ物にならないほど、お給金も弾ませていただきます」



 太陽のように明るい笑顔でそう言い切るナエンに、セオドアは心の底から胡散臭そうな表情になって竜郎を見る。



「タツロウさん。さすがにこれはダメだろ。仕込みじゃ意味ないぞ?」

「いや、俺は知らない。愛衣は?」

「私もだよ」



 どうやらセオドアはどうにかして自分を生かそうと、竜郎たちがこの商人に頼んで一芝居打ってもらったのだと勘ぐったようだ。

 しかし竜郎も愛衣も、本当に知らない。彼の顔も存在も、たった今認識したというほどだ。

 念のため竜郎は念話で仲間たちにも聞いてみたり、仲間に頼んでリオンたちが気を利かせてくれたのではないかと考えるも、どれもそんな回りくどい仕込みはしていないとハッキリ返された。

 ただリオンやルイーズは、ナエンのことを知っていたようで、商人という立場は保証してくれた。

 しかもかなり信頼できる、そこそこやり手の商人だという。

 まだ三十も半ばといった年齢だというのに、その柔軟な発想で様々な商いを成功させて、一代で自分の店を築いて財を成しているとのこと。

 実際にリオンも他にもっと優秀な業績を持つ商人も知っていたし関わりもあったが、どうもそういった普通の延長線上にいるような相手では上手くいかないと、、彼のその独創的で柔軟、それでいて好奇心旺盛な性格を見込んで、とある商売の相談をしていたところだという。



『ってことで、ナエンっていう男は詐欺師でも何でもなく、本当に商人らしい。

 外見の特徴も一致してるし、ナエンが俺たちやセオドアを探してスタッフに声をかけて周っていたっていう確かな情報も入ってきてる。ほぼ本人で間違いない』

『うーん、ならお話を聞いてみるのもいいのかもね。もし言ってることが本当なら──』

『ああ、まだ希望が繋がるかもしれない』



 突如現れた見知らぬ商人だが、その身分はここに保証された。

 ならば言っていることに偽りはないだろう。もしもここでふざけた嘘を言おうものなら、すぐにリオンやハウルの耳にも入る。

 竜郎たちを虚仮こけにしたとあらば、カサピスティという世界全体でみても大国に目をつけられ、それまで築いてきた全てを失うことになるのだから。

 ここまで上手くやってきた商人が、そんな馬鹿なことをするわけもない。

 竜郎と愛衣、そしてセオドアは、もう一度ナエンを引き連れ控室に戻り、彼の話を聞いてみることにした。

次の話も木曜日更新予定です!

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― 新着の感想 ―
[一言] この人はあの部族出身の商人かな?
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