第401話 セオドアの大勝負
サラダ部門に出る出場者たちが、壇上へと上がっていく。
『偏見かもしれないが、なんだかサラダを選ぶような人たちだから皆、品が良く見えるな』
『ほんとだね。やっぱ身支度を整えるように言っておいて正解だったかも。
じゃないと1人だけ悪目立ちしてたかもしれないし』
『それを個性として見てくれるとは…………ちょっと考えづらいしな。今回の審査員たちのメンツからすると特に』
審査員たちも、それなりの良家の生まれ。いつものセオドアの格好よりも、品よくある方が好印象がもらえやすい。
これまでの出場者たちの傾向からしてみても、粗野な動きはあっても最低限の品格は皆、持ち合わせていたこともあり、壇上に混じっているセオドアを見て服装までプロデュースしてよかったと胸をなでおろす。
最初のスタートラインで一歩出遅れるなんてことも、これでなさそうだ。
『緊張はしてなさそうだね』
『ああ、自然体でいられてるように俺にも見える。
前の出場者たちを見て、心が折れてるって感じも全くしていないようだし良かったよ、ほんとに』
『折れるというか、なんというか、悟りを開いた坊さんみたいになってる気もするけどね』
2人が心配して観察していたセオドアは、心折れた様子もなく、周りに気圧されているわけでもなく、自然体のまま席につく。
2位以上でなければほぼ死が確定する状況というのに、特に気負った様子もなく、サラダ部門5種の料理が司会者によって紹介されていくのを静かに黙って聞いている。
これまで入賞してきた出場者たちでも、どこか開始前は浮足立っていたり、どんな料理が出てくるのかワクワクしたり、緊張によりわずかにソワソワしていたり、どこかしら人間らしい反応を見せていた。
だがセオドアからはあまりにも感情が見えてこないため、見目麗しく所作も堂々としている舞台役者の男性に集まっていた視線も、見た目はそこいらにいそうな白髪の男性でありながら、特殊な雰囲気を醸し出すセオドアにも注目が集まりつつあった。
『あれ? これもしかして、この状況を見越してハッタリかましてる?』
『ああ、そうかもしれない。実際に審査員の人たちも、チラチラ見てくれてるしな』
2人の考えは正解だった。もうセオドアの中では、勝負ははじまっている。
身綺麗な格好はしてきているが、それは他の者たちも同じこと。同じスタートラインに立っているだけで、なんの優位性もない。
役者の彼のように別段容姿が優れているわけでもなく、仕草や口調とて急拵えの俄か仕込み。
そんな自分が埋もれないようにするには、何かこいつは変わっているなと、なんでもいいから思わせなければならないのだと、セオドアは精一杯のハッタリで一味違う出場者を演出した──というわけである。
いくら公平に見てくれるとはいえ、審査員たちも人間だ。
注目度が低ければ審査もおざなりになるし、注目していれば細かい所にも加点してくれるかもしれない。
ただ目立つということは、何らかのミスをしたときも減点されやすくなるという諸刃の剣でもあるが、それくらいの勝負にでなければ、ハッタリという才能だけが武器の自分に勝ち目はないと、セオドア自身が1番よく分かっていた。
「では1品目の紹介です! 番号1番は──」
セオドアが自分なりに戦略を練っている間に、1番札の料理が大々的に紹介されていく。
『うーん、あれはさすがに野菜より肉派の私でも、手を伸ばしたくなっちゃうなぁ』
『野菜だから健康的で太らず、それでいて美味しいとか……あれ? 実はサラダが最強の料理なんじゃ……?』
番号札1番の料理は、レティコルとカデポエのクリーミーサラダ。
レティコルのシャキシャキとした食感を活かした葉物サラダに、カデポエを一晩煮込んでからクリーミーなドレッシングで和え、アクセントにナッツを少々。
レティコルのさっぱり感と、カデポエの濃厚な豆の風味が絶妙なバランスを生みだす一品だ。
続いて、番号札2番。ローストソラヌムと、スパイスハーブの温サラダ。
香ばしく焼いたじゃがいものソラヌムをメインにした、温かいサラダ。
