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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第二十章 食への感謝祭編
401/451

第400話 スープ部門

 魚料理部門が終わり、続いてスープ部門がはじまっていく。

 これが終わればいよいよセオドアの出番とあって集中して見れなくなってきたが、この部門の料理の香りがこちらにも漂ってきて、心配する気持ちを逸らしてくれる。



『スープっていうくらいだから、もっと似たようなものが並ぶと思ってたのに色んなバリエーションがあるんだね。

 一言にスープといっても、使う食材も色々あって面白いなぁ』

『むしろ今回のイベントでいえば肉料理や魚料理と違って、これを使ってくださいっていう縛りもないから自由度も高い気がするな』



 スープ部門では、それぞれの料理人たちが選んだ美味しい魔物食材を使って作られているため、その美味しさは保証されているといっていい。

 むしろ竜郎と違って参加者たちは、事前にその可能性を予想していたかのようにも見えた。



『そう思ってみると、みんな賢そうに見えて来るかも』

『それはさすがに、プラシーボ効果な気がするぞ』



 番号札1番の料理は、濃厚でクリーミーなララネストのビスクスープ。

 ララネストの殻をしっかりと炒めて旨みを抽出し、トマトに似た野菜と酒竜産の酒精が強いワインを加えて煮込み、クリーミーに仕上げた。

 ララネストがもつ甘みと旨みが存分に引き出され、贅沢で濃厚な一品だ。


 番号札2番の料理は、チキーモとハーブのコンソメスープ。

 ハーブや香味野菜がほんのりと香り、軽やかで清涼感のある味わいに調整されている。

 そこへ具材としてチキーモの柔らかい肉が贅沢に使われ、スープでありながらボリュームもありそうだ。

 澄んだ黄金色のスープは見た目も美しく、優雅な一杯。鶏肉の旨みが際立つさっぱりとした風味で、どんなときでも万人受けする料理となっている。


 番号札3番の料理は、じゃがいもに似たソラヌムを使った、クリーミーなポタージュスープ。

 ソラヌムがもつ自然な甘みをバターで引き立て、クリームを加えて滑らかな口当たりに。ポロネギに似た野菜の風味がアクセントとなっている。

 ほっこりとした温かみのある味わい。心地よい満腹感があり、大人から子供までどんな世代にも人気が出そうなスープとなっている一品だ。


 番号札4番の料理は、豆の美味しい魔物食材──カデポエの濃厚な味わいを活かした、トマトベースの地中海風スープ。

 オリーブオイルでガーリックを炒め、トマトとスパイスで香りを付け。カデポエのもつ豆のコクと、トマトの酸味が心地よく絡み合っているようだ。

 カデポエの豊富な栄養とトマトの爽やかさが同居する健康的なスープだが、カデポエの豆はさすが美味しい魔物食材といったところか。

 通常の豆とは比べ物にならないほど風味豊かで、シンプルながら味わい深い仕上がりとなっている一品となっていた。


 そして最後。番号札5番の料理は、ドゥアモスとカデポエという2つもの美味しい魔物食材を贅沢に使ったスパイシーなスープ。

 ドゥアモスの濃厚な羊肉をベースにカデポエを加え、10種類以上の香辛料を絶妙なバランスで調合したスパイスで風味を付け、程よい辛さが羊肉の旨みを引き立てる。

 カルラルブ情緒溢れる香辛料が、ドゥアモスの濃厚な味わいをより深め、辛さの中にもカデポエの甘みがあり、ボリューム感とインパクトのある一品となっていた。


 どれもこれも今すぐにでもその店に駆け込みたくなるだけの、空腹を感じさせる一品ばかり。

 またあれも食べちゃダメなのかと、楓と菖蒲もじたばたしだしたため、代わりの料理を食べながらお茶を濁し、なんとか落ち着かせることに成功した。