スパイスにハーブ、柑橘系の果物ジュースで風味を加え、柔らかいソラヌムの甘さを引き立てる。
そんな、ほくほくした食感が口の中で広がる一品。
番号札3番は、ラペリベレとウーリァのフルーツサラダ。
ラペリベレの瑞々しい果肉とウーリァの甘酸っぱい葡萄をふんだんに使った、デザート感覚で子供も美味しく食べられるフルーツ山盛りのサラダだ。
ハチミツとミントを加えて、爽やかでジューシーな一皿に仕上げている。
緑の中に果物の鮮やかな色彩も映え、眺めているだけでも楽しくなってくるような、華やかでポップな一品だ。
番号札4番は、レティコルとグリルチキーモのシーザーサラダ。
レティコルの豊かな風味をベースに、グリルしたチキーモをトッピング。
ガーリック風味のスパイスドレッシングでしっかりと味付けし、チーズとクルトンを散らした豪華なサラダ。
これ一皿でメインを張ってもいいくらいの、食べごたえがありそうな一品だ。
最後、番号札5番。ソラヌムとカデポエのサラダボウル。
ソラヌムの焼き芋とカデポエの煮豆を組み合わせた、ボリュームたっぷりのサラダボウル。
美味しい魔物食材以外にも彩り豊かな野菜をたっぷり加え、レティコルの葉で軽く包むように盛り付け、ナッツや酸味のあるドレッシングで仕上げた一品となっている。
『ソラヌムとカデポエ……というか、やっぱりじゃがいもと豆の汎用性の高さは凄いな』
『いろんな料理に使えそうな食材だからね。復活させられて、ほんとによかったね』
竜郎たちの方が緊張してしまい、セオドアをずっと見続けるのはきついと、応援したい気持ちはあれど料理の方へ現実逃避する。
だがそんな抵抗も虚しく料理の紹介も終わり、出場者は次々と希望の番号札をスタッフに伝えてサーブしてもらいはじめる。
1人また1人と口をつけていき、本格的にサラダ部門の感謝祭がはじまった。
固唾を飲んで見守る中、セオドアが動き出す。彼はどれかを選ぶというよりは、番号札順に食べていくことにしたようだ。
彼は1番のサラダを口に運び、すぐに目を閉じて深く息を吸い、こみ上げてくるあまりの美味しさにまずは浸る。
それから食材1つ1つに向ける視線は神妙だ。
「このレティコルのシャキシャキとした食感、カデポエの濃厚さ……これはまさに大地からの贈り物だ。
どれほどの手間をかけてこの味を育てたかが、伝わってくる!」
──と、わざと涙を浮かべたように目元を押さえ、まるでその場に神々が降臨しているかのように祈りを捧げる。
さらに続けて「食べることで生み出すための努力と神々の恵みを讃え、感謝を示す……これは私たちの責務だ」と語り、審査員たちに向けて心の底からの感謝を演出した。
「この一葉が生まれ、育ち、ここに届くまでの全てに感謝しよう」
審査員に向けセオドアは精一杯の優雅な微笑みを浮かべると、審査員の中には頷く者も出てきていた。
『目立ってはいるが……正直どうだ? なんか審査員からの感触は、いいような気がするが』
『う、うーん……どうなんだろ。正直ちょっと、ピエロになっちゃってる気もするけど。
でもなーんか、不思議とそれっぽくはあるんだよねぇ』
『ああ、俺がやったら「なんだこいつ」って思われそうなのに、セオドアがやると意外と形にはなっているというか……妙な説得力はあるよな』
『本当にそうなんじゃないか──って感じのね。これがハッタリの才能ってやつなのかも』
そのまま1番を食べ終わると、2番の温サラダへ移っていく。
セオドアは焼いたソラヌムをゆっくり持ち上げ、まるで宝石を見るかのように眺め、「このソラヌムという芋は、ただの食材ではない。自然の恵みと、育てた者たちの愛が詰まっている気がしてならない」と、彼は小さな声で感謝の祈りを捧げ慎重に一口噛んだ
「柔らかな甘み……この温かさ、私の心まで温めてくれる。
これを育てた人たちの温もりまで伝わってくるようだ」
そう静かに語り食材に感謝することで、まるでそれが神聖な儀式であるかのような雰囲気を作り上げた。
3番のフルーツサラダでは、果実を一つずつ慎重に口に運び、ウーリァの甘酸っぱさに驚いたような表情を浮かべる。