『たつろーは、今回誰が勝つと思う?』

『そうだな。俺はあの、優しそうなお婆さんかな。最初のおじいさんタイプかもしれないぞ』

『あ、私が目をつけてたのに』

『じゃあ愛衣も、あの人を応援すればいいじゃないか』

『それじゃあ、つまんないじゃない。どうせなら違うほうを応援してた方が、張り合いも出て面白そうでしょ?』

『そういうもんか。それじゃあ、誰を応援することにしたんだ?』

『じゃあ私はあの、ムキムキで人の良さそうな顔した男の人にしよっかな』

『ああ、確かに。あの人も優勝しそうな雰囲気があるからな』

「「あう!」」



 言葉は発さず念話で話していたのだが、これまでの流れから楓と菖蒲も予想したくなったようだ。

 彼女たちは竜郎や愛衣とはまた違う、別の男性を指さしていた。



「あの渋いおじさんかぁ。なかなか、いいチョイスだね。2人とも」

「冒険者っぽい、あのおじさんか。確かにいぶし銀というか、なにか重たい雰囲気もある人だよな」



 楓と菖蒲が推したのは、40代そこそこに見える冒険者だと一目で分かる男性。

 数々の厳しい戦場を生き抜いてきたと言わんばかりに、顔や腕にも多数魔物による傷跡が残されている。

 一人だけ戦場にいるような重苦しい空気感を醸し出しており、確かにあの中で一番目立っているといっても過言ではない。



『2人とも武術系統の子だし、ああいう戦う男って感じの人に視線がいっちゃうのかも』

『なるほどな。そういうのもありそうだ。あの人も目立ってるし、十分に優勝はありそうだ』



 4人とも心の中でそれぞれの応援する参加者たちへエールを送る中、壇上では料理がどんどん運ばれていく。


 竜郎が応援しているおばあさんは、肉料理部門のときに圧倒的な勝利を見せつけたおじいさんを彷彿とさせる素朴さをまとっていた。

 彼女は別の町で孤児院の院長をしており、日々限られた食材を工夫して子供たちに満足のいく食事を提供してきた。

 スープは彼女が最もよく作る料理であり、少量の材料でも多くの人を満たすことができる。

 そのためスープは彼女にとって、分かち合いの象徴ともいえた。

 孤児院で共に暮らす子供たちや、共に働く同僚たちへの感謝を込めて、その心温まる想いをスープなら皆に伝えるられるかもしれないと、迷わずスープ部門を選んだ。


 彼女は目の前に置かれた大きなスープボウルを見つめ、ほのかに微笑む。

 そこに入っているスープは『ララネスト』というロブスターのような魔物を使った、クリーミーな海鮮スープだ。

 香り立つクリームと、海の豊かな香りが彼女の鼻をくすぐる。スプーンを優しく握りしめ、ゆっくりとスープを掬い上げた。


 スープを口に運ぶ前に、一瞬目を閉じて孤児院で過ごす日々、子供たちと共に食事を囲む瞬間を思い浮かべる。

 口に含むと濃厚な美味しさに思わず顔が跳ね上がる。

 それだけの衝撃があるというのに、そのスープから優しい温かさが広がり、具材の旨味が溶け合って体中を満たして、彼女の顔に温かな笑みが浮かんだ。


 「本当に……心も体も温まるスープだわ……」と呟き、感謝の気持ちを込めてスプーンをまた口に運ぶ。

 彼女にとってこの一杯は過去の思い出と、未来に続く日々への感謝が詰まった、特別な瞬間だった。


 続いて愛衣が応援している屈強な男性へと、司会のフォーカス当たっていく。

 彼は自然の恵みへの感謝を常に忘れない性格で、地に足をつけた生活をしている。

 農場で働く彼は日々自らの手で育てた野菜を大切に扱い、食材への感謝を忘れない生活を送っていると、このイベントにピッタリな人材だ。

 そして彼にとってスープは、その食材の「最後の一滴」まで無駄なく使い切る象徴であり、農業の労力が凝縮された一杯だ。だからこそ、スープならばその感謝を表せると彼はこの部門を選んだ。