「この一粒一粒が太陽の光を浴び、雨と風に耐え、ようやくここに辿り着いた……。
食べることは、彼らの旅路に終わりを与えることだっ」
そこでも「自分ですら何言ってるか分かってないだろ」と彼を知っている竜郎と愛衣だけは分かってしまいながらも、詩的に感じなくもない謎の言葉を聞きつける。
さらに食材そのものに、まだ命が宿っているかのような言い回しで感謝を表現。
「神々が私たちに与えてくれたこの奇跡に、ただただ感謝するしかない」と手を合わせ、静かに祈りを捧げることで、また感謝の深さを強調した。
『もうこの路線で、行くしかないな。がんばれ、セオドアっ』
『審査員さんたちも、悪い感じはしてなさそうだしね。そのまま突っ走っちゃえ!』
「「あうあー!」」
楓と菖蒲もパパとママはあのおじいさん?を応援しているんだと察して、セオドアにエールを送ってあげた。
彼らの想いが届いたのか、そうでないのかは定かではないが、セオドアはこれが自分の人生を賭けたハッタリだと、精一杯の虚勢を張ってそのままの虚飾の自分を演じ続ける。
シーザーサラダを前にしたセオドアは、今度は少し厳粛な表情を浮かべた。
「このグリルされたチキーモは、生命そのものだ。
彼らの命をいただくことで、我々は生き続けられる。
これは神々が私たちに与えた試練でもあり…………恩恵でもある」
そうチキーモの命に感謝しながら、彼は儀式めいたゆっくりとした動きで食事を進めた。
感情が乏しくなろうとまた食べたいと思わせてくれる、ありえない美味しさにペースを乱されないよう気を付けながら、「食べることで、その命に報いる。感謝は言葉だけでは足りない。食べて初めて、真の感謝が示されるのだ」と、深そうに聞こえる言葉で審査員を見つめ、彼らにその意図を届けようとした。
5番の料理のサラダボウルで、またセオドアは軽く一礼し「この一皿は、まさに私たちの地球の縮図だ」と竜郎からすれば迷言を口にした。
実際に竜郎は「どういうことだ?」と首をかしげているが、彼の素性を知らない審査員たちはハッタリの才能がいかんなく届き、いいように受け取ってくれているのが分かる。
「大地が育てたソラヌム、長い時間をかけて完璧に煮込まれたカデポエ……それぞれの食材が異なる役割を持ち、このサラダの中で一つに調和している」
そのまま先の言葉の意味を適当に補足しつつ、「これはまさに、私たちが目指すべき理想の形。感謝の心をもって、このサラダを通じて命の繋がりを感じることができるのだ」と、料理に込められた手間や技術を称賛し料理人たちへの感謝もちゃんとアピールしておく。
そうして彼は食材の成り立ちに思いを馳せながら、一口ずつ噛みしめ、最後に「神々に感謝します」と静かに祈りを捧げて5品目も食べきった。
だがこれで終わりではない。食べる量も加点対象なのだから、その謎キャラを維持しながら、セオドアは無理をしているように悟られない範囲で食べ続けて、1番のサラダからまたもう一周しはじめる。
『審査員の反応的に悪くはないが……、他の本物たちも手ごわそうだな』
『あの最初から注目されてた役者の男の人、役者だからどうせ演技してるんでしょって思わせないだけの演技力もあるっぽいからね』
『あの女の人も、ナチュラル系で審査員たちにも受けてる。これはセオドアも含めた、あの3人の三つ巴になりそうだ』
顔面の美麗さだけでなく、その演技力も確かな役者の男性は、壇上に立っただけで周囲を圧倒する本物の存在感をまとっていた。
彼の優雅な身のこなしは、舞台に立つ役者としての経験から来るもので、食べるという行為さえもまるで1つのパフォーマンスのよう。
審査員たちや観客も彼の一挙手一投足に引き込まれ、その感受性の深さに驚嘆していた。
まるで彼が食べるだけで、そこに込められた全ての物語が自然に浮かび上がってくるかのような、不思議な感覚を覚えたのである。
また竜郎が口にしていた女性の参加者。
彼女の食事へのアプローチは、外見の気品と内面の温かさが調和した独特のもので、審査員たちや観客を感動させていた。
所作も女性らしい柔らかさで、とても優雅で見ていて心地がいい。
彼女の口元がわずかにほころび、次第にその表情が穏やかな喜びに変わる。
彼女は囁くように「これほどまでに柔らかく、しかも深みのある風味……。素晴らしいわ……」と言い、まるでその食材が持つ力に敬意を払っているかのような姿勢で、その味をじっくりと楽しんだ。
審査員たちも観客たちも、そこから素直で純粋な感動を感じ取り、彼女の表情から食材がもつ偉大さまで理解させられたかのようですらあった。
彼女は食べることをただの行為と捉えず、それを1つの芸術とみなしていた。
その姿勢は生産者に料理人、食材への感謝を真摯に表し、審査員たちにとって彼女の食べ方は、セオドアや役者の男性とは異なる次元の感謝を伝える表現だと感じさせられたようだ。
幼い頃からの植物好きがこうじて植物学者となった彼女は、それだけ植物を食べるという行為も愛しているのだろう。
「「…………」」
「「う?」」
念話ですら口に出せなかったが、竜郎と愛衣は彼女には敵わない。そう思わされてしまった。
それだけハッタリでは覆せない、自然な喜びと感謝がありありと彼女から感じ取れたのだ。
それでもできればここで、優勝して全てを綺麗に終わらせてほしい。もうハラハラさせないでくれと、祈るように念じ続ける。
サラダ部門も終わり、審査員たちの話し合いも終わり順位が決まったようだ。
セオドアの背負っているものとは裏腹に、フランクな大会ではあるので優勝者からさっさと宣言され、そのまま2位、3位をパパっと告げていく流れになっている。
司会者が順位が書かれた紙をこっそりと見て、大きく審査員たちに頷き返してから壇上の中央に立って優勝者の名を口にしていく。
「このサラダ部門、優勝は──セリーヌさんです!」
「くっ」「あ……」
セオドアは無反応だったが、竜郎と愛衣は内心そうだろうなと分かっていても悔しがる。
だがまだ希望はある。2位さえとれれば、残りの日数を馬車馬の如く働き続ければ、100万に十分届きうる額が手に入るのだから。
優勝者からの一言インタビューも終わり、2位と3位の発表の番がやって来る。
(頼む頼む頼む頼むっ)
(お願いお願いお願いお願いっ)
「「う!!」」
「サラダ部門、準優勝は──ルッセルさんです! 惜しくも逃したものの、入賞を果たしたのは3位セオドアさん! 2人ともおめでとうございます!!」
「「────えっ」」「「あぅ……」」
一瞬で竜郎と愛衣の表情が凍り付く。楓と菖蒲も悲しそうに下を向く。
「こちらはかなりの僅差だったようで、審査員たちも悩みに悩んだそうです! 改めてこの場に立つ3人に拍手を!!」
大きな拍手の音も、竜郎と愛衣の耳には入ってこなかった。
2位で呼ばれたのは、ルッセル。見目麗しい舞台役者の男性の名だ。
セオドアの名が出たのは3位。ただの何でもない男が、あれだけ選りすぐりの参加者たちの中から、ハッタリという武器一つで3位。大健闘だ。大健闘だが……それでは時間が足りない。せめてもう一月はないといけない。
「そうか……。俺は3位か。あの2人には悪いことをしたな」
セオドアは自分の終わりを告げられたも同然だというのに、はじめて送られる自分への称賛の声に少しだけ嬉しそうに笑って、そう小さく呟いた。
「なにスッキリした顔で笑ってるんだよ……。それじゃダメだろ。なぁ、セオドア」
「審査員さんたちの反応も、あの役者さんよりは良かった気がしたのに……、なんで…………」
彼の天性の才能であるハッタリは、確かに審査員の心を動かしたが、その派手すぎる演技が逆効果となった。
所詮は素人。どこまでやっていいのか、場慣れしたルッセルと違い、その線引きをわずかに間違えたのだ。
その結果としてハッタリでもカバーできないほどの〝くどさ〟を、審査員たちに無意識的に抱かせてしまった。
とはいえ彼は見事に勝負を盛り上げ、多くの注目を浴びた。その結果として、人生ではじめて彼は大勢の前で、自分の実力で表彰をもぎ取った。
そんなセオドアの姿が、観客にも深く印象に残った。竜郎と愛衣の心にも同様に──。
次も木曜日更新予定です!