 彼は『ソラヌム』と呼ばれる魔物のじゃがいもを、ふんだんに使ったポタージュスープを前に、ふと手を止めた。

 大地の恵みそのものを凝縮したこのスープには、彼自身が日々手をかけ育てる作物の魂が宿っているように感じていた。

 クリーミーな香りだけで、彼の心に深い満足感をもたらす。


 スープの滑らかな感触を確かめるように口に含むと、じゃがいもの濃厚な旨味と、バターの芳醇な風味が広がり、そのあまりの美味しさに涙がこみ上げてくる。

 まるで大地そのものを口にしているかのような、安心感に包まれた。

 彼は目を細めスープの一滴一滴に感謝を込めて飲み進め、「この一杯には、大地の力が詰まってるような気がする」と呟きながら、スプーンを持つ手を止めることなく最後までじっくりと味わった。

 そのスープは単なる食事ではなく、農業に携わる彼にとって、自然との繋がりを感じさせる崇高な体験を与えてくれる一杯となった。


 そして今度は楓と菖蒲が応援する男性に、司会者は注目していく。

 彼は冒険者として厳しい戦場で、多くの仲間を失った経験がある。

 食事を十分に取れない日々が続く中、仲間たちと分け合った少量のスープが、彼の折れそうな心と体を支えたことを今でも昨日の事のように覚えていた。

 そういった経験からスープは彼にとって、生き延びるための「命の水」となり、それ以来スープに対する深い思い入れを強く抱くようになった。

 彼はスープを飲むたびに、その温かさが仲間たちとの日々を呼び覚ます。

 だからこそ彼は、食材と共に失った仲間への感謝も天に伝えようと、自然とスープ部門を選んでいた。


 彼は『ドゥアモス』の肉を使ったスパイシーなスープをじっと見つめ、静かに息を吐く。

 昔の冒険の日々が頭をよぎる。過酷な旅の最中、彼を支えてくれたのは、ほんの少量のスープだった。

 今目の前にあるこのスープも、彼にとっては命の温もりそのものだ。


 スプーンを持ち、ゆっくりと口に運んでいく。

 ドゥアモスの濃厚な風味が舌の上で踊り、ピリリとしたスパイスが後からじんわりと広がってくる。

 彼はその美味しさの衝撃と共に、走馬灯のように戦場での仲間たちの顔が脳裏に思い浮かんでいた。

 そのときのスープと同じように、これは命を繋ぐものだと確信する。


 「生きてるってのは、こんな風に感じるんだな……。あいつらの分まで俺は長生きしなくちゃならないんだ……」と小さく呟き、再びスープを口に運ぶ。

 その一杯は過去の苦しみを癒し、今を生きる喜びを彼に教えてくれる瞬間だった。

 彼の表情には深い感謝とともに、人生への静かな誓いが刻まれ、一筋の涙だけがポロリと落ちた。



「これは……決まりかもな」

「ちょっと雰囲気が強すぎるよ……、あのおじさん」

「「うっうー!」」



 あまりにも一人だけ、雰囲気が異次元すぎた。

 思わず審査員たちだけでなく、観客全員を釘付けにし、他2人も素晴らしかったのだが、どうしても彼への印象が一歩前に出ていた。

 もうこれは決まりだろうと竜郎も愛衣も諦めの境地の中、既に拍手までしてはしゃぐ楓と菖蒲が見守る中、司会の青年が優勝者の名をマイクに向かって口にした。



「このスープ部門、優勝は──ヴァレンスさんです!」

「だろうな」「だろうねぇ」

「「おじじ、つおい!」」



 2位は竜郎が最初に注目していた、孤児院院長の女性。

 3位は愛衣が竜郎がそちらを選ぶならと注目しだした農場の男性になり、こちらも妥当な評価だと皆がそれぞれの発表の際に深く頷いていた。



「やっぱりレベルが高いな……」

「うん、もう耳にタコができるほど言ってる気がするけど……本当にそう」



 こうしてスープ部門も順当に終わっていき、彼らが去っていく後ろ姿に拍手が送られる。

 そしてついに、セオドアが参加するサラダの時間がやってきた──。

次も木曜日更新予定です!

